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Acacia  作者: 七緒なお
23/24

And I love...3

 自分の気持ちをはっきり伝えた。

今度は“勢い任せ”などではなく、しっかりと。

受け入れて貰えないことはわかってた。

 だからちゃんと伝えられればそれで良いと思ってた。

あのままじゃ嫌だったから。

 そうは思っていても「ごめん」と言われた時は、やっぱり辛かった。

わかっていても想いを受け入れて貰えないのはやっぱり辛い。

 それでも。今度はしっかりと自分の想いを伝えられた事で、私の心はどこか晴れ晴れしていた。

なのに「そうじゃない」と腕を掴まれた時、まだどこかで期待をしてしまっている自分に気付いて、

その未練がましさに心の中で苦笑した。

 いつから私はこんなに貪欲になったんだろう。

私の言葉を止めようとした先生を遮ってまで自分の想いを伝えて。

1度拒絶されているにも関わらず、しつこく気持ちを押し付けて。

 『伝えるだけ』『受け入れて貰えなくてもいい』なんて自分の心に言い訳しながら、

拒絶されれば苦しくて、優しくされれば淡い期待を抱いてしまう。

なんて未練がましい事だろう。

 それでも、前を向く為にしっかり想いを伝えて、ちゃんとけじめをつけた事に晴れ晴れとした気持ちを感じていた。

だけど、それが私の独り善がりなのだと漸く気付いた時には、受け入れて貰えない以上の苦痛と悲しみが待っていた。

 だって、先生が私を引き止めたのは自分の好きな人の話をする為なのだから。

きっと諦めの悪い私に、しっかりと線引きをする為なんだろう。

だけど。いくらけじめを付けたつもりだと言っても、今この場でそんな話を聞ける程、私は強くない。

 だから。


「――聞きたくない、です」

 気が付けば、そんな言葉を発していた。

「藍澤?」

「あの、大丈夫です、私。ちゃんとわかってます。ちゃんと諦めます。だから…」

「最後まで聞いてくれないか」

「嫌、です。ちゃんと諦めます、気持ち、押し付けてごめんなさい。

でも私、先生の好きな人、なんて聞きたくない」

「いいから、聞いて」


 しどろもどろに、自分でも何を言っているのかわからなくなった私を、先生がいつもより強めの語気で遮る。

いつもより低くて鋭いその言葉と声に、ビクッと肩が揺れてしまう。

 ふぅっと小さく息を吐き、恐る恐る見上げると、優しく微笑む先生がいた。

 ――そう。あの時の。

 あのオリエンテーリングの日。桜並木で。私が先生を好きだと気付いた、あの時と同じ微笑み。

私の心臓は、これ以上ないくらいに早く鼓動を打ち付ける。

 ドウシテ?

 諦める為に、前に進む為にけじめを付けたかったのに。

例えそれが独り善がりだと言われても、――諦めたかったのに。

 ドウシテ?

 どうして今、そんな優しい顔で私を見つめるの…?


「落ち着いた?」

「…はい」

 依然としてその微笑みを絶やさない先生に、私は戸惑いと胸の鼓動を隠して小さく返事を返す。


「始業式の日の事、覚えてるか?」

「え…?覚えてます、けど」

 始業式の日は、少し早めに登校して、1人、校舎裏の大好きな桜の大木を眺めてた。

というより、始業式の日だけではなく、桜が咲いてから散ってしまうまでの間の私の日課だから。

 あの日も1人で桜を眺めていて…ふと気付いたら少し離れた場所で、知らない男の人が同じように桜を見ていて…。

 ううん、違う。知らない人じゃない、――楢橋先生だ。

その後の始業式で、新任教師として挨拶する先生を見て驚いた事は今でも覚えてる。

 あれ、でも、待って。

 先生は、始業式の日に桜の下で会った生徒に一目惚れをしたと言っていた。

でも…あの日、あの場所に先生と私以外は誰もいなかった。

芙美が来た時にはもう先生はいなくなっていたし…。

 でも。まさか。ううん、そんなワケない。そんな筈ない。

これは私の都合の良い、期待にも似た解釈に過ぎない。

だって、そんな筈ない。私は2度も振られているんだから。

 だけど、だけどもし――。


「感情がすべて表情に出てしまうくらい素直な子で、苦手な数式を眉間にしわを寄せて考え込んだり、

それが解けると わかりやすい程 嬉しそうだったり…とにかく表情がころころ変わって見ていて飽きなかった。

その子のクラスでの授業が楽しみだったよ」

 そう言いながら、その微笑みが自嘲的な笑みに変わる。

 その笑みが、痛くて切なくて胸が苦しくなる。


「ある日、その子が俺を好きだと言ったんだ」

 ドキン、と一際大きく鼓動が跳ねた。

 先生に握られたままだった左腕が、ぎゅっと強く握り直されてジンジンと熱い。

 切なくて苦しくて痛いのに、まるで縫い止められてしまったかのように、先生から視線を逸らす事ができない。


「嬉しかったよ。…だけど、俺は“教師”を隠れ蓑にして逃げた」

 先生の切なげに寄せられる眉に、泣き出したくなってくる。

「…自信がなかったんだ。初めて惚れた子が自分よりもずっと年下で、生徒で。

だから“教師”という建前で自分を誤魔化して逃げた」

「先生…」

「それから、彼女の様子が日に日に変わって行って。何もできない自分が歯痒かった。

本当にこれで良かったのかって珍しく迷ったよ。だけど、それでも俺は自分から動く事ができなかった。

…情けないな」

 辛そうに切なそうに、先生は言葉を紡ぐ。

「でも、それでもまだ彼女はそんな俺を好きだと言ってくれる。

だから俺は、今度こそ逃げずにちゃんと彼女と向き合いたい」


 そう言った先生の瞳は、強い決意を秘めているように見えた。

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