一話目
よろしくお願いします白猫@です。読んでくだされば幸いです。
生きとし生けるものは、最終的に辿り着くその先が完全に決められているちっぽけな存在だ。どれだけあがこうとも、どれだけ頑張ろうとも、どれだけ生涯をかけようとも、どれだけ色々な物を残そうとも、これだけは避けられようもない事実だ。風に倒れるような貧乏人も、ぶよぶよに太って下の奴らを見下している裕福者も、迎える最後は同じ『死』なのである。
この世の、特に日本人なんかは生きる命が全て平等と謳ってはいるが、実際平等なのは生まれる権利と死ぬ権利だけで、その他はどこも平等なんかじゃない。平凡の者と天才の者とでは確かに壁があるし、価値は天才の者の方があるに決まっている。結局はそんな世界だ。
少なくとも、俺が生きてきた世界は、そうだったんだ。
あんまり馬鹿すぎるといじめを受け、天才過ぎると除け者にされる。普通だと自分を押し殺さなくちゃ生きて行けなくて、自分らしく生きてみるとやっぱり馬鹿にされる。死んだ先は天国か地獄なんだって話は良く聞くが、実は生きているこの世界が地獄難じゃないかって疑ってしまう程、俺が生きてきたあの世界は理不尽で溢れかえっていた。出る杭は打たれて、引っ込みすぎた杭は見下される。そんな理不尽な世界だった。平等なんてもの、どこにも無かった。
そんな世界でも、死は平等に訪れてくれる。それに身分も才能も全く関係ない。凡才も、天才も、貧乏人も、金持ちも。奴隷や王様も。全員、最終的には死んでしまう。死は、俺たち人間にしてみれば本当の『救い』なのかもしれない。生きる苦しみから、死と言う恐怖から。解放してくれるのが死なのだ。涙する死も、笑顔の死も、死んだ後は何ら関係ない。あの理不尽な世界にとって、唯一の救いだと言えるのではないだろうか。
さて、ここまで死についてうだうだと持論を述べてきた訳だが。この俺こと織部湊(17歳男子高校生)は、今までの持論を全て撤回させて頂こうと思っている。そう、前言撤回だ。皆は今までの言葉は全て忘れてくれ。俺も忘れる。
勿論今までの人生観の死への持論故、撤回するのにもちゃんとした理由がある。それも結構でっかい理由だ。
「…何で、何で俺が死んでしまうんだよおおおおおお!」
その理由。俺自身がものの見事に死んでしまったからだ。
今、俺は謎の真っ白い空間を漂流中である。先ほどからフワフワと浮いているのだが、身体は普通に動かせるがいかんせん空を切るばかりで全く動けない。声は出せるが、どれだけ助けを呼んでも嘆いても真っ白な空間に吸い込まれて行くだけだ。空しい。
目を覚ましたらここで漂っていた俺は、かれこれ2時間近くもここで待ちぼうけをくらわされている。変化も無ければ音沙汰も無い。何だここ本当。
俺は自分が死んだという事を正しく理解している。
俺の親友(ギャルゲーの主人公も目を見張るくらいモテまくる)と、その取り巻き達(ツンデレ、幼馴染み、クラスメートの女子、学級委員長、生徒会長、弓道主将、お嬢様以下略)の後ろをただ黙って黙々と眺めながら歩いていた、何だかもの凄く惨めな気分だった俺。そろそろこいつと縁切ろうかなと本気で考えていたら、男足す女複数のハーレムな人垣の向こう側で、落としてしまったボールを追いかけて道路に飛び込む小さな影が一つ。勿論ハーレムの主役さん(熱血風主人公)はすかさずその女の子の助けに入り、無事に助け出した。そこまでは良かったのだが、助けた後が問題だった。道路を結構な速度で走っていた車達は目の前で繰り広げられた奇跡の救出劇に感極まって大暴走、あらぬ方向へと走って行き、歩道に乗り出して電柱にがんっとぶつかってしまったではないか。しかもその後も何台かそこに突っ込んで行く、所謂連鎖事故が起こる。女の子一人を助ける為に、無数の命が失われたってどうよ。
まあ、被害者の方々には悪いが、それで終われば良かったのに、流石に車達の連携攻撃に耐えれなかった電柱が、メキメキメキと音を立てて倒れたのだ。そう、俺に向かって。ええ、一瞬で即死ですよ。痛みも無かったね。何たって脳天に直撃、脳から破壊されたんだから。そりゃ痛みなんて無いに決まってますよははは…は…ぐすん。
当然、目の前に何人かハーレム要因の人垣があったのでその女の子達も多分何人か俺と同様電柱に潰されて死んでしまったのではないだろうか。ざまぁ。
