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Code;π  作者: 藤文章
虚構の楼閣
3/18

03 Promise

「ねぇ、ねぇ、トーリくん」


「なに?」


「わたしね、トーリくんのことがね……」


「えっ?」


「ううん、なんでもないの」


「そう?」


「わたしね、ずっとトーリくんのそばにいてもいいかな?」


「うん、いいよ」


「じゃあ、やくそくね」


「うんっ、やくそく」




 俺は目下微睡(まどろみ)中。人生の中で一番幸せな朝のひと時を満喫している。

 さっきまで、なんだかとても良い夢を見ていた気がする。心が暖かくなる、そんな感じ。

 こんな日は、きっとかわいい妹やら、かわいい幼馴染が優しく起こしに来てくれるに違いない。

 

 いや、ちょっと待て。

「かわいい妹」や「かわいい幼馴染」が居たらって、その仮定自体が既に破たんしてる。でも、居ないことの証明はできないわけで、「絶対に存在しない」とは言えないわけか。それでも個人的には存在しないと思いたい。

 もし居たら、そんな幻想は俺の右手で――――


 「……」


 さあ、支度しよう。





 普通の時間に普通に教室へ到着。

 普通であるのが悩ましい、教室での朝。

 そんな朝に話し掛けて来たのが、これまた普通の男だった。



「なあ、トーリ」


「どうした小谷?」


 普通に話し掛けられたので、普通に返事をする俺。


「ちょっと、ファイルの解凍頼めるかい?」


 ボランティアの依頼かな。


「もちろんいいよ。保存場所とパスワード送ってくれ」


「今送ったよ。アクセス権も設定済み。時間かかりそう?」


「どれどれ……うん、これなら大丈夫。ちょっと待ってくれ」


 俺は携帯コンソールから、小谷の作業領域(ストレージ)を覗いてみる。

 そこにはやや大きめのファイルが置いてあった。


「内緒で頼むよ?」


 小谷がやや赤面しながら小声で言う。

 もちろん顧客のプライバシー(守秘義務)は完璧に守る。俺のボランティア活動は信用第一だ。

 ファイルの中身を確認すると、普通じゃないくらいに肌色が多い立体動画だった。

 普通に青少年だな。


「……できたよ」


 俺は解凍が完了したファイルをこっそり再生。

 これは凄いぞ小谷。

 趣味だけは普通じゃなかった。


「早いね!ありがとう!!」


 小谷は凄く嬉しそう。


「なあ、小谷? これ、コピーしていいか?」


 俺は――別に欲しくはないんだけどさ、お前がくれるって言うなら、貰ってあげてもいいよ?的な態度で聞いてみる。そう、あくまでクールにだ。

 実のところ、喉から手が出るほどに欲しい逸品。

 俺だって普通に性少年。誰にも文句は言わせない。


「もちろん報酬にしていいよ」


 その言葉を待っていた。俺の禁書目録(肌色動画保管庫)に新たな書が加わる。

 ほんとは拳を思いっきり、天井に突き上げて喜びたいところだが、そこは自重だ。

 俺の中で小谷の格付けを「普通」から、「普通+」へと変更する。

 良かったな小谷。格上げだぞ。


 がっかりな俺にも、少しくらいは取り柄がある。

 小さい頃からプログラムの作成や実行は全く駄目だが、ファイルのコピー、圧縮、解凍といった、脳チップの基本機能だけで可能な処理はめっぽう早い。

 ただ、これができても肝心なプログラムが動かせないので、宝の持ち腐れ。そもそも基本機能だってプログラムのはず。矛盾してるのはなんでだろうな。


 結局、肌色が多い各種ファイルを解凍するとか、肌色が多い各種ファイルをコピーするとか、肌色以外に有効な使い道が思いつかない。

 まあ、俺がクラスで上手くやっていけるのは、男性陣から小谷のような依頼が少なからずあるからだ。

 もちろん、こちらも禁書目録の中から、依頼に応じて提供している。

 ギブアンドテイク。みんなには普段から世話になっているので、俺も可能な範囲で協力する。

 まさに趣味と実益を兼ねたボランティアだと言えよう。

 ちなみに女性陣からの評価は推して知るべしだ。

 それでも俺は泣かない。


「おはよう。諸君!!」


 勢い良く教室の扉が開き、普通じゃない(西川)が登場。

 見事に遅刻だった。




 午前の授業が終了して今は昼休み。

 コンビニのパンで昼食を済ませた俺は、西川からちょっとした講義を受けている。


「ナビゲーター? なんだっけそれ?」


「うちらの脳チップに常駐させるアプリだよ。プラグインってやつだ。普通は略してナビだけどな」


「いや、知ってるけど」


「……」


 あんまり見つめるなよ西川。恥ずかしいじゃないか。


 ナビゲーター、すなわち案内人。

 西川の言った通り、脳内チップ向けに提供されている常駐型アプリケーションの一種だ。その名の通り、夜のオカズからハッキングまで、ありとあらゆるものをナビゲートしてくれるらしい。


