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綾子さんとその周辺の人々

現代の女性の恋愛観について、話をしよう

作者: 高山直

この作品はあるジャンル、系統、作品、作者様を批判するものではありません。

ご不快に思われた方がいましたら、先にお詫び申し上げます。


 教室の窓から、涼しい風が吹き抜ける。薫風爽やかな初夏の日頃、五月病や季節の変わり目の倦怠感もなくなり、何かに集中して打ち込むには打ってつけの季節がやってきた。

 友人たちが趣味やサークル、部活動に精を出す中、私が選んだのは、もっとも忌避されそうな事――勉学、である。

 と言っても、確固たる目標に向かって勉強に励むわけではない。私は自分の知的好奇心を満たすため、とある講義を熱心に聞こうと決意しているだけだ。つまり、完全なる個人的欲求だ。


 ガラガラと、立て付けの悪い引き戸を開き、初老の男が入ってきた。白いものが混じるもじゃもじゃした髪を、普段以上に爆発させ、しわくちゃのシャツにカーキ色のニットベストを着た彼は、目下のところ、私の1番の興味対象である。正確に言えば、己の知的好奇心を満たしてくれる講義の生みの親が彼なわけだから、彼自身に興味があるわけではないのだが、私が胸を躍らせる授業は彼によって行われているわけだから、両者に大きな差はないだろう。


 『現代若者文化研究科』


 それこそ、私が今最も執心している、興味探求心を持たずにはいられない、新しい分野である。



***


 米内教授は、眼鏡の奥の瞳をしきりに瞬き、ひどく落ち着かない様子で教壇に立った。

 その姿に、おや? と思う。彼はだらしない身なりの反面、穏やかで優しい人格者であり、この学部の教授陣の中では格段の人気を誇る人物だ。私は同意した事はないが、友人たちは教授を『可愛い可愛い』と絶賛する。それには疑問を呈するが、私も「落ち着いた人だなぁ」とは常々思っていた。

 だと言うのに、今日の教授はそんな落ち着きを全く見せない。無意味に眼鏡を拭いていたり、手元の資料と私たちの顔とを見比べ、せわしなく手を動かしたり、えへんえへんと咳払いをしたりする。よくよく見ると、ベストの釦を掛け違えていた。靴も左右逆である。


 いよいよ不思議に思って教授の一挙一動を注視していると、彼の中で一応の折り合いはついたのか、最後に一度ごほんと咳をし、今日の議題を口にした。


「現代の女性の恋愛観について、話をしよう」


 面白い。

 彼にしては意外なそれに、今日は一体どんな話を聞かせてくれるのかと、わくわくしながらノートを開いた。






◆1、イケメン>ハンサム


 私たちの世代、見目の良い男を女性たちは「ハンサム」と言ったものだが、現在その言葉は「イケメン」という言葉に取って代わられている。

 諸君の母親たちは、この「イケメン」という言葉を好まず、「ハンサム」を使いたがる人もいるかもしれないが、その語源まで遡ってみると、どちらかと言えば、「イケメン」の方が、世間一般が受ける印象はいいのだろう。

 「イケメン」の語源として有力なのは、「イケてる面子」あるいは「イケてるメンズ」の略語であるというものだ。つまり、“イケてる”「顔」または「メンズ=男性」である。厳密に言えば、複数の男性を表す英語は“メンズ”ではなく“メン”なわけであるから、男性を表す意味としてメンズを使っているならば、誤用という事になるが、こうした現代語には誤った表現が溢れているため、今回それを深く掘り下げる事はしない。

 次に、「ハンサム」についてである。

 「ハンサム」は、「hand(ハンド)」「some(サム)」という英語からきている。これはそれぞれ訳すと、「手で」「扱い易い」となる。つまり意訳すると、「女性を簡単に扱える」言わば“女ったらし”に近い意味があるのだ。

 これを聞いて諸君はどう思うだろうか。

 「ハンサム」と「イケメン」、どちらがより好ましい表現かね?



