03
咲が出ていって三十分くらいが経ったころだろうか。ガラ、と教室のドアが開く音に振り向けば、そこには咲が立っていた。そのカオは、さっき出ていったときとは違い、どこか沈んでいるように見えた。
――そうなることは、簡単に予想できていた。だって、そうさせたのはわたしなのだから。
「咲、おかえり。どうだった?」
「あー、うん、その……」
困惑気味に目を泳がせ、いつもと違って歯切れの悪い咲に、わたしはにこ、と笑いかける。咲はわたしを気遣ってくれているというのに、わたしは何て偽善的なのだろう。
「そっか、ありがと。変なこと頼んでごめんね」
「……ごめん」
「ううん、咲は悪くないよ。それにいいんだ、もう忘れるし」
「、え?」
うつむき加減だった顔をばっと上げ、焦ったように口を開く咲。
「何で? 何で忘れるの?」
「だって、白夜くんのすきな人は、咲だから」
静かにそう告げれば、蒼白かった咲の顔が赤く染まる。
そう、白夜くんのすきな人は咲だったのだ。
「……何で、知って……」
「白夜くんから聞いたんだ。だから、告白に協力したの」
先ほど白夜くんに呼び止められたのは、そのためだった。彼から「咲に告白したいから協力してほしい」と頼まれたわたしは、咲に「白夜くんにすきな人を聞いてほしい」という口実を作り、彼女を白夜くんのもとに行かせたのだ。
けれどわたしは、白夜くんが咲をすきだということに薄々気付いていた。白夜くんが咲に向ける眼差しにどんな意味がこもっているのか、それを見抜けないほどバカではない。わたしだって、三年間、同じような目で彼を見続けてきたのだから。
「咲が白夜くんのことをどう思ってるかはわかんないけど、二人って結構お似合いだと思うよ? だから、二人には幸せになってほしいなーって……」
「――ホントに?」
「え?」
「白夜のこと、ホントに忘れられるの?」
わたしの言葉をピシャリと遮った咲と目が合う。その目は真剣そのもので、しかしわたしは逆にへらっとした笑みを浮かべてしまう。
「や、やだなぁ、ホントだよ?」
そう、わたしは彼を、白夜くんを忘れると、そう決心したのだ。その決心の頑なさを表すように、ぎゅ、と胸の前で拳を握った。
「……告られたあたしに、こんなこと言う資格はないかもしれない。でも、言わせてもらう」
咲にしては、とても静かな声。それにはっとして顔を上げれば、彼女は目じりに涙を浮かべ、感情を爆発させた。
「遙はっ、白夜のことがすきだったんでしょ!?」
確かに、わたしは白夜くんがすきだった。でも、もう忘れるんだ。
「ううん、違う。あんたは今でも――」
違わないよ、わたしは白夜くんがすき「だった」。それはもう、過去の話で――
「今でも白夜がすきなんでしょ!?」
「――っ、」
どうして、そんなこと言うの? そんなことを言われたら、
「……だよ」
そんなこと言われたら、わたしの決心が鈍るでしょう?
「大すきだよ……!」
いつの間にか涙を流していたわたしの告白に、自分の涙を拭いながら、ふぅ、とため息をつく咲。
そう、わたしは彼を忘れられなかった。否、忘れられるわけがなかったのだ。わたしがどんなに忘れようとしても、彼の笑顔が忘れさせてくれなかった。
「遙、告白してきなよ」
「それはムリだよ」
「何で? ムリじゃないよ」
「ムリだよ! だって、白夜くんは咲がすきなんだよ? わたしが告白したって困らせるだけじゃない!」
「ムリじゃない!」
咲に大声を出され、わたしの肩がビクッと震える。恐る恐る頭を上げれば、咲はにっと力強い笑みを浮かべた。
「ムリじゃないよ。告白しないと、遙の気持ちがかわいそうでしょ?」
わたしの気持ちが、かわいそう? ああ、そうか――
「咲、ありがとう」
フラれるのはわかってる。でも、この気持ちにウソはつけない。彼を忘れたくても忘れられなかったように。
「咲、あのね」
「うん?」
「わたし、咲のことも大すきだよ」
「へ?」
「行ってくるね!」
そう言って、わたしは教室を飛び出した。ごしごしと涙を拭きながら、廊下を駆け抜けてゆく。
そして、一人残された咲が嬉しそうに笑っていたのを、わたしは知らない。