誰が私を殺したの?10
「可能性としては厨房が1番可能性がありますね」
「そうね、配達とかあるかもんね」
再び厨房に来た春樹と雪夏は、壁を中心に探す。
「う~ん、見つからないね」
「可能性は1番高いと思ったんですが」
「そうだね~」
疲れたため息を雪夏が漏らした。
「少し、休憩しませんか?」
「でも・・・早く探した方が?」
「疲れてると集中力も落ちますよ。ちょっと休んでからの方がいいです」
「そうかな?・・・そうかもね」
そういうと雪夏は手近な椅子に腰を下ろす。
「なんか喉渇いたね」
「なにか飲みますか?」
冷蔵庫の中を覗きながら春樹が雪夏に聞く。
「何があるの?」
「えっと、りんご、オレンジ、ぶどう、パイン、キウイ・・・」
「キウイ?飲んでみたい」
「分かりました。僕もこれにしよう」
食器棚から、コップを取り出し注ぐ。
「氷どうします?」
「あっ、私氷は大丈夫」
「どうぞ」
「あっ、ありがとう」
素直に受け取った春樹は一気に中身を飲み干した。
春樹もテーブルを挟んだ向かいの席に座りながら、飲み物を煽った。
「冷たくて美味しいですね」
「うん、氷入れてなくても美味しかったよ」
「僕は、キンキンに冷えた飲み物とか好きなんですよ」
「へ~、私ちょっと苦手かな。考えたら夕飯も食べ損ねちゃった」
「なにか食べますか?」
「ん~お腹は減ってないかな」
「そうですか」
「ありがとう」
雪夏は笑顔で春樹にお礼を言った。
いえいえ、と返した春樹は笑顔で話し出す。
「そういえば、雪夏さん機械とか苦手ですか?」
「えっ?どうして」
「さっき電源の入れ方もわからなかったみたいなので・・・」
「あっ・・・うん・・・ちょっと・・・」
「あっ、僕もダメなんですよ。だから未だにガラケー何です」
「ガラケー?」
「ガラパゴス携帯、これですよ」
「あっ、うん。知ってる。ガラケーって言うんだ」
「雪夏さん、本当に何も知らないみたいですね」
「あははは、新しい物ってついていけなくて」
「みたいですね」
「うん、でも突然どうしたの?」
雪夏は不思議そうに首をかしげた。
「機械系に疎そうだなって」
「うん、機械全般苦手だよ」
「機械といえば、数学の宿題終わりました?」
「えっ?」
春樹は突然話題を変えた。
雪夏はそれについていけなくて、目を瞬いた。
「僕最後の問題が解けなくて」
「あっ、私も出来なかった」
「難しですよね。あの問題」
「うん。先生もなんであんな難解な問題出すんだろうね」
笑いながら雪夏が言う。
突然春樹の顔から笑顔が消える。
「どうしたの?」
「宿題なんて出てないんですよ」
「えっ?」
「雪夏さん・・あなたは・・・」
春樹が口を開こうとした時、慌ただしい足音が2つ近づいてきた。
「まさか!また誰かが!」
春樹が慌てて立ち上がり厨房の入口に向かう。
「おい!大丈夫か?」
息を切らせて龍弥が飛び込んできた。
遅れて美樹も到着する。
「何がですか?」
「どうしたの?」
龍弥は二人の前に置かれた空になったコップを凝視している。
「飲んだのか?」
「えっ」
龍弥は二人に詰め寄る。
「飲みましたけど・・・」
戸惑いながら春樹が答えた。
「大丈夫か?」
「はい?」
「苦しいとか気持ち悪いとかないか?」
「ないですよ」
「雪夏もか?」
「ええ、全然平気ですけど?」
その言葉を聞いて、龍弥の体から力が抜ける。
「一体どうしたんですか?」
「いや、美樹が気づいたんだけど」
龍弥が先程の美樹の言葉を二人に伝えた。
「なるほど。もしかしたらどれかが危ないかも知れないんですね」
「あぁ」
「分かりました。今後気をつけます」
「あぁ、そうしてくれ」
その後厨房を四人で確かめる。
「あっ!」
美樹が突然声を上げる。
「見つかったのか?」
「違うの!指輪が・・・」
這いつくばって食器棚の下を覗き込み隙間に手を伸ばしている。
「取れそうか?」
「あとちょ・・・と・・・取れた!」
嬉しそうに美樹が腕を引き抜いた。
その手を龍弥が見て、顎に手を当てて何かを考えている。
「龍弥?」
「美樹、ちょっと手を見せてみろ」
美樹は埃一つ付いてない綺麗な手を龍弥に見せる。
「春樹!ちょっと来てくれ」
「どうしたんですか?」
少し離れて探していた春樹と雪夏が寄ってくる。
「この食器棚をどかしたい」
「えっ?」
