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Acacia  作者: 七緒なお
6/24

桜と君と6

新学年が始まって最初の週の金曜日。

今日はオリエンテーリング。

土日を挟んで月曜からは通常授業が始まる。


学校から歩いて20分くらいの所にある、ここ森林公園。

ゾロゾロと並んで歩く姿は、なんだか小学生の遠足みたいでちょっと笑えた。

1年生の時は、校内を覚えるという意味も込めて校内オリエンテーリングだったから

ちょっとワクワクする――こんな所も“子供っぽい”って言われる所以だろうけど。

今日、ここに来てるのは私達2年生だけ。

着いてすぐ、クラス毎にオリエンテーリングをした。

事前に先生達が作っておいた目印を、地図を頼りにすべて見つけるというモノ。

全6クラスで、クラス毎に早さを競って…うちのクラスは3位だった。

うーん…微妙。

と言うか…高校生にもなって夢中になって目印を探してる自分達がちょっとおかしかった。

でもみんな、口ではなんだかんだ言いつつ、楽しんでるみたいだったから

“クラスの親睦を深める”っていう目的は成功に終わったと思う。


そして今は、オリエンテーリングも終わってお弁当を食べて自由時間。

私は壮観な桜並木を歩いていたけど、ちょっと奥まった所に1本の桜の大木を見つけて

そっちに行ってみる事にした。

たくさんの桜の木が犇めき合うように咲いている姿も好きだけど

1本だけぽつん、と立っている桜の木を眺めるのは、もっと好きだった。

「うわぁ……すごい…」

学校の校舎裏に立ってる結夢のお気に入りの桜の木も、とても立派だが

ここにある桜の大木も、その佇まいは相当なものだった。

しばらくその圧巻な風景に見入っていると、後ろからパキッと小枝を踏むような音がした。

「…楢橋先生……?」

振り返ると、そこには燈吾が立っていた。

「こんな所で何してるんだ?」

振り返った私に、一瞬瞳を開いた先生が静かに聞く。

「あ、この桜の木があまりにも綺麗だったから、つい見惚れちゃって…」

私がそう言うと、先生は桜の木を見上げた。

そして、しばらくそれを見つめた後、また私に向き直って私がさっきまでいた方を指差す。

「普通、桜を見るなら、向こうの並木の方じゃないか?」

「そうかもしれないけど…私、こういう1本だけ立ってる桜って好きなんです。

 なんか淋しそうなんだけど…でも、凛としてる姿がすごく綺麗で……」

私の言葉に、先生はまじまじと私を見た。

変な子って思われたかな、と少し慌てて言葉を続ける。

「芙美には、いつも“変わってる”って言われるんですけど…」

「ああ。そういえば芙美ちゃんは?」

芙美の名前が出たところで、私の隣に彼女がいない事に気が付いたように聞かれる。

「さっきまで一緒にいたんですけど、頼人さんの所に行っちゃいました」

「…なるほどね」

苦笑交じりに答えた私に、同じように小さく苦笑を浮かべて先生が返す。


櫻花は副担任制ではない代わりに、体育祭や文化祭、遠足などの行事の時は

その学年の教科担当の先生が、全員参加する。

だから、2年担当の楢橋先生と頼人さんも、今日は一緒にこの公園に来ていた。

午前中はクラス毎のオリエンテーリングだから

お昼を食べた後、待ち合わせをしてるんだ、とちょっと照れながら言っていた。

そしてさっき、こっそりと彼の待つ場所へ向かったのだ。

ちょっとだけ…私に申し訳なさそうな気まずそうな視線を向けた芙美に

私は、笑顔で『いってらっしゃい』と言って背中を押した。

だって、知ってるから。

どれだけ芙美が頼人さんを好きか。そして頼人さんもまた。

そんな2人には、本当に幸せでいて欲しいと願っているから。

だから、私に気なんて使わなくてもいいんだよ、って。

芙美はちょっと照れくさそうに、でも嬉しそうに『ありがと』と頷くと、彼の元へと向かった。


私と楢橋先生は、ただ桜の木を見上げていた。

――私の方は文字通り、本当に“見上げていた”だけ。

隣にいる先生の気配に心臓は高鳴りっ放しで、それに気付かれないように平静な振りして

桜の木を見上げているのが、精一杯だった。

2人の間にあるのは、沈黙。時間が止まったのかと錯覚させるような――。

でも何故か、私にはそれが全然嫌なものではなくて、

緊張はするけど、心臓はドキドキ高鳴りっ放しだけど

他の人に感じる、沈黙の気まずさみたいなモノは少しも感じなかった。


どのくらいそうしていただろうか。

私のポケットからブルブルと振動を伝える音で、2人の間にまた時間が流れ始めた。

ポケットからその振動の発信源の携帯を取り出すと、1通のメール。

『どこにいる?』――芙美からだった。

どうやら、頼人さんとの逢瀬が終わったらしい。

私は携帯を畳むと、先生の方に向き直った。


「芙美からでした。私、そろそろ行きますね」

「ああ。俺はもう少しここで見ていくから」

そう言うと、楢橋先生は私に向けていた視線をまた桜の木に戻した。

「それじゃ…失礼します」

軽くペコッと頭を下げると、桜並木の方へ向かって歩き出す。


「―――藍澤」

数歩歩いた所で、不意に後ろから呼ばれて、心臓がドクンと跳ねた。

振り返ると、こちらをまっすぐ見つめた先生の顔。

さっきより少し距離があるけど、その視線に私の心臓はどうにかなりそうだった。


「――さっきの、わかるよ」

「……え?」

「1本だけ立ってる桜が好きだ、ってやつ」

そう言って、先生はさっきまで2人で見上げていた大木を指差す。


「俺も同じ事思ってたから」


今までにないくらいの大きさで、心臓が跳ねた。

このまま止まってしまうのではないかと思う程に。

―――――彼が笑ったから。

とても優しい顔で。

いつものあの鋭い視線がどこかに身を潜めて、代わりに見せた柔らかい笑み。

心臓をギュッて掴まれたように、苦しくなった。


「ほら。早く行かないと…芙美ちゃんが待ってるんだろ」

先生を見つめたまま止まってしまった私に、彼が小さく笑いながら言う。

「…あ、はい。えっと…じゃあ、失礼します」

踵を返して、歩き始める。

でも心臓の高鳴りはいつまで経っても一向に落ち着いてこない。

先生の笑顔が頭にこびり付いていて、その度に私の心臓は忙しなく脈を打つ。

深呼吸をしても、まったく落ち着こうとしない自分の心臓に

彼から見えない所まで歩いてきた後、苦しくなって足を止めた。


――そして気付いてしまった。

自分の気持ちに。

彼が、楢橋先生が好きだ、と。

恐らく、始業式の日――あの桜の木の下で彼に目を奪われた時、同時に心も奪われたんだ。

視線を外す事も身動きをとる事も、息をする事すらもできなかったあの時に。

彼の視線がまっすぐ桜の木に注がれていた事に、もどかしくそして悲しく感じたのは

彼への恋情からによる嫉妬――。

あの時、彼の視線を独り占めしていた、あの木に嫉妬をしていたのだ。自分は。

自分もあの視線の先に入りたい、と。


自分の気持ちに気付いた今、動悸は納まるどころか、余計に早く打ち続ける。

だけどいつまでもこんな所にいたら、先生に見つかってしまうかもしれない。

その時、何と言い訳したら良いのか。

結夢はひとつ大きく深呼吸をすると、桜並木の中を歩き始める。



未だ高鳴り続ける心臓を、ギュッと押さえ付けながら――。

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