誰が私を殺したの?6
璃紅を真里に任せた春樹と雪夏は一番近い厨房へと足を向ける。
大きな厨房。
何人も働いているなら怪我人だって出るだろう。
その時、応急手当の薬が必要だったんじゃないか。
そういう憶測の元探すことにしたのだ。
「どこにあると思います?」
「私に言われても・・」
ゆっくり室内を観察しながら歩く。
見つけた引き出しや戸棚は全部開けて中を確認する。
曇った銀のフォークやナイフは見つかるが今一番欲しいモノが見つからない。
春樹は一際大きな冷蔵庫にたどり着くと、期待せずず扉を開いた。
開いた途端、中から冷気が流れてくる。
「えっ?」
「どうしたの?」
「雪夏さん、これ」
「ん?」
二人で中を覗くと野菜や肉などが新鮮なまま保存されている。
「どういうことでしょう?」
「何が?」
「だって、この家はどう見ても人が住んでいる気配がしないじゃないですか?」
「そう?ただ、単に少し旅行に出かけてるだけかもよ」
「ちょっとの旅行で、家具にホコリ避けの布をかけますか?」
「じゃぁ、長期旅行?」
「長く家を空けるなら、電話はもちろん電気も水道も止めるはずです」
「ん~おかしいね」
「なんかこの屋敷おかしいですよ」
警戒するように春樹が辺りをみながら雪夏に囁く。
「早くでましょう」
「そうね、皆にも知らせましょう」
収穫もないまま二人は厨房をでると、浴室の方へと足を進める。
するとエントランスの方から浩太の怒鳴り声が聞こえた。
顔を見合わせた二人は方向を変えると声のする方へと走り出した。
「どうしたんですか?」
同じように声が聞こえたのか、エントランスには真里と璃紅を除く全員が集まっていた。
「あかねーんだよ」
ドアを蹴りながら浩太が怒鳴る。
「さっきから、押しても引いてもドアが開かないの。私もやってみたんだけど・・・」
祥子が怯えているのか声を震わせて説明をする。
「はぁ、開いたから俺達が入ってこれたんじゃねーか。バカなこと言ってんじゃねーよ」
「じゃぁ、龍弥。お前がやってみろよ」
馬鹿にした口調の龍弥に、浩太がドアの前を譲った。
ため息をつきながら龍弥はノブに手をかけ、ゆっくりと回した。
「開かない」
全体重をかけて押したり引いたりしても扉はびくとも言わない。
「だろう?」
「おい、ちょっと全員でやってみるぞ」
その場にいた全員も参加するがやっぱり扉は固く閉じたままだった。
「一体どういうことだよ!」
「ねぇ、もしかして、さっき扉が勢いよくしまったでしょう」
「だからなによ」
おずおずと口を開いた雪夏に苛立たしげな美樹がきつい口調で問う。
「うん。昔の家のドアって、古くなってて強く閉めると鍵がかかっちゃうって聞いたことがある」
「マジかよ!」
雪夏の説明に浩太が天を仰いだ。
「薬に鍵、探し物が増えたな」
ポツリと呟いた、龍弥の言葉に全員が嫌そうに顔をしかめる。
「めんどくせーな。窓から出りゃいいだろう」
そう言うと浩太は近場の窓に向かう。
「あれ?あかねぇ」
「えっ?」
翔子も近くの窓に手をかけるが開かない。
「こっちも、あかないよ~」
泣きそうな声で祥子は窓を開けようと懸命に力を入れている。
「開かないなら割ればいいじゃねえかよ!」
言い終わるのと同時に浩太は持っていたスマホを窓ガラスに投げつける。
窓が割れる音を覚悟して、女性陣は耳をふさぐ。
しかし、彼らの目に映ったのは、跳ね返って雪夏の足元に転がってきたスマホだ。
「えっ?」
スマホの方は液晶に罅が入り画面が暗くなっている。
「マジかよ」
真っ青になって立ち尽くした浩太の横を、小さなテーブルを抱えた龍弥が通り過ぎた。
「これならどうだ!!」
勢いよくそれを投げるけるが、窓には罅ひとつ入っていない。
テーブルは足が折れて悲惨な状態になっているにも関わらずだ。
「防弾ガラスかよ。この屋敷は!」
龍弥が力任せに扉を叩く。
「もう、嫌」
崩れ落ちた翔子がさめざめと泣き出す。