と、そんな訳で。俺は主人公の救出劇に巻き込まれ、女の子を助ける為に失われた命の内の一つになってしまったという訳だったのだ。
いやまあ、女の子の代わりに死んだのには文句は無いが?あいつ(親友)の所為でもあるというのがどうにも我慢ならん。だってあいつだぜ?女の子にモテる為に容赦なく俺を除け者にしたり、都合の良い時にだけ利用したり、俺の彼女すらハーレム要因に加えてしまったり、というか寝取ってきたり、俺の周りの奴ら全員寝取ってきたり、俺の姉ちゃんも妹すらもハーレム要因にしてきたり、しまいには俺の母さんの心をゲッツして父さんと母さんを離婚にまで…あれ?何で俺あんなやつと友達やってたんだろう…殺しても問題ないくらい最低な事されてたのに…。
「うわっ、漂いながら泣いてる…きもっ」
突然上から降ってきたこの言葉に、俺は完全に轟沈した。グッバイマイペアレント、&グッドモーニングヘルズピーポー。直訳でさよなら俺の両親。そしておはよう地獄の皆様方。
「ちょ、謝る。謝るからそんな遠い目しないでってば」
「オーケィ。真っ白い空間を漂う俺の上を漂うそこのシマパンのお嬢さん。フーアーユー?」
「ちょ、パンツ見ないでよ!この変態!」
「ぐふうっ」
俺の顔にダイレクトにかかとを落として、俺と同じ高さまで降りてくるその少女、いや幼女。真っ白いワンピースを着た、金髪ストレートの5、6歳の幼女である。それにしても幼女にしては力強いかかと落としだ。恐れ入ったぜおい。顔超痛ぇ。
「というか、そんな恰好で俺の上を漂ってた君のが悪いんじゃん…俺悪く無いじゃん…」
「デリカシーが足りないのよ、あんた。紳士なら幼女のパンツを指摘しない」
「幼女に諭された…で、君結局誰?」
「私は神よ」
腕を組んで、自慢げにその少女は言い放った。俺は白い空間を平泳ぎして若干距離を置いた。
「ちょ、本当だからね!?私は神なの!本当なの!」
そんな俺に慌てた様に近づいてくる自称神様(笑)。全く何を言い出すのかと思ったらこの幼女神様宣言してきたよ。きっと親御さんの教育が悪かったんだろう。本当に可哀想に。
「本当なんだってば!そんな可哀想な人を見る目で見るのはヤメテ!」
「神って…自分で神って…幾らお子様の発言でも引くわこれ…」
「信じてよおおお!」
ついに涙目になって顔を寄せてくる幼女。俺は子供をいじめて愉悦に浸るような性格でも無い。というか、死んだ後のこの白い空間と言い金髪の幼女と言い、この状況はどこかのWEB小説サイトの小説で良くある状況に似通っている。普通は助けた人間が経験するような状況だと思うのだが、どうして俺だし。
「分かった。信じるから泣くなってば」
「ほんとぅ…?」
「し、信じます、はい」
子供を涙目にしてしまった俺。流石にばつが悪くなって目を逸らして頭を撫でる。
ごきっ。
「神の頭を無許可で撫でるな!」
「俺の腕があらぬ方向に!?でも痛くない不思議!」
先ほどの涙が嘘みたいに消え失せ、高圧的な態度で腕を叩かれて砕かれた。曲がっては行けない方向に曲がったというのに痛みが全くないのは、この世界が死後の世界だからなのだろうか。
「そうね。あんたは今魂だけの状態。身体が無ければ痛みもまた感じないわ」
「心をさらっと読まないでもらえます?」
「気にしないで。さらっとあんたがここに来た理由を説明してあげちゃうから感謝しなさい。一度しか言わないから良く聞く様に」
「あっはい」
それから幼女の話を聞く事10分程。話を要約するに、本当は俺は死ぬ運命ではなくて、死ぬ筈だったのは俺の親友の方だったらしい。それが何の因果か俺が死んでしまって、その影響により輪廻転生の輪が崩れてしまう危険があるらしい。ので、お決まりのパターンにより俺はこの世界の輪廻転生の管轄外の異世界へと転生することになってしまった。ちゃんちゃん。
「はい質問です神様ー」
「何かしら」
「それって、つまりどういう意味でせう?」
「あんたは親友の御陰で死んで、しかもその所為で輪廻転生から外れてしまって、他の理を持つ異世界へ行くしか無くなったって意味」
「あいつうううううううう!」
憎い!憎いぞ俺の親友よ!俺の愛する家族幼馴染み友達恋人クラスメート全員奪って、その上お前の代わりに俺が命を落とし、普通に転生する権利すら奪うだなんてええええ!
