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奥様は魔王  作者: yakiyuki
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ワン(陛下を四字熟語であらわすと残虐無比か純情可憐だと思います)

ごく普通に恋をして

 

ごく普通に結ばれた二人

 

ですが普通でないことが一つ

 

奥様は残虐な魔王だったのです

 



 仕事に出ただんな様を見送った後、陛下は足りなくなっていた野菜を買うために街に出た。

「こういうのはどうかしらケルちゃん?」

「ワン(何でしょうか陛下?)」

 家を出てすぐに陛下はペットである俺にたずねてきた、陛下は考えをまとめるときに俺に話しかけてくるのでいつもの日常だ。

「誰かに頼んで、あの人の両親や兄弟を目の前で殺させちゃうの」

「……ワン(……それで)」

「その後そいつは私を殺そうとするんだけれど、そこであの人に眠っていた力が目覚めて私は助かるの。肉親より私のほうが大切だとあの人思うんじゃないかしら?」

「ワン(話としてはありきたりですね、やるのでしたらだんな様も半殺しにしてからの方がいいのでは?)」

 いつも通りに適当なことを言っておく、まあ我ながら問われると答えを返したくなる性分なのだろう。

「あら、なんで?」

「ワン(だんな様は自分よりも陛下の方が大切だからこそ力が目覚めた、そう思われるかと)」

「……素敵ね。採用よケルちゃん、いつかやりましょう」

 陛下は気に入ったシナリオが出来たことで上機嫌に歌を口ずさみはじめた。

 こんな女に惚れられたあの衛兵は世界一、いや史上一不幸なんじゃなかろうかとは思う。

 まあ、一部分を抜きで陛下を女性として評価するなら満点なんだろうがなぁ……

少女から女性に変わる過渡期にしかない美しさを歴史的な芸術家が彫ったかのように整った容姿、長い金糸のごとくなめらかな髪、紡がれる声は至高の楽器が奏でるような美しさ。

性格も悪いわけではない、相手に尽くしたり喜んでもらうために努力したりもできる。

そのため家事全般も得意になった。

問題がある部分は趣味嗜好が最悪だということだ、それもかなり壮大に。

 例えば『世界が魔族の侵攻で社会不安の中でも貧しくも仲むつまじく暮らす夫婦って素敵じゃない』とか言って人界侵攻を始めたり。

『人族が滅んだあとに世界に唯一残った夫婦になるってロマンチックじゃない』とか言って人族滅亡を決めたり。

 人族がどうなろうとどうでもいい事だがこんな理由で滅ぼされたんじゃあ、たまったもんじゃないだろうな。

考えているうちに近所の八百屋についた。

「こんにちは、今日のお勧めの野菜はなんですか?」

「こんにちはヘルジュナちゃん相変わらずきれいだね、どうだい俺の嫁になってくれないかい?」

「あら、私もうあの人のものですよエドさん」

 言いながら陛下は左手を顔に添えてさりげなく薬指の結婚指輪を主張した、結婚してもう半年たつのにまだ結婚したこと自体に幸せそうだ。

 一年間幸せでいたいなら結婚しろって言うしあと半年たっても幸せでいられるかどうかが、だんな様の寿命を決めるんだろうな。

 殺されるならまだましだが、最悪の場合は趣味の対象として永遠に生かされるのか、かわいそうに。

「いいなあ、何で俺嫁さんできないんだろう……」

「かわいい人にすぐ声をかける不誠実なところがだめなんですよ」

「うるさいやい、今日のお勧めはパプリカとズッキーニあとはトマトだよ」 

 陛下は銅貨五枚を払って、パプリカ二個とズッキーニ一本、トマト二個を買った。

「ほれ、ケル坊にはこの鳥の骨をやろう」

「ワン(ありがとうございます)」

 礼を言いながら骨に噛み付くと適度な硬さが歯に気持ちいい。

「よかったねケルちゃん」

「ワフ(ええ)」

 何で人間はこの快感を楽しまないのか、生きるにあたって損しているとしか思えない。

 陛下とエドがたわいもないことを話しているのを適当に聞いていると近くの路地から何人もの衛兵が出てきた。

 彼らは大の男ほどもありそうな布包みを抱えて去っていった、包みからは嗅ぎなれた鉄さびくさい血のにおいが漂ってきていた。

「……何かありましたか?」

「ああ、ほら例のあれだよ連続猟奇殺人」

「まあ……」

 陛下はまぎれも無く驚いていた、猟奇殺人の犯人である自分は昨日だれも殺していないのに何で殺人が起こるのかと。

順当に考えれば別人の仕業か?

