05 Buddy
「ね、トーリくん、トーリくん、ちょっとみてて?」
「うん!」
「いい? よーし、それっ!」
「うわー、すごいな。おれにはそんなことできないよ」
「「えー? かんたんだよー?」」
「すごいなー、すごいすごい!!」
「「あははっ、ほめられちゃった」」
やかましい電子音で目を覚ます。朝っぱらから、うるさいな。
部屋の端末を通して着信アリ。
ったく誰だよ。
「……はいー?」
俺は寝ぼけ眼でコンソールの“通話”をタップ。
そして、毛穴が見えるくらいにアップで映し出されたのは……。
「今日も明日もあなたの親友、西川です。おはよう、トーリ!!」
俺は寝ぼけ眼で“切断”をタップ。ふて寝。
再度やかましい電子音で目を覚ます。さっきから、うるさいな。
部屋の端末を通して着信アリ。
ったく誰だよ。
「……はいー?」
俺は寝ぼけ眼でコンソールの“通話”をタップ。
そして、全身が映し出されたのは……。
「今日も明日も明後日も あなたの親友 西川デェス!! Check it out Yeah Check it out Yeah 良い朝だな おはよう トーリ Yeah!!」
早朝からラップかよ……。
しかも、わざわざ全身が入るようにカメラ調整したのか。
俺は寝ぼけ眼で“切断”をタップ――しようかと思ったが、つい爆笑してまった。
不覚だ。
「頼むから、朝からそれは勘弁してくれ。で、どうした?」
俺は画面の向こうでチェキラしてる、ご機嫌なモーニングラッパーに聞く。
「ただのモーニングコールさ Yeah Yeah 早く学……おっと、じゃな!」
一方的に通話が切られる。どうしたんだ。
コンソールの時計を見ると、ギリギリの時間だった。
モーニングラッパーに一応の感謝。
支度が終わって気合い一発。
「よし、行くか! Yeah!!」
ひょっとして感化されてないか俺。
なんとか小走りで間に合った。
教室に着いた俺は机に鞄を掛け、息を整えながら着席。
「おーっス! トーリ、久しぶり!」
突然、席の前に誰かが来た。誰だっけ。
俺は目をパチクリしながら、しばし熟考。
1.えっと、ド忘れしてる。
2.いきなり「誰だっけ?」なんて、小心者の俺にはとても聞けない。
3.Yeah?情報源のラッパーはどこに行きやがった。どこにも居ねーヨ。まったく使えない奴だ。
4.すると、頭上の豆電球がピカッ。気がしただけ。ちょっと長いけど、思い出した。
5.かわいい女の子と出会えることを楽しみにしながら、家からパン咥えてダッシュしたものの、交差点に飛び出して、車に当って交通事故。相手の車は警察官で、親まで呼ばれて病院のベッドの上で説教された、全治2週間の今井君じゃないか。
話し掛けられてから、ここまで思い出すのに僅か5秒。
しかも5だけは即興のラップだぜ。Yeah!!
俺が持つ灰色の脳細胞は今日も絶好調だった。
「おう、今井久しぶり! 身体は大丈夫?」
俺はちゃんと労りの言葉でフォローする。
忘れてたとは言え、クラスメイトだからな。
「昨日退院したんだけど、問題ないね。朝からすこぶる快調快便さ。今度からパン咥えてダッシュはやめて、駅前で目についた女の子に片っ端から体当たりしてみようかと思うんだ」
それ普通に捕まるからな。
「いや、今井さん、それは流石にマズいだろ」
「いやいや、時遠さん、もちろん冗談だよ」
いっぺん死んでみる?