「ねぇ、あそこの窓開きそうじゃない?ガタガタって窓枠が揺れてる気がする」
「えっ?どれだよ」
雪夏の指差す方には、ちょと高い位置にはめ殺しの窓がある。
よく見ないと気づきづらいが窓の端がかすかに風で揺れている。
「おい、こっちいけそうだぞ!」
その窓はこの中で一番身長の高い浩太が背伸びしても指が届くか届かないかの位置にある。
「おい、椅子もってこい!」
慌てて走っていった春樹が暖炉のあった部屋から椅子を持ってきた。
「ちょっと不安定だけど、なんとかなるだろう」
椅子に登った浩太は窓を開こうとするが開かない。
窓枠を掴んでガタガタと揺すってみた。
「いけるかもしれない」
他の窓よりもがたついているのか、暫く揺さぶれば外れそうだった。
「浩太。無理しないでね」
「大丈夫だって」
心配そうな翔子の問いかけに力強く答える。
力を込めて窓を揺さぶる。
ガタと音がして窓枠が外れた。
「やったぞ」
「やった~~~!」
全員が嬉しそうに声をあげた。
これで、この屋敷から出れる。
「ちょっと外の様子を見てみる」
外れた窓枠を龍弥に渡すと、浩太は窓から体を出した。
「気をつけてね」
「分かってるって」
上半身が窓の外に出た瞬間、風が唸り声を上げて強く吹いた。
「えっ・・・」
一瞬だった。
浩太の体が暗闇へと吸い込まれた。
ガターンと椅子の倒れる音だけがホールに響く。
「浩太!」
祥子の悲鳴がホールに響く。
駆け寄る祥子を引き止め、龍弥は椅子を立て直すと窓の外を覗き込む。
「うっ、そだろう」
暫く目を凝らすように下を見ていた龍弥は、小さく息を吸い込み小さく呟いた。
「ねぇ、浩太は?浩太は?」
真っ青な顔のまま何も喋らない龍弥の裾を引っ張り、祥子は浩太の無事を聞きたがった。
椅子から降りた龍弥は、縋る様に自分を見る祥子から目を逸らす。
「龍弥くん・・・浩太は?ねぇ!浩太は!」
静かに首を横に振った龍弥に目を見開いた祥子は自分でも確認しようと椅子に登り窓枠から外を見る。
そこで目にした情景に祥子は息を飲んだ。
窓の下は・・・崖だった。
断崖絶壁のギリギリに建物はたっていたのだ。
「あっ・・・嘘でしょう・・・浩太!こうた~~!」
窓から身を乗り出そうとする祥子を慌てて春樹と龍弥が引き止める。
「祥子さん!危ないですから」
「浩太が!浩太が~~~!!」
暴れる祥子を二人がかりなんとか椅子から引きづり下ろした。
「浩太が・・・浩太・・・こうた・・・」
手を離した途端椅子に登ろうとする祥子をなんとか二人で抑えにかかる。
我を忘れたように暴れる祥子に二人は苦戦する。
初めて見る祥子の姿に美樹は、怯えて側に寄ることが出来なかった。
「変わります」
男性陣に押さえつけられている祥子を見るに見かねて雪夏が代わりを申し出る。
「やめたほうがいい。殴られるぞ」
「大丈夫」
龍弥の心配そうな視線に首を振りゆっくりと近づいた雪夏が祥子を優しく抱きしめる。
頬を殴られ髪を引っ張られても雪夏は痛みに顔を歪めても祥子を離そうとしなかった。
何も言わずに雪夏はただ抱きしめていた。
どれくらい時間が経ったのだろう、祥子の体から力が抜けた。
気絶したわけではない。
翔子は目を見開いたまま瞬きもせずに涙を流し続けている。
「大丈夫ですか?」
春樹が大人しくなった祥子を刺激しないように小声で聞いてきた。
「大丈夫。そんな痛くなかったよ」
祥子に叩かれた頬が少し赤くなっている。
微笑んだ雪夏がやせ我慢をしていると誰の目にも明らかだった。
「さんきゅ」
龍弥がぽんと雪夏の頭を軽くたたく。
男性の自分たちが押さえ続けていたら祥子の様子はもっとひどくなっていただろう。
唯一行動した雪夏の勇気をたたえたのだ。
開いた窓から強い雨が吹き込んでみんなの体を濡らしていく。
「とりあえず、璃紅達に報告しようぜ」
立てない翔子を龍弥と春樹が抱えるようにして地下へと続く階段を降りた。