「はじめて見たけどひどいもんだったよ、前線から流れてきた魔族の仕業て噂は当たってるかもな」




 まじめな顔で行き来する衛兵たちの横を陛下はうきうきとした様子で歩いていた。

死体は衛兵たちの詰め所に保管されたので陛下は衛士たちに認識阻害の魔法をかけて自分のことを認識できないようにして見学しようとしていた。

「考えてみれば同じ趣味の人の作品って見たことなかったわね、どんなのかしらケルちゃん」

「ワン(さて、なんとも言えませんね)」

猟奇殺人の被害者を作品って言いましたよ魔王陛下は、別にいまさら驚きはしないが。

 陛下とそんな風に話しながら進むと奥まったところにある死体安置所の扉まで来ていた。

「どんなのかな、どんなのかな♪」

 リズムに乗せて口ずさみながら陛下は扉を開いた、部屋に入るとすぐにその死体は視界に入ってきた。

「これね」

「ワン(そのようですね)」

 なんというか陛下の作る死体に比べれば非常にシンプルだ、腹を割かれて内臓をいくつかつぶされている程度。

 迫る死の恐怖に顔はゆがんでいないし、またぐらが激痛で緩んだせいでぬれてもいない。

 陛下もその点に気づいたようで怪訝な顔をしていた。

「ねえケルちゃん?」

「ワン(何でしょうか陛下)」

「この死体どう思う?」

「ワン(この死体は殺された後に偽装として損傷されたのではないでしょうか)」

「ケルちゃんもそう思うか……」

 陛下は顔に手を当てて考えていたがやがて輝くような明るい笑みをうかべた。

「ねえケルちゃん」

「ワン(何でしょうか陛下)」

「これって私に模倣犯が罪を着せようとしたわけだけど、その模倣犯を私が殺しちゃうの、面白い話になると思わない?」

 少し想像してみる、人を殺して自分が疑われることがないかおびえている模倣犯。

 その前に現れる美しい女性、少しだけ恐怖が和らぐが突如その女性が本性を表し牙をむく。

『模倣犯さん私が本当の猟奇殺人鬼ですよ』と優しい笑顔をうかべながら。

「ワン(なかなか怖いですね)」

「でしょう、そうでしょ」

 そのとき陛下は自分が考え付いたシナリオに満足し満面の笑みを浮かべていた。




「や……やめ、たすけて」

 模倣犯だった……名前知らないな、ジョンと呼ぼう。

陛下はジョンを魔法で見つけ出し両脚を大剣で切り捨てて部屋に転がしていた。

 まあ、なんだジョン。世の中事故で死ぬことはあるから今日がそのときだったと思え、たぶん拷問で死ぬことになるけど。

「助けてって言われても……まだ準備も終わってませんよ」

 言いながら陛下は振り上げた大剣をジョンの胸に肋骨が砕けるが内臓を傷つけない絶妙の力加減で叩き込んだ。

「ぐべあ!」

 苦鳴を無視して陛下はそのまま刃を下へと切り落としていき股の直前で止めた。

 ジョンの口から出るものはあまりの激痛に苦鳴から悲鳴に変わり、激痛で緩んだ 股から小便の異臭が漂ってきたが陛下は気にしなかった。

「はい、それではゲームの説明をします」

 陛下はばりっと軽い音を立てながらジョンの前面を左右に開いた。

早鐘のように鼓動を刻む心臓、狂ったように収縮と拡大を繰り返す肺、彩るような恐怖で血の気の引いた内臓たち。

こんな感想を普通にうかべるようになったあたり自分も陛下に調教されきってるな、わけもなくむなしい気分になる。

「ルールは簡単、内臓を二人で交互に握りつぶしていきます。一度につぶせるのは二個までです、最後の内臓をつぶしたほうの負け。どう簡単でしょ」

 飼い犬の気分なんて気にもせずに陛下はジョンへにこやかに言い放なった、そのルールじゃどう転んでもジョン死ぬな。

