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Code;π  作者: 藤文章
虚構の楼閣
8/18

08 Little east 02

 帰宅した俺は部屋のソファーに寝転がりながら、過去の出来事を思い返す。

 それは目を閉じるだけで、まるで昨日の事のように思い出すことができた。




 『サムエル・セミコンダクター創立記念祝賀会』


 窓から見える看板にはそう書かれている。

 車――リムジンには俺と祖父、そして時遠博士も一緒に乗っていた。


「すっかり遅れてしまったようだ。時遠、お前の家族も来ているのだろう?」


「ああ。透も一緒にな。きっと東子ちゃんが目当てだろう。あやつは私と同じで面食いだからな」


 笑いながら話す時遠博士。


「秀光、お前も東子と会うのは久しぶりか?」


 祖父が俺に尋ねた。


「うん。あいつぜんぜんいえにかえってこないから……」


「ヤキモチかい? 秀光君?」


「ちがうってば」


 それはそんな他愛もない話をしている最中だった。

 車が会場の駐車場に入った途端に轟音が響く。

 辺りは騒然としていた。


「どうした?」


 祖父が運転手に尋ねる。


「何か……会場の方から煙が上がっています」


「おじいちゃん、父さんとトーコが!!」


 俺は叫んだ。


「行かなくては」


 祖父が車から降りようとしている。


「待て北條!! お前が行ってどうする!? 何か起きたようだ。ここは私に任せて、お前は今から会社に戻って陣頭指揮を取れ!!」


「……すまない」


 はっとして謝る祖父。


「私はここで降りる。秀光君は……」


「おれもはかせといっしょにいきたい」


「仕方がない……。時遠、秀光を頼む」


 家に寄る時間はない、子供を会社に連れて行っては邪魔になる。

 そう判断したのだろう。

 今の俺にとっても、この時の祖父の行動は正しかったと思う。


「いいからさっさと行け!!」


 俺は時遠博士と一緒に車を降りた。

 祖父と博士はお互いに頷くと、車は駐車場を出て走り去った。


 博士に抱きかかえられた俺は、人波を掻き分けながら会場へと向かう。


「秀光君。この先はずっと目を瞑っていなさい。いいね?」


「はい」


 俺はしっかりと目を瞑った。

 当時は父や祖父の言うことなど、ロクに聞きもしなかった俺だが、どういうわけか博士の言うことだけはよく聞いていた。それは今の透にも通じる、何か不思議な魅力があったからなのかも知れない。


「博士!! それに秀光君!?」


「桐野君か。君は大丈夫だったか?」


 震えた声で話しているのは三咲の父親だった。


「はい。ですが、博士のご家族と北條さんは……」


「どこにいる?」


「あっ、はい、こちらです」


 博士が小走りしているのが分かった。


「北條君……東子ちゃん……なんてことだ。……っ!」


 それを聞いた俺は、博士から“しまった”という雰囲気を感じる。

 口にしてはいけないことを口にしたような。


 そう。

 俺はあの時……その言葉を聞いて目を開いてしまった。


 そこにあったのは凄惨な光景。

 天井は吹き飛び、外壁は崩れ、所々には煙が上っていた。


 至る所に血まみれで折り重なっている――ついさっきまで人間だったモノ。

 手足は吹き飛び、顔は焼かれ、臓物が撒き散らされている。

 博士の肩から顔を上げた俺は、吐き気を催すような()えた臭いに顔をしかめた。


 地獄というものが存在するなら、こんな光景なのかも知れなかった。


 俺は再度目を閉じたが、もう遅い。

 その光景は脳に焼き付いて二度と離れなかった。



 俺をそっと床に降ろす博士。

 今度はしゃがんで俺の頭に手を置き、優しく語りかける。


「すまない秀光君。見てしまったからには仕方がない。君は男だろう? 覚悟を決めなさい」


 コクリと頷く俺。

 しかし、小さかった俺に覚悟などできるはずもない。

 もちろん博士も分かっていて、わざと言ったのだと思う。


 博士に手を引かれた俺は、桐野のおじさんに案内された先で、父さんを見つけた。


「父さん!!」


 博士の手を振りほどいた俺は、父さんの元へと駆け出す。


「待ちなさい。秀光君」


 聞けるはずがなかった。

 そこには頭と背中から大量の血を流し、四つん這いになった父さんの姿。

 下には、血まみれで痙攣している当時の透と、切り傷とひっかき傷だらけの東子。


 父さんが二人を庇ったのだろう。

 周りには血の付いた多くの瓦礫が落ちていた。


「父さん!!東子!!」


 何度呼んでも返事がなかった。

 しかし、不思議と涙は出ない。

 博士の言葉があったからかも知れない。


「透しっかりしろ!! 透!! これはいかん。あれが暴走しているのか……」


 同じく駆け寄った博士が透に向かって叫んでいる。

 今思えば、「あれ」とは一体何だったのだろうか。

 当時の俺にはそのようなことを考えている余裕はなかった。


「博士!! 研究所の医療班を乗せた車がこちらに向かっています。せめてお孫さんと東子ちゃんだけでも……」


 桐野のおじさんが言う。


「分かった。先に二人を連れて研究所に戻る」


 そして、救急車よりも早く到着したサムエルの医療班。

 二人は手際よく担架に乗せられて運ばれていく。

 俺も博士と共に車に乗せられ、研究所へと向かった。


 車が会場を離れたとき、窓の外に多数のサイレンが近づいてくるのが見えた。

 俺は赤ランプを見ながら、さっきの父さんのことを思い出す。

 今頃になって涙が出て来たが、俺は堪えて平静を装った。



 それを聞いたのは二人が収容された直後のことだった。

 俺はドアの隙間から博士と医師の会話を聞いていた。


「……東子ちゃんが?」


「はい。外傷は問題ありません。しかし、なぜかは分かりませんが、意識はあちら側にあるものと……」


「しまった!! 北條君が伝えたのか……」


「バベルからの報告では、あちら側も大変なことになっているそうです。すでに部隊を派遣したとの事ですが……」


「困った。私はこれから透の処置をせねばならない。ちょっとサムエルに繋いでもらえるか?」


「分かりました」



 俺は居ても経ってもいられなくなり、研究所のアクセスルームからログインした。



 俺はホームへと降り立つ。

 バベルから緊急警報が出ているが無視した。


 コンソールを起ち上げた俺は、バベルの家族向けサービスを選択する。

 それは東子がインプラントをした際、父さんが申し込んだものだった。

 居場所はすぐに判明し、俺は東子の元へとシフト(転移)した。



 シフトした先はサムエルの領域。

 そこはついさっき見たのと同じような光景だった。

 構造物はそのほとんどが破壊され、残骸と思しきクラスターが多数漂っている。


 俺はクラスターを削除しながら東子を探す。

 場所も座標も合っているはずなのに、なかなか見つからない。

 子供の足で探せる範囲など、たかが知れていた。



「なんでガキがこんなところにいるんだ!!」


 突然の怒鳴り声に驚く。

 走ってきたのは、武器で身を固めた当時のゲンさんだった。


「この領域は封鎖される!! 帰れ!!」


「トーコ……いや、いもうとがここにいるんだ!!」


「妹だあ!? ここはお前のようなガキが居ていい場所じゃない。帰れ!!」


「いやだ。みつかるまでかえらない!!」


「ったく……次から次へと。ウィルスの次はガキかよ。俺は便利屋じゃねぇぞ」


 頭を掻くゲンさん。

 そして何度かの押し問答。

 ついにゲンさんは折れて、一緒に探してくれることを了承してくれた。




「おい!! あれか?」


 ゲンさんが片手に持ったナイフで、前方を指し示す。


「えっ? あっ! みつけた!!」


 俺は遠くの方で、瓦礫の陰にうずくまっている東子を見た。


「かえるぞトーコ!!」


 通信を繋いで叫ぶ。


「おにいちゃん!!トーリくんがみつからないの!!」


 俺に気付いた東子が同じように叫ぶ。


「いますぐかえるんだ!!」


「トーリくんをみつけるまでかえらない!!」


 誰に似たのやら、頑固な妹に腹が立ってくる。

 叫びながら近づくが、瓦礫のせいで思うように進めない。


「ったく、消しても消してもキリがねぇな。デカいのかましたら、あの娘に当っちまうしなぁ」


 大きな瓦礫を削除しながらゲンさんが呟く。



 そんなことをしていると、前方に光が集まり始める。

 何かがシフトしてくる気配。

 これから何か良くないモノが現れる。

 子供の勘がそう告げていた。


 それは俺と東子のちょうど中間辺りに降り立った。


 女性を模した異形のモノ。

 誰もが息を飲むような造形。

 その身体は、まるで磨いた水晶で出来ているかのように滑らかだった。



 こちらに顔を向けたそれは、俺たちに向かって手をかざす。

 周囲に多数出現するのはコンソールだろうか。


「ありゃ何だ? あんなの見たことねぇ……って、なんかやべぇ! 悪いが一旦引く!!」


 ゲンさんは俺をひょいと持ち上げると、そのまま勢いを付けて後方へと走り出す。

 俺たちが構造物の残骸へと身を隠したのと同時に、辺りは大きく吹き飛んだ。


「おい!! お前ら聴こえるか? わけの分からねぇのがいる。手の空いたやつは今すぐこっちに来い」


 ゲンさんが通信を入れながら発砲している。


「……ちっ、障壁を持ってやがるな。手持ちの弾じゃ効かねぇ」



 すると、シフトの気配。

 俺たちの後ろに出現したのは、肩にバベルの印章を付けた二人の男だった。


 その中の一人が言う。


「すんません隊長、他の連中はまだ掃討中っす」


「分かった、仕方ねぇな。目標は向こうにいるアレだ。目的はアレの後ろにいる子供の救出。いいな?」


 そう言って、ゲンさんは親指で残骸の後方を指すと、陰から覗いた二人が声を上げた。


「うほー!ありゃすげぇ!!」


「ホームの飾りに丁度いいな」


「お前ら、舐めてかかるなよ?」


 ゲンさんが一喝する。


「「イエッサー!!」」


 敬礼してはいるものの、真面目にしているようには見えない。



 そして戦闘は開始された。

 彼らは各自の相棒(・・)を展開させると、二組で向かっていく。


「トーコきこえるか? おまえもかくれろ!!」


 俺は東子に通信を入れるが、返事がない。

 恐怖で声が出ないのだろうか。




「隊長マズいっす!! 子供が人質にされてます」


 向かった男の一人から通信が入る。

 ゲンさんが俺にも聴こえるように音声を回してくれた。


「クソがっ!!」


 俺たちは慌てて物陰から出て走り出す。


 異形のモノは片手で東子の頭を持ち、それを自分の前に掲げていた。

 そして、もう片方の腕は次第に刀のように変化していき……。


 無表情だった口が歪んだ。



 その刀はゆっくりと――――


 後ろから東子の胸を貫き――――


 投げ捨てた――――



「トーーコーーー!!」


 俺は絶叫した。


「なんてことしやがる!!」


 ゲンさんは両手にナイフを持ち、憤怒の形相で走り出す。

 それに続いた男達も雄叫びを上げながら、一斉に襲い掛かった。

 

 しかし、その勢いも空しく、手前で障壁に弾き飛ばされ、瓦礫の山へと無残に打ち付けられる。

 それでもゲンさんは発砲するが、弾丸は届かない。

 手前で全て分解されているようにも見えた。


 そして、どこかにシフトする気配。

 無力な俺たちは、それをただ見ていることしかできなかった。


 呆然としているゲンさん達。

 俺は真っ先に走り出し、東子をしっかり抱き締めた。


 少しづつ光となって消えていく東子の身体。

 その煌めきは、まるで線香花火のように見えた。


「トーコ!! おい、トーコ!!」


「おにいちゃん、ごめんなさい」


「しっかりするんだトーコ!!」


「わたしのさいごのおねがいきいて」


 苦しそうにしながら東子は言う。


「トーコ!!」


「おねがいだから、きいて」


「わかった……わかったよ……」


「おにいちゃん、トーリくんをおねがい」



 それが最後の言葉。

 

 もはや原型を留めない程に崩れた身体。

 絞り出すように口にした最後の言葉。

 そして、身体を一度だけ大きく光らせると、次の瞬間には細かな粒となって消え失せた。

 俺はその大きな光の中、最後の一粒がどこかへシフトするのを見た。

 あれは涙が見せた幻だったのだろうか。


 そして、俺は物心付いてから初めて――――


 初めて声を上げて泣いた。



「あの野郎……こっち見て笑いやがった」


 ゲンさんは呟きながら、その大きな拳で残骸の壁を殴り続けていた。




 これが復讐を決意した日。

 俺が見た全て。


(マスター、失礼します。脈拍が正常値を超えています。大丈夫ですか?)


 心配性の相棒が頭の中から語りかけてくる。

 少し興奮してしまったらしい。


「ああ、大丈夫。大丈夫だよ。サガリス」


(……はい)


 俺はゆっくりと目を開き、大きく深呼吸してソファーから起き上がった。

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