ワン(陛下作の茶番劇、どうぞご覧ください)
そんな調子で陛下はいろいろと準備をし、ついに茶番劇の決行当日。
だんな様の部隊はこの王都にほど近い場所まで来ている。
「ワン(成功をお祈りしております)」
「なに言ってるの、ケルちゃんには重要な役があるのよ」
「……ワン(……初耳なのですが陛下)」
「言ってなかったからね、大丈夫重要だけど簡単な役だから」
「ワン(具体的にはどのような)」
「あの人を王都からの脱出路に連れてくる役よ」
「……ワン(……部隊にいるだんな様をどうやって連れ出せばいいのでしょうか?)」
「うん、それはね……はいケルちゃん、これもっていって」
陛下は左手の薬指から結婚指輪を抜いて紐に通して俺の首に巻いた。
「それ内側に私とあの人の名前が彫られてる大切なものだから……もしも無くしたら怒るからねケルちゃん」
……持っていきたくない、下手したら拷問されたあげく死ぬじゃないか。
陛下に何とか思いとどまらせる言葉を考えるが思いつくよりも前に陛下が言い放った。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
言われた次の瞬間には気が遠くなるような不快な感覚がし、目の前の風景が歪み霞んでいく。
感覚と視界が元に戻ったときには俺は小高い丘の上にいた、陛下が俺を転移させたわけだがもうちょっと演技の素人からすればアドバイスが欲しかった。
ひょっとして素の演技とかを期待してるのかと考えながら眼下に戸惑うように立ち呆けているだんな様のいるはずの五百人近い部隊を眺める。
誰もが王都を呆然とした様子で眺めていた。
自国の王都が敵に包囲され燃え上がっていたら普通は呆然とするか。
遠くからは怒号と悲鳴そして城門に破城鎚をたたきつける破壊音と炎が燃え上がる破滅の音が重なり合う。
(あはは、派手なことになってるねケルちゃん)
脳裏に陛下のために次の舞台を準備しに行ったエリザの声が響く。
(エリザ様……何か用ですか?)
(こっち終わっちゃって暇なんで覗いてるだけ、劇の内容知らないんだけど面白くなりそう?)
(物語の王道ではありますよ、あっ見つけた)
(何を?)
(だんな様を)
燃える炎と煙のにおいに混じった五百人の中からだんな様を嗅ぎ分けることが出来た、民兵を率いる正規兵だからだろう、だんな様は先頭近くにいた。
丘を降りてだんな様に近づくと指揮官たちの口論が聞こえてきた。
「やはり撤退以外ないのでは」
「馬鹿をいうな、このまま逃げ帰るというのか」
「しかし現実として私たちの戦力では死にに行くようなものですよ」
「ならここで王都を監視して情報収集するというのは」
兵士たちに聞かせないためか声を低く抑えた指揮官たちの横を通りだんな様の元につく。
「ワン(だんな様)」
俺の呼びかけに気づかずだんな様は呆然と王都に視線を向けていた、しょうがないのでだんな様のズボンの裾に噛み付いて引っ張る。
「なんだ……犬?」
「ワン(こっち来て下さい、だんな様)」
引っ張るがどうも俺が陛下の飼い犬だと気づいていないらしくだんな様は困ったようにするだけだ。
(鈍いわね、こいつ)
(いや普通なら俺がここに居るはずないですから気づくほうがおかしいですよ)
いきなり陛下の茶番劇は頓挫かと思ったところで助けがきた。
「どうしたよお前、その犬ケル坊か?」
徴兵されてたのかエド、どうでもよかったから知らなかった。
「言われてみれば確かに似てるが……ん」
だんな様はやっと俺の首にかかった指輪に気づき紐を解いて手に取った、エドがいなかったらやばかったな。
「これは……ジュナの結婚指輪……」
「はぁ?」
「内側に俺とジュナの名前が刻まれてるんだ」
「おいおい、そんなもんを何でその犬は持ってるんだよ」
陛下に無理やり持たされたからだよ。
(あはは、最大の山場だったんじゃないここ、先に進める難易度的に)
(まったくです)
俺はだんな様に背を向けて歩き出した。
「おいケル」
呼ばれた俺は一度だけ振り向きその後走り出した。
「どうするよ」
「……追うぞ」
だんな様とエドのそんな言葉が後ろから聞こえてきた、後は陛下のところまで連れて行けば俺の出番は終わりだろう。
(陛下、上手くいきましたよ)
(ケルちゃん、ありがとう。それじゃあこっちも始めるね)
俺は元居た丘にもどり近くの森に入る、だんな様とエドが後からついてくる感覚がした。
森を少し進むと遠くから争いあうような声と音が聞こえてくる。
「おい、やばいんじゃないかこれ」
「明らかに戦闘してるな」
だんな様とエドがたじろぐがそこに……
「キャァァー!」
陛下の悲鳴がこだました。
その瞬間だんな様は俺を追い越して悲鳴のもとに駆けていった。
「ジュナー!」
(あんな割れた声でもジュナちゃんの声って分かるんだ、愛ってすごいね)
(ただ不安に駆られただけにも見えますがね)
茂みを抜けると何人もの役者たちが切り結ぶ中、だんな様が陛下に切りかかろうと演技していた死兵に飛びかかったところだった。
死兵はだんな様に気づきそちらに剣を振り下ろす、だんな様は死兵が振り下ろした剣をよけざまに懐に入り死兵を切り倒した。
(おお、かっこいい)
(前にこの国の剣術大会を圧倒的強さで優勝したらしいですよ、だんな様)
(それどれぐらい強いの?)
