誰が私を殺したの?11
「もう嫌!!」
部屋に戻った美樹は机に突っ伏して泣き始めた。
「なんで?なんでこうなるのよ!」
「美樹」
怒鳴り散らす美樹を疲れた様子の龍弥がたしなめた。
「こんなとこ来なきゃ良かった!そうすれば!」
「美樹、落ち着け。たら、ればを言い出したらキリがないだろう」
「う~~~~~」
大粒の涙をこぼしながら美樹が声をあげて泣き始める。
「くっそ~、慎重に行動してたのに」
「私がもっとミトンを確認していれば」
「雪夏のせいじゃない。俺たちも確認を怠った」
「雪夏のせいよ!あんたがあんなものを見つけなければ!」
「美樹、お前も確認しなかっただろう?」
「もう嫌!嫌よ!刺されて死ぬなんて嫌よ!」
突然美樹が叫びだした。
「美樹さん?」
髪を振り乱して取り乱す美樹を止めようと雪夏が近づくが無茶苦茶に両手を振り回しているため近づくことができない。
「美樹、落ち着け」
龍弥の言葉すら耳に入らないようだ。
荒んだ目をして、雪夏と龍弥を睨む。
「刃物に近づかなければいいんだ。だからそっちに行くな」
美樹は二人から離れるように後ずさる。
その後ろの壁には、剣と銃の飾りがある。
雪夏と龍弥はちらりと横目でお互いを確認し合うと、ゆっくりと二手に離れた。
「美樹さん。落ち着いてください。大丈夫ですよ。きっと帰れます」
「嘘言わないで!どこにそんな保証があるのよ!」
「刃物に近づかなければいいんです。部屋の真ん中でじっとしてましょう。ねっ」
「良い事思いついた」
美樹の唇が上がる。
「雪夏。あなたが死ねばいいのよ。刃物でね」
目を向いた美樹の手が伸びて壁際の剣を手に取ろうとす。
その時、後ろからゆっくり近づいていた龍弥が飛びかかった。
「う”」
倒れ込んだ美樹の体が痙攣する。
「美樹さん?」
美樹の様子がおかしいのを感じた雪夏が近寄る。
飛びかかった龍弥も様子がおかしいのに気がついたのだろう、美樹の上からどくとその体を起こした。
「美樹さん?」
目を見開いた美樹の唇から血が流れ出る。
「えっ?美樹さん!」
パーカーの胸元部分が濃くなっていく。
慌てて美樹がその胸元を見ると、銀のフォークが心臓部分に突き刺さっている。
「美樹!」
その様子を見ていた龍弥も慌てて美樹の体を揺さぶる。
力の抜け切った美樹の体は揺さぶられるままだった。
「俺のせいだ。俺が美樹を殺した」
「違う!これは事故。死者に鞭打つようで言いにくいけど、美樹さんの自業自得なのかもしれない」
呆然としたまま己を攻める龍弥に雪夏は首を振った。
「美樹さんが銀のフォークを何故持っていたのか分からない。だけど・・・隠すように胸元に忍ばせていなかったら、こんなことにならなかった」
苦しそうに雪夏が言葉に出す。
「ちっくしょ~」
美樹の胸元に顔を埋めて龍弥が苦しそうに声を漏らした。
「辛いね。友達全員いなくなっちゃったね」
雪夏がそっと龍弥を後ろから抱きしめる。
「あぁ、美樹も春樹も祥子も浩太も真里も璃紅も皆いなくなった」
「そうだね。でも私がいるよ。ここにいるよ」
歯を食いしばって嗚咽を耐える龍弥の耳元で優しく雪夏が囁く。
「七人でここに来たのに!皆・・・」
龍弥はふっと視線をあげて雪夏を見る。
「どうしたの?」
「俺たちは七人でここに来た。俺と、美樹、春樹、祥子、浩太、真里、璃紅」
一人一人名前を呼びながら指を折る。
七本の指が折れたところで、龍弥は恐怖に引きつった顔になった。
「・・・お前は・・・」
ゴクリと龍弥の喉がなる。
「お前は誰だ」
その言葉を聞いた雪夏の口角がゆっくりと上がる。
「誰って私は雪夏よ」
ゆっくり立ち上がった雪夏は驚愕に目を見開いている龍弥を見下ろす。
そして、微笑んだ。
「あなたの妻よ。私の・・・愛しの・・・・・・旦那様」
今まで纏っていた雪夏の雰囲気がガラリと変わった。
「ひっ!」
龍弥はおどろおどろしい気配をまとった雪夏に身震いをする。
「ねぇ最後の一人の死んだ理由って知りたい?」
「えっ?」
血が通っていないような青白い顔をした雪夏の突然の話に龍弥は怪訝そうな顔をした。
「階段から落とされたの。最後に見たのは・・・愛しいあの人」
「雪夏?」
彼女が話すたびに部屋の温度がどんどん下がっていくようだ。
龍弥の吐き出す息が白い。
「冷たい目をしていたわ。その瞳にはなんの感情も宿ってなかった」
悲しそうに眉をひそめた雪夏は顔を隠すかのように龍弥に背を向ける。
「その時、初めて知った。この人が近づいたのは我が家の財産目当てだって」
ポツリと雪夏の足元で水滴が弾けた。
「好きだったのに・・・信じていたのに・・・」
