18 West river 03 Intrusion 01
「アルファ、ブラボー、チャーリー、聞こえてるか? 領域外輪部で多数の小型ウィルスを確認している。雑魚だが、不意打ちには気をつけろ!!」
ゲンさんが檄を飛ばす。
ここはアンダーグラウンド。
吹き荒ぶデータ流の闇中に構築された、絶海の孤島。
俺たちは現在、アブシンベルと呼ばれる、光霊会アジトの境界領域まで侵入している。
今回派遣されたのは、賞金稼ぎとバベルの私兵を含む、三チーム十五名。
実行部隊の指揮はアバンテのゲンさんが執っている。
「ヒャッハー、大将!! 周りの音が聞こえてっかー!? もう始まってるぜぇ!!」
アルファリーダーが、さも楽しそうに答える。
俺たちは既に、有象無象のウィルス達を屠りながら疾走していた。
久しぶりの高揚感、死と隣り合わせの緊張感に思わず笑みが漏れてしまう。
表の日常に慣れてしまったせいか、しばらく忘れていた感覚だ。
「おめぇら、おっ始めるの早過ぎだ。ブリーフィングでも言っただろうが……。どうして俺の指示を聞かねーかなぁ」
呆れたように話すゲンさんだが、これはいつもの冗談だ。
部下を信用しているからこそ、ある程度裁量での判断を許している。
「まあ、仕方ねぇや。どのみち庭掃除が必要だ。速やかに片付けろ」
「「「イエッサー!!」」」
「サガリス、あれを試してみよう」
俺は残りのウィルスを掃討するにあたり、サガリスに大きな光の槍を組み上げさせた。
それは、前に東子が使ったバリスタをヒントに、ワームの自己分裂と永久追尾のロジックを追加したものだ。
「ロード完了! 撃ちます!!」
即座に放たれた光槍は、幾重にも分裂して光の線を描きながら、ウィルス達に向かっていく。
東子が創ったものと比べて、威力はかなり落ちるだろうが、相手が小型であれば問題ない。
「ヒュー、すげぇ花火だな。さすがサムエルの坊ちゃまだ」
アルファリーダーが口笛と共に感嘆の声を漏らす。
実験としては上々の成果だ。光槍は残りのウィルスを全て破壊していた。
「こちらアルファ1、境界領域の制圧は完了だ大将。こちらの損害はゼロ。これより作戦行動に移る」
「よし! チャーリーはこのまま残って領域一帯を見張れ。そんで、坊ちゃ――じゃねぇ、アルファ5の相棒がセキュリティを解除し次第、残りの二チームは境界内部に潜入だ。何が出るか分からねぇから、褌を締めてかかれ! いいな?」
「「「イエッサー!!」」」
「サガリス、領域内部のアクセス権は?」
「主に外敵からの守備だけのようです。プログラムの実行に制限が掛かっていましたが、既に書き換え済みです。現在ファイアーウォールにトンネルを作成中……二十秒下さい」
サガリスが目を瞑ると、周りに浮かんだコンソールの表示がめまぐるしく動き始める。
防壁のプログラムを解析して、人間のみが通れるトンネルを作成する。
「……3、2、1、作業終了しました」
「よくやったサガリス。こちらアルファ5、アクセス権の書き換え及び、ファイアーウォールのトンネリングを完了」
信頼できる相棒の頭に、軽く手を乗せながら報告を行う。
サガリスは嬉しそうな顔でこちらを見上げていた。
「よっしゃ! 入るぞ」
チームリーダーの一声で、俺たちは一斉に領域内へと侵入する。
突如切り替わった内部の景色は、抜けるような青空と、広大な砂漠が広がっていた。
そして、遥か先に見えているのは、同じく砂漠色をした岩山。
入口と思わしき場所の両端には、岩をくり抜いて作られたような巨大な像が鎮座している。
「秀ちゃんのアイボーさんは、いつ見ても凄いねぇ」
やけに間延びした声が隣から聞こえてくる。
表の顔は同じクラスの菅原千佳。裏の顔は俺と同じ賞金稼ぎ。
仕事の関係上、名前は偽名だろう。
普段は透と仲が良いようだが、秘密を洩らさないのが暗黙の了解だ。
学園では、お互いになるべく接点を持たないようにしている。
「アルファ3、その呼び方はやめろ!」
「そんなに怒らなくてもいいのにぃ……秀ちゃんのイケズー。さてさて、あたしはちょいと中を探ってくるよ。そんじゃ行こうかスタンチク」
わざとらしく肩を竦めると、瞬時にして姿が消え去る。
これはスタンチクが持つ能力。現実世界で言うところの光学迷彩だろうか。
データの流れを歪曲させ、不可視化する。
彼女のナビは諜報、隠密に特化された、ワンオフアプリケーション。
外見は汎用型だが、中身はまったくの別物だ。
そう言えば、歩く姿を透がたまに茶化しているが、その時に足音がしないことには気付いていない。
おそらく彼女は幼少の頃より、そういった教育を受けているのだろう。
まるで道化師のように、掴みどころのない人物だ。