(陛下の見立てでは並みの魔族兵百人と互角ぐらいだそうですよ)
(……微妙な強さね)
(陛下たちに比べては……人間としては化け物じみた強さなんですが)
「ごぼ、魔王ゴーデスさま、ばんざぃ」
倒れ伏した死兵は口から血を吐き流しながらそう言って死んだ、死ぬときまで演技とか本当の役者なら冥利につきそうだがそうじゃないからなこいつら、何か空虚な気分になる。
陛下が作った小道具が散乱する中だんな様は陛下と向かい合っていた。
「……ジュナ」
「……あなた」
陛下はそんなだんな様に感極まったように抱きついた。
「ジュナちゃん何でここにいるの?いやその格好はまさか……」
エドが誰何するように陛下の今の格好は純白のドレスと金のティアラ、どちらにもこの国の紋章が刻まれた王族しか着けることを許されない代物だ。
「あ、あのそれは」
そこに護衛役の兵士が声をかけた。
「殿下ご無事ですか?」
「殿下!」
エドが大仰に驚きだんな様も目を見開いていた、陛下はうつむいてためらうようにしていたがそこに男たちの悲鳴が重なり合って響いてきた。
(何この悲鳴?)
(だんな様がいた部隊が襲われてるんですよ)
悲鳴のおかげでぐずぐずしていられる状況ではないと誰もがわかったらしい。
しかし、部隊の五百名の死を使ってやったことが場面転換か、命を盛大に使っていくな。
「殿下こちらに、お前たちもついて来い」
護衛役が陛下の手を引き陛下は目線でだんな様についてくるように哀願していた。
「おいどうするよ」
「エドお前にはついていかない理由があるのか?」
「無いな、お前のほうは?」
「ついて行く理由があるな」
陛下たちは黙々と森の中を進んだ。
だんな様とエドは陛下にいろいろと聞きたいのだろうが破滅から逃れるために必死という演技をしている陛下たちには話しかけづらいのだろう。
(見ててつまらないんだけど)
(確かそろそろ次のイベントだったと思いますよ)
「あ」
陛下が地面につまづいて転びそうになるがだんな様がそれを支えた、ここに来るまでの道でそれが出来るぐらいに間をつめ転んでも自然なように弱々しく歩いてきた成果だ。
「大丈夫かジュナ」
「ありがとう、あなた……」
おびえるように、不安にさいなまれるように、そしてその中においてだんな様が唯一すがれるものであるように力ない様子を陛下は見せていた。
「なあ、ジュナ……なんでお前はここにいたんだ?」
「……あなた、ご免なさい長くなるの、だからここを切り抜けれてから……」
「そうかじゃあ逃げ切らないとな」
だんな様は陛下をささえ、陛下はすまなさそうに見せながら弱々しく歩く。
王都から届く業火の光が森を赤く照らし破滅が後ろから近づいてくることを知らせ、回りの兵たちはそろって敗北を受けて押し黙り陰気な影を作る。
陛下が作った敗戦の重く苦しい空気は突如なった藪の音によって緊張に変わった。
周りの兵とだんな様たちが藪がなった方向にむき直る、緊張の一瞬がよぎったが藪から出てきたのがこちらの兵だということが分かると安堵する空気が広まったが……
「まずいです追っ手がかなり迫ってきています」
「そうか……足止めが必要だな」
この報告と結論で再度緊張が一気に高まった。
当然その足止めに向かうものは孤軍で敵と戦い命を落とす可能性が極めて高い。
陛下の考えたシナリオではここで周りの護衛役たちがだんな様に後を頼むと言い残して残る予定だ。
「俺は残ろう」
だんな様は率先してそう言い出した、陛下の読みではだんな様は陛下を守るためにそばに寄り添うはずだったのだが外れたな。
「ならば私も残ろう、平民が残ると言っているのに臆するわけには行くまい」
護衛役の中でもっとも位が高い指揮官役がそう言うと他の護衛役からも声が上がり始めた。
「ならば俺も」
「私めも」
(アドリブ利きますね、この死兵たち)
(驚きね)
(いや、あなたが驚いてはいけないのでは?)
