件名:【重要】精神貸与に関する事後通知(対応不要/返信不要)
終電ひとつ手前で降りた。
コンビニの白い光が目に刺さる。俺はそれを睨む元気もなく、トボトボと帰宅した。
改札を抜けるまでに仕事用チャットが三回鳴った。まだ会社にいる奴がいる。
もちろん無視した。明日でいい。仕事用スマホは電源を切った。充電が切れたことにする。
ワンルームのアパート。靴を脱ぎ、鞄を床に落とす。床が狭い。
積みゲーと積みプラモ、積みフィギュアと積みブルーレイが、雑に都市を作っていた。
ここが俺の唯一の逃げ場だ。
趣味の品々が積み上がる速度と、帰宅後や休日に切り崩す速度が釣り合わない。
積みってよりは詰みなんだよな、ハハ……。
とりあえず自宅PCを起動。
会社関連のメールもチャットも、ここには一切持ち込まない。
ビデオ会議? リモートワーク? 冗談じゃない。家にまで仕事を持ち込んでたまるか。
無能、給料泥棒扱いされたって知ったことか。今更だ。俺は趣味のために働いてやってるんだ。
メールを確認すると、セール関係の通知ばかり。
何がブラックフライデーだよ。こっちはブラックエブリデーだ。
今日も滅茶苦茶疲れている。早く飯食ってシャワー浴びて寝るべきだ。
でも、それをすると“生きるために生きてる”みたいで惨めになる。
だから睡眠時間を削ってでも遊ぶ。
どんなに忙しくて辛くても、ほんの僅かでも趣味の時間を設ける。
それこそが、この部屋で行う俺の祈りだ。
ささやき、いのり、えいしょう、ねんじろ――灰になりそうだ。
昨日やったゲームの続きでも、と思ったところで、メールアプリのアイコンに「1」が付いているのに気づいた。
普段まるで使ってないメーラーだ。珍しいというより、そもそもこのアドレス設定してたっけ?
開く。
受信箱は空。
代わりに「迷惑メール(1)」が光っている。
「……はぁ」
一応、押す。
出てきた件名が、見た瞬間にもう駄目な感じだった。
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件名:【重要】精神貸与に関する事後通知(対応不要/返信不要)
差出人:no-reply@..spirits-core.world(※認証未確認)
受信日時:三日前 午前二時十七分
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三日前、午前二時。
その時刻、俺は――たぶん残業してたか、帰宅して気絶してた。
どっちにしろこんなメーラー、普通は起動しないし見てない。
添付ファイルが無いことを確認してから、興味本位で本文を開いた。
……開いた瞬間、脳が「はい、スパム」と結論を出した。
見慣れない単語が多すぎる。丁寧なのに胡散臭い。やたらと“お借りします”が重い。
高圧的なんだか腰が低いのか分からない妙な文章が、気色が悪い。
主人がオオアリクイに殺されて〇年――みたいなネットミームのスパムもある。
疲れていたが、あまり見ないタイプの電波系スパムだ。ネタと割り切って流し読むことにした。
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To:和泉 隆 様(識別名:IZMIR-ORIGINAL/照合一致…98.7%)
This is an automated notice. DO NOT REPLY.(返信不要/対応不要)
※本通知は貴殿の重要事項です。Important.
※本通知をもって同意取得とみなすものではありません(同意取得は代理にて既に完了しました/完了済です)。
※貴殿が本通知を読まなかった場合でも、同意は完了しています。予めご了承ください。Your Destiny.
※This message may contain magical content. 開封した時点での影響はありません(因果遡及効果は付与していません)。
1.概要(Summary)
当方世界(以下「こちら」)は、外敵性汚染体(暫定呼称:黒禍/深淵/魔樹/■■■)により恒常的な損耗状態にあります。自己免疫による防衛に失敗。救援を求む。
貴殿の魂魄波長帯(以下「精神」と簡略化、英語: mind/soul)が「こちら」の精霊核(霊子源器, spirit core)と高い適合を示すことが判明したため、応援要請として精神一部転写による貸与要請が実施されました。
We need your help. Thank you for your cooperation.
2.許可および管轄(Permission / Jurisdiction)
貴殿の居住圏神格(以下「そちら」)より、精神一部貸与の包括許諾は既に取得済みです。ありがとう。
本件は「そちら」の規約上、軽微な精神貸与に分類されます(生活機能に重大な影響を与えない範囲とされています。直ちに影響はありません)。
→現状、貴殿の本体人格(肉体付随精神)は継続稼働します(問題発生時は「そちら」にお問い合わせください)。
→転写対象は「精神と記憶の一部」であり、本体の精神と記憶に損耗は生じません。
→ただし個人差があります。This is not a promise.