「こちらアルファ3、入口周辺には誰もいないよ。トラップが敷設された形跡もないなぁ」
「そうか。あちらさんは手ぐすねひいて待ってるってことだな……なら、乗ってやるか。アルファ、ブラボー、お前らは熱烈に歓迎されてるようだ。お客様らしく、正面からご訪問してやれ。胸を張って堂々とな」
ゲンさんが冗談交じりに話すと、周囲から一斉に笑いが漏れる。
これから起こるであろう、本格的な戦闘に向けて、戦意を鼓舞する効果があるのだと思う。
「それと、アルファ5は入口で待機」
「……! なぜだゲンさん!?」
突然の指示に戸惑ってしまう。
この期に及んで待機とは納得いかない。
「理由は不要。これは上官命令だ。分かったな?」
「……アルファ5。了解」
作戦での上官命令は絶対だ。俺は渋々承諾する。
アルファとブラボーの各チームが次々と内部に潜入していく。
俺は気遣いの目を向けている相棒の肩に手を置き、無理に笑顔を作ってみせた。
しばらくして、内部から銃声が聞こえてくる。
「こちらブラボー1、信者達と交戦状態に入りました」
「サガリス、中の様子は分かるかい?」
「アルファ、ブラボーともに交戦中。今のところ順調に制圧しているようです……あっ、中心部に何か巨大なデータの塊がシフトしてきます」
「データの塊?」
「はい。これは――――あの双子と似た雰囲気を感じます」
「……まさか」
それを聞いた途端、背筋がゾッとする。
まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚。
「……こちらアルファ1、驚け大将!! 出たぜ、十年前のあいつだ!!」
同時にアルファリーダーの通信が入る。
うちのリーダーは、事件当時二人いた賞金稼ぎのうちの一人だ。
「ついに出やがったか!! 全員、対LL弾に切り替えろ!!」
ゲンさんが興奮気味に叫ぶ。
「アルファ1、了解した。全弾ブチ込んでやる」
ますます激しくなる銃声。
重い音に変化しているのは、弾丸を大型ウィルス向けに替えたからだろう。
「こちらブラボー1、障壁に阻まれてLL弾すら届きません」
「アルファ1も同様だ。マズいぜ大将! 当時より進化してやがる!!」
「ゲンさん! あいつはアスタロトの力を取り込んでる」
「ふざけやがって畜生!! ……アルファ、ブラボー、撤退だ。チャーリーとアルファ5はバックアップに回れ。援護しつつ、脱出路の確保!!」
少しの間を置いて、ゲンさんが決断する。
どこかを殴る音も同時に聞こえて来た。
撤退は苦渋の選択だ。
「こちらチャーリー1、了解した」
「これよりアルファ5も援護に向かう」
サガリスがスキャンした地図を頼りに、俺は広大な迷宮へと足を踏み入れた。
内部は信者や侵入者を逃さないためか、入り組んだ通路で構成されている。
壁には綺麗な壁画が延々と描かれ、所々に立てられた支柱にも彫刻が施されていた。
これだけのものを秘密裏に構築するには、かなりの資金が必要になるはずだ。
そんな時、俺は途中で見つけた広間で、信じられない光景を目にする。
交戦状態にも関わらず、そこでは狂乱の宴が繰り広げられていた。
数十人は居るだろうか、裸の男女がまぐわう、ただそれだけの世界。
どの人間も目は虚ろで、ひたすらに性を貪っている。
そして、広間の中心には、大きな香炉が置かれており、焚かれた香の煙が立ち昇っている。
その甘い香りは、通路に立っている俺の方にまで漂ってきた。
「サガリス、この匂いは?」
「マスター、気を付けて下さい。これは、“ヘシルβ”。エイリアスに作用する、データ麻薬の一種です」
「消せそうか?」
「はい、やってみます」
サガリスが中和するプログラムを組み上げていく。
仮想世界とは言え、麻薬であることに変わりはない。
常用すれば、脳内物質の過剰分泌により、現実での身体は内臓疾患を伴った精神異常に陥る。
「……室内の成分は中和完了。現在放出されているものは、催眠物質に組成を変更しました。ここに居る人間はまもなく眠りに落ちるはずです」
「分かった。ここの人物データと、麻薬の分析結果をゲンさんに送ってくれ。先を急ごう」
最後に香炉を破壊した俺は、改めて駆け出した。
その間にも、辺りに銃声は鳴り響き、不安と焦りばかりが募る。
「マスター、この先です」
中心へ近付くに従って、銃声の音が大きくなり、次第に通路も広くなってくる。
俺は走る速度を上げ、一気に駆け抜けた。
アブシンベル中心部。そこはペルシャ調の絨毯が敷き詰められた広大な空間。
床には、ショック弾で麻痺した信者達が多数倒れていた。
そして、奥に見える階段の上には玉座が置かれ、何者かが腰を下ろしている。
隣には力を得て進化したのか、当時には無かった光り輝く巨大な翼を持った異形の姿もあった。
