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Acacia  作者: 七緒なお
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桜と君と3

楢橋燈吾ならはしとうごです。担当教科は数学です」


舞台上ではまだ新任教師の自己紹介が続いていた。

自己紹介と言っても、名前と担当教科を言うくらいだが。



聞こえてきた声に、何とはなしに視線を舞台上に戻した。

――その瞬間、また音や時間がすべて止まったかと思った。


すらっと高い背。整った顔立ち。清潔感のある黒い髪。良く通る声。

そして何よりも――あの“瞳”。


――!!あの人だ・・・。


今朝、あの桜の木の下で見た、その人。

彼を見た瞬間、動く事も息をする事すら忘れてしまうくらいだったのだ。

見間違える筈がない。

何とも言えない存在感を感じる。

そこに立っているだけで空気を変えてしまうような…。

何て言うんだろう、こういうの。圧倒される?目を奪われる?

とにかく、私の視線は彼から逸らす事を忘れたかのようだった。



「―ね、かっこいいね?あの人」

壇上にいる彼から目を離すことができずにいると

後ろからちょんちょんと肩を突付かれた。

首だけで振り向くと、いたずらっぽい笑みを浮かべた芙美がいた。


「え…っ!?な、何、急に…」

芙美にそんな風に言われてしまうくらいにまで

自分が壇上の彼を見つめてしまっていたのか、と内心焦る。


「んー…でもどっかで見た事ある気がするんだよなぁ…」

そんな私の心配を余所に、芙美は何かを思案している。

彼女に気付かれないよう、ふぅっと安堵の溜め息を小さく零すと

今度はこちらがいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「芙美ってば、いいのぉ?そんな事言っちゃって。頼人さんに言っちゃおっかなぁ?」

「あ、ちょっと!結夢!んもうっ、頼くんには内緒だからね!?」

「はいはい、わかってますー」


頬を少し染めて膨れる芙美に、クスクス笑いながらそう返すと

もうっと言いながら、彼女もクスクスと笑い出した。


綺麗だな、と思う。

背中の半分くらいまである、真っ黒でサラサラなストレートヘア。

それに同じ色の瞳。ちょっと切れ長で。

そして通った鼻筋…彼女を形容するなら、間違いなく“綺麗”だと思う。

でも、そういう事じゃなくて。

恋をしているから、なのかな。そして好きな人に愛されているから。

“恋をすると女の子は綺麗になる”ってよく言うけど…

本当にそうだと、芙美を見ていると心から納得する。

ふとした表情だとか仕種だとか…すごく綺麗になった。

まぁ元々、綺麗な顔立ちだし、スタイルもいいんだけど。

でもそれだけじゃなくて。内面から溢れる幸せな気持ちだとか自信だとか

…そういうモノが、芙美を更に綺麗にさせているんだと思う。


「ん?何よー?結夢ったら。人の顔ジーッと見て」

いつの間にか芙美の笑顔に魅入ってしまっていたらしい。

芙美がちょっと照れたように言う。


「うん?ただ…芙美は綺麗だなぁ、と思って」

「あら?結夢さん、私に惚れた?」

「子供の頃から惚れてますよ?もう知り合った時に一目惚れ」

「やだもうっ!結夢ったらやっぱりかわいいっ」


始業式だという事も忘れ、芙美は後ろからぎゅうっと抱き締めてきた。

ちょっと悪ふざけが過ぎちゃったかな?騒ぎ過ぎちゃったかも。

視線を感じて、そちらを向くと、担任教師が咎める様な視線をこちらに向けていた。

芙美と2人、顔を合わせて苦笑した後、視線を前に戻す。

いつの間にか、新任教師の紹介は終わり、

始業式ももうすぐ閉式しようというところだった。



体育館から各教室へと流れる波に逆らわず、私達も自分達の教室へと向かう。

今日はこの後、係りや委員決めがあったはず。

今週1週間は変則授業…というか身体測定や教科書購入、

クラスの親睦を深める為、と称したオリエンテーリングなどがある。

通常授業が始まるのは来週から。

クラス替えがないのに“クラスの親睦を深める”オリエンテーリングが

毎年あるってのも、変な話だけど。



「――で、一目惚れでもしちゃった?結夢ちゃんは」

「へっ!?」

もうすぐ教室に着こうというところで、突然聞こえた芙美の言葉に

何とも間抜けな返事をしてしまった。


「だってさっき、ほぅっと見つめてたじゃない?か・れ・を」

バッと音がしそうなくらいの勢いで芙美の方を振り返ると

何でもお見通し、とても言いたげな瞳とぶつかった。

この反応こそ、バレバレなんだろうけど――…。


いたずらっぽく笑う芙美の顔を、瞳を開いたまま暫く見つめてしまったが

こういう顔をしている時の芙美は、妙に強いと言うか

何か確信を持っているからこそ、こういう言い方をするわけで…。

長年の付き合いで、それをよくわかっている私は、観念するしかない。


「…別に一目惚れ、とかじゃなくて……」

結局、朝の一連の出来事を、白状させられたのだった。

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