だんな様たちは足止めの打ち合わせに入った、議論は熱を帯びながらも冷静かつ迅速だった。
「よし、行くぞ」
「おう!」
短い打ち合わせを終えただんな様たちは指揮官役の指示に声をそろえて唱和した、だんな様たちの顔には死をも恐れない使命感が満ちていた。
そして勢いに飲み込まれて行く事になってしまったエドがわりと絶望的な表情をしていた。
だんな様たちの話は先導役一人を残してみな残ることに決まった。
「ま、待って!」
呆然とだんな様の様子見ていた陛下が声を上げた、陛下の目にはうっすらと涙がにじみ今にもあふれ出しそうになっていた。
(大きく息をしながら目の外側に力を入れれば誰でも演技で泣けれるって前にジュナちゃんから教わったんだけどあれ演技かな)
(さあ?俺に聞かれても)
陛下に呼び止められてだんな様の足が止まった。
「先に行くぞ、来なかったとしてもせめはせん」
そう言って指揮官役はだんな様の肩を叩き、それに習うように兵たちもここに残るように進めるような言葉を残してから森の奥に消えた。
そしてエドも呪うような表情をだんな様に向けながら森に消えた。
(彼、面白いね)
(本人は絶望的な気分なんでしょうけどね)
「ジュナ」
「あなた……」
抱き合う陛下とだんな様、これで話が陛下のシナリオどおりにいくかと思ったがひと時たつとだんな様はすぐに陛下の体を引き離してしまった。
「ごめん……行かせてくれジュナ」
「なんで、なんでなの、何であなたが行かないといけないの!」
「……ここで君と一緒にいるより、彼らと一緒に戦うほうが君が逃げきれる可能性が高い……ただそれだけだ」
(かっこいいこと言うわね、この男)
(口はたつほうですよね)
俺たちの感想を知らずにだんな様は独白を続ける。
「俺は……戦場から逃げたことがある、死ぬのが怖かったんだ。ここで逃げたらジュナ……君よりも自分のほうが大切なのだと俺は自分自身を侮蔑するだろう、だから行かせてくれ」
だんな様の目は真摯で何一つ嘘も偽りも無いことが演技の素人である俺にも分かった、演技の専門家である陛下ならなおさらだろう。
だんな様は名残惜しそうに陛下の目を見つめた後にゆっくりときびすを返し……
「あなた!」
陛下の叫びに足を止めた。
陛下の目からは涙があふれ頬を伝わり地へと雫をたらしていた、引き止めたい行ってほしくないということは、はた目にもわかったが……
「どうか……どうか、ご武運を……」
それら全てを振り切って陛下はだんな様へ両手を組み祈りをささげた、自分の思いよりもだんな様の思いを尊重して。
「……ありがとう、ジュナ」
だんな様は陛下にそう言葉を残して森の奥に消えた。
耐えかねたように力なく陛下は膝をつきうずくまって泣き声を上げ始めた。
「ああ……あ、あうう、あなたぁぁ!」
(ねえ、これ演技だと思う?)
(だから、俺に聞かれても)
俺と先導役しかいない中を陛下はひとしきり泣き続けた、陛下がこんな身も世も無い泣き方をするのはずいぶんと久方ぶりだ。
俺としてさっさと泣き止んで俺を休める場所に送って欲しい、室内犬をこんな森の中を歩かせるもんじゃない、非常に疲れた。
「ひく、あなた」
俺の希望が通った訳でもないだろうが陛下の泣き方は徐々に小さくなっていき、陛下は膝をついて泣くのをやめて立ち上がった。
「ワン(では行きましょうか陛下)」
俺としてはこのままエリザが用意している場所で早く寝たい。
「待ってケルちゃん、そうね、うーん、よしよし、これ面白いわよ、うん」
陛下はそう独白し始めた、なんか思いついたなこれは、俺を送った後に実行してくれるならもんくは何も無いが……
「ねえケルちゃん、愛する人のために圧倒的に強い相手に挑むって素敵だと思わない?」
「……ワン(……今からだんな様より強い者を呼ぶ時間は無いのでは)」
「大丈夫、あの人より強くて、演技が得意な役者の手が今ちょうど空いたから」
ああ、やっぱりそう言い出すのか。