重さが愛だと言うのなら
「なあ」
「なぁに?」
くるり、俺が彼女を振り向いても、彼女の視線は手元の本に向けられたままだった。まあ、返事はしてくれているし、いつものことだから別にいいんだけど、と特に不満を漏らすことなく、俺は先を続けた。
「教授がさ、重さも愛だって言ってたんだよ」
「どの教授か知らないけれど、あなたの学部の教授は変人ばかりね」
「いや、お前の学部だってそうだろ」
「そうね、大学教授というのは往々にして変人だもの」
「完全な偏見だな……せめて『面白い』くらいにしとけよ」
さらりと毒を吐いた彼女をたしなめると、彼女はようやく本から目を離し、こちらを向いてにこり、と微笑んだ。それから、本にしおりを挟んでパタンと閉じる。どうやら本格的に俺の話を聞いてくれるらしい。
「で、それはどういう意味なのかしら?」
「ああ、その教授の授業は教科書が三冊も必要なんだよ。しかも分厚いヤツ。そんなのを毎回持ってこいって言うもんだから、ブーイングが起こってな」
「あらそう。それはお気の毒に」
それは、ブーイングの対象である教授への哀れみか、それとも、その分厚い教科書を毎回持ってこいと言われた俺も含む学生への哀れみか――多分、彼女のことだから両方だろうけど、自分には関係がないせいか、その言葉には感情というものがほとんど含まれていなかった。
これもいつものことだし、自分から話を振っておいてなんだが、重い教科書のことを思い出して、気まで重くなった。はあ、と大きなため息が自分の口からこぼれる。
「……で、そしたら教授が『重さも愛なので、頑張ってください』って言ったんだよ」
「あら、じゃあ頑張ってね」
「お前、他人事だと思って……」
「それで、その話をした理由は何?」
俺の嘆きをキレイにかわした彼女からの質問は、的を射ている。そう、それが本題だ。
「――お前、前に言ってたよな? 自分の愛は重いって」
(だって、わたしの愛は重いから)
その『前』に思い当たる日のことを思い出したのか、今まで笑顔だった彼女のカオがわずかに曇る。記憶力のいい彼女のことだ、忘れているということはないだろう。
「……ええ、憶えているわ」
その読みどおり、少し間を置いてから肯定の言葉を口にした彼女。俺はそれに二つの意味で安堵した。一つは、自分の記憶が正しかったということ。そして、もう一つは――
「じゃあ、お前は正しかったんだな」
「え?」
俺の言葉が意外だったのか、彼女は眉根をよせて訝るようにこちらを見つめてきた。
「どういう意味?」
「いや、だから重さは愛だろ?」
「だから?」
「だから、重くてこそ愛ってことなんじゃねぇの? お前の愛が重いってことは、俺はそれだけ愛されてるってことだろ?」
重さが愛ならば、重い重い彼女の愛は、きっとホンモノの愛だ。
彼女は唇に指をそえて数秒考えたあと、静かに口を開いた。
「……あなたは、そんな愛でいいの?」
「ああ、別に構わないけど」
「重くて、醜いのに?」
「さすがに昼ドラみたいにドロドロした展開は嫌だけど、あいにくそこまでじゃないからな」
「でも、いつかあなたをすきになるコが現れるかもしれないでしょう? そしたらわたし、そのコを殺しちゃうかもしれないわ」
「ヤンデレかよ……」
それは昼ドラよりもタチが悪い気がする。そう思って頭を押さえると、彼女はくすりと笑った。
「冗談よ。わたしのすべての感情は、あなたにしか向いていないもの」
「……そりゃどーも」
「だから、もしそんなコが現れたら、そのコじゃなくてあなたを殺してわたしだけのものにするわね」
「余計悪いわ!」
「そんな愛でも、いいの?」
じっとこちらを見据える彼女のカオは、何故か今にも泣き出しそうに見えた。だから、俺はふっと笑ってやった。
「いいよ」
「……そう。あなたってやっぱりマゾなのね」
「いや、違うから」
くすくすと愉快そうに笑う彼女がどこか嬉しそうだったのは、見間違いではないだろう。
重さが愛ならば、執着や依存などとも呼べるほどに醜く重い彼女の愛は、ホンモノの愛だ。そう、俺はそれだけ愛されているということだ。
だだし、さすがに殺されたくはないので、俺をすきになるヤツが現れないことを祈りたいのだけれど。