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この愛に名前をつけて  作者: 久遠夏目
永遠は桜の木の下に
11/16

03

「どうかしたのかい?」

「――え? 何が?」


 ドキリ、と心臓が跳ねたのは、急に声をかけられたから、という理由だけではなかった。


「いや、何だか最近機嫌がいいようだから」

「何それ、いつもは機嫌が悪いみたいじゃないか」

「ああ、ごめん。でも、本当に何かいいことでもあったのかい?」


 「いいこと」――確かにそれはあった。ただし、それは先ほどぼくの心臓が跳ねたもう一つの理由でもあるので、その意味では「悪いこと」なのかもしれない。まあ、そのスリルを味わっている自分がいるのも事実なのだけれど。

 その自覚からふ、と自然に笑みがこぼれ、ぼくが「まあね」と答えると、彼は「そう」と一言だけ返して微笑んだ。その穏やかな笑顔の下には、狂気が隠れているのだろうか。そう、あの桜の木のように。

 彼が桜の木の下の話をした桜の木の下で見つけたキレイな女の人の死体。彼女が彼の恋人だったのか、ましてや彼が彼女を殺したのかなんて、単なるぼくの妄想にしかすぎないはずなのに、ぼくはこの妄想が真実であると確信していた。そして、直接彼に問えば、そうだと肯定してくれるはずだとも思っている。どこか達観している彼には、そんな雰囲気があるのだ。

 でも、単刀直入に聞くのは面白くない。「切り札」はあるけれど、そういうのは最後にとっておくものだろう。では、どう攻めていくべきだろうか。


「ねえ、君ってさ、彼女とかいないの?」

「何だい、藪から棒に」

「いや、モテるのにそういう人を見たことがないなあと思って」

「君も知ってのとおり、今はいないよ」

「今は、ってことは、昔はいたってこと?」

「そういうことになるかな」

「へえ、どんな人だったの?」

「そうだね、とてもキレイな人だったよ」

「――それって、こんな人?」


 にやり、見つけた彼女をどうするか決まったときと同じ笑みを浮かべ、ぼくはケータイの画面を彼に向けた。それを見た彼の目が大きく見開かれる。珍しく動揺しているようだ。


「君はこの前言ったよね。桜の木の下には、たとえば死体が埋まっているって」

「……ああ、言ったね」

「だから、ぼくは君がその話をしてくれたあの桜の木の下を掘ってみたんだよ。そしたら、本当に棺に入った死体が出てきたからビックリしちゃってさあ。あれが、君の彼女なんだろう?」

「……どうしてそう思うんだい?」


 肯定も否定もしていないが、言い逃れでも考えているのか、まどろっこしい質問を投げかけてくる彼。らしくないな、と思ったけれど、そこまで追いつめているのは自分だということに、気分が高揚した。


「彼女の左手の薬指に、君と同じ指環がはめてあったからね。しかも、その内側に彫られていた送り主のイニシャルが君と同じだった」


 指環がしてあったのは事実だし、彼と同じものだということも、彼のイニシャルが彫ってあったことも事実だ。だが、その指環はそこまで珍しいものではないし、彼と同じイニシャルの人間もたくさんいる。だから、それを絶対的な証拠とすることはできない。

 しかし、彼にはそれで十分だったのか、彼はあきらめたように両手を挙げ、首を横に振った。


「さすがだね。君の言うとおり、彼女がぼくの恋人だよ。正確には、恋人だった、だけれどね。彼女は死体になってもキレイだっただろう?」

「ああ、君がエンバーミング加工なんてしてくれたおかげで、今にも息を吹き返しそうだったよ。思わず見とれちゃった」

「ああ、それはよかった。それで、ちゃんとまた埋めておいてくれたかい?」

「いや、――家に連れて帰ったよ」


 そうつぶやいた瞬間、彼の目が先ほどよりもさらに大きく見開かれ、そのカオが絶望に染まる。ああ、ぼくはそのカオが見たかったのだ。

 ぼくは別に彼が嫌いなわけではない。友人だし、むしろすきなほうだ。だけど、いつも冷静で、穏やかな笑みを浮かべているのが少しだけ気に食わなかった。達観しているのは憧れるけれど、どこか見下されているようで憎らしかった。だから、一度くらいは彼が動揺して、絶望するカオを見てみたかったのだ。


