赤い女~死者たちは生者を羨む~
一発ネタです。
最後までお読みいただけたら嬉しいです。
赤い女。
某県の県道沿いにある山内病院。
そこに行った帰り道、白い服を着た女が立っているという。
彼女の横を通り過ぎて道を進むとまた立っている。
そしてまた。
彼女の服は横を通り過ぎるたびに赤くなっていく。
赤はしたたり落ち、服はだんだんと黒になっていく。
彼女は例の病院で手術ミスにより死んだ患者だという。医師により刺殺された女性という話もある。
彼女は自分と一緒にここで暮らしてくれる人を探しているという。彼女はその目を見た者を仲間に引きずり込むのだ。
運よく逃げおおせようとも彼女は一人っきりになったときに必ず来るという。
そして耳元でこう囁くのだ。
「イッショニイテ」
心霊話でよくある登場人物が心霊スポットに行って帰ってこなくなる理由を君たちは知ってるか?
ただ、俺たち幽霊はそこまで関与していない。確かにいろいろ見ているけれども。あんなことや、18禁なこととか。
答えは簡単だ。事故に巻き込まれたのだ。
ただし、ヤクザの見ちゃいけない取引による最悪な結果も事故に含まれる。
だから俺の死因も事故なのだ。18禁のものを見にいったら、全年齢禁止の薬を見てしまったのは良い思い出だ。
幽霊生活は意外と退屈だからいろいろやった。特にはまったのは人を驚かせることだ。
『赤い女』
俺はいつしかそう呼ばれていた。
笑うよな。噂だと俺を殺したのは俺なんだから。
大通りをいつものように歩く。人はたくさんいるが俺は誰にも見えていない。
だからこそ、今では生前にできなかったことに挑戦しているのだ。
生前は男物ばっかり着ていたが、今は女物中心だ。幽霊だからか体をある程度変化させることができ、少しだけ胸を大きくしてみたりする。
もっとも、口調だけはどうしても変えることができなかったが。
しばらく歩いていると一際目立つ格好をした爺さんを見かけた。今の季節は夏だ。トレンチコートを着ていては暑苦しくて嫌でも目立つ。
今までの経験からすると、こういった格好をしているのは十中八九幽霊だ。
「おっさん、何してんだ?」
すると、彼は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに落ち着きを取り戻す。おそらくは初めて死者と出会ったのであろう。
「君は僕が見えるのかい?」
「まあな。俺も同じ幽霊だからさ」
彼はやはり元気がない。死んだことを自覚したばかりなのか、それとも生前の楽しみを失ってしまったことを気づいたのか。そのどちらかだろう。
「……とりあえず、酒でも飲もうぜ。少しは気が紛れるだろう」
幽霊はその物体が持つ魂を食べる。
予め、墓場から魂だけを拝借してきた酒を俺はおっさんことスメラギさんに振る舞った。
最初こそ、困惑していたのかなかなか口をつけなかったが、一口飲んでみると後は自然と手が動く。
気づけば二人でちょっとした宴会をしていた。
宴会が進むと彼も笑顔が増えてくる。
だが、最後は泣いていた。表情がではない。心がだ。
「……僕は……、何か……、こう、大切な物を失くしたんだ」
酒を片手に酔いの回った赤い顔でスメラギさんは自嘲ぎみに言った。白くなった頭に年季の入ったしわ、柔和な笑みが彼の人生を物語らせる。
彼は定年退職するまではとある会社の社長だったそうだ。小さいながらも色々な苦労があったと笑っていた。きっと、つらくとも良い思い出なのだろう。
「僕はそろそろ行くよ。ありがとう。最後に話を聞いてくれて」
彼は立ち上がる。トレンチコートの襟を正し、軽く裾の方を掃った。
そして、振り返って、寂しげに笑った。
スメラギさんは途中で己の内に秘める感情を話してくれた。それは何度も何度も試行錯誤しても決して満たされない感情なのだそうだ。
「スメラギさん」
俺は思わず、呼び止めてしまった。自分でも何故そうしたのかはわからない。
「ここじゃあ、もう見つからないのでしょうか?」
スメラギさんはまた笑った。だが、先ほどの笑みとは違う。完全に諦めた笑みだ。
「僕らはみんな、業が深いからねえ」
その通りだ。だからこそ、俺たちはここにいる。
通りの方から女性が近づいてくる。見たところ大学生くらいだ。
彼女はハンカチをカバンから落とす。
スメラギさんは彼女に近づいた。
突然、トレンチコートの全面を開け、年老いた男の裸体とそそり立つ男の証を彼女に見せつけた。
彼女は何の反応もせず、スメラギさんの体を通り抜けてしまった。
彼はコートを閉じて、肩を落とす。
その背中からは彼の心境が語られる。
そうだ。彼が欲しかったのはあの後の感情だ。
しかし、それはもう彼には手に入れることができない。
「サイトウ君、僕は……、行くよ」
「スメラギさん……」
幽霊も人間と同じように平等ではない。望んだ才能が与えられないのと同じように、幽霊も望んだ能力を得られるとは限らないのだ。
神はスメラギさんに何故、俺と同じ実体化能力を与えなかったのだろうか?
その答えは俺にも、スメラギさんにもわからない。
「僕はね。人前で裸になりたかったんじゃないんだ。人前で裸になることで得られる快感が欲しかったんだ。でもそれは、もう手に入らないみたいだ……。大通りで全裸になってもね」
スメラギさんの瞳には涙が溜まっているように見えたのは、きっと夏の日差しのせいだろう。
「だから、だから、僕はもうあっちに行くよ」
彼の体が足元から消えていく。成仏するのだ。
「スメラギさん、また、飲みましょう。今度はもっとたくさんで」
彼は消える間際に優しく笑った。
いつものことだ。
俺は自身にそう言い聞かせる。
生きていた時にできていたことは死んだ後もできるとは限らない。できたとしてもそれで得られるのが望んだものとは限らない。
だから死者たちは生者を羨むのだ。
10年間、幽霊として生活してきたことで得た教訓だ。
大通りの方に足を向ければ何人かの幽霊が各々の欲求を満たそうとしていた。ある者は美女に顔を近づけたり、またある者はスカートの中を直接覗いたりしている。
ふと、視界の端に注意を向けるとガードレールの下に花束がいくつも添えられていた。
遺族もまさか死者があんなことをしているとは思うまい。
そして、彼らもすぐに空しくなったのだろう。スメラギさんと同じように成仏する。
俺はその通りを渡りいつものようにある店に向かう。そこは今人気のある女物の服屋だ。
赤い女だからではない。俺の趣味のためだ。
「なあ、山内病院に行かない? ほら、あの心霊スポットの」
道中にある喫茶店で男が友人らしき人物に話していた。
俺は足を止め、その話をする男の顔を見る。何ともいいリアクションをしそうな男だ。
次の獲物は決まったな。
俺は大きく笑いながら大通りを行く。
その姿はまさに恐怖を体現しているだろう。
俺だって、笑いながらワンピースを着て歩く筋肉質の大男は怖い。
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