誰が私を殺したの?5
暖炉の火が瞬く間に日記を燃やしていく。
「へ~璃紅優しいじゃん」
美樹の茶化しに苦笑いを浮かべた璃紅が暖炉に背を向けた。
すると、火が一層勢いをまし、炎に煽られた髪が一枚璃紅の背中に張り付いた。
「えっ?」
瞬く間に燃え上がる炎。
ありえないほど早く炎が璃紅の体を覆っていく。
あっという間に璃紅は炎に包まれた。
「うわ~~~~」
倒れ込んだ璃紅が熱さから逃げ回るために転げまわる。
「きゃぁ~~~~~~!!」
「火だ。火を消せ」
「水だよ!水を早く」
「周りに燃え移るぞ」
悲鳴を上げて逃げ惑う女性に対し、男達は必死に火を消そうとする。
「何見てるんですか!早く水もって来てください」
「分かったわ」
春樹の言葉に即行動をしたのは、真里だった。
駆け足で部屋を出て行く。
「救急車を呼べ。電話しろ」
浩太の言葉に女性陣がスマホを取り出す。
「お水持ってきたよ」
いつの間にか雪夏は大きなバケツにたっぷりの水を運んできた。
「きゃっ」
しかし、絨毯の毛に脚を取られて、折角持ってきた水を零してしまう。
「あっ、ごめんなさい」
「いいから、もう一度汲みなおしてこい」
「あっ、うん」
雪夏が部屋を出ると入れ違うように真里は戻ってきた。
真里は持てるだけのバケツを持って戻ってきたようだ。
「足りる?」
「わからないよ」
真里からバケツを受け取った春樹は、動かなくなった璃紅にかけていく。
炎の勢いの割にすぐに消し止めることができた。
火を消し止めたはいいが全く璃紅は動こうとしない。
「息してるか?」
「かすかに」
「おい、救急車はどうなってる?」
片手にスマホを握ったまま、立ちすくんでいた美樹と祥子に声をかける。
「ダメ!通じないの」
「え?」
「だからなんの応答もないしネットもラインも繋がらないの」
「私も」
「マジかよ~~」
絶望感が室内を満たしていると、どこからか声が聞こえる。
その声の方に視線をやると、雪夏が部屋の電話で話していた。
「そうです。えぇ、えっ?でも、友人が危ないんです。はい。分かりました。なるべく早く来てください」
電話を切った雪夏は、祈るような眼差しを向けている龍弥達に説明をする。
「すぐ来てくれるって、でも、すごい雨で前すら見えない状態だから遅くなるかもって」
「マジかよ」
絶望的な様子で浩太は天を仰いだ。
「うん。でも処置は教えてもらったから」
「どうすればいいんですか?」
「冷たい流水を体にかけ続ければいいんだって」
その言葉に龍弥は入口で震えている真里を見つめる。
「真里!どこで水汲んできた?」
「えっ、隣の箱みたいな所に水が入っておいてあったの」
「箱?」
恐る恐る答える真里に怪しげな表情を浮かべる。
「あっ!分かった!あれだ」
「あれ?」
浩太は探索の際に見つけた、ボタンを押すと上下する小さな箱の説明をした。
その説明に龍弥の眉間にシワが寄る。
「でも、さっきは何もなかったよ」
「どういうことだ?」
怯えながら言う祥子に龍弥が考えるように顎に手を当てる。
「そんなことより!璃紅よ!早くしないと・・・」
切羽詰まった真里の声に我に返る。
詮索は後回しにして、今は水を探さねばいけない。
「あの~、水のある場所わかるよ」
「よし、案内してくれ」
おずおずと手を上げて進言した雪夏の後に続く。
ぐったりした璃紅を龍弥と浩太で慎重に運ぶ。
地下を降りて、春樹と雪夏が探索した時に発見した浴室へと向かう。
浴槽に璃紅を横たえ、シャワーをひねると冷たい水が降り注ぐ。
「璃紅くん、頑張って!もう少しで救急車も来るから」
真里が浴槽の淵に腕を置き、璃紅の頭を腕に乗せて、沈まないようにした。
「う”う”う”」
改めて璃紅の顔を見ると真っ赤にただれて、唇も腫れあがりしゃべれないようだ。
シャワーをゆっくりと全身に絶え間なくかけ続ける。
「おれ、ちょっと外見てくるわ。すぐに誘導できるように」
浩太が後を頼む。そう言って駆け出していった。
「わ、私も行く。待って浩太」
悲惨な璃紅を見ていられなかったのか、後を追って祥子も部屋を出て行った。
室内にはシャワーの流れる音だけが響く。
時折聞こえるのは璃紅の苦しそうなうめき声。
「ねぇ、ここに全員いても仕方なくない?」
耐え切れなくなったのか浴槽の入口に寄りかかりながら美樹は鬱陶しそうに髪をかきあげる。
「はぁ?美樹は璃紅の事心配じゃないの?」
真里が璃紅に水を掛けながら美樹を睨めつける。
他の三人も美樹の言葉に良い印象は持たなかった。
「心配に決まってんじゃん。でも、見守ってたってしょうがないでしょう。璃紅が良くなるわけでもないし」
「だからって!」
「落ち着け真里」
思わず立ち上がろうとした真里の肩を龍弥が抑える。
璃紅の頭の位置がズレた事に気がついた真里は龍弥に視線で礼を言った。
「璃紅の事は真里に任せてもいいか?」
「いいわ」
位置を直しながら真里は頷いた。
「とりあえず俺達ができることをしよう」
「例えば?」
「もしもの為だ、薬を探してみようと思う」
「薬・・・ですか?」
「あぁ、救急車がどれくらい遅れるかわからない。これだけ大きな屋敷だ。なんかのための救急道具ぐらいあるんじゃないか?」
「そうですね」
腕を組んだ龍弥と隣にたった春樹が今後の打ち合わせをしていく。
「じゃぁ、私が龍弥と一緒に探すわ。春樹は雪夏と探して」
話が終わったのを見計らって、美樹はすかさず龍弥の腕を取る。
「離せ!」
腕を美樹から取り戻した龍弥は一人さっさと歩き出してしまった。
待ってよ~、慌てて美樹がそんな龍弥を追いかけて行く。
二人を見送った三人は大きなため息をついた。
「僕たちも行きますか?」
「待って。真里さん私が変わりましょうか?」
ずっと同じ体制では疲れてしまうのではないかと心配した雪夏が真里に声をかける。
そんな雪夏の気遣いに気づいた真里は、嬉しそうに破顔した。
「ありがとう。でも大丈夫」
「本当に?」
「本当に」
愛おしそうに璃紅を見ている真里に雪夏はしょうがないなと笑みを浮かべた。
その眼差しだけで、真里が誰のことを思っているのかまるわかりだった。
交代するのは野暮な事、と二人の会話を見ていた春樹も理解できた。
「ゆっくり戻ってきましょうか?」
「馬鹿!」
春樹のからかいに真里の顔を瞬時に真っ赤になる。
「嘘ですよ。なるべく早く薬を探して持ってきますね」
「うん。すっごく効く奴お願い」
こんな状況だが少し笑うこともできた。
真里の強張っていた体から力が抜けている。
「分かりました。あっ、真里さんこれ」
「えっ?石鹸?」
「袖、汚れてます。血って早く落とさないと落なくなっちゃうから」
「ありがとう。こっちは任せて」
微笑みながら受け取った真里は安心させるように二人にウィンクを投げてよこした。