5.水の公爵と土の公爵
「ふ~。なんだか馬車よりも疲れてしまったわ」
ひとりごちて、ベッドに倒れこむ。
水の公爵ことロゼリヌス公爵家では思いもしない歓待を受けた。当主である、セラフィナ様直々に出迎えられ、一息つく間もなく夕食をともにすることになった。
てっきり部屋だけ与えられるものと思っていたので、何の心構えもないままだった私は食事の味もよくわからないまま、差し障りのない受け応えをするのに精一杯だった。
それにしても……。
セラフィナ様はなぜか楽しげだったわ。謁見の間で見かけたクールな印象だったけれど。
食事が終わると、部屋まで自ら送ってくださったセラフィナ様は去り際に『リシェル様は小さすぎるな』と言って優しく私の頭を撫でたので、びっくりしてしまった。
びっくりした私に微笑んだセラフィナ様は、かがみこむと銀青色の髪を耳にかけながら『ゆっくりお休みくださいね。姫様』と深い蒼の瞳でまっすぐに見つめて言った。
誰かに頭を撫でられるなんていつぶりだろうか。そして吸い込まれそうな蒼い瞳で見つめられてしまった。さすが公爵ともなれば、災厄の瞳なんて恐れることはなんだろう。
疲れたけれど、今日は幸せな気持ちで眠れそうだった。
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「セラフィナ様、歓待いただきましてありがとうございました」
昇ったばかりの朝日にまばゆく照らされた門前で、私は頭を垂れた。
「リシェル様、こんなに急いで出発されなくとも……朝食もたいしてとられてないと聞きました」
セラフィナ様が心配そうに私の顔を覗き込む。
「ご心配いただき恐縮です。行程を遅らせるわけにもいかないもので、お世話になりっぱなしで心苦しいのですが・・・・・・」
たった数時間過ごしただけだけれども、セラフィナ様は私のことを慮ってくれていると感じ、少し寂しい。
「護衛騎士の件もありがとうございました。この御恩は決して忘れません」
聞けば、ロゼリヌス公爵家の水鏡騎士団の中でも精鋭の騎士をつけてくれたという。
「オルフェ領まで私がついていければよかったのだが」
困り顔でとんでもないことを言い出す。
「とんでもないです。お気持ちだけで嬉しいです」
当主自ら護衛だなんて、王族とは名ばかりの私には恐れ多すぎる。
馬車が走り出してからも、セラフィナ様はお邸にはいらず見送ってくれていた。
「どうしてセラフィナ様は私に優しくしてくださったのかしら」
王宮での、そして王国全体の自分の扱いからすると不思議でならなかった私はメアリがそばにいることも忘れて声にだしてしまう。
メアリはなんと答えていいかわからず戸惑っている。
「メアリ、気にしないで。あまりによくされて驚いてしまっただけだから……」
気まずくなり、私は馬車の外に目を向ける。
きっと公爵といえど女性だったからだわ。まだ十歳で魔の森に送られる私に同情してくれたに違いない。
期待してはいけないわ。
ロゼリヌス領をでたその日の夜は隣接した土の公爵グレイアンヌ領のはずれの宿に泊まり、翌朝も早くから馬車を走らせた。
グレイアンヌ領は北方に長い領土で、領内にはいったとはいえ中央に位置する公爵家までは休まずに丸一日かかってしまう。
途中馬を変えながら走り、休憩も短めにしたおかげで、日が沈む間際にはグレイアンヌ家のに到着した。
驚いたことに、ここでも当主自ら私を迎えてくれる。そしてやはり晩餐を一緒にと申し出があったので、戸惑いながらもお受けすることにする。
グレイアンヌ家当主のロム様は、短く刈り込まれたグレーの髪に、立派なひげを蓄えた方だった。明らかに私に気を使い色々と話しかけてくる様子に、おじいさまがいたらこんな感じなのかしらと内心微笑ましく思った。
出迎えられたことで安心した私は自然に笑みがこぼれていたようで、気づくとロム様は私をじーっと見つめて優しく微笑んでいた。
「ロム様。失礼を承知でお聞きしたいことがあります」
内心ドキドキしながら、私は勇気を出して疑問を口にする。
「どうして私を歓待してくださるのでしょう。ご存じのとおり私は災厄のオッドアイと言われ、これから魔の森へ送られる疎まれる存在で、これまで誰ひとりとして私と一緒に食事はおろか本当の意味で言葉を交わすこともありませんでした」
躊躇いながらも、言葉をつづける。
「目を合わせると不幸になるといわれる私の瞳を見ても動じず微笑みかけてくださり、嬉しく思います。だけど、だからこそ、怖いんですっ……」
言いながらも胸がつまってしまう。ロム様はそんな私を見て席を立つと私の横に来て跪く。驚く私の手を握り口を開いた。
「リシェル様、これまでお辛かったですね。お助けできず申し訳ない。私はあなたのことを災厄をもたらす存在とは思っていません」
「セラフィナ公もあなたのことを心配しておられてでしょう?」
私は頷く。
「今は護衛の騎士を差し向けることぐらいしかできませんが……いずれ時がくるまで、どうか我々を信じてくれませんか」
信じていいんだろうか。嘘みたいだ。少なくとも私を害する気持ちはないということだろう。どぎまぎしながら返事をする。
「あ、ありがとうございます」
握られた手は温かい。けれど、急に恥ずかしくなってしまう。
「これは失礼。リシェル様は私の息子と同じ年でね。つい子供扱いしてしまいましたな」
ゆっくりと私の手を離すと立ち上がり、今度はすっと手のひらを差し出す。
「さて、レディはもうお休みなったほうがよいでしょう。部屋までお送りします」
そういうと悪戯っ子のように、片目をつぶったロム様はとても若々しく見えた。私ぐらいの子供がいるならおじいさまなんて思って失礼だったかも。
苦笑しながら、私は自室までエスコートされたのだった。
翌朝、今日のうちに辺境伯領へ到着するために、薄暗い時間に出発する私たちをロム様は見送ってくださった。
朝昼の食べものの差し入れもしてくださる気づかいに嬉しくなる。
「ロム様、お世話になりました。ありがとうございます」
「リシェル様の護衛騎士には、我が黒鉄の騎士団、副団長をつけますから安心なされ」
「え、副団長さまって、大丈夫なのですか」
驚いて固まる私にロム様は不敵な笑みをうかべた。
「本当は団長を行かせようかとも思ったのだが、さすがに止められてな」
そ、それは当たり前でしょう。あまりの好待遇に思わず顔がひきつる。
「では、リシェル様、またお会いしましょう」
急に真面目な顔になり臣下の礼をしたロム様は私が馬車に乗り込むまでその姿勢を崩さずにいた。