「あっ、今井くんっ!!退院おめでとうっ」
桐野が今井に話し掛けてきた。
おっ。今井照れてるな。
「でっ、時遠。アンタ秀光がどこ行ってるか知ってる?」
声が1オクターブ低い。
この差はなんだよ。
「いや、知らないな。連絡すればいいだろ? “幼馴染”なんだから」
幼馴染を強調してやった。
今井の顔がビックリ顔から、寂しそうな顔になったのは気のせいだろうか。
「連絡つかないから、アンタに聞いてるんでしょうがっ」
おう。ツンツンですよ。ツンツン。
まあ、この先も俺にデレることはないけどな。
いいものが見られたので、褒めて遣わす。
「桐野、お前今日もいい女だな。良い意味で」
「バカにしてるのっ?」
「してないって。だいたい、俺の恋人じゃないんだから、そんなの知らないよ」
うんざり気味で答える俺。
半分演技だけどな。
「あ、あ、当たり前じゃないのっ!!なんでアンタなんかが秀光の恋人なのよっ!!」
桐野の顔真っ赤だよ。
なんかいいなぁ。すごくイイ。
「桐野、お前かわいいな。良い意味で」
さらに褒めて遣わす。
「アンタっ、文章の後ろに“良い意味で”を付ければ、何でも許されると思ってないっ?」
当然思ってますよ。
なんてったって、祖父ちゃん直伝だからな。
「そんなことないさっ、良い意味でっ」
ちょっと桐野の真似をしてみる。
あれ、なんだか表情が怖くなって。
「あのさ時遠っ。アンタいっぺん死んでみる?」
そういうことは思っていても、口に出して言ってはいけませんっ。
素敵な午後の昼下がり。ポカポカ陽気で目は虚ろ。
俺は頬杖を付きながら、午後の授業を聞いている。
もし、今ここに布団が用意されているなら、3秒で寝られる自信があった。
「……と、そういうわけで、現在君達の脳に入っているチップは、生体物質からなるナノマシンの集合体だ。しかしながら、50年程前……まあ、君達の祖父母くらいの代では、この技術はまだ確立されていなかった。手間がかかる上に、膨大な費用が必要だったそうだ。それも今では技術の向上とインプラント工程の簡略化、更には社会保険も利くようになったため、仮想世界へのパスポートは誰でも手にすることができるようになったわけだ」
(ふわあぁ)
俺は欠伸をしながらウトウト。
眠い。眠過ぎる。
「……さて、君達も小さい頃に経験したと思うが、人間がインプラントを行なう際は、最初数回に分けて注射器で体内に送り込まれる。そして、数週間かけて脳の視床下部にチップとして形作られた後、最終的に各部の神経と接続されて完成となるわけだ」
瞳がゆっくりと完全に落ちていく……もう限界だった。
すまない先生。俺はもうだめだ。
(Zzz)
シトシトと雨が降る中、坊さんの読経が聞こえている。
祖父ちゃんの葬儀が粛々と行われていた。
花輪には普段コマーシャルで流れるような大企業ばかりが並び、一度も見たことがない礼服の大人達が大勢参列していて、焼香が済むたびに俺に一人一人お辞儀してくる。普段の生活からは考えられない程に豪華な葬儀で、俺は終始恐縮していた。
そんな中で、これで俺の家族は誰も居なくなったんだなと、一抹の不安。
この先、俺はどうなるんだろう?
そんなことを考えていた。
そして、葬儀が終わってぼんやりしている俺に話し掛けてきたのは、背の高い青年と、やけに威厳のある風貌の老人だった。
「君に会うのは10年ぶりくらいになるのかな。まあ、今の君は覚えてはいないだろうね。私は君の……時遠博士の友人だよ。それと、こっちは私の孫の秀光だ。いずれまた会うこともあるだろう」
そう言って、老人が隣に居る青年を紹介する。
「俺は西川秀光だ。よろしく」
屈託のない笑顔で手を差し伸べる青年に、俺もはにかみながら手を出す。
「今は色々と混乱しているかも知れないが、今後については何も心配はいらない。私にできることは君のお祖父さんに代わって全てやるからね。これから通う学園のことも話は聞いている。必要な手続きはこちらで済ませておいた。何かあれば連絡しなさい」
俺はお礼を言って連絡先を受け取った。
そう言えば、あの後も結局連絡することはなかった。今思えば、「何も心配はいらない」の言葉は真実だったわけだ。今が何不自由なく生活できているのも、西川の祖父ちゃんのお蔭なんだな。
確か、あの時はまだ西川が同い年だって知らなかったんだっけ。
入学式で再開して驚いた覚えがある。
何だかんだであいつには世話になってるんだな……。
「……」
「おーい、トートーくん? トートーくん? 応答セヨ!! あー、応答セヨ!!」
「……んあ?」
目を覚ます俺。誰かに呼ばれたような気がする。
「やあ!! トトくん、おはよう!!」
頭を上げて顔を左右に振る俺。
声は聞こえど、姿は見えず。
「ああ、その声は千佳ちゃんか。おはよ」
俺は姿の見えない人物に向かって声を掛ける。
時計を見ると、授業はいつの間にか終了していて放課後になっていた。
うちの学園は自主性を重んじるため、寝ていようが早弁しようが、一切怒られることはない。制服の着用だって自由だ。
しかし、それは決して校則が緩いわけではなく、何かあっても学園は一切責任を持ちませんよって意味。全てにおいて自己責任。
「いやー、トトくん、ぐっすりだったねぇ。めっちゃ気持ち良さそうだったから、起こせなかったよ」
言って、ひょいと席の脇に飛び出してきた、やたらにハイテンションな女の子。
(俺の後ろにしゃがんでいたらしい)
この子はまさに女西川というべき存在、それが菅原千佳。通称でも「千佳ちゃん」だ。小柄でやや舌足らずな口調。ノリ良い性格は、我がクラスのマスコットキャラクター。
「なあ、千佳ちゃん?」
「あいよ? なんだいトトくん?」
毎度苦笑してしまうのが、千佳ちゃんのこの呼び方。
由来は分かるんだけど、いくら何でもこれは酷いと思う。
何度訂正しても直してくれないので、いいかげん諦めたのだが……まったく、俺は便器かっての。
まあ、座ると確かに温かいけどさ。
水も……あぁ、ある意味出るな。
(えっ? あれっ?)