「確かにあんたがその親友とやらに受けてきた仕打ちは酷いものよね。同情にも値するわ。不干渉の契約を破って助けたくなっちゃう程だったもん」
「そこまで酷かったのかよ…あれ、可笑しいな…目から鼻水が…」
「何それ汚い…つか泣かないでよ。拭きなさいよほら…」
どこからともなく取り出したハンカチを俺の顔に宛てがう幼女。その瞳には同情がありありと浮かんでいた。
「ま、まあ、折角異世界に行けるんだから。小説の主人公の様にはっちゃけて見なさいよ。楽しいわよ、きっと」
「…それって、どんな世界なんだ?」
「定番の剣と魔法の世界。ドラゴンもいる、生粋のファンタジー世界よ。事が事だから、あんたには一つだけ特典を上げるから楽しみにしてなさい」
「ほお」
幼女の説明を聞いて、俺は瞳に光を取り戻した。ファンタジー世界、実に楽しそうでは無いか。
「特典って何だ?」
「特典ってのは、固有能力の事とかよ。向こうに転生する際、こっちでランダムに決めさせてもらうわ。大丈夫、はずれは無いから」
「じゃあ、身体の初期スペックは当然?」
「最高の物を用意するわ。期待してて」
「楽しくなってきたなおい」
俺の心は先ほどとは打って変わってうはうはだ。転生ものの小説は何度も何度も傷心を癒す為に読んだ事があるため良く知っている。大体の小説では主人公は異世界でチート使って楽しい人生を送るのだ。俺、猫を助けようとしてトラックに撥ねられてないけど大丈夫だよね?転生チートする権利はあるよね?
「よし、乗り気になった所で!早速だけど転生して貰うことにするわ。仕事押してるし」
「オッケーだ。何時でもこい!」
幼女の言葉に対して、俺は堂々とそう言った。広がるのは異世界で小さな家を持って子供1人に犬を一匹の家庭で幸せそうに笑う妻と俺…という夢。ああ、夢が広がりんぐ…!
「とりあえず幼女の頭を撫でておこう…」
「何でよ!神の頭を撫でんなばか!」
「人は嬉しい事があったらとりあえずお裾分けをしたくなる生き物なのだよ」
「何で私の攻撃を避けれるの!?ていうか動きキモい!」
しゅばばばばばばばっ!
俊敏な動きで繰り出される幼女の手をかいくぐり巧みな手さばきで頭を撫で続ける。お前の動きは既に最初の一撃で読み尽くした。もう俺には指一本触れられないだろう。頭は触れ続けるが。
…ていうかキモいって…キモいってコンチクショウ…。
「ああ、もうっ!とっとと転生しちゃいなさいよね!」
「なっ」
撫でていた腕を幼女の手がつかみ取り、ぐっと力強く握る。次の瞬間、なんと俺の腕が幼女が握った所を中心に砂で出来ていたかのようにぼろぼろと崩れて始めたではないか!
「な、何だってー!」
「ばいばーい。あんたと話してると結構楽しかったわーでももうお別れねー寂しいわねー」
「棒読みとか酷くね!?後俺これ身体崩れてんだけど!?」
「大丈夫だって。痛みはないでしょ?」
「精神が大きく悲鳴をあげてるんですがそれはーーーー」
「ああ、もう。良いからとっとと行けってば!」
俺は幼女が繰り出した膝をもろに顔に食らい、バラバラに崩壊して意識ごと消え去った。
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風が少し吹いた。俺の頬を優しく撫でて、大きく広がる青空へと溶けて消えて行ったそよ風を見送った俺は、視線を前へと戻し、辺りを見回した。
視界一杯に広がる大草原。緑の海を真ん中で区切る様に走っている道のど真ん中に俺はいた。道はアスファルトではなく土が露呈している土道で、黄土色の線が地平線にうっすらと映る大きな街の影まで続いていた。
「…テンプレ乙、って言うべきなのか?」
サバンナバイオームが広がる草原は、所々に点々とひょろっちい木が生息している。空は雲もほどほどな晴天で、太陽は遮るものも無く燦々と輝いていた。
俺は今、異世界の地に立っているのだろう。遅まきながらにそう直感する。何よりも空気が違う気がする。思いっきり息を吸ってみると、日本では味わえない濃厚な自然の香りが肺一杯に満ちて清々しい気分になった。
「はああ…。うしっ、ここはもう異世界。俺は転生してきたんだな」
両手から順に身体を視診したり時に触診したりして変化は無いか確かめる。特徴は全くない。短い黒髪に黒い瞳。身長は高くも無く低くも無く、一応ちょっとは鍛えていたのでちょっと筋肉質な身体。最後に着ていた学生服共々特に変化は見られなかった。性転換とかそう言う事態は免れた訳だ。
そうして身体の確認を終えた俺は、今の状況を整理する。
ここは異世界。遠くの地平線の果てに街が見えることから、ここは随分と人里離れた草原なのだろう。ゲームで言うフィールドというやつだ。見晴らしが随分と良いが、道を渡る人は人っ子一人見当たらない。ついでに動物なんかもだ。
「…うん。とりあえず人に会わなきゃ始まらないか」
そう呟いて、俺は異世界で初の第一歩を厳かに踏み出したのだった。