6.ルディス辺境伯
ルディス辺境伯領にはいってからというもの、馬車から見える景色をあれこれと説明し始めたメアリは私が知っている限りで一番口数が多くなっていた。自分の住まうこの辺境伯領に愛着があるのだろうなと、少し羨ましくもある。私には今のところ、そういう思いを抱くような場所はない。これから向かうオルフェ領がそうなるといいのだけれど。
慣れ親しんだ領地だからだろうか、メアリはすっかり私に臆することなく接してくれている。そんなメアリのお喋りに相槌を打つうちに辺境伯の領主館に到着した。
ルディス辺境伯の領主館は、堅牢な城という風貌だった。領地中央の都市から奥まった高台に位置し、領主館の後ろには魔の森が広がっているのが見える。
領地を囲む防壁はこれまで見てきた2つの領地のものよりもかなり高くつくられている。それだけ魔物の脅威があるということなのだろう。
到着に合わせて出迎える予定だったという、辺境伯のエドモン様は付近の見回りが押しているため、不在ということだった。その代わり、長男のテオドール様に宿泊する部屋までエスコートを受ける。
口数は少ないものの、柔和な笑みを浮かべたテオドール様は、父親と同じ黒髪で腰まで長いその髪をビロードの紐で結われている。黒髪は私が地球という異世界で一般的なものだったけれど、この王国では珍しい。そして長髪の男性は初めて見たので、つい目がいってしまう。そんな私の視線に気づいたのか、テオドール様はにこっと笑うと屈みこみ私の目線と自分の目線の高さを合わせる。
「父から聞いていましたが、リシェル様はとても綺麗な瞳をお持ちですね」
その言葉に激しく動揺し、思わず顔を背けてしまう。どうしてオッドアイを綺麗だなんていうのだろう。災厄ではないことを知っているのは今のところ私だけだ。けれども、水の公爵や土の公爵でも私の瞳を気にする人はいなかった。それでもこれまでこの瞳のせいで迫害されたり虐げられてきたことを忘れることはできなかった。なんと答えていいかわからない私にテオドール様は立ち上がると頭をなでて言った。
「リシェル様、大丈夫です。ここではあなたを害する者はおりませんから」
その言葉に顔をあげると、テオドール様はまたにっこり笑い去っていた。
いったいどういうことなのだろう……。各公爵家の対応や先ほどのテオドール様の言葉。どうやら、社交辞令ではなく、本当に好意的なようだ。
もしかして、私の噂は王都だけのもの?うーん、そんなわけないか。実は公爵家では、カルナリエ様のいうようにオッドアイは聖女の証という伝承が残っているとか。だとしたら、どうしてそれが王国全体では知られていないのかしら。
ロム様はいずれ時が来るまで待つように言っていた。その意味はわからないけれど、さっきのテオドール様の態度を見る限り、エドモン様に聞いても答えてくれる気がしない。
魔の森へ発つのは、明後日。それまでに何かわかることがあるかしら。少し考えたが、私は自分ができるだけのことをやるしかない。そのために必要なものを書き出すことにして、その日は晩餐も自室でとり机に向かうことにした。
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「リシェル様、昨日は出迎えができず申し訳ありませんでした。ゆっくりお休みなれましたか?」
朝食を一緒にというエドモン様のお誘いに私は何か聞けるかもという期待を込めて了承した。謁見の間で見た時と違い、朗らかに挨拶され、一瞬別人では?と思ってしまう。けれど、確かに魔物討伐での戦いを思わせる左眉から頬にかけた傷跡は間違いなくエドモン様のものだ。
「とんでもありません。テオドール様が良くしてくださいましたので、お気になさらないでください。おかげで移動の疲れも取れました」
私はにこりと微笑みかける。
「それはよかった。今日の午後にはバルクレアとストラムからの護衛騎士も到着しますので、全員揃いましたら、こちらからの護衛騎士も含めご紹介いたします。とはいっても、各公爵家のそれぞれ数十名おりますので、挨拶するのは代表の者だけとなりますが」
エドモン様はそういうと手を顎にあて、少し考える。
「オルフェ領の城ですが、長い間放置していたため手入れには時間がかかりそうです。修繕の資材はもちろん、人手も少し多めに用意いたしました。それ以外に何か必要なものがありましたら、今のうちにお聞きしたいのですが」
「そうですね。城の修繕よりも神殿の修繕を優先したいのですが、可能ですか?」
魔の森一帯の瘴気を払うにもまずは神殿をなんとかしなければならない。昨夜書き出したメモを思い出しながら私は続ける。
「承知いたしました。そちらも手配しましょう。あとは……」
「メアリに必要なものを書き出したメモを渡しているので、手配可能でしたらお願いします」
「それと、その……申し訳ないのですが、それらの費用を補える私財を私は持っていないのですが、必ずどこかでお返しできるようにいたしますので」
そう情けないことに、王女という身分だが私財をもっていないのだ。申し訳ないなと思い頭を垂れていると、頭上に笑い声が響いてびっくりする。
「なんと、なんと。リシェル様はこのぐらいでルディス家が傾くとでも御思いか」
そして大きく目を開いた私にウィンクする。
「これぐらいなんともありません。気にせずなんでも必要なものは頼ってください」
そしてがしがしと私の頭を撫でた。なんだか年相応の十歳の子供みたいだ。気恥ずかしくなって、思わず抗議の目を向ける。それに気づいてぱっと手を挙げると今度は真面目な顔をしてエドモン様は言った。
「いや、失礼。リシェル様は我々をもっと頼っていいのですよ」
「……あ、ありがとうございます」
離れた手が少し寂しいなんて感じてしまい、小さな声でお礼を言うのが精一杯になる。
やっぱり、おかしいわ。なんで皆好意的なのかしら。そう思いながらもその理由を聞くことができないまま、護衛騎士や使用人との顔合わせ、荷物の確認に追われてしまう。
十歳の子供の身体にはかなりハードだったからか、その日の夜は晩餐を待たずに眠ってしまい、気づいたら出発の朝になっていた。




