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この愛に名前をつけて  作者: 久遠夏目
泡沫の恋
14/16

02

「あーれー? お二人さん、朝っぱらから机くっつけて何やってるの?」


 席替えをした次の日の朝、教室に入ってきた咲がニヤニヤしながらこちらに近づいてきた。


「おはよう、咲」

「おはよ、遙。で、白夜は何やってんの」

「宿題の答え合わせだよ。津川さん、頭いいからね」


 にこり、そう言って白夜くんはこちらに笑顔を向けた。わたしはなるべく顔を隠すようにして、両手をぶんぶんと左右に振る。


「そ、そんなことないよ。白夜くんのほうが頭いいじゃない」

「でもオレ、何問か間違えてたし」

「わたしだって間違いあったよ?」

「ふふふ、高め合う関係ってやつですな。いいねぇ、頭いい人たちは」


 平行線をたどろうとしていた会話に終止符を打ち、頭の後ろで手を組んだ咲がくるり、と振り返る。すると、


「いや、河埜も受験生だからね」


 白夜くんが呆れたように、しかし冷静なツッコミを入れた。それに反応した咲がロボットのようにゆっくりとこちらを振り向く。その眉間には、くっきりとシワが刻まれていた。


「なーんであんたはそういう嫌味を言うかなあ?」

「嫌味じゃなくてただの事実だよ。ね、津川さん?」

「えっ、あっ、うん!」

「遙まで! 二人して酷いっ」


 咲は大げさにそう叫んだかと思うと、両手で顔を覆ってしまった。もちろん、本当に泣いているわけではない(と思う)ので、わたしは苦笑をこぼした。ちら、とトナリを横目でうかがえば、白夜くんもまた呆れたようなカオをしている。

 しかし、次の瞬間、そのカオがふわり、とやわらかく変化した。わたしと同じように苦笑いではあるけれど、どこかやさしさを含んでいる、そんなカオだ。

 その表情が目に焼きついてしまい、盗み見どころか大胆にじっと見つめていると、


「まったく、河埜は危機感なさすぎなんだよ。ね、津川さん?」


 ふと白夜くんが振り向き、笑顔とともにそんな質問を投げかけられた。不覚をとられてしまい、わたしは言葉に詰まってしまう。


「えと、あの、わ、わたし、ちょっとトイレ!」

「え? あ、どうぞ」

「はうっ、あ、あの、ごめんなさいいい!」


 突然何言ってるの、わたし。こんな流れじゃあ、トイレをずっと我慢していたみたいに思われてしまうかもしれない。きょとんとした白夜くんから全力で顔をそらし、わたしは脱兎のごとく駆け出したのだった。

 そして、トイレから戻ってきたあと、何故か白夜くんのほうから「ごめんね、大丈夫だった?」と言われてしまい、余計に恥ずかしく、だけどそれ以上に申し訳ない気持ちになった。

 白夜くんは何も悪くない。悪いのは、あなたを忘れられずにいつまでも意識してしまうわたしなのに。早く忘れなくちゃ。


       * * *


「津川さん!」


 それから数週間が経ったある日の放課後、わたしが廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。振り向かずとも、それが誰の声だかすぐにわかった。


「白夜くん。どうしたの?」


 しかし、振り向かないわけにはいかないので、くるりと身体の向きを変えると、やはり思ったとおりの人物――白夜くんが早歩きでこちらに向かってきた。


「あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「うん。実は――」


       * * *


「あ、遙! もー、どこ行ってたの?」

「うん、ちょっとね」

「ふぅん? まあいいや。この問題がわっかんなくてさあ」


 教室に戻ると咲が不満そうな声を上げた。わたしはそれに対してあいまいな返答をしたが、彼女はそれを特に気にしていないらしく、すぐに話題を切り換えた。

 そんな咲のトナリに腰を下ろし、うーんうーんと頭を悩ます彼女に向かって、わたしは口を開いた。


「咲、あのね」

「んー?」

「白夜くんにさ、すきな人を聞いてきてほしいんだ」

「……へ?」


 突然のお願いに、困惑したようにカオをしかめる咲。わたしはもう一押しとばかりにぱんっと手を合わせる。


「ダメ、かな?」

「い、いや、別に良いけど……」

「ホント? ありがとう、咲!」


 すると、わたしの必死さに何か思い当たることがあったのか、咲はにやっと意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「なーに? ついに白夜に告白する決心でもついた? もうすぐクリスマスだもんねえ。あ、でも受験生にそんなの関係ないか。いやいや、でも息抜きは必要だよね」


 ずきり、「決心」という言葉に、少し心が痛む。


「……うん。まあ、そんなとこかな」

「よし、よく言った! 今すぐ聞いてくるからね! でもあいつ、まだ残ってるのかな?」

「白夜くん、さっき理科室にいたから、まだそこにいるかも」

「オッケー。すぐに行ってくるから待っててね、遙!」

「うん、よろしくね、咲」

「任せときなって!」


 咲はぐっと右手の親指を立てて、教室を出ていった。わたしはひらひらと手を振りながら、それを見送る。そして、


「……咲、ごめんね」


 ゆるゆると手が下がると同時に頭も垂れていき、わたしの口からは小さな謝罪がこぼれたのだった。




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