 そのことを理解できる程度の思考能力が不幸にもまだ残っていたらしくジョンは完全に絶句し歯の根がかみ合わない音だけがひびいた。

 まあ、殺さなかったら陛下の魔王という身分はともかく猟奇殺人鬼という正体はばれるんだから殺すのは当然か。

「それでは最初の二つ」

 陛下は楽しそうに笑いながら胃と肝臓を握りつぶした、当然だがジョンの口から今までにない巨大な悲鳴があふれ出してきた。

「ああ……いい声」

 陛下のうっとりとした表情は無垢といっていい純粋な喜びに満ちあふれていた、まあいつものことだ。 

 喜びに満ちた陛下の前でジョンが絶叫を続ける力がなくなり荒い息をつく。

「さあ、次はあなたの番ですよ」

 言って陛下はジョンの両手にすい臓を握らせた。

 ジョンは慈悲を乞うように首を左右に振った、陛下は優しい笑みをうかべながらそっとジョンのすい臓を握ったままの手を両手で覆った。

 そしてすい臓をジョンの両手ごとつぶした。

 二度目の絶叫。

うるさいことこの上ないが、陛下に言わせるとすべての悲鳴はまったく違う響きと趣があるらしく飽きることなく恍惚とした顔をうかべていた。

「あらいけない、治さないとゲームが続けられませんね」

 陛下が大剣をジョンの両手に当てるとまるで時間をまき戻すようにつぶれた両手が元に戻っていく。

 この大剣は《憤怒剣》といい魔界で五本の指に入るほどの魔法具で、死人も蘇らす強力な回復能力が付与されている。

何でそんな名前なのか由来を知ってはいるが能力と名前があっていないとつねづね思う。

「さあ、練習は終わり。次は本番ですよ」

 そう言って陛下はジョンの回復した両手に心臓を握らせた、脈動で自分が何を握っているのかを気づいたらしいジョンは大声で陛下に許しを請い始めた。

「助けて!助けてぇ!助けてぇぇ!」

「ふふ、好きなだけ悲鳴をあげていいですよ。ひょっとしたら助けが来るかもしれませんし」

 認識阻害の魔法をここら一帯にかけているから助けが来るはずないが、陛下はなぶるためにジョンに言った。

「おい、何があった、大丈夫か!」

「やめろって、なに考えてんだお前、狂ったか?」

「聞こえないのかエド!この悲鳴が!」

 来たよ助けが、しかもこの声は……

 陛下も俺と同じことに気がついたようで声がひびく扉に愕然とした視線を送った。

「ケ、ケルちゃん、この声ひょっとして……」

「ワン(だんな様じゃないでしょうか)」

「やや、やっぱり!」

「ワン(陛下、外に声が聞こえますよ)」

 言うと陛下はあわてて自分の口を押さえた。

 その後は早かった。

 陛下はまず助けが来たことで希望に満ちたジョンの顔に大剣を叩き込んで頭を真っ二つにした、陛下に目をつけられたにしては楽な死に方だ。

 その後足止めのためにゴーレムを作った。どれぐらいの強さかは知らないが、人間としては異常に強いだんな様なら大丈夫だろう。

大丈夫じゃなかったらたぶん死ぬことになるのだろうが。

思っているうちに陛下は俺を抱えて扉とは逆側にある窓から飛び降りた。

 部屋は二階の高さにあったが陛下にとってはちょっとした台から飛び降りたのと大差はなく地面に降り立ったときにも揺れすら感じなかった。

 そしてジョンの血で汚れた体を魔法で清め《憤怒剣》をしまうと、部屋から扉を破る音とエドの悲鳴そしてだんな様の雄たけびが響いてきた。

「ワン(ギリギリでしたね)」

「そうね、危なかったわ」

陛下が魔法の効果を切ったようでいまの悲鳴に駆けつけた人々の更なる悲鳴が上がる。

「ワン(しかし……なんでだんな様には陛下の魔法が効かなかったんでしょうね)」

