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奥様は魔王  作者: yakiyuki
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ワン(陛下の趣味って他人に迷惑かけますよね)

 むかーし、むかし、伝説を通り越して神話と呼ばれるほどはるかにむかし。

 今は人界と呼ばれている世界の覇権をかけて天族と魔族が争い、人族はその争いに巻き込まれ無為に命を散らしていたという。

 が、そんな人族を哀れんだ《神》は天族を空の向こう側へ、魔族を地の底へと封じたそうな。

それで人族の方は平穏になりめでたし、めでたし、なんだが魔族の方はそうはいかない。

 魔族たちは長い戦いで疲弊していたところに不毛の地下世界である魔界にいきなり閉じ込められて仲良く出来るような聖人君子だけじゃなかったわけだ。

 当然のように魔界はいくつもの国に割れ、それぞれが覇権を握ろうとする戦乱が始まった。

俺が生まれたとき魔界は始まりから続くその永い戦乱の中にあった。

 まあ、ごく普通の野良犬だった俺にとってはそんなこと知りようがなく陛下に教えられたことだが。

 俺は愛玩用の犬で体格には自信がない、当然けんかも弱い。

 陛下とはじめてあった日はよく覚えている、その日は飯に十日近くありつけてなくて路上にうずくまって餓死しかけていた。

 そこに幼かった陛下通りかかり俺の目の前にパンを差し出した。

 無論俺は無我夢中でパンに跳びついた、陛下はその俺をあざ笑うようにパンをひょいと取り上げてこう言った。

「ワンちゃん元気だね、ならこのパンはいらないね」

 そのとき陛下は笑顔だった、子ども特有の残酷さと無邪気さが混じりあい相手の苦しさや絶望が解るからこそ浮かべる嗜虐の笑顔だった。

 俺は怒りに任せて陛下の脚に噛み付いた。

 噛み付かれた陛下は何がおきているのか分からないという顔をしていたがやがて満面の笑顔で俺の前足を持って握りつぶした。

 突然の激痛で脚から口をはなした俺に陛下は優しくこう言った。

「痛かったよワンちゃん」

 優しい、本当に優しい笑みだった。

 そしてやっと悟った、この少女は自分を少しの気まぐれで簡単に殺せる化け物だと。

掲げられた少女の右手が俺の頭に当てられたときはこのまま握りつぶされると恐怖に体が動かなくなっていた。

 死にたくないなと痛みと絶望で暗くなっていく意識の中で考えていたのを覚えている。

 次に目をさましたときは見たことの無いような豪華な部屋の中に居た、まあ陛下の部屋だったわけだが。

「あ、ワンちゃん起きた?」

 幼い陛下は期待するような目で俺を見ていた、警戒する俺に陛下は笑いながら語った。

「初めての部下は私に歯向かってきたのを倒して味方にしたかったの。だって英雄の一番の部下ってそういう人多いでしょ、天人魔界を征服する私にはそんな部下がふさわしいと思うのよ」