「もしかしたら、新しく動かしたかもしれない」
「どういうことですか?」
龍弥は美樹の手を春樹に見せながら説明をする。
ふつう家具などの下には埃やゴミが溜まる。
ところが美樹の手は綺麗なままだ。
もしかしたら、最近家具を動かしたのではないかという龍弥の推測だ。
「なるほど、可能性は高いですね」
「じゃぁ、中の食器出しちゃいましょう」
雪夏の提案に全員で中身をテーブルの上に並べる。
中がからになったところで、春樹と龍弥が食器棚を動かした。
「ビンゴ!」
そこには、木製の簡素な扉があった。
「やった~!これで出れる!」
美樹が喜び勇んでドアに飛びつこうとした。
「美樹!待て!」
ドアまであとちょっとのところで美樹の手が止まる。
「慎重に行きましょう。何があるか分かりません」
龍弥の言葉を補足するように春樹が付け足した。
ドアになんの仕掛けがあるかわからないため、四人は次の行動に移せないでいた。
「何か厚手のもので、ドアを覆ったほうがいいいかもですね」
「そうだな、布、シーツとか?」
「あっ!」
声をあげた雪夏がシンクの近くの引き出しを開けた。
「これ。使えない?」
そう言って取り出したのはオーブン用の厚手のミトンだった。
それをもって近づいた雪夏は、手を差し出して待っていた春樹に渡す。
「痛っ!」
慎重に嵌めていた春樹が、痛みに顔をしかめてミトンを投げ捨てる。
「どうした?」
指を抑えて痛みに耐えている春樹に龍弥が近づく。
「なにかチクッとした痛みが」
その言葉に、投げ捨てられたミトンを拾い上げると逆さに振る。
ぽとりと何かが床に落ち、瞬く間に隙間へと消えていく。
「蜘蛛?」
小さな蜘蛛が春樹の指に噛み付いたらしい。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。一瞬痛みを感じただけなので。今はもう痛みを感じません」
軽く手を振って大丈夫なことをアピールする。
龍弥は春樹の無事を確認し、ミトンを手にはめずドアノブに巻いて慎重にノブを回した。
しかし、鍵が掛かっているのかドアはピクリともしなかった。
「やっぱりか」
想像してたのだろう、それほど落胆した様子を男性ふたりは見せなかった。
「え~~~!もう、ぐったりだよ」
美樹の喜びは一瞬にして打ち砕かれた。
「他も同じだと思うか?」
「おそらく」
「やっぱり鍵探しか」
「ですね。それが1番早いかもしれません」
二人で考えを合わせる。
「しかたなっ、春樹どうした?」
「何がですか?」
「顔が・・・」
「えっ」
龍弥が不思議がるのも無理はない。
春樹の顔が明らかに腫れている。
「春樹くん。腕も」
雪夏の声に自分の腕を見る、腕には無数の赤い発疹が出始めていた。
途端に、胸を抑えて荒い呼吸を始める。
「春樹!」
崩れ落ちる春樹の体を龍弥が支えた。
「春樹!春樹!」
「春樹くん!」
「春樹!」
荒い息を繰り返したまま、春樹は目を覚まさない。
「雪夏!」
龍弥は心配そうに、膝をついて春樹の手を握っている雪夏に呼びかける。
「お前は大丈夫なのか?」
「私は、全然、なんともない」
その言葉に春樹がこうなった原因が分からず龍弥は舌打ちをする。
「どうすればいい?」
「龍弥!春樹の様子が」
美樹のただならぬ様子に、春樹を見下ろすと、呼吸の感覚が長く全身が痙攣し始めている。。
「春樹!」
「もしかして、さっきの蜘蛛に・・」
「毒!」
噛まれたところが倍以上に膨れ上がり腫れている。
ここには救急車さえこない。
「どうすればいい?くっそ~~」
龍弥は何度も床を叩きながら必死に考えを巡らせる。
「春樹くん!」
春樹が苦しそうに荒い息を繰り返す。
「毒を吸い出せば」
「ダメよ!もし、毒が龍弥くんにも感染したら・・・龍弥くんも・・・」
首を横に振り龍弥の腕を掴んで止めさせる。
「春樹?」
春樹の下腹部が濡れている。
失禁してしまったようだ。
龍弥が慌ててスマホを取り出し電話をかける。
繋がらないそれを何度も繰り返す。
「くっそ~、かかれよ!かかってくれ」
祈るような気持ちで龍弥は同じ動作を繰り返した。
「龍弥くん」
その手に雪夏の手がかかった。
顔をあげた龍弥が見たのは、静かに涙を流しながら首を振る雪夏の姿だった。
「くっそ~~~!」
竜也の怒りに満ちた声だけが室内にこだました。