◆2、シンデレラ・コンプレックス


 知っている人も多いだろう。これは、「シンデレラのように、幸せな人生を与えてくれる王子の出現を期待する」女性の深層心理の事である。

 つまり、自分が幸せになる為の努力を放棄し、男性に自分の未来を依存する事であり、女性の自立に逆行する心理現象と言えるだろう。

 諸君はこの栄華女子大に通っているのだから、各々自立心や自尊心は、世の同年の女性たちよりは高いと思われる。しかし、そんな諸君でさえ、この心理には、納得せずにはいられないのではないだろうか。

 私は、この心理を調べるため、学書ではなく、世の中に無数に出回る携帯小説やオンラインノベル、少女漫画や雑誌を読み漁った。そして、ある系統の設定が、非常に人気が高い事を知ったのだ。さて、何だと思うかね?

 ――そういった小説類の中で、とりわけ目を惹いたジャンル……『平凡少女』が主人公という作品が、数多く溢れ、また、同時にとても需要のあるジャンルであったのだ。

 『平凡』。つまり、「特に秀でたことがない」ことである。そしてそれらの小説は、そのほとんどが、『平凡』な少女を異性として好きになる、所謂『イケメン』との物語であった。

 どうだろう、これこそ、シンデレラ・コンプレックスの代表例と言えるのではないだろうか。

 現実的に考えて、何の取り柄もない者が、多岐に渡って有能な人間の心を掴むと思うかね? 勿論違う。人間は、その人特有のある要素、すなわち個性に触れて好ましさを覚えるものだし、そういった個性に惹かれ合う者たちは、得てして同程度のスペックを保有しているものだ。努力して自分を磨く者は、同じく努力して自分を磨く者に惹かれる。努力を怠り『平凡』である者は、やはり同じような者と結ばれるのだろう。『平凡』な主人公ではなく、相手の男の立場に立った場合、「平凡」な女性と「多岐に渡って、あるいは特定の分野に於いて有能、または個性ある」女性のどちらを選ぶかと言われれば、迷うまでもないだろう。むろんこれは、両者の性格が同じような性質である事が前提だ。そしてそれは、等しく諸君にも言えるはずである。「平凡」な男性と「イケメン」、どちらを選ぶかね?


 さて、少し趣旨を変えて、この「平凡」な女性の相手役、すなわち「イケメン」について語ろう。

 私は先程から、あえて「イケメン」と称していたが、シンデレラ・コンプレックスを抱える女性が考える「イケメン」は、どちらかと言えば、むしろ「ハンサム」に近い意味を含むのだ。

 つまり、顔がいいだけでは駄目。有能で、女心を分かっていて、何から何まで察してくれる――それでいて、自分を好きでいてくれる――。そんな人物を、彼女たちは求めるのである。

 いきなり現実論だがあえて言おう。諸君より長く生きた身として言えば、そんな都合のいい人間はいない。

 仮にいたとしても、そういう、男としてだけでなく、人間としても最上級な男性は、同じく最上級の女性と関係を持つのが世の理だ。そんな男が、フリーでそこらを歩いているわけがない。近しい例を挙げると、それらの創作類には「仕事の出来る素敵なイケメン独身上司」が登場するが、現実には「仕事の出来る」「素敵なイケメン」「独身上司」の三つが揃う事はまずない。部長、課長というのはそれなりの年齢の者が務めているのが大多数であり、また、多くが既婚者であろう。私もこれまでの人生で、三拍子揃った人物にはお目にかかった事がない。


 そうした現実を、女性が理解していないとは考え辛い。理解はしているが、理解しているからこそ、「逃避」「投影」この二つを表すために、「平凡」主人公というジャンルを打ち立て、打ち込むのだろうと思う。