(なんと!!俺は肉便器だった?!)
「ねー、ねー、トトくん? ぼーっとしてるけど、平気?」
心配そうな顔をして俺の顔を覗き込んでくる千佳ちゃん。
「えっ? あっ、うん! 兵器兵器!」
「なんか、字違ってるよ? てか、それ怖いよ!! どっか逝っちゃってた?」
千佳ちゃん、君のその字も間違ってるよ。
「うん、ちょっと機械の身体を貰いに」
「あはは、そりゃー、めっちゃ遠いねぇ。やっぱり9の付く汽車で行ったの?」
「「って、行かねぇよ!」」
ハモった。同時突っ込み。
千佳ちゃん、あんた最高に面白いな。
俺の周りには個性的な人間が多い。(小谷以外)
頭の良い奴ってのは、どこかぶっ飛んでるんだろうか。
「それじゃ、俺は帰るよ。千佳ちゃんは今日バイト?」
「うん、ちょっくら稼ぎに行ってくるよー。じゃね! トトくん」
そう言って、アクセスルームにひょこひょこと向かった千佳ちゃん。
まるで小動物みたいだ。
バイトは家からでもできるが、設備の整ったアクセスルームの方が何かと都合がいい。
いざ、家に帰ると面倒になってサボってしまうしね。
まあ、俺や千佳ちゃんはそんな理由で、なるべく学園内からバイトに通うようにしている。
さて、帰ろうかな。
俺は欠伸を噛み殺しながら、自宅までの道を歩く。
この辺りは都心から離れた新興住宅地で、新築の家やマンション、そして環境も良いせいか、企業の研究機関も多い。ここに引っ越してきたのも、元はと言えば祖父ちゃんの仕事の都合だった。
帰宅した俺は特にやることもなく、ベッドに座ってテレビを付ける。
「…………破テロ事件で指名手配されていた、元バベル上級職員“宮下薫”容疑者が昨日未明、潜伏先のアパートで遺体で発見されました。関係各局では死因を詳しく調べるとともに……」
ニュースを聞いた途端、なんだか気分が悪くなってくる。
俺はテレビを消して、ベットに寝転がりながら目を閉じた。
靄がかかったような過去の記憶。
一部だけすっぽり抜けている違和感。
思い出そうとするたびに、頭痛と吐き気がする。
深呼吸して落ち着けていると、コンソールにはメール受信中の表示。
やたらと大きなファイルが添付されているようだった。
小谷あたりから、ボランティアの依頼だろうか。
そんなことを考えながらメールを見てみると、送信元と送信先はUnknownになっている。
なんだろうなこれ。
俺は不思議に思いながら、受信が終わったメールの本文を開いた。
元気か透?