三チームは後退しながら、階上に向かって発砲を続けているが、状況は当時とまったく同じだ。
障壁に阻まれているようで、階段中央まで弾が届く前に分解されてしまう。
「アルファ5が合流した。ずらかるぞ」
アルファリーダーの通信が入る。
俺を待っていてくれたようだ。
「久しぶりだね、“北條”クン」
玉座から立ち上がった人物が、階下の俺を見据えて声を発した。
こちらの通信回線に割り込んでいるのか、頭の中に直接聞こえてくる。
チームの動きも止まった。
「……その声は犬養か?」
犬養は白い腰布を着け、上半身には数々の宝飾品を身に纏っていた。
王にでもなったつもりなのだろうか。
どう見ても、イかれた格好だ。
「そのような貧弱なナビゲーターで侵入してくるとは……なんと愚かな」
犬養が発した言葉に、俺は横目で相棒を見る。
赤い瞳で犬養を睨み付けているサガリス。
こめかみの辺りが、ビキと音を立てた気がした。
「貴様も随分と笑える格好だな? 学生から教祖様に転職か?」
相手の出方を見るために、俺はわざと挑発してみる。
「そんな戯言に乗ると思うのかい? やろうと思えば、ボクはいつでもキミ達を消し飛ばせるんだよ?」
「自信があるようだな犬養。隣のそれか?」
「そうさ。これぞ我らがファラオの最高傑作、“イシス”。並列に繋いだ下僕共のエイリアスを統合した、人間とのハイブリッドアプリケーション」
俺は犬養が語っている間に秘匿回線で全チームに連絡を入れる。
(こちらアルファ5、こいつは自分に酔う癖がある。合図をしたら撤退しよう)
(アルファ1、了解した……プッ)
(ワンちゃんはバカだねぇ)
「……ついに人は神を創造したのだ」
(こちらブラボー1、撤退準備完了)
(こちらチャーリー1、いつでもOKだ)
「我々の崇高なる目的のために遣わされた……」
(よし、今だ! チャフを撒いて撤退する!)
(((了解)))
撤退の合図としてチャフ弾を撃つと、皆それに倣って同じ弾を発砲する。
そして、俺達は元来た道を一目散に走り出した。
「サガリス、犬養は追って来てるか?」
「いいえ、広間に足止めされています。妨害には弱いのかも知れませんね」
うまく動かせていないのか。
そもそも、あいつのナビなのか……いや、それでは時期が合わない。
東子ならともかく、同じく子供だった犬養にあんなものは動かさせないはずだ。
「お前はあのアプリケーションについてどう思う?」
俺は走りながらサガリスに問う。
「動きが不安定な感じを受けました。これは推測ですが、本来の持ち主から、一時的にコントロールを受け渡されているのではないかと。通常では不可能ですが、人間と合成されているのが本当であれば、そういったことが可能かも知れません」
「なるほど。しかし、対LL弾すら効かないとは」
強力な障壁を展開できるようになったのは、アスタロトの力を利用しているからだろう。
まったく余計なものを吸い取ってくれたものだ。
透の相棒、あの双子を思い浮かべて苦笑してしまう。
「ふざけた真似をしてくれたね。生かしては帰さないよ」
入口に差し掛かった辺りで割り込み通信が入るが、俺たちは無視して尚も走り続けた。
「マスター注意!! 壁を破壊しながら追い掛けてきます」
「相手をしている暇はねぇぞ! とにかくおめぇら! 死ぬ気で走れ!!」
ゲンさんが皆に通信を入れる。
「大将は楽でいいよな……」
殿を務めるアルファリーダーが、チャフを撃ちながらぼやいた。
「こちらアルファ1、大将聞こえるか? 三チーム全員アジトから脱出した。このまま領域外へ撤退する」
「了解した。こちらも奥の手を準備する」
砂漠を走っていると、突然妙な感じに襲われた。
チームの皆は先に進んでいくが、俺だけは走っても走っても、まるで逃げ水のように追い付けない。
「しまった!! サガリス?」
俺が目を向けると、必死の表情をしたサガリスが、既にコンソールを展開していた。
「申し訳ございませんマスター。力及ばず、閉鎖領域に捕われてしまいました」
「……抜けられそうか?」
「はいっ! 全力で解除中です」
「生かしては帰さないと言ったはずだよ?」
俺に通信を入れながら、異形に抱えられた犬養が迫ってくる。
「飛べるのか。その翼はハッタリではないようだな」
「神に不可能はないのだ」
俺はありったけのチャフ弾を撃ち込む。
捕われている以上は、大した時間稼ぎにもならないだろう。
絶体絶命の状況になった。
サガリスは閉鎖領域の解除で動けそうにない。
「私の十八番を取らないで欲しいですわね」
どこからともなく声が聞こえてくる。
「あるお方の命により、助太刀に参上いたしましたわ」
振り返ると、そこには漆黒のローブに身を包んだ魔女が立っていた。