「独立思考型AIだっけ? 自分の苦手な部分を補ってくれるとか?」


 元々は軍事目的に開発されたものらしいが、一般向けに販売された途端に大ヒット。今ではこれを入れて(インストール)ないと、就職すらできないって程に浸透している。


「そそ。人間の思考を読み取って最適な答えを出してくれるんだな」


 西川は両腕を組んでうんうんと大げさに頷いてる。


「でもさ、それってある質問に対しての答えが、誰しも皆同じになるってことだろ?」


「いんや、答えには個性が加味されるんだよ。例えばさ、簡単な質問や数学みたいに答えが1つしかない場合は当然同じになるだろ? それはナビを入れてない人間でも、答えを間違えない限りは、同じ答えになるわけだ。それは分かるな?」


「ああ、確かにそうだ」


「だから、アバウトな質問だったり、答えが多数あるような問題だと、まず個性や個人の思考が優先される。普段の生活からAIが学習して徐々に最適化されていくんだと」


「なるほどねぇ」


 かなり真面目に聞いている俺。


「ちなみに今一般に出回ってるものなら、あっち(仮想世界)で実体化させることも可能だ。外見はペットから萌えキャラまで、値段や種類によって違うけどな。さらにだ、もっと上位のものになるとナビゲーターじゃなくて、エクスプローラーって呼ばれてる。まあ、これは一般には販売されていなくて、電子戦がメインの軍や賞金稼ぎ向けだな」


「それなら、あっち(仮想世界)で実体を呼び出すときは、何か呪文でも唱えるのか?」


「起動から認証して展開するまで、多少ラグ(遅延)があるからな。まあ、そういう遊びが好きなら、自分で作ればいいさ。俺は止めたりしない」


 真面目な顔で答えることないだろうよ。


「西川は、ほんとに何でも知ってるんだな」


「いや、何でもは知らんさ。知ってることだけだ」


「そ、そうなのか。……ところで、お前はナビ入れてるのか?」


「まあ、その……人には見せられないようなものだけどな。一応持ってる」


 なんだか歯切れの悪い態度だな。


「ねねっ、秀光。何の話してるのっ?」


 突然話に割って入ってきたのは桐野三咲(きりの みさき)

 長身と大きな目が印象的な()だ。


「青き性の悩みだよ」


 俺がちょっとからかってみる。


「あのさ、秀光? 今朝わたし、何回も起こしたわよねっ?」


 俺、完全にシカトされました。


「あー、そうだったか?」


 西川がとぼけた様子で答える。


「そうだよっ! 近所のよしみでわざわざ起こしてあげてるのにっ!!」


 桐野嬢はご立腹の様子。

 俺にとってもこれは聞き捨てならない発言だ。


「なあ、西川? お前、桐野に起こしてもらってるのか?」


「時遠。アンタは関係ないから、黙りなさいっ」


(……はい)


「悪かったよ。幼馴染だからって、そこまで気ぃ使うなよ……」


 西川は面倒そうに指で鼻先を掻いている。

 いや、ちょっと待て。

 幼馴染……だと?


「なあ、桐野。西川と幼馴染だったのか?」


「わたしはアンタと話してないっ」


(……はい)