単刀直入に伝えるが、お前の脳内にあるそれは、単体ではまったく使い物にならない。
恐らく今も適応できずに苦労していることだろう。
そこで、お前に渡すものがある。訳あって渡すのが遅くなってしまった。
添付したものをお前のチップにインストールすることで、己が持つ本来の性能に近づけることができよう。そしてその時、お前は自分の過去と向き合い、すべてを受け入れねばならない。
お前がこの先、平穏な生活を望むなら、このまま削除するのも一つの選択だ。
但し、その場合は今後の人生に一片たりとも光明がないことを心せよ。
もし、お前が受け入れたのなら、いずれ地深き場所で会うことになろう。
再開を楽しみにしている。
これ祖父ちゃんのメールか。なんでいまさら。
まさか、祖父ちゃん生きてるのか。
とっくに燃やされて、この手で壺にお骨だって入れた。
いやいや、その前にがっかり性能は祖父ちゃんのせいなのか。
しかも微妙に脅迫してないかこの内容。
今の状況じゃ選択せざるを得ないじゃねえか。
孫をなんだと思ってやがる。このクソじじい。
混乱しながらも、目頭が熱くなっていくのを必死で堪えて、精一杯の悪態を付く。
分かったよ。インストールすればいいんだろ。
俺は添付されたファイルを解凍し始めた……。
が、さっぱり終わらない。
いつもなら、瞬間的に終わるはずの作業がさっぱり進まなかった。
『予想解凍時間 残125分』
違う意味で泣いていいですか。
ベッドの上で漫画を読んだり、洗濯したり、時間を潰しながら待つこと約2時間。
解凍されて出てきたファイルの名称に思わず絶句する。
『まじかるあすたちゃん ミ☆ Ver.final』
なあ、祖父ちゃん……。
あんたはこんなものを俺にインストールしろと、そう仰るのか。
まあ、こんなネタが好きなのは、生きてる時から知ってるけどさ。
こういうところは死んでも治らないんだな。
そして考えること5分。
俺はインストールを決意した。
『インストールを開始します。ファイルを抽出中。しばらくお待ち下さい』
5分経過。イラッ。
『ファイルを展開しています。領域を確保するため、保存エリアのファイルを全て削除しています』
10分経過。イライラッ。
あぁ、俺の禁書目録が……マジかよ泣きそう。
『ファイルをインプラントチップのシリアルナンバーと照合して認証しています』
15分経過。イライライラッ。
もういい加減にしろっ。
地団太を踏んでみても気は晴れなかった。
『アプリケーションをインストールします。キャンセルはできません』
20分経過。やっとここまで来たけど、これキャンセルできないのか。
本来の性能に戻すんだから仕方ないか。
ファームウェアみたいなもんかな。
『インストールを続行するために仮想世界へ強制転送を行ないます』
強制転送って、ちょっと待っ――――うは。
一瞬だけ無重力を感じたかと思うと、すぐさま五感が遮断されて暗転する。
気が付くと俺は仮想世界らしき場所にいた。
らしきというのは、ここがどこだか全く分からない。
外部とのアクセスは完全に遮断され、時間も座標もエラーで特定できなかった。
上も下も見渡す限りの碁盤の目。
ああ、これどこかで見たことある。
昔祖父ちゃんが見せてくれたゲームだ。
あれなんだっけ?
確か、なんとかハリアーだっけか。
閃いた瞬間、どこかで“GetReady?”と聞こえた気がした。
わざわざアプリをインストールするだけでこんなもん用意するなんてな。
祖父ちゃん、あんたすげーよ。
『アプリケーションをインストールしています』
プログレスバーが少しずつ進んでいく。
脳のチップにインストールされているが、体調には影響無いみたいだ。
特に悪くなった気はしない。
いやいや、そもそも強制転送でヘルスモニターすら付けてないが。
ちょっと不安。
プログレスバーが80%を超えた途端、
観覧車のように巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「おおっ!! 何これ!? すごい!!」
思わず叫ぶ。
魔法陣は少しずつ光量を増していき、ついには眩い程の輝度に達した。
すると、直後には中心からヒビが入り、それが波紋のように魔法陣の全体に広がっていく。
まるで蜘蛛の巣のように広がったそれは明滅したかと思うと、光の粒子となって一気に砕け散った。
光の粒子は辺り一帯に飛び散りながら徐々に消えていく。
それは息を飲むほどに幻想的な光景だった。
そして、後に残されたのは巨大な扉。
外観はギーガーみたいな彫刻が細部まで施されていて、なんだかグロカッコイイ。
祖父ちゃんすげーな。芸が細かい。
ゲームの世界よりも迫力あるエフェクト。
ひたすらに感動して酔いしれる俺だった。
そう、ここまでは。
そして扉が静かに開き始める。
奥に見えるのは身震いするような虚無。
何も見えない漆黒の闇。
扉が完全に開くと、強烈な風が巻き起こり、光が爆ぜた。
0と1で構成された膨大なデータの奔流が俺の脳髄を駆け抜ける。
まるで耳から鉄棒を突っ込まれて頭の中を掻き混ぜられているような感覚。
そして自分という存在が意識を保ったまま消されていくような恐怖。
全身を内側から弄られるような悪寒に俺は堪らず膝をつく。
コンソールを呼び出そうにも全く反応がなかった。
(俺、このまま死ぬのかな……)
少しずつ遠のく意識の中、思い出されたのはあの日の出来事――――