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Acacia  作者: 七緒なお
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Turn around to me3

―――ガチャ。

遠くで聞こえたドアが開く音で、意識が覚醒する。


私は緩々と立ち上がった。

どのくらい座り込んでいたのか――外は少し汗ばむくらいの暑さだというのに

ひんやりと冷たい階段に直に座り込んでいた私の体は、少し冷えていた。


やがて近付いてくる人の気配。

こんな所にいたら不審がられるかもと一瞬思ったけど、今さら身を隠す所なんてない。

ふわっと漂ってくる甘い香水の香。

角を曲がって、私がいる階段に姿を見せたのは、立川先生だった。

私を見て一瞬驚いた顔を見せた彼女は、次の瞬間には教師のそれになっていた。

大人の女性の雰囲気を持ちながら、かわいらしい人。

ふと、彼女がさっき先生に見せていた“女の顔”を思い出し、胸がズキンと痛くなる。

「こんな所で、どうしたの?」

「…あ、あの私、ちょっと…テスト範囲でわからない所があって…それで…」

自分ですら忘れかけていた“ここにいる理由”を、少ししどろもどろになりながら答える。

だけど彼女は、そんな私の態度もさして気にならないように

「そう。あまり遅くならないようにね」

そう言って“教師の顔”で微笑むと、階段を下りていった。

――そうだ。私は数学でわからない所を聞きに来たんだ。

私は緩く頭を振ると、重い足でノロノロと歩き出す。

正直、さっきの場面を見たすぐ後に、先生に逢うのは辛い。

だけど、私の足は重い足取りながらも、教官室に向かうのをやめなかった。

この時帰らなかった事を、後で後悔するとは思いもせずに―…。


教官室の前に立つと、深呼吸を数回して…それでも治まらない動悸に胸の辺りをギュッと押さえる。

一瞬、頭の中を掠めた先程の光景に、ノックをする為に上げた腕を下ろしそうになったが

なんとか奮い立たせて、コンコンとドアを叩く。

暫くすると返事と共にドアが開いた。

「――藍澤?どうした?」

訪問者が私だとわかると、先生は少し驚いたような表情をした。

「あ、あの…ちょっとわからない所があって……」

「ああ。質問?」

「はい。……いいですか?」

「いいよ、入って」

先生は開けたドアを片手で押さえると、私に入るように促す。

「…失礼します……」

私は小さくお辞儀をすると、教官室に入る。

初めて入った先生の教官室へや

頼人さんの教官室と作りは同じなんだけど…やっぱり違う感じがする部屋。

部屋中に先生のタバコの香が充満している。

―――そして、甘い香水の香も。

一瞬にしてさっきの光景が鮮明に蘇える。

先生を見て微笑む彼女の“女の顔”。そんな彼女を部屋に入れた先生。

そして、先程階段で会った時の彼女の甘い香水の香。

心臓が一層激しく脈を打ち始める。

「…で?質問って?」

後ろから声をかけられ、ゆっくり振り向く。

部屋中に漂う甘い彼女の香と、先生の声に……私はどうかしてたんだと思う。


「――先生、彼女っているんですか?」

気が付いたら、そんな言葉が口を突いて出ていた。

突然の私の言葉に先生が目を見開く。

「―――は?」

「………立川先生、ですか?」

だけど私の言葉は堰を切ったように止まらない。

「――藍澤の質問ってそれか?…だったら、悪いけど答えるつもりはない」

「私っ見たんです…っ!さっき、ここに立川先生が――…っ」

「藍澤には関係ない」

鋭く冷たい瞳と声で、ぴしゃりと言われて心臓がズキンと音を立てる。

その先生の瞳を見ていられなくて、自然と顔が俯く。

「…………もん……関係、あるもん…っ!」

「……藍澤?」

いつの間にか涙が溢れ出してグチャグチャになった顔で先生を見上げる。

先生は怪訝そうな、それでいてちょっと困ったような表情を浮かべていた。

そうだよね、先生が訳わからないのは当然だと思う。

――だって…私自身ですら訳がわからないんだから。

だけど高ぶってしまった感情を止める術もなく。


「先生の事が好きなんです…っ!」


冷静さを取り戻したのは、その言葉を口走った後だった。

先生は目を見開いて驚いている。

私は自分の口走った言葉に愕然として、俯いた。

沈黙が2人を包む。

時計のカチコチという秒針の音だけがやけに響いて、逃げ出したくなる。

怖くて先生の顔が見れない。

今さらながらに、自分が口走った言葉が重く圧し掛かる。

なぜあの時、帰らなかったんだろう。

どうしてここに来てしまったんだろう。

今さら後悔しても、時間は戻らない。

沈黙がひどく長く感じる。

いつの間にか『好き』という気持ちばかりが一人歩きして

知らない間に、自分でも引き返せないくらい、先生の事が好きになってた。

だけど…伝えるつもりなんかなかったのに。

数学の授業だったり、廊下で偶然だったり…そんな風に先生を見るだけで満足していたはずだった。

彼は先生で、私は生徒だから。

なのに…。立川先生が彼の前で見せた表情、そんな立川先生を部屋に入れた先生。

そして、この部屋に立ち込める甘い彼女の香に……醜い感情が顔を出した。

――“先生をとられたくない”、と。

そして感情的に口走ったあの言葉。

恥ずかしくて消えてしまいたかった。


長い沈黙の後、頭上で先生が小さく嘆息した。

その音にも、私の体は大きくビクッと震える。


「……ごめん。聞かなかった事にさせてくれ」

少し掠れた先生の言葉に、私は目の前が真っ暗になった気がした。

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