 幼い陛下はそう俺に力説してくれた、陛下は昔から劇や物語に影響を受けやすい質だった。

俺のケルントという名前も陛下の一番好きな劇《女帝フェデリカ》の女帝の部下からつけられているぐらいだ。

まあとにかく、そんな理由で俺は陛下の眷属になって魔界統一大戦を潜りぬけることになったわけだ。

 当時はまさか本当に魔界を征服できるとは夢にも思っていなかったが意外と運と実力に恵まれれば出来るもんだ。

 で、魔界を統一したので子供のころの目標どおり陛下は人界への道を見つけ出し、好奇心に任せて散策していたところだんな様と出会って、恋に落ち、結婚して今に至る。

 何を言っているか自分でもよく分からないが事実なんだからしょうがない。




 台所から陛下の機嫌よく口ずさむ歌が聞こえてくる。

陛下は切り刻まれ、すり潰され、焼かれ、煮られる材料の苦痛を考えるとぞくぞくするらしく料理するのはもともと好きだが今日はそれだけじゃない。

だんな様が自分をすがってきたことと、今後だんな様の評判が上がるのが嬉しいのだろう、そう考えていると陛下はふと料理する手を止め俺に話しかけてきた。

「ねえ、ケルちゃん」

「ワン(何でしょうか陛下)」

「あの人を拷問したら楽しいかな?」

「……ワン(……たぶん楽しいんじゃないですか)」

「それじゃあ今度正体を隠してやっちゃおうか」

適当答えたらやることが確定になった、まあいいか俺に不都合は無いし。

満面の笑顔で料理を再開した陛下はだんな様にどんな拷問をするかいたずらでもするような軽く明るい気分で考えているのだろう。

しかしまあ、陛下の毒牙がついにだんな様に届くのか、かわいそうに。

「……ただいま」

 とか思っていたら帰って来たよだんな様が。

「おかえりなさい、あなた。ふふ、今あなたのこと考えていたんですよ」

 どう拷問するか考えていたと知ったらだんな様どんな顔をするだろうな、そう思いながらだんな様の顔を見ると……

「ああ……ありがとう、ジュナ」

……様子がおかしい、いつもは自分の不幸さに気づいていない柔らかい笑顔を浮かべているのに今日はまるで苦悩するかのように伏し目がちだ。

陛下もだんな様の様子に気づいているようで不安そうな顔をしていた。

「……ごめん、食事にしよう」

 自分の暗い表情で陛下を不安にさせている事に思い至ったようで笑顔を浮かべるが、やはりどこか暗く見える。

 陛下は夕食をよそい、食卓にいいにおいが広がるが空気はいぜん重い。

 なにがあったのかねこれは、自分の妻が猟奇殺人鬼だということにでも気づいたか?

