表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この愛に名前をつけて  作者: 久遠夏目
博愛主義者は愛せない
1/16

あなたなんかいらない

 あなたなんかいらない。だから、


「じゃあ、別れましょうか」

「は?」


 二人きりの部屋で、何の前触れもなく放たれた言葉。それに反応した彼は当たり前というか何というか、とにかく普通のリアクションを返してきた。


「あら、聞こえなかった? だから、別れましょう、って」

「いや、何でそうなるんだよ。『じゃあ』とか『だから』とか、その前の文章がないと意味わかんないだろ」

「まあ、聞こえていたんじゃない。あなたって意外と細かいのね。そういえば家事が得意だったかしら」

「オイ、はぐらかすなよ」


 眉間にしわを寄せた彼の鋭い視線に射抜かれ、わたしはふざけるのをそこでやめた。


「何で別れたいんだよ」

「別に、別れたいわけじゃないわ」

「ああ?」

「別れたほうがお互いのためなんじゃないかと思って」

「はあ?」


 今度はちゃんと本当のことを伝えたのに、彼の表情はますます険しくなる一方で。そんなの、理不尽ではないだろうか。


「別れたほうがお互いのためって、どういうことだよ」

「だって、わたしの愛は重いから」

「は?」


 わたしの答えが意外だったのか、今度は目を丸くする彼。無愛想な彼にしてはなかなか珍しい表情だ、と思いながら、わたしは続きを口にした。


「わたし、自分でわかっているの。わたしの愛は重いって」

「いや、別にそんなふうに思ったことはないけど」

「あら、じゃああなたってマゾだったの?」

「何でそうなるんだよ」

「冗談よ」


 くすり、といたずらっぽく笑ってみせれば、彼は面倒だとか厄介だとでも言いたそうなカオをして頭をかき、大きなため息をついた。


「あのなあ……話が進まないんだが」

「つまり、わたしの愛は重いのよ。だから、あなたの負担にはなりたくないし、わたし自身も疲れてしまうから、別れましょうってこと」

「お前が疲れるかは別として、俺は負担に思ったことなんてないぞ」

「ウソよ」

「ウソじゃない。何でお前はそう思うんだよ?」

「だって、わたしは汚いから」

「は?」


 彼の口から出た「は?」というセリフは、これで何回目になるだろうか。自分でもわかるくらい、わたしは回りくどくて面倒くさい女だ。それなのに、彼は呆れながらも辛抱強くわたしに付き合ってくれる。やっぱりマゾなのかしら。

 そんなことを考えながら、わたしは続きを口にした。


「わたしは汚いの。嫌な、ワガママな女なの」

「どこが?」

「わたしは、あなたを愛しているわ。世界の誰よりも、世界で一番あなたがすきよ。わたしは、あなたしかいらないの」

「……そりゃどうも」


 セリフだけならばそれは熱烈な愛の告白で、彼もそう思ったのか、少し顔を赤らめている。

 ――だけど。


「だけど、あなたは違う」

「は? 何言って……」

「わたしにはあなただけなのに、あなたにはたくさん大切なものがあるでしょう?」


 家族、友人、その他もろもろ。人には大切なものがたくさんあって、その中で一番なんて決められないし、そもそもそれらは比べられるものではないかもしれない。

 でも、わたしにとっては彼が一番で、彼以外は捨てられる自信がある。それほどまでに、わたしの愛は重いのだ。こんな感情、汚いと言わずにいられるだろうか?


「あなたからの愛がわたしだけに向いていないのなら、あなたなんていらない」


 頭では、そんなこと無理だってわかっている。それでも、わたしは彼のすべてがほしい。だって、わたしは彼にすべてを捧げているのだから。この世界を捨てたっていい。彼に比べれば、わたしは世界さえもいらない。


「ね? わたしは汚くて嫌な女でしょう?」


 わたしの愛は重い。それは彼への依存であり、執着でもある。

 依存は重い。執着は醜い。

 わたしは、汚い。


「俺は――」

「いいの、何も言わないで。あなたのすべてを手に入れるなんて、無理だってわかっているから」


 だから、別れましょう。

 あなたなんか、いらないから。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