04
「――白夜くん!」
ガラッと勢いよく理科室のドアを開ければ、そこにはまだ白夜くんが残っていた。はっとしたようにうなだれていた頭を上げ、こちらを向いた彼の笑顔はいつもよりも元気がないように見える。その理由は、多分一つしかない。
「あれ、津川さん。どうしたの?」
「あの、咲への告白、は……」
乱れた呼吸を整えながら、わたしは控えめに尋ねる。すると、白夜くんは一瞬目をそらしたあと、力のない笑みを浮かべた。
「ごめんね、せっかく津川さんに協力してもらったのにさ、オレ、フラれちゃったよ」
ああ、やっぱり。予想は的中してしまった。けれど、わたしはそれを喜ぶことなんてできない。だって、わたしはこれから彼をさらに哀しませようとしているのだから。
だけど、それでも。
「白夜くん」
「ん、何?」
(告白しないと、遙の気持ちがかわいそうでしょ?)
それでも、伝えたいことがあるの。だから、ごめんね、白夜くん。協力した見返りなんてそんな偉そうなことは言わないけれど、少しだけわたしのわがままに付き合ってください。
「あのね、わたしは、白夜くんがすきです」
「、え?」
彼の目を真っ直ぐに見据え、自分の素直な気持ちを伝える。忘れようと決心していたはずなのに、あまりもすんなりとその言葉が出てきて、自分でもびっきりしたくらいだ。
しかし、それ以上に白夜くんのカオは驚きに満ちていた。まあ、告白に協力した人物から告白されたのだから、当たり前かもしれない。
白夜くんは何かを言おうと開きかけた口をすぐに閉じ、少しの間を置いた。それによって訪れたしばしの沈黙を挟んでから、彼は申し訳なさそうに眉を下げ、
「……ごめん、ね」
と答えた。
わたしはそれに対して、にこ、と微笑みを浮かべる。
「いいの。これは、ただ伝えたかったっていう、わたしのわがままだから。……じゃあ、またね」
「――津川さん!」
「え?」
その場を去るためにきびすを返したその瞬間、白夜くんに名前を呼ばれ、もう一度振り返る。すると、
「ありがとう」
そう言って、白夜くんは笑った。それはわたしの大すきな、あの笑顔だった。
「こっちこそ、ありがとう」
わたしも笑顔で応え、咲の待つ教室へと帰っていった。
いつだったか、「泡沫」とは、水に浮かぶ泡ような儚いもののことだと授業で習った記憶がある。わたしの恋も、きっと泡沫のように儚いものだったのだろう。
けれど、儚くても「すき」という気持ちに変わりはない。わたしは、白夜くんのことが大すきだった。今まですきでいさせてくれて、本当にありがとう。
* * *
「津川さん、おはよう」
「……お、はよう」
「今日も寒いね。でもストーブが近いからラッキーだよね」
「っ、そうだね!」
次の日の朝、先に声をかけてくれたのは、白夜くんだった。そのいつもと変わらぬ態度に、わたしは嬉しくなる。咲との関係も相変わらずで、そこは少し気になったけれど、安堵の気持ちのほうが大きかったかもしれない。
けれど、その後の席替えでわたしが白夜くんのトナリになることはなかった。
* * *
そして、時は過ぎて三月。先日は、咲と一緒に高校の合格発表を見にいってきた。
「あっ! あった! あったよ、咲!」
「あ、ホントだ! あたしもある!」
「うう、よかったよぉー」
「これで四月からも一緒だね」
かくしてわたしと咲は同じ高校に合格し、白夜くんも進学校に見事合格した。
そして、今日は卒業式だ。そうやって、わたしたちは別々の道を歩んでいく。
「遙ー! はーやーくー!」
「うん、今行く!」
でも、悔いはない。彼に出逢えてよかったと、心からそう思うから。
だから、あとは。
「遙、遅い! 写真撮るよ!」
「ごめんごめん」
あとは、ひとりで歩いてゆける。