「あなた……どうされたの」

 陛下が空気に耐えられなくなったのかついに問うた。

 だんな様は苦悩を深め、一瞬うつむいたが意を決したように陛下に向き直って応えた。

「離婚しよう」

 衝撃の言葉。

陛下は何を言われたかもわからないかのように呆ていた。まあ、献身的(少なくとも本人的には)に尽くしていた夫からいきなり言われたら普通呆けるか。

 やがて陛下も何を言われたか呑み込んだようだった。

「な……なん……で」

 うわあぁ……

 陛下に飼われて長いけどこんな表情初めて見たよ。八つ裂きかな、いやそんな程度で済むわけがないか、かわいそうに。

「……戦争に行くことになった」

「え……」

「魔族の侵攻はこの国をおびやかしている……その魔族たちを討つために前線に送られることになった」

ああ、考えてみればそうなる可能性はあったのか。

「あなた、止めて……」

「ごめん……それはできない」

「お願い……私と……この国とどちらが大切なの……」

「……俺にとってこの国を守るということは君を守るということなんだ。この国が一秒でも長く平和なら、その時間だけ君が平和に暮らせる」

この国を守りたかったらその守りたい陛下を殺すのが最良だろうがな。

「だけど、そのために君を長い間一人でさびしくさせたくは無いんだ、だから……」

 そこまでだんな様が言ったとき陛下はテーブルに身を乗り出し、自分の唇で続く言葉をさえぎった。

「……それ以上は言わないで、あなた」

「……ごめん」

 そして陛下とだんな様はどちらとも無く抱き合った。

 雰囲気が良くなり、居づらくなってきたので勝手口の下側にある小窓から外に出る。

 あー……俺もつがいが欲しい。

頭が良くて自分と言うものを持っていて体臭が良くて健康な雌を希望。




一週間後。

街の中心にある広場にはだんな様をはじめ、徴兵され魔族との戦争に……殺し合いに出る男たちとその家族、恋人が集まっていた。

彼らのうち何割かは死んで帰ってこないだろう、そのことを皆知っているからかそこかしこで今生の別れのような会話が繰り広げられていた。

「……あなた……必ず帰ってきて」

「ジュナ……必ず……必ず帰ってくる」

 泣き腫らし赤い目をした陛下もだんな様の手を取って別れを演じていた、帰らせるのは簡単だ今すぐ侵攻をやめればそれでいい。

「行ってくる」

「……ご無事で、あなた」

 二人の口から最後に出たのは長い別れになるかもしれないときに使う言葉としてはありきたりなものだった。

地に這う人間たちの気など知らないように空は抜けるように青く美しかった、陛下はだんな様の後ろ姿をいつまでも……姿が見えなくなってもなお見守っていた。

 まさか日が暮れるまで見守り続ける気かとも(その場合俺も付き合い続けないとならない)思われた陛下だったが、やがて……

「さあ、行くわよケルちゃん」

「ワン(どこにでしょうか陛下?)」

「言ってなかったけ?」

「ワン(申し訳ありませんが聞かされておりません、どちらに行こうとなされているので)」

 陛下は笑顔だった、俺が知る限りこれは怒りをためているときの笑顔だ。

「この国の王様の所よ」




「……たすけ、助けてくれ、たのむ……命だけは」

 おそらくこの国で一番歴史と伝統のある国王の部屋。

 この両腕両脚をもがれ体中に穴をあけられ床に這いつくばりうめいている男がこの国の王様。まあ、なんだ陛下の逆鱗に触れた自分の行いを悔やむといい。悔やんでもそれを活かせれる