雪夏の声は悲しみをたたえていた。
「でもね、約束したのよ」
「約束?」
「そう誓いの言葉」
健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、、これを敬い、これを慰め、これを助け、この命尽きても、あなたを愛することを誓います
「この命尽きてもね」
そう言い終えた雪夏の首が勢いよく回り、その視界に龍弥を捉えた。
雪夏の体は前を向いたまま、首だけが180度回って龍弥を見つめているのだ。
「うわああああああ!」
龍弥は勢いよく、後ろにづりさがる。
「待ってた。ずっとあなたが来るのを」
ゆっくり滑るように龍弥に近づいていく。
「くるっ、来るな!」
壁にぶつかり下がるところがなくなった龍弥は敵から身を守るように小さくなって体に力を入れる。
「愛しているわ、永遠に」
青白い顔をした雪夏の顔が龍弥の目の前にあった。
「おっ、おれ、俺は関係ない!」
「いいえ、あなたよ。あなたの魂は龍二様よ」
「違う。俺は龍二じゃない。龍弥だ」
「いいえ、この瞳の色もこの輪郭もこの唇もみんな龍二様と同じ」
ゆっくりと伸びた雪夏の指が龍弥のパーツを愛おしそうに撫でる。
氷のように冷たい感触に龍弥は体の芯まで凍りそうな感覚を感じる。
龍弥は自分唾を飲み込む音がやけに大きく感じた。
「おかえりなさい。龍二様。歓迎会は気に入ってもらえた?」
「皆を殺したのか?」
「あれは事故よ。見てたでしょう」
ふふふふと笑いながら雪夏は続ける。
「私の目的はあなた。後は邪魔な存在」
「だからって、殺していいのかよ」
「お前が言うな!金のために家族を殺したのはお前だろう!!」
「ひっ!」
怒鳴りながら雪夏の目が血走った。
「おっ、俺じゃない!俺は殺していない!」
「本当に?ねぇ、本当に誰も殺してないの?」
瞳孔が開いたままの雪夏が龍弥の瞳を覗き込む。
恐怖の為か声が出ない。
「日記。あの日記さえあなたが持ってこなければ、他の人は死ななくて死んだかもね」
「なんだって」
龍弥の顔が驚愕に染まる。
「日記がなければ璃紅は読まなかった。それによって真里の服が汚れることもなかったし、浩太が救急車を呼ぶために外に出ようとすることもなかった。祥子がショックを起こして浩太の元に行くこともなかったし、裏口探しをすることもなかった。そして、銀のフォークを盗んだとしても、美樹が死ぬことはなかった」
満面の笑みで雪夏は龍弥の耳元に顔を寄せる。
「あなたが皆を殺したの」
蒼白になっている龍弥の耳元で囁いた。
「だからって・・・それで・・」
「そう、誘導したのは私だけどね」
あははは。と面白そうに笑う声が響く。
「あれは、事故だった。どうやって」
「この屋敷にひった時から既に私の術中にはまっていたのよ。引き金さえ引けば死ぬ運命になっていた」
「引き金?」
「日記を捨てるように諭したのは?石鹸を渡したのは?窓枠を指摘したのは?スマホを発見したのは?ミトンを渡したのは?最後の死に方を示したのは?・・・一体誰だったでしょう?」
「おっ、お前!」
楽しそうに笑いながら話す雪夏に龍弥の顔が怒りに染まる。
「途中で春樹くんに疑われちゃった。あの子勘がいいのね」
だから、蜘蛛で殺しちゃったと笑いながら言う。
「お前!」
「本当は、もっと後だったのよ。春樹くんも美樹さんも・・・もっと時間をかけるつもりだった。特に美樹さんはね」
「何故・・・」
「だって、あの女私の龍二様にベタベタ触って許せないわ」
「そんなことで?」
「そんなこと!そんなことじゃない!あなたは私の物!他の人間には触らせない!」
雪夏は突然怒鳴り出す。
龍弥には雪夏の沸点がどこかわからない。
一瞬で怒りを収めた雪夏は、再び慈愛に満ちた表情を龍弥に向ける。
「ねぇ、お友達に会いたいでしょう?一緒においで。ここに皆いるわ」
そう言って雪夏が両腕を広げる。
自分の意思とは別に体が勝手に動き出す。
雪夏は龍弥の瞳をの見つめたままゆっくりと歩きだす。
「やめっ、やめろ」
「ダメよ。だって私の死に方を誰もしてないもの」
廊下にでると、引っ張られるように階段に近づいていく。
「さぁ、龍二様。ずっと一緒に居ましょう」
階段の際に立たされた龍弥は必死に首を横に振る。
「俺はひいじいちゃんじゃない」
「いいえ、あなたよ。私が間違えるはずないもの」
後ろから龍弥の耳元で雪夏は話し続ける。
「愛しているわ。永遠に・・・絶対に逃がさない」
雪夏はその背中を優しく階段に向かって押す。
龍弥が最後に見たのは、心底嬉しそうな笑みを浮かべる雪夏の姿だった。
覚悟を決め目を閉じた龍弥の耳に懐かしい人達の声が聞こえた。