第11話:苦楽共する仲間達(前)
執筆者ういいち
昇降機が最下段まで到達すると、禾槻はエレーナを横抱きにして鋼板の上へ降り立った。すると傍で待機していた白衣姿の男女が四人、寝台車を押して近付いてくる。
彼等が正面に到達すると、禾槻は傷病者搬送用の寝台に優しくエレーナを横たえた。彼が手を離して一歩下がるのと同時に、医務室所属の治療班三名はストレッチャーを押して出口へと走る。後に残されたのは羽織袴姿の青年と、白衣を着た桃色髪の女性のみ。
「彼女のことなら心配しなくていいわ。あたし達が責任を持って処置するから」
遠ざかる白衣と寝台を見送る禾槻へ、ただ一人残った女性が笑いかけた。桃色の髪を肩口で切り揃えた、二十代半ばと思しき白衣の女性だ。面長で、眉が細く、切れ長の目をしている。
医務室の最高責任者を務める有能な女医、リーナ・シュペルスワン。彼女は水色の瞳で禾槻を見ながら、険のない顔に人懐こそうな笑みを浮かべる。
「先生、御願いします」
邪気のない医師の目を見詰め返し、禾槻は頭を下げた。生真面目な青年の姿勢にリーナは微笑んだまま、自分に向けられた頭の上へ軽く手を置く。
「まっかせなさい。リーナ先生がちゃーんと面倒看てあげるから。大船に乗った気でいて」
顔を上げた禾槻へ笑いかけ、リーナは親指を立ててみせる。得意気な表情は自信と慈愛に満ちているが、同時に十代の少女然とした快活さも併せ持つ。彼女は多方面に秀でるエリート医師なのだが、そうとは感じさせない親しみ易さがあった。
「大丈夫、エレーナちゃんはすぐ良くなるわ。だから霧川君も、あんまり自分を責めないこと。そんな若いうちから悩んでばっかりいると、ハゲちゃうわよ?」
禾槻の額に人差し指を押し当てて、リーナは真面目な顔で通告する。諭された側は呆然と、発言者の顔を見詰めていた。
「……ぷっ。あははは。先生、それは可笑しいですよ」
少しして禾槻は小さく吹き出す。堪りかねたように破顔すると、肩を小刻みに震わせた。そんな青年を前にして、女医は悪戯っぽい笑みを返した。
「そうそう。そうやって笑ってなさい。眉間に皺寄せてると、せっかくの可愛い顔が台無しよ」
軽口混じりに人差し指へ力を入れ、リーナは禾槻の頭を軽く押す。気安い口調と遠慮のない仕草は、弟か友達に接するようでもある。その気取らないありようが、彼女の人となりを表しているようだった。
「それじゃ、あたしはもう行くけど。霧川君、後で医務室に来るのよ。言っておくけど、エレーナちゃんのお見舞いじゃないから。あなたの検査でね」
「はい。報告が終わったら、ちゃんと行きます」
「よろしい。エリアス君も来るのよ!」
禾槻の素直な返答に頷いた後、リーナはその後ろへ声を投げた。禾槻が振り返って見ると、ヴィシャリス同様停止したヴァニティスウェルから降りたパイロット、レリオがこちらへ向かい歩いてきている。
「りょーかい」
エリート女医の名指しに、レリオは片手を上げて応じた。それに満足したのか、リーナは白衣の裾を翻し、二人へ背を向け歩き出す。治療班の仲間達が去った方向を目指して進みながら、後に残る二人へ軽やかに手を振った。
「俺はあんまり医務室って好きじゃないんだよな。あの独特な空気がどうも」
禾槻の隣へ立ったレリオが、苦い顔で頭を掻く。徐々に遠退くリーナへ聞こえないよう、声のトーンは幾らか落としている。
「それでも行かなきゃね。パイロットは体が資本なんだから」
「分かってるって」
同僚の肩を叩いて正論に賛意すると、レリオは口元を緩めた。
二人は魔導兵装のパイロットとして日々激戦へ臨む戦友同士である。過酷な戦場経験を経て認め合い、信頼し合う間柄だ。互いに気心も知れ、交わす言葉に遠慮や気後れはない。
「それにしても今日は危なかったな」
「ああ、まぁ、ね」
それまで浮かべていた笑顔を曇らせ、レリオは両腕を組む。それへ曖昧な微苦笑を返し、禾槻は頬を掻いた。少々バツが悪そうでもある。
「例の如くシステムが落ちてたんで暫く見れなかったんだけどな。復旧してからお前の様子を確認したら苦戦してるじゃないか。いやぁ、驚いたぜ」
レリオは胸の前で腕を組んだまま、神妙な面持ちで目を閉じた。思案の表情で首を傾げ、喉奥から低く唸る。
「禾槻をあそこまで追い詰めるとは、只者じゃないな。機体こそ何の変哲もない量産型だったが、操縦テクニックは一兵卒と思えない。かなりの腕前だぞ」
「帝国将軍ではないにしろ、数ある部隊の隊長クラスなんじゃないかと思う。それも特別な訓練を受けたか、或いは何か調整措置を施された者か」
「ほほぉ、そりゃまたなんで?」
顎に手をあて目を細める禾槻へ、レリオは興味の眼差し向ける。口調こそ陽気だが、双眸に宿る光は戦士のそれだ。
「直接戦って感じたんだけど、普通の兵士とは反応が違ったよ。不気味なぐらい読みが鋭いしね。あれは何か特別な施術を受けてると考えるのが自然だな」
「なるほど。帝国の性格上、手の加えられた戦士が使い捨ての末端要員に燻っている可能性は極めて低い。単機で突っ込んできた事から考えても、ある程度作戦行動に自由が利く立場か。そうなると確かに隊長クラスが妥当だな」
レリオは自分達の推論に納得し、独り何度も相槌を打った。その横で禾槻は淡く笑い、満足気な同僚の姿を微笑ましそうに見ている。朗らかな顔に少し前の深刻さはなく、レリオへの気の許しようが知れる。
「とにかく助かったよ。あのまま戦っても勝てた自信はあるけど、あまり長時間戦闘していたくなかったから」
「そうだろうと思ってな。これで貸し一つだ」
素直に感謝の言葉を口にする禾槻へ、レリオは歯を見せて軽快に笑った。人差し指を一本立てて覗かせる笑みには愛嬌があり、見ている側も自然と顔が綻んでくる。
「あれ? 前の戦いで僕の方が貸しを作ってなかったっけ。だから、これでチャラだよ」
「いや待て。それは違う。だって前々回で俺が敵の注意を引き付けて……」
「この前、リリナさんから匿ってあげたこと忘れてないよね?」
「うっ! それを持ち出されると弱い」
楽しげに語らう若者達の姿は年相応で、とても巨大な戦闘兵器を駆る反乱軍の闘士には見えない。
敵と対せば幾多も傷付き、大量の返り血を浴びてきた狂猛な猟犬達。しかし仲間と共にある時は、和やかに賑やかに人らしく笑顔を交わす事が出来る。その間にあるのは何物にも代え難い明確な絆であり、等しく連なる強固な連帯感だ。