「そうそう。せめてもと思って、あの指環だけは棺の中に残しておいてあげたよ」


 勝ち誇るように吐き捨てて、ぼくはふん、と鼻を鳴らす。彼の絶望するさまを見るのがこんなにいい気分だなんて、最高だ。


「ちなみに、ぼくは君が彼女を殺したと思っているんだけど――」

「その前に、一ついいかい?」

「? 何……」


 ぼくがそう尋ねると同時に、彼の口角がゆるりと上がる。その顔には先ほどまでの絶望はなく、不吉な笑みが浮かんでいた。


「その指環っていうのは、これのことかい?」

「え?」


 キラリ、と何か光るものがこちらに飛んできたので思わずキャッチし、手を広げて見てみれば、そこにあったのは、


「な、んでこれが……」


 ぼくがあの棺の中に残してきたはずの、彼女の指環だった。すぐに内側を確認すると、そこに彫られていたイニシャルはやはり彼のものであり、これが彼女のものであるということは明白のようだ。

 だけど、これがここにあるということは、つまり。


「君、あのあと棺を開けたの……?」

「ああ、驚いたよ。ああいうふうに言えば、棺を掘り返してくれると思っていたけれど、まさか彼女を連れて帰るとはね。想定以上だよ。もちろん、いい意味でね」

「いい意味……?」


 何を言っているんだ、彼は。愛する彼女を連れ去られて、いいわけがないじゃないか。あんなにも、死してなお生きているように施されて、大切に眠らされていたのに。それは、彼がそれだけ彼女を愛していたという証拠ではないだろうか。

 それなのに、どうして彼はこの状況で笑っているんだ? どうして、笑えるんだ?


「君はさっき、彼女がどんな人か聞いたよね。彼女をまず一言で表すなら、君もその見た目に魅了されたように、とてもキレイな人だ。だけど、彼女は浮気性でもあったんだ」

「え」

「ぼくは、何人もいる彼女の恋人のうちの一人だったんだよ」


 眉を下げて困ったように笑う彼からの告白――いや、これは暴露と言うべきだろうか――に、今度はぼくが瞠目する番だった。確かに死体から彼女の性格まではわからないが、それにしても、あの清楚な外見から浮気性だなんてことは想像できないだろう。

 だけど、これで彼が彼女を殺す理由はできたわけだ。


「へえ、じゃあそれで君は彼女を殺したんだ。彼女の浮気に耐えられなかったから」

「まさか。ぼくはその浮気性も含めて、ありのままの彼女を愛していたんだ。だから、それが彼女を殺す理由にはならないよ」


 しかし、その考えはあっさりと否定されてしまった。ふてくされて「じゃあ、どうして」と口を尖らせたぼくを見て、彼はまた苦笑する。


「まあ、今のは少し語弊があったかな。彼女が浮気をしていたことは理由ではない。でも、彼女の浮気性にすべての答えがある」

「意味がわからないんだけど。降参するから教えてよ。君が彼女を殺した理由をさ」

「ぼくは、彼女のありのままを愛していた。いや、彼女に言わせれば、浮気性な彼女を愛していたんだ」


 彼の話を聞けば聞くほど、彼がどれだけ彼女を愛していたのか、というふうにしか聞こえない。彼は、本当に彼女を殺したのだろうか。そもそも、そんなに愛していたのなら、殺意すら湧かないのではないだろうか。

 しかし、次の言葉を聞いて、ぼくは納得し――そして、戦慄した。


「ぼくはね、寝取られ趣味なんだ。だから、浮気性でなくなった彼女に用はない。だから、ぼくは彼女を殺したんだよ」


 にこり、そう言って恍惚の笑みを浮かべた彼が、ぼくには一番理解できなかった。




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