「うーん、たぶん私の眷属だからじゃないかな」

「ワン(どういうことですか?)」

 眷属というのは、魔法のそして命の源である魔力を支配することで下僕にした存在のことだ、陛下には俺を含めて六人と一匹の眷属がいる。

 六人の内の一人がだんな様で一匹が俺なわけだが眷族は命の源を支配されているのでいつでも主は眷族を殺すことができる。

 だが眷属側から魔力の流れを操って逆に主側を支配し返すことも出来るらしい。

それでもなぜ眷属などというものを求めるかといえば主と眷属は魔法的には同一とか何とかの理由で五感や思考を共有できるからだ。

陛下がだんな様を眷族にしたのは正にこのため、『あの人といつでも一緒にいたいの』と陛下は微笑んでいた。

そんな理由で夫をいつでも殺せる状態にしたのかよとは思ったが、考えてみれば普通の夫婦でも包丁一本で寝込みを襲えばいつでも殺せるし大差はないのかもしれない。

ともかく俺が眷属について知っているのはこの程度、そもそも魔法の知識がほとんどない俺には眷属には魔法が効かないというのは理解が出来ない。

「魔法式が自分には効かないようにできてるんじゃないかな?それだと眷属のあの人も効かないことになるから」

「ワン(そういうものなんですか)」

「そういうものなの、さて」

 裏道に入ると人だかりが出来ていた、ジョンの家が陛下とだんな様の家の近所だったため見たことある顔ばかりだ。

 そのうちの一人、近所の噂好きの主婦に陛下は何が起こっているかわからない風に装って話しかけた。

「この騒ぎどうされたんですか?」

「あらジュナちゃん、猟奇殺人鬼よ、猟奇殺人鬼がまた出たのよ」

「まあ……」

 陛下は顔をうつむかせ沈鬱な表情を作って見せた、その表情は本当に不安げでついさっき人を惨殺してきたと見抜くやつがいたらそいつはむしろ狂人のたぐいだろう。

「けど安心していいわよ、あんたのだんなさんが見事に殺人鬼を倒しちゃったらしいから」

 だんな様勝ったか、まあ負けて死んだとしても《憤怒剣》で生き返らせれるから陛下としてはどっちでもいいんだろうけど。

「あの人が……そうですか」

 陛下が驚いたように見せたとき人だかりが二つに分かれてざわめきが収まっていく。

 人だかりから出てきたのは全身を赤い液体に濡らしただんな様だった、陛下のゴーレムは悪趣味なことに血が中に詰まっていたらしい。

 だんな様の様子は明らかに尋常ではなかった。

目は血走り、息は千里を駆けて来たように荒く、片手には愛剣を引きずるように力なく下げ、そもそも目の前が見えているのかも怪しい。

格下が相手とはいえ命を懸けた戦いをして尋常でいられる奴はよほどの戦闘狂ぐらいだろう、陛下を筆頭に魔界にはいくらでもいるが。

 陛下も自分の価値観を基準にして楽しんでくれるかな程度の気持ちだったんだろうが、だんな様のあまりの様子に申し訳なくなったようで顔を曇らせた。

「あなた、大丈夫?」

「ジュナ……」

 陛下はだんな様に演技で無く真実心配して話しかけた、その陛下の右手をだんな様はすがりつくように握った。

「ごめんジュナ、少しだけこうさせてくれ」

「あなた……」

 陛下は優しくだんな様を抱き返していた、陛下の顔にはすまなさそうにする謝罪と最悪の状況下で自分にすがり付いてきてくれた嬉しさが等分になって浮かんでいた。


 だんな様は奥様を真実愛していました


 奥様もだんな様を真実愛していました


 ですが重ねて言います、奥様は残虐な魔王だったのです


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