50.神域の森に、清き水は湧き出でる 〇★
やってしまった。またやらかした。
もう何度目のやらかしだか分からないけど、ワースト更新って感じだ。
(しょうがないだろ……あんなに湧くとか、どうしろってんだよ……)
いきなり湧いてきたとんでもない量の水で、人を巻き込まないように何とか曲げた。
曲げたはいいけど、落ちた水で洪水みたいになって、それをまたどうにか止めて――
怪我人は出さずに済んだ……と思う。たぶん。きっと。
けど、森は滅茶苦茶になった。
木は折れ、ひっくり返り、土は抉れて水浸し。
そこら中に水たまりと小川ができている。
その水、全部が――俺だ。
だいぶ前に、頑張って泉を広げようとしたことがあった。
あれが、図らずも今になって実現した。それも超範囲で。
俺は、ついにあの泉から“動ける”ようになった。
正確には離れてはいない――広がったんだ。
前は、あの泉が俺の身体の全部だった。
今も、あの場所が身体であることは変わらない。
けど、そこはもう「全部」じゃない。「一部」になった。
水量が増えて、水面が広がって、行ける場所が増えた。
見える範囲と動ける範囲が、馬鹿みたいに増えた。
更に……水に意識の焦点を合わせた瞬間。
俺はこの森に横たわる巨人みたいになる。
木一本が小指。人間や動物なんて、爪の先。
なのに、焦点を落とせば、前みたいに間近で見ることもできる。
水中の小魚やエビが、意識の中をスーッと泳いで通り抜けていく、あの感覚も残ってる。
正直言って……すごく気持ち悪い。
この大きすぎる視点は、人間だった頃の脳みその限界を、軽々と踏み越えてしまっている。
やろうと思えば全体を俯瞰しながら、細かい部分までまとめて見られる――そんな気さえする。
そんなことをしたら、情報過多で頭がおかしくなりそうだ。
でも、それで壊れるのは、たぶん人間の記憶を引きずってる“俺”の方だけだ。
祭り上げられて、信仰で増えていく“私”の方は、このイカれた感覚に適応してしまえる気がする。
だから、あまり使いたくない。
『人がゴミのようだ』なんて台詞があるけど、あれを実感できる状態になると恐怖しかない。
くしゃみくらいの感覚で人を押し流す鉄砲水が出るかもしれない。
その時、意識せずに、人や生き物を巻き込まないとは限らない。
それに気付いた時、たまらなく恐ろしかった。
だから、増えてしまった水場に意識を向けて、積極的に探しまくった。
水たまりのどれかに人が浮いたり沈んでいるんじゃないかって思うとゾッとした。
幸い、人の死体は見つからなかった。
けど、あちこちの惨状で、えげつない水の破壊力を思い知らされた。
この破壊に自分が関わっているという事実が、なかなか飲み込めない。
元々の泉だった場所も見た。
水が溢れ出して、もう泉というには広すぎるあの場所。
身体は創らない。水面に映っているものを見るだけだ。
人間はまだあの場所に出入りしていた。
社のところまで完全に水浸しになってるのにお構いなしだ。
「水に触れない」決まりは、もう機能してないみたいだ。
ざぶざぶと水を掻き分けながら、屋台や土砂、流木を片付けている。
そして片付けながら、笑顔で合唱みたいに声を張り上げている。
それが祈りだってことが、どこかで水が湧き、自分が増える感覚で分かる。
(この惨状を見ても、まだ女神様扱いしてくんのかよ)
俺が対応をしくじってたら、人死にが出てたかもしれないのに……どういう感覚だ?
災害も起こすけど、黒いのを消して病気も治してくれるからヨシ!って?
呑気すぎだろ……。
それとも、奇跡も魔法もある世界の“ガチ”の宗教って、こういうもんなのか?
分からない。こいつらの文化も価値観も、何にも分からない。
何より、その信仰の対象が自分だってことが、一番わかりたくない。
畔も社も水没してる。だから前みたいには集まれないはず――そう期待もした。
片付けが済んだら陸地に社でも神殿でも建てて、そっちへ移るんじゃないかって。
もちろん、そんなはずなかった。
連中にとって、あの場所は俺――いや、“女神”降臨の聖地なんだろう。
片付けと並行して、見覚えのあるガチムチ大工どもが測量みたいなことをしていた。
材木が運び込まれて、社の周りに杭が打たれ、横木と板が張られて木道が造られる。
それが林道の方までずっと伸ばされていく。
水上の通路ができると、もっと多くの資材が運び込まれる。
水底の土は掘り返され、足場が組まれ、太い丸太が運び込まれ――何かを建てる気だ。
こんな水害直後の現場で建設とか、正気か?
いや、こいつらにとっては“だからこそ”なんだろう。
ここは泉の女神の聖地なんだから、これ以上相応しい場所なんてない。
やめてほしい。
大工どもは社を建てた時よりも、生き生きと……ヤバいくらいの熱意で仕事に臨んでる。
大勢を引き連れて、指示を出して、自分も汗を流して作業に勤しんでる。
もう完全に、事業として動いている。
俺には、それを止められそうもなかった。
止める手段はある。
ただ姿を見せただけじゃ、ありがたいイベント扱いされるだけだ。
水で押し流すか、沈めれば流石に伝わるだろう。
でもそれは、止めるじゃなくてぶち壊すだけだ。
俺は、人の仕事をぶち壊しにするような奴にはなりたくないんだ。
木彫りの花が割れる音が、水の奥に残っている気がする。
なりたくなかったんだ……。
※※※※※
人間たちは、森の中でもあちこち動き回っている。
新しくできた泉。小川。水が溜まった窪地。
水を見て、汲んで、嗅いで、飲んで、記録している。
何をしてるんだと思ったけど、すぐ分かった。
浄化だ。水が浄化されてるかどうかを確かめてる。
その水に女神の力が及んでいるかどうかを確認している。
水面が震えそうになった。
これは、単に探されてるってだけじゃない。
こいつらは増えた水場を把握して――管理しようとしてる。
柵で囲って、社を建てて、ここも巡礼の場にする気だ。
せっかく広くなって、逃げ込める場所が出来たのに、人は追いかけてくる。
俺が逃げ出しても、人はほっといてくれる気なんて更々ないんだ。
しかも手際がいい。
最初は様子見みたいに慎重だったのに、二度三度と“当たり”の水場を引くと、そこから先は早い。
目印の杭。縄を張った簡単な囲い。次の日には柵。
人間の手って、こんなに早く伸びるんだな……って、変な感心が出るのが腹立つ。
森のどこかで、木が倒れる音がする。
風で折れた音じゃない。斧の音。鋸の音。人の呼吸の音だ。
俺の水が増えたせいで、森が人間の“仕事場”になっていく。
森は俺と外とを隔てる壁だった――そういう静けさを頼りにしてたのに。
今は逆だ。俺を内側に押し込める壁になってる。
森の静けさの中に人の祈りの声が広がり始めている。
※※※※※
森を歩き回る人間の中で、ひときわ熱量の高い奴がいる。
木こり野郎だ。
あいつは一日中、森の中をとんでもない速度で駆けずり回っている。
汗だくで余裕のない、必死な顔。……心配で不安だって顔