 家が近所とは聞いていたが、まさか幼馴染とは思わなかった。

 しかも、朝起こしてもらってるとか出来過ぎだろ。

 俺の右手が疼いてくる……ような気がした。


 俺は嫌っているつもりはないが、逆に彼女(桐野)から俺はあまり良く思われていない。

 まあ、冷たい理由は簡単だ。ちょっと試してみよう。


「西川、明日から俺が起こしてやろうか?」


「ほんとか? さすが親友!!是非頼む!!」


 面倒そうにしていた西川の顔が、突然嬉しそうな顔に変わる。


 そして、俺が桐野を見ると――――


 そこには、もの凄い形相で俺を睨むナマハゲ。

 まあ、そういうこと。


 ヤキモチなんて、かわいらしいじゃないか。

 一度は焼かれてみたいもんだよ。


「やっぱりモーニングコールは、桐野に任せるよ。俺は便所」


 あとは若い二人に任せて、俺は退散。

 西川がこちらに寂しそうな目を向けるが完全無視。


 まさかこいつ、かわいい妹までは居たりしないよな。





 放課後、俺は西川と二人して廊下を歩く。

 俺はアクセスルームに寄ってバイト。西川は用事で帰るそうだ。


「やあ、お二人さん。いつも仲がいいね」


 階段の踊り場に差し掛かった時、上から取り巻きと一緒に降りてきたのは――――


「えっと、誰だっけ?」


「……ぷっ!」


 隣で西川が噴き出してる。


「困るなぁ。ボクの名前を忘れたのかい? ボクは犬養國昭(いぬかい くにあき)だよ」


 そんなの分かってるんだが、こいつに皮肉は通じないらしい。

 でも、わざわざ自己紹介するところは西川と同じなのな。


「バッカじゃねぇの?」


「やっぱ、所詮は落ちこぼれだよな」


「ぎゃははは!!」


 ウザい取り巻き達だ。

 どうせこいつら一人じゃ何もできないくせに。


「まあまあ、キミたち。彼だって一生懸命生きてるんだ。そんなにバカにしたらかわいそうだよ?」


 階段の上からニヤけた顔で見下してやがる。

 見るからに性格の悪そうな顔。

 メガネから服装までブランド物で固めた典型的なお坊ちゃんだ。

 畜生こいつら。俺は拳を握り締める。


「やめとけ」


 西川が小声で制止しているが、俺の怒りは収まらない。


「暴力に訴えるのかい? そんなことしたら分かるよね?」


「……くそっ!」


「そう言えば、君は両親が居ないんだったね。確か――――」


「……っ!!」


 頭痛がする。

 視界がグラグラと揺れて足がガクガクと震え出す。

 頭の奥底から湧き上がってくる何かに染まっていくような気がする。


 これから先は聞いちゃいけない。

 思い出しちゃいけない。

 思い出したら。

 オモイダシタラ。

 ……イダシタラ。

 …………シタラ。



(だいじょうぶ。わたしがずっとそばにいるから)




「おい!!てめぇら、いい加減にしろ!!」


 西川の怒鳴り声で我に返る。

 普段のおちゃらけた表情とは全く違う。

 本気で怒ってる西川がそこにいた。


「ふん! さあ行こうかキミたち。今夜は合コンだ! 盛り上がろう」


「うっひょー!!」


「西川クン、キミは付き合う友達をもう少し選ぶべきだし、その資格がある。そんな低ランクの落ちこぼれと付き合ってたらロクなことないよ?」


「俺の勝手だ。失せろ」


 西川が犬養を睨み付けながら言う。


「……ぺっ!」


 すれ違いざまに取り巻きの一人が唾を吐いたが、当らなかった。

 俺は踊り場の壁に手をついて息を整える。


「悪い西川。ありがとな」


「気にすんな。大丈夫か?」


 いつもの表情に戻った西川が背中を擦ってくれる。


「ああ、大丈夫。毎度会うたびに嫌なヤローだ」


「まったくだ。さて、俺はここまでだが、お前一人で大丈夫か?」


 なぜ西川が俺に対して、ここまで親身になれるのか理解できない。


「そこまで心配されるほどヤワじゃない」


「そうか。じゃあまたな」


 お互いに軽く手を上げて別れる。

 西川はそのまま帰宅し、俺はアクセスルームへと向かった。





 現在公共領域で作業中。俺がバラ君片手に居る場所は、仮想世界にある公園だ。

 そこは草木が溢れ、小川がせせらぎ、森林の匂いまでが再現されている。そして、ベンチにはやつれた表情のサラリーマン。大丈夫かあの人。

 今日のバラ君はすこぶる調子がいい。俺はクラスターを見つける度に吸い込んでいく。今宵のバラ君は血に飢えていた。


 そんな時に音声着信。舞婆ちゃんからだった。


「こんにちは。トーリさん、お元気?」


「どうも、舞さん。お疲れ様です。元気ですよ」


 “婆ちゃん”を付けると機嫌が悪くなるので、呼び方は“舞さん”だ。


「バラ君の調子はどうかしら?」


「前と比べたら最高ですよ」


「あらあら、それは良かったです。今日のアップデートで、プログラムの実行が苦手な人に最適化したそうですわ」


 いつものように、お年寄りらしいのんびり調子で話す舞さん。

 話し方が妙に上品なのは、裕福な家庭だからかな。


「そうなんですか。どうりで調子がいいはずですね」


 さすがはバベル。

 俺の考え付かないことを平気でやってのけるッ。

 まあ、そこにシビレたり、憧れたりはしないが。


「それと、これは業務連絡なのですが、明日は普段バラ君を使用している人だけお休みになります。アップデート適用後のデータを分析するそうですわ。くれぐれもお間違えなきよう」


「了解です。ありがとうございます。ところで、今日は仕事に出てるんですか?」


「いいえ、わたくしは出ておりませんよ。私用でいろいろありますもので、しばらくお休みする予定ですの。本日は業務連絡と、トーリさんのお仕事の調子を確認したかっただけですわ」


「すいません。なんだか心配してもらっちゃって」


 年寄りに心配されるようじゃ、どうしようもないな。


「いえいえ、よろしくてよ。それではお仕事頑張って下さいね。ご機嫌よう」


 そう言って舞さんとの通信が切れる。



 その後もバラ君は活躍し、今日の成果は23Ptだった。

 俺はついに自己最高記録を更新した。

 この嬉しさを分かち合えるのは…………悲しいけど一人だけ。

 さっきの礼も含めて、西川にメールしておいた。


 今夜はこの嬉しさを噛み締めて眠りに付きたい。

 事務所へ報告を済ませ、ログアウトした俺は、そんなことを考えながら帰宅した。

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