And I love...2
思い返してみると、今までまともな“恋愛”はして来なかった。
“女に対してイイカゲンな男”――それが俺を知る奴らの俺に対する評価。
それこそ『来る者拒まず 去る者追わず』で、言い方は悪いが、その時々の相手と適当に遊んでいた。
本気が見える女にはもちろん手を出さない。後々面倒になりそうな事は極力避けてきた。
今までの女達は皆、俺と同じように適当に遊べて深入りしない、そんなサバけた女ばかり。
お互い会いたい時だけ会って、体の欲求を満たしたらまた別の場所へと帰る。
“付き合う”だの“別れる”だの、そんな言葉が必要ない位の関係。
いつ始まっていつ終わったのかもわからない、お互いその気がなくなれば連絡を取り合わなくなるだけの気楽な関係。
“好き”だとか“愛してる”だとか、そんな言葉を使った事ももちろんない。
だから自分が藍澤に惚れていると気付いた時、愕然とした。
こんな感情が初めてな上に、事もあろうかその相手がまだ16歳の自分の生徒とは。
今まで適当な付き合いしかして来なかったせいで、いざ自分に惚れた女ができても、
それを受け入れる事もできず、逃げることばかり考えていた。
まだ16の藍澤の方が俺なんかよりずっと大人だ。
――自分の気持ちを認めて伝えられる彼女の方が――…。
「そうじゃないんだ…」
引き止めるように掴んだ彼女の腕を離すと、1つ小さく息を吐いて言葉を押し出した。
何と言えばいいのか。この期に及んでもうまく言葉が出ない自分に腹が立つ。
彼女は驚きと不安が入り交じったような表情で俺を見つめている。
あの日から、彼女は俺の前で笑わなくなった。
あの、教官室で俺が彼女に“先生”を振り翳した日から。
もうずっと、泣きそうな辛そうな表情しか見ていない。
そんな顔をさせたい訳じゃない。
当たり前だ。惚れた女にそんな表情をさせたい男がどこにいる。
だけど、実際 俺が彼女にさせているのは、そんな表情ばかりだ。
それでも。こんなに狡くて情けない、都合が悪くなると“先生”を振り翳すような男を彼女は好きだと言ってくれる。
真っ直ぐに。
今度は俺が心を見せるべきなのではないのか――。
「…先生……?」
彼女の声に現実に戻される。
俺は1つ息を吐くと、彼女を真っ直ぐに見つめる。彼女がそうした様に。
「藍澤」
「…はい」
「藍澤は強いな」
「え……強く、なんか…ないです」
フルフルと首を横に振る藍澤から視線を逸らす事なく続ける。
「――始業式の日、1人の生徒と出会ったんだ」
「…え?」
「“出会った”というのとはちょっと違うな。話した訳でも目が合った訳でもないから」
「……先生…?」
「校舎の裏にある桜の大木。彼女はその桜を愛おしそうに見上げていた。
本当に嬉しそうに愛おしそうに…。俺は、彼女から目が離せなかった。
自分でも呆れたが…その桜が羨ましかったよ。嫉妬すら覚えるくらいに。
その対象が、彼女が見つめる先にいるのが自分だったらいいのに――、と」
彼女を真っ直ぐ見つめながら、あの始業式の光景を思い出す。
桜の大木を愛おしそうに見つめる彼女を綺麗だと、欲しいと、そう思った。
彼女は今、不安と困惑が混じったような瞳で、でもただ黙って俺の話を聞いている。
彼女は気付いているだろうか。――その“彼女”が自分自身だと言うことに。
「―― 一目惚れだった」
そう。あの時、俺は彼女に一目惚れをした。
誰かに好意を持つのが初めてならば、一目惚れももちろん初めてで。
この自分の感情を持て余したまま、彼女と接し彼女を知り、苦手な数学に一生懸命 取り組む姿や、
コロコロ変わる表情を見ているうちに、彼女に対する想いが大きくなっていった。
だけどそれでも尚、どこかで自分の気持ちを認めたくないと思っている俺がいて。
そんな時、彼女から最初の告白をされた。
あの彼女が教官室に来た日、彼女の様子がいつもと違う事に、俺は気付けなかった。
“質問に来た”という彼女を何の疑いもなく、招き入れた。
だから藍澤に『彼女はいるのか』と聞かれた時、一瞬 何を言われたのかわからなかった。
『立川先生ですか?』と聞かれた時初めて、彼女が立川が俺の部屋から出て行く所を見たのだ、と気付いた。
そして、俺の部屋に立川の甘ったるい香水の香りが残っている事も、彼女の様子が違う事にも――。
疚しい事は何もないとは言え、彼女に他の女といる所を見られた事に妙な焦りを感じ、
突き放すような言い方をしてしまった。
あんな言い方をして、彼女を傷付けたかった訳ではないのに。
そして俺の言葉に俯いてしまった彼女が、もう一度その顔を上げた時、俺は心臓を鷲掴みにされたような気がした。
その、涙で濡れた顔に。
俺は焦った。
泣かせてしまった事もそうだが、何より彼女がこの後言わんとしている事がわかってしまったから。
俺はまだ自分の気持ちをうまく認める事も受け入れる事もできず持て余していた。
だから“先生”を都合の良い理由にして、自分の“楢橋燈吾”という本心さえも騙した。
“彼女は生徒で俺は教師だから受け入れられる訳がないだろう”と。
そうやって自分の事を正当化しながら、どこかで彼女を繋ぎ止めておきたい、
彼女に嫌われたくないという気持ちがあって、結局 受け入れる事もきっぱり拒否する事もできずに、
『聞かなかった事にさせてくれ』などと中途半端に彼女を突き放した。
自分勝手で幼稚で未練がましい自分に反吐が出る。
それでも。そんな俺にもう一度真っ直ぐ気持ちを伝えてくれた彼女に、今度は俺がちゃんと伝えなくてはならない。
――彼女がそうしてくれたように。