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この愛に名前をつけて  作者: 久遠夏目
永遠は桜の木の下に
10/16

02

 ぼくの恋人は、とても美しい人だった。透き通るような白い肌に、濡れるような漆黒の長い髪。少しつり目だったこともあって、第一印象としては近寄りがたい、高嶺の花という感じだったけれど、実際に話してみれば、誰にでも平等に接する気さくな人物だった。

 しかし、完璧そうに見える彼女には、重大な欠点が一つだけあった。そう、愛に対する重大な欠点が。


「おかえり」


 ぎしり、そう声をかければ、一定の間隔で聞こえていた床の軋む音が止んだ。月明かりだけが頼りの部屋で、それに照らされた人物がゆっくりと顔を上げる。


「相変わらず甲斐甲斐しいわね、あなたは。先に寝ていてもいいのよ?」


 眉を下げて笑ったのは、呆れながらも感謝しているからだろうか。それとも、ただ呆れてうんざりしたからだろうか。後者と考えるならば、その言葉は嫌味ととれなくもない。

 だけど、それがどちらであろうと、あるいはどちらでもなかろうと、ぼくはそれをただ受け流すだけ。ぼくは今日と同じ状況に今まで何度も遭遇し、そしてこれからも同じことをくり返すつもりなのだから。

 ぼくが何も言わずに黙っていることでその思惑に気付いたのか、彼女ははあ、とため息をこぼした。今度こそ本当に呆れてしまったようだ。ソファーに腰を下ろした彼女の機嫌をどうやって直そうか考えていると、彼女のほうが先に口を開いた。


「ねえ、あなたはわたしのことが、すき?」

「おかしなことを聞くんだね。当たり前じゃないか」


 始まりこそただの興味だったけれど、付き合ううちに本当にすきになって、ぼくは彼女を愛しているからこそ今でも付き合っているのだ。

 ――そう、それがたとえ、


「君にぼく以外の恋人が何人いようとも、ぼくは君を愛しているよ」


 彼女の愛に対する欠点、それは、彼女が一人の人間だけを愛することができないということ。だから、彼女には常に複数の恋人がいた。つまり、彼女は浮気性なのだ。

 そうやって、彼女は何人もの人間からの愛を、パズルのピースのようにして一つの愛として完成させていく。だから、一人の恋人からの愛は、彼女にとってはすべての愛のほんの一部にしかすぎない。

 ぼく以外の恋人は、ぼくと同じように彼女の浮気を許している人もいれば、付き合って少し経つと束縛して、自分だけを見てもらおうとする人もいるらしい。前者には彼女と同じように、別の恋人がいるようだけれど。

 しかし、それ以上にぼくは、後者について理解することができなかった。何故、彼らは見返りを求めようとするのだろうか。すきな人と付き合えるだけで十分ではないのだろうか。浮気性というところも含めてすべてが彼女なのに、どうしてそれを変えようとするのだろうか。彼女がすきならば、ありのままの彼女を愛するべきではないだろうか。

 ぼくは、彼女に見返りなど求めない。彼女が浮気をしたいのならすればいい。ぼくはそんな彼女に、自分のありったけの愛を注ぐ。ただ、それだけだ。それがぼくの愛なのだ。


「わたしの浮気性を受け入れてくれるのはとても嬉しいわ。だけど、」


 彼女はそこで一つ間を置き、にらむような目をこちらに向けた。


「ねえ、どうして? どうしてそこまでわたしを信じられるの? どうしてそこまでわたしを愛してくれるの?」


 彼女は複数の人間と付き合い、たくさんの愛を受け入れている一方で、たった一つの大きな愛を求めていた。聡い彼女は、ぼくも含めた恋人からの愛が、自分にとっての愛のほんの一部にすぎないことを知っているのだ。

 だから、彼女は求めていた。たった一人で、たった一つの愛に匹敵する愛を。彼女にとっての愛を、一人で埋めてくれる人間を。そして、ぼくは彼女の中でその対象になりかけていた。

 今までぼくが付き合ってきた人たちは、浮気をすると泣いて謝り、許しを乞うた。だからぼくは許したのに、最後にはぼくが悪いと怒られるのだ。あなたは本当にわたしのことを愛しているのか、と。どうしてわからないのだろう。ぼくは愛しているからこそ、彼女たちを野放しにし、そして許しているというのに。愛していない人間の帰りなんて、待つことはない。

 その点、彼女は違う。彼女はそんな泣き言を言うどころか、逆にどうしてそんなに愛してくれるのか、と聞くのだ。彼女はぼくの愛をよくわかってくれている。だから今、彼女は喜びと同時に戸惑いを感じているのだ。理想と現実のギャップ、そして、これが本当に自分の求めていたものなのだろうか、という疑問。ならば、ぼくは彼女の恋人として、それに答えよう。


「ぼくはね、君を信じているんだよ。君に何人恋人がいようとも、最後はぼくのところに帰ってきてくれるだろう? 君を愛する理由なんて、それだけで十分だよ」


 そう、ぼくは信じている。彼女が、最後は必ず自分のところに帰ってきてくれるのだということを。彼女を愛して、信じているからこそ、ぼくは彼女に何人恋人がいても、何度浮気をされても、彼女をすきでいるのだ。

 これも、ぼくの愛だった。何故ならぼくは、




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