ことはないと思うが。

「命だけ、ぷぎゃ……」

 死にかけている国王のうわ言を完全に無視して陛下は頭に足を置いて踏み抜いた。

 ペキャっと軽い音とともに脳しょうが飛び散り、床と陛下の足を汚す。

 清純そうな奥さんといった風情の格好で血まみれ死体を踏みつけているのは正直シュールきわまるな。

「ケルちゃん」

「ワン(どうされました陛下)」

「勢いで殺しちゃったけど、これからどうしよう?」

困ったら俺に丸投げする癖どうにかしてくれよ、考えるのが面倒だから。

まあとりあえずいつも通り陛下が好みそうな案でも言っておくか。

「ワン(このままこの城を乗っ取ってしまうというのはどうでしょうか)」

「どういうこと?」

「ワン(旦那様が徴兵された街から前線までにはこの王都があります、旦那様がこの王都についたときに事件を起こし……)」

「あの人に解決してもらうの?」

「ワン(はい、そうすればあの方はこの世界で英雄と呼ばれるようになるでしょう)」

「……素敵ね。それで行きましょうケルちゃん」

言って陛下は殺したばかりの男の血液を使って床に召喚円を書き始めた、別に血でなくてもいいらしいがそこは陛下の趣味だ。

 何でこう悪趣味なんだろうなと考えている間に召喚円が完成して光を放ち始める。

完成した召喚円から出てきたのは夜色の髪と瞳、背中や胸元が大胆に切り込んであるナイトドレスを着た淫魔の女王エリザ。

「あははは、どうしたのジュナちゃん、悩み事?夫が淡白、それとも変態趣味でもあった」

血と脳しょうにまみれた陛下を気にもせずエリザはにこやかに陛下に話しかけた。

まあ、この程度で驚いていたら陛下の部下なんて出来んよな。

「エリザ呼んだのはそういう相談じゃないの。ケルちゃん説明お願い」

「ワン(それではエリザ様……手短に言うと陛下のだんな様が魔王軍との戦いに徴兵されて家を出て行ってしまい、それに怒りを覚えられた陛下がこの国の王を殺しました)」

「ふーん、それで?」

「ワン(それでこれからどうするか考えたのですが、この王都をのっとってしまおうということになりました)」

「あははは、なるほどそれは私向きだね」

 実際エリザには一つの国をのっとった実績がある。

魔界統一大戦のときエリザは西の強国の王を、家臣を、民を一人残らずとりこにし、死を恐れぬ兵にした。

本当にまったく死を恐れなかったため西の国は大戦が終わるころには人口を十分の一にまで減らしていた。

 それについてエリザはこう言っていた、『思った以上に残しちゃったな』と。

 エリザはもともと西の国に滅ぼされた小国の王族でその復讐のために親友だった陛下の眷属にくだった。

 そのためもはや目的もないのに元は西の国だった領土を治めさせられ、明るい外面とは真逆に精神は虚無的になっている。

「お願い、エリザ手伝って」

「……分かった分かった、実際こっちのほうが少しは楽しそうだし」

 しかし妹分の陛下の言葉には簡単に折れた、まあエリザの唯一残った生きてる理由が陛下だからな。

「それで、人間ってどんな感じなの、伝承どおり弱いの?」

「そうねすごく脆弱よ、けどだからこそ愛おしいわ」

「ひゃははは、キャラ変わったねジュナちゃん。ほんの少し前まで拷問と戦闘以外に興味なかったのに」

「あら、劇も昔から大好きよエリザ」

「いやあんたの作った劇って実際あったことばかりじゃん」

「だって私たちの人生ほどの劇的なことってまずありえないと思わない?」

 確かにわずか一代で弱国の王家の末子から統一されたことのない魔界を統一なんて世界が滅びるまで語り継がれる偉業だよな。

「で、実際やってみての感想はどんなかんじよ」

「え、それは……その、言わないとだめ?」

 自分の目でその偉業を見てきたけど信じがたいな。




 抜けるような晴天が目に痛い昼日中。

城の中庭には何人もの人間と魔族が集まり、新しいこの城の支配者の言葉を拝聴していた。

「はーい、それじゃあ早速通しで一度やってみましょう」

『了解しました、魔王陛下』

 陛下が考案した茶番劇の説明を受けた洗脳済みの城兵や魔界から呼び寄せたエリザの死兵たちはそう唱和して劇の稽古に参加していった。

 なんとはなしにエリザとともに劇の稽古を眺めているとあちらも暇なのか語りかけてきた。

「洗脳するの簡単すぎて拍子抜けなんだけどね、正直私一人で人界の支配者層ぐらいなら洗脳しきれるんじゃないかな」

「ワン(陛下はやらせないでしょうね、最高のおもちゃを壊すようなことですから)」

「人生を楽しんでるね、ジュナちゃんは」

 確かに陛下はいつも楽しそうにしているな、趣味にいつも全力だからだろうか?

陛下の趣味は拷問、戦闘、作劇、演劇、観劇、あと最近はだんな様の世話。

 最初の一つがあまりにもまずすぎるよな。

 そんなことを考えていると、やがて陛下はできの悪い人間の役者を集めだした。

「はーい、みんなそこに並んで」

『了解しました、魔王陛下』

「ワン(何をされる気で陛下)」

「ふふ、一度やってみたかったのよ、本物の死体を小道具にするの」

 ああそうですか、意外性はないな。

 陛下は整列した小道具の材料に向かって腕を突き出して軽く横に振るった。

 陛下の魔力になぎ払われた材料たちは即死した無表情に近いものもいれば激痛にさいなまれた苦悶のしわが顔中に刻み込まれたものもいた。

「うーん、これとこれはいいできだけど他はいまいちね、もう何度かやろうかしら」

 そうつぶやいて陛下はまた材料たちを並べてなぎ殺した……あんな尊厳のない死に方は正直自分はまっぴらごめんだが材料連中はいやな顔ひとつしない。

 満足されるだけ雰囲気づくりのための小道具を作った陛下はそれらに保存の魔法をかけて変化を起こさないようにした。

「ねえ、ケルちゃん」

「ワン(何でしょうか、陛下)」

「これ戦闘で死んだ死体ってことにしたいんだけど、だとしたら魔族の分も無いと不自然かしら」

「ワン(そうですね、不自然かもしれません)」

「うん、じゃあ魔族分もやっちゃいましょうか、いいわよねエリザ」

「あははは、いいよ、やっちゃって、やっちゃって」 

エリザから許しも出たので陛下は早速死兵を並べてなぎ殺した……エリザからしてみれば死兵は一人でも多く殺して欲しい存在なわけだ。

 そんな風に軽く虐殺を楽しむ陛下の元に一人の人族が地図を携えて近づいてきた。

「魔王陛下、命じられていた計画案が出来上がりました」

「ありがとう、ねえケルちゃんこれでいいかしら?」

 そう言って陛下は渡された地図を俺に広げて見せた。

 地図は王都とその周り一帯を書き記した巨大なものでそこにはだんな様の部隊が通る予定の街道とその日付。

街道のどこからもっとも展望よく王都の町並を見ることが出来、どこに火をつければ派手に燃え上がっているように見えるかの調査結果。

 それらから導き出される陛下の劇を演じるのに最良の場所に×印がつけられているが……

「ワン(だんな様の部隊と接触するのはもう少し王都に近いほうがいいのではないでしょうか)」

「何で?」

「ワン(炎の音が場に臨場感を与えるかと)」

「なるほど、音か……なら門を破ろうとする破砕音とかも臨場感あるかも」

陛下はだんな様との再会を少しでもよいものにしようと知恵を出してがんばっていた、俺だったらもっと別の方向にがんばって欲しいけどな。


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