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この愛に名前をつけて  作者: 久遠夏目
永遠は桜の木の下に
9/16

01

短編集『last Eden』にある「いつか君が還る日まで」をリメイク・中編化したものになります。


「桜の木の下には、何かが埋まっているんだって」


 突然そうつぶやいた彼とぼくがいるのは、まさに桜の木の下だった。今は冬であるため花は咲いておらず、寂しげな枯れ木のようにそびえ立っているその向こうから、夕陽が差しこむ。

 その逆光で、彼の表情はよくわからなかったけれど、口元は笑っているように見えた。それに目を細めながら、ぼくはゆっくりと口を開く。


「……何かって?」

「何かは何かだよ」

「たとえば?」

「たとえば――」


 答えにならない答えを返した彼に続けて問えば、彼はうーん、と少し考えたあと、にこり、と笑った。


「死体、とかね」


 何となく、予想はしていたけれどね。桜の木の下には死体が埋まっていて、その血で花が染まるのだとか。よくある話だ。彼と別れたあと、そんなことを考えながら帰路を歩いていた。

 彼が何故あんなことを突然言い出したのかはわからない。桜の木の下にいたからそれに関する話をしただけで、そこに意味はないのかもしれない。

 ――だけど、もし意味があるとしたら? もしそうならば、彼はあの桜の木の下に「何か」を埋めたのではないだろうか。そう、たとえば死体、とか。

 ああ、何てバカバカしい。自分でも可能性の低い妄想だとは思ったが、気付けばぼくの足は今来た道を戻り、あの桜の木へと向かっていた。


       * * *


 周りに誰もいないことを確認し、途中で見つけたスコップで桜の根元を掘ってみる。しばらくすると、スコップの先がカツン、と何か硬いものに当たった。さらに掘り進めてみると、そこにあったのは、ぼくが想像したとおりの死体――ではなく、棺だった。

 さすがに全部を掘り出すのは無理なので、上面の土をきれいに払い、重いふたを慎重に開ける。すると、そこに眠っていたのはとてもきれいな女の人だった。よくある殺人事件みたいに土中にそのまま、というわけではなかったけれど、結果的にはぼくが想像したとおり、桜の木の下に死体が埋まっていたのだ。いや、これは「彼が言っていたとおり」と言ったほうが正しいのかもしれない。

 透きとおるような白い肌に、漆黒の長い髪。年齢はぼくや彼と同じくらいか、あるいは少し年下かもしれない。胸の上でしっかりと手を組まされ、首からは十字架のペンダントがかけられている。

 そして、左手の薬指には銀色に光る指環がはめられていた。そういえば、彼も同じ場所に同じようなものをしていた気がする。もしかして、この人は彼の恋人だったのだろうか。

 さまざまな思考をめぐらせながらふと死体を見ると、どことなく違和感を覚えた。どこがどうとは上手く言えないけれど、何かおかしい。脳みそをフル回転させてたどりついたのは、もしやこれはエンバーミング加工を施してあるのではないだろうか、という答えだった。エンバーミングとは、死者の身体を死んだときのまま保存する技術のことで、確か彼はその研究をしていた。

 そこでぼくに浮かんだ一つの疑問。彼女は不慮の事故で亡くなったのか、それとも――彼が殺したのか。

 まあどちらにせよ、ぼくには関係のないことだ。そう、関係、ない。

 そんなことを考えている間も、ぼくが彼女から視線を外すことはなかった。エンバーミングという答えがひらめいたせいか、もう死んでいるはずなのに、いやに生々しさがあるように感じる。

 当然ながら、生気はない。だけど、そこには確かに彼女の生前の姿があるのだ。死してなお、ましてや死体そのものが魅力的な女性なんて、そうそういるものではない。それほどまでに彼女はきれいだった。――否、美しかった。もし、彼女が本当に彼の恋人だったとするならば、ぼくは。


 しばらくしてから棺のふたを閉め、それを再び埋めた。そのとき、ぼくの顔には自然と笑みが浮かんでいた。

 棺のふたを閉めようとした瞬間、ぼくの頭をよぎったある考え。それは、彼女がいなくなったら、彼はどう思うかな、というものだった。

 彼が次に棺を開けたとき、彼女はそこにいない。あるのは、あの指環だけ。さて、そのとき彼はどんなカオをするだろうか。




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