◆3、男心


 以上の事から、女性は男性に、「女心を察して欲しい」と思っている事は明らかだと思う。諸君も同じように考えているのではないだろうか。

 だが、女性が男性の「男心」を理解しているかどうかは、甚だ疑わしい事である。

 創作類を読む中で、私は一つ違和感を覚えた。

 女性作家の作品と思われるものの内、作中で登場するヒーローが、ヒロインの無意識上目遣い、加えて涙目ないしは赤面という表情に、ときめく事例が多い事だ。

 何が違和感かと言うと、大多数が、その一つのみを「男心」を擽る動作と表現し、その他には、これと言って何か「男心」を刺激する表情・動作・行動を書き著わしていない事である。

 これには台詞という言葉による表現は含まないが、そうした視点で見れば、成程、表現の一元化――ワンパターンに陥っているのが分かる。これは作者たちが、同じく同ジャンルの他作品を読み、共感し、倣うからに他ならない。作者自身が男心を解するならば、もっと多様で、様々な表現が生まれて良いはずである。言ってしまえば、全ての男性が涙目の上目遣いに心動かされるわけではないのである。それは「作中」の「ヒロイン」に「ベタ惚れ」している「ヒーロー」に限った話であり、現実も同じ一元化した「男心」とは限らないのである。







 そこまで語って、教授はまた言葉に詰まった。次の言葉を躊躇うように、視線をさ迷わせ、身体を前後に揺する。

 米内教授の口から「イケメン」や「ハンサム」という単語が出た事にも驚いたが――これに関しては、面白かったという方が近いが――、やはり最も驚くべきは、彼がまだ講義途中であるにも拘らず、吃って言葉を続けられない事だろう。

 米内教授はいつも、流れる様に言葉を紡ぎ、優柔不断に自分の都合で講義を中断させる事はない。

 その珍しい姿をまじまじと見つめれば、ぐちゃぐちゃと頭を掻き毟った後、弱々しく、言った。


「……それでは諸君。仮に君が“平凡”とは言わずとも、少し人より秀でたくらいの能力の持ち主であったとして、外見が良く仕事もでき、性格も温厚で人柄も良く、何より君を心から愛している男性がいきなり現れたとして、君はその男性と二人で幸せになれるだろうか。今日の講義の内容を吟味して、自分の考えをレポートにまとめて欲しい」


 そして、教授は教室を出ていった。ざわざわとざわめく生徒の声を浴びる背中は、どこかしょんぼりとして、寂しそうに見えた。



***


 数ヵ月後、米内教授の講義が休講になった。

 風邪だろうかと心配して他の教授に尋ねると、彼は笑って教えてくれた。


「娘さんの結婚式だそうだ。綾子さんと言ったかな。一度、お相手の方とご挨拶に来てね。綾子さんは穏やかで家庭的な人だったが、旦那さんになる方は色々と飛び抜けていい男でね。あんな好い人が旦那なんだ、米内さんも安心だろう」


 それを聞いて、あの時の教授の態度、講義、そして課されたレポートの意味が、一つに繋がった。


 レポートを躊躇ったのも分かる。なにせきっと、あれは彼の個人的な願いからきたものだ。娘と歳の近い私たちの考えは、果たして自分の娘が相手の男と幸せになれるか、測るための材料だったのだろう。


 やはり、米内教授も、一人の親だったというわけだ。


 娘の結婚にあれこれと思い悩む教授。その姿が容易に浮かび、今まで同意出来なかった、「教授は可愛い」という言葉に、初めて心から共感して、あのもじゃもじゃ頭の愛すべき教授に、親愛の情を感じた。


人生経験の浅い女が男心を語ってすみません。

エッセイですがフィクションの一つとして受け止めて下さい。


というか私はエッセイの意味を間違えていると思うの。


5/28 誤字脱字訂正

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― 新着の感想 ―
[一言] ち、ちくしょぉ…萌えちまった… お父さん萌えに新たに目醒てしまった…!
[良い点] 面白い。恋愛小説というジャンルの男と女の傾向としても考えさせられる中々面白い…エッセイ?でした。 主人公の学生が当初は疑問に思っていた「教授は可愛い」という言葉が、教授の謎の落ち着きの無…
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