→報酬は「こちら」の回復の後、「そちら」に還元される予定です。
3.転写先(IMPORTANT)
貴殿の精神の転写先は当方が準備した精霊核です。
精霊核は当方世界の環境に固定され、その環境の元素に由来する属性を持ちます。
貴殿用の精霊核は初期状態「泉(局所水域)」として具現し、既に顕現済みです。
精霊核は自己保存のため周辺の元素環境を一定以上に保つ性質を持ち、担当区域が外敵による汚染を被らない限り再生が可能です(精神変容率は3%以内です)。
※担当区域が汚染を被った場合:recovery is not guaranteed(保証しません)。
転写は本メール発信から48時間以内に開始します(2-3日前後する可能性があります)。
4.付与能力(Special grant / Bonus)
今回は緊急要請につき、特別措置として以下の能力を付与しました。
(A) 元素浄化(水)Element Purify (water)
(B) 元素操作(水)Element Control (water)
(C) 精霊体創造(水)Spiritual Body Creation (water)
5.各能力の説明と育成(How to use / How to grow)
(A) 元素浄化(水)
・対象:水域内の汚染、概念的汚染(concept contamination)
・除外:土・木など別元素の要素が大なるもの(樹木/岩石/金属)、水域外のもの
・告知:深淵浄化時の元素霊子供給量を増加させました。
皆様奮ってご参加ください(Clearing Campaign)
・警告:魔樹(侵食性概念)へ直接適用する場合、反作用(精神疲労/一時的同調/back-flow)が発生します。
(B) 元素操作(水)
・対象:精霊核に紐付く水域(=貴殿の身体)、外部から吸収同化した水
・範囲:固定半径(貴殿の練度により拡張可能/しかし急拡張は危険)
・理由:精霊核による精神の保持には一定の水量が必要になります。
→水量が閾値以下の場合、意識の希薄化、分散、消失が起こりえます(起こりません/起こります)。
(C) 精霊体創造(水)(最重要!!!)
・貴殿は水を用いて「精霊体(元素神核)」を構築できます。
・精霊体は元素操作による操作対象ではなく、意識の焦点/分体として使用可能です。
(you can move your focus)
・精霊体は生物からの信仰(精神の一部委譲)にの受容器です。神格化の為、必須。
・精霊体の強度には、構築精度、精神投影度、元素浄化・元素操作の練度が影響します。
・今回は特典により精霊体構築の為の元素霊子千五百年分を付与しました(精霊体構築1回分に相当)。
→1,500 years bonus. Limited-time offer.(供出量は状況により変動します。補償はありません)
6.副作用・注意事項(Side effect / Warning)
・精霊体による元素浄化・元素操作は出力・負荷共に増加します。過負荷にご注意ください。
・過負荷時、精霊体は水へ還元し、貴殿の焦点は精霊核へ戻ります(失神に相当/blackout)。
・精霊体への過度の自己投影、自己同一化の多用は避けてください。
貴殿の精神に変容を及ぼす可能性があります(Respect your boundaries)。
・神格化は信仰の在り方・強度により、精神・属性・能力に影響を及ぼします。
・We are not responsible for personality change.
7.対外敵(■■■)対応指針(暫定 / draft)
・魔樹は次元境界に生じた亀裂であり、境界を越えた流入物の総称です(再定義の余地あり)。
・認識・接触により物理・精神・霊的な浸蝕が発生し、生命や精神、物質に変容を齎します。
密な接触は避け、可及的速やかなる除去を推奨します。
・黒禍及びその変容体は浄化による消去が有効ですが、効果は貴殿の能力に左右されます。
→If you fail, try again. 失敗しても再試行してください(※再試行は危険)。
8.免責(Disclaimer)
本件は応援要請であり、当方は貴殿本体の安全・精神安定を最大限配慮します。
しかしながら、貸与いただいた精神の現状復帰・返却は、「そちら」の防疫の観点から対応いたしかねます。何卒ご了承ください。汚染は消去されます。
※返却できない可能性があります(返却しません)。
※本通知は因果的効力を持ちません(持ち得ます/あなたはかえることができない)。
末尾:
「こちら」の浸蝕状況は現時点で33.7%です。(Last update: unknown)
感染範囲は一部神格にも及び、尚も増加傾向にあります。
非常事態宣言がなされており、現在、転写後の個別サポートは行っておりません。
貴殿は134人目の精神貸与者です(残存率11.2%)。
God luck. あなたの運命を。
(自動送信/署名省略/no-reply)
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読み終えた瞬間、マウスを持つ手が嫌な汗で滑った。
部屋が静かすぎる。冷蔵庫の唸りがやけに大きい。
「……何ぞこれ」
書いてあることは意味不明だが、要約するとたぶんこうだ。
お前の精神を勝手にコピーした、許可は取ってある。お前には色んな意味で無関係。
コピーは異世界の泉の精霊に入れた。能力を盛ったから神にもなれる。それで戦え。
返却はできない。サポートもできない。成功しても失敗しても自己責任。
なお世界はだいぶヤバい。幸運を。
会社のクソったれ並みに理不尽なことを言ってきてやがんな。
何時間以内にどうこう言ってるがやけにアバウトだし、止める気ゼロだろ。
そもそも、俺のコピーってなんだよ。
俺にも一つ寄こせ。代わりに会社に行かせるから。
こんなの出来の悪い創作か、イカれた手合いの妄想だろう。読んで損した。
――なのに、どういうわけか胸の奥がちくりとした。
意味が分からない。
三日前の午前二時。
見なかった。気づけなかった。
見ていたら何か変わったのか? いや、変わるわけがない。
これから起きることが早まっていただけだ。
俺は画面上部のゴミ箱アイコンを押して、選ぶ。
削除。
押した瞬間、胸のちくりが消えた。
代わりに、いつもの疲れが戻ってくる。現実の重さ。
ゲームを起動する気力を、くだらないメールで浪費してしまった。
「……寝よ」
マウスを置いて、モニタの明かりを落とした。
その夜、夢は見なかった。
代わりに、どこか遠くで――バシャン、と水の音がした。




