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この愛に名前をつけて  作者: 久遠夏目
泡沫の恋
15/16

03

 咲が出ていって三十分くらいが経ったころだろうか。ガラ、と教室のドアが開く音に振り向けば、そこには咲が立っていた。そのカオは、さっき出ていったときとは違い、どこか沈んでいるように見えた。

 ――そうなることは、簡単に予想できていた。だって、そうさせたのはわたしなのだから。


「咲、おかえり。どうだった?」

「あー、うん、その……」


 困惑気味に目を泳がせ、いつもと違って歯切れの悪い咲に、わたしはにこ、と笑いかける。咲はわたしを気遣ってくれているというのに、わたしは何て偽善的なのだろう。


「そっか、ありがと。変なこと頼んでごめんね」

「……ごめん」

「ううん、咲は悪くないよ。それにいいんだ、もう忘れるし」

「、え?」


 うつむき加減だった顔をばっと上げ、焦ったように口を開く咲。


「何で? 何で忘れるの?」

「だって、白夜くんのすきな人は、咲だから」


 静かにそう告げれば、蒼白かった咲の顔が赤く染まる。

 そう、白夜くんのすきな人は咲だったのだ。


「……何で、知って……」

「白夜くんから聞いたんだ。だから、告白に協力したの」


 先ほど白夜くんに呼び止められたのは、そのためだった。彼から「咲に告白したいから協力してほしい」と頼まれたわたしは、咲に「白夜くんにすきな人を聞いてほしい」という口実を作り、彼女を白夜くんのもとに行かせたのだ。

 けれどわたしは、白夜くんが咲をすきだということに薄々気付いていた。白夜くんが咲に向ける眼差しにどんな意味がこもっているのか、それを見抜けないほどバカではない。わたしだって、三年間、同じような目で彼を見続けてきたのだから。


「咲が白夜くんのことをどう思ってるかはわかんないけど、二人って結構お似合いだと思うよ? だから、二人には幸せになってほしいなーって……」

「――ホントに?」

「え?」

「白夜のこと、ホントに忘れられるの?」


 わたしの言葉をピシャリと遮った咲と目が合う。その目は真剣そのもので、しかしわたしは逆にへらっとした笑みを浮かべてしまう。


「や、やだなぁ、ホントだよ?」


 そう、わたしは彼を、白夜くんを忘れると、そう決心したのだ。その決心の頑なさを表すように、ぎゅ、と胸の前で拳を握った。


「……告られたあたしに、こんなこと言う資格はないかもしれない。でも、言わせてもらう」


 咲にしては、とても静かな声。それにはっとして顔を上げれば、彼女は目じりに涙を浮かべ、感情を爆発させた。


「遙はっ、白夜のことがすきだったんでしょ!?」


 確かに、わたしは白夜くんがすきだった。でも、もう忘れるんだ。


「ううん、違う。あんたは今でも――」


 違わないよ、わたしは白夜くんがすき「だった」。それはもう、過去の話で――


「今でも白夜がすきなんでしょ!?」

「――っ、」


 どうして、そんなこと言うの? そんなことを言われたら、


「……だよ」


 そんなこと言われたら、わたしの決心が鈍るでしょう?


「大すきだよ……!」


 いつの間にか涙を流していたわたしの告白に、自分の涙を拭いながら、ふぅ、とため息をつく咲。

 そう、わたしは彼を忘れられなかった。否、忘れられるわけがなかったのだ。わたしがどんなに忘れようとしても、彼の笑顔が忘れさせてくれなかった。


「遙、告白してきなよ」

「それはムリだよ」

「何で? ムリじゃないよ」

「ムリだよ! だって、白夜くんは咲がすきなんだよ? わたしが告白したって困らせるだけじゃない!」

「ムリじゃない!」


 咲に大声を出され、わたしの肩がビクッと震える。恐る恐る頭を上げれば、咲はにっと力強い笑みを浮かべた。


「ムリじゃないよ。告白しないと、遙の気持ちがかわいそうでしょ?」


 わたしの気持ちが、かわいそう? ああ、そうか――


「咲、ありがとう」


 フラれるのはわかってる。でも、この気持ちにウソはつけない。彼を忘れたくても忘れられなかったように。


「咲、あのね」

「うん?」

「わたし、咲のことも大すきだよ」

「へ?」

「行ってくるね!」


 そう言って、わたしは教室を飛び出した。ごしごしと涙を拭きながら、廊下を駆け抜けてゆく。

 そして、一人残された咲が嬉しそうに笑っていたのを、わたしは知らない。




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