07 Little east 01
ここはどこだろう。
さっき大きな光に飲まれたところまでは覚えている。
俺は死んでしまったのだろうか。
度の強い眼鏡をかけたように、辺りはぼやけている。
まるでセピア色をした霧の中。
自分の周りですら見通せない。
手足の感覚すらなかった。
しばらくすると、次第に目の焦点が合ってきた。
そこに見えて来たのは、赤ん坊の頃の俺だった。
父さんと母さんが俺を見て笑っているところ。
祖父ちゃんが俺を抱っこしているところ。
家族みんなで食事をしているところ。
まるで紙芝居を見ているように、次々と浮かんでは消えていく幸せそうな光景。
これはすべて自分の記憶だった。
俺はリプレイされる自分をただ見つめていた。
そして、それは小学校に入学してから最初の夏休みまできた時だった。
見覚えのない場面に俺は違和感を感じた。
場所は祖父ちゃんの研究施設。
そこは俺が脳チップのインプラントをした場所。
夏休みを利用して、1ヶ月あまりを過ごした場所だった。
あの子は――――?
祖父ちゃんに連れられた女の子。
自分の記憶にない光景に混乱する。
そこには間違いなく小学生の俺もいた。
「透、お前に紹介する。東子ちゃんだ」
「こんにちは。わたしはトーコ」
「おれはトーリ」
「よろしくね。トーリくん」
「うん、よろしく」
「なんだか、にたようななまえだね。あはは」
会話が聴こえてくる。
見ていくうちに、おぼろげながらも像を結んでいく記憶。
俺は研究所でこの子に会ったことがある。
なんで忘れてたんだろう。
夏休みを毎日一緒に過ごした、長い髪の女の子。
「透、仮想世界にログインしてみなさい。向こうには東子ちゃんが居るから、心配しなくていい」
「うん、でもどうやるんだろ? じいちゃんむずかしいよ」
「目の前に板みたいなのが浮いてるだろう? それを指で触ってみなさい」
「これかな? なんかテレビみたいなのがでてきた」
「そう、それだ。そこに矢印の絵があるのは見えるか?」
「うん、みえる。これを“ぽちっとな”すればいいの?」
「その通りだ透。もっと大きくなったら、しっかりアクセントを付けて言うんだぞ? 分かったか? それじゃ、やってみなさい」
「よくわからないけど、わかった。ぽちっとな」
これは俺が初めて仮想世界にログインした日だ。
「あ! トーリくん! こっちにきたんだね」
「ここはどこ?」
「ここはかそうせかいだよ」
そうだ。
あの時、あの子がは仮想世界で待っていてくれたんだ。
仮想世界に行けるようになってから、俺たちは毎日研究所の領域で遊んだ。
「ね、トーリくん、トーリくん、ちょっとみてて?」
「うん!」
「いい? よーし、それっ!」
「うわー、すごいな。おれにはそんなことできないよ」
「「えー? かんたんだよー?」」
「すごいなー、すごいすごい!!」
「「あははっ、ほめられちゃった」」
これは夢で見た場面だった。
とても不思議な子だった。
あの時、あの子は俺のすぐ目の前でエイリアスを2つに分けた。
当時の俺は凄く驚いた。そして今も驚いている。
そんなことができる人間は見たことがないし、聞いたこともない。
「トーリくん、こんなたのしい日がずっとつづけばいいよね?」
「うん」
「ねぇ、ねぇ、トーリくん」
「なに?」
「わたしね、トーリくんのことがね……」
「えっ?」
「ううん、なんでもないの」
「そう?」
「わたしね、ずっとトーリくんのそばにいてもいいかな?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、やくそくね」
「うんっ、やくそく」
これも夢で見た場面だ。
とても楽しかった思い出。
いつも俺を気遣ってくれた。俺に対して優しかった。
妙に意識して、名前すら呼べないほどに好きだった。
ほんとに大好きだった。
今から思うと、初恋だったんだと思う。
なんとなく、誰かに雰囲気が似てるような気がした。
そして、夏休み最後の日曜日。
俺は研究所に迎えに来た両親にパーティ会場へ連れて行かれた。
研究所の所員から、「あの子も向こうで待ってるよ」と聞かされていた。
会場に着くと、そこには着飾った大人達がたくさんいた。
俺はその中からでもすぐ、綺麗な服に身を包んだあの子の姿を見つけることができた。
隣にいるのは、いつも研究所にいる人。
あの子の父親だった。
俺に気付いたあの子が手を振っている。
そうだ。
俺はこの先を知っている。
ここでどんなことが起こったのかを覚えている。
あの子の元に駆け寄った俺は、出された手を照れ臭そうに取った。
俺は照れ隠しに後ろの両親のほうを振り返る。
両親がこちらへ近づいてくる。
(来ちゃだめだ)
(来ないでくれ)
閉ざされた記憶を見てはいけない。
そう理性が告げる。
(だいじょうぶ。わたしがずっとそばにいるから)
いつかの声。
その瞬間に悲劇は起こる――――――
轟音と共にテーブルが吹き飛ぶ。
近づいた母さんが弾けて吹き飛び、四方八方に飛び散った血が俺の顔を赤く染める。
隣にいた父さんの身体は腰から上が存在していなかった。
砂煙が上がり、辺りからさらなる轟音が聞こえた。
何が起こったのか分からなかった。
しかし、両親は一瞬にして消えたのだと頭では理解した。
俺は崩したパズルのようにバラバラになった両親を見つめた。
感情が思考に追い付いた瞬間、俺の中の何かが狂い出す。
涙と鼻水と嘔吐。
我を失って泣き叫ぶ。
あの子の父親が何かを話している。
後ろから誰かに抱き留められている感触。
振りほどいても離れない。
何かを叫んでいるが聞こえない。
何度も振り回す。
何度もしがみ付いてくる。
何度も叩いて蹴飛ばした。
それでも離れない。
ついにはその長い髪を引き千切った。
目の前で惨たらしく両親を失った痛みと悲しみ。
大好きな女の子を踏みにじった罪悪感。
俺にはとても受け止めることなどできなかった。
心の奥深くに封じ込めるしかなかった。
あれから目が覚めた時には病院のベッドの上だった。
その時にはもう、あの日の両親のことも、あの子のことも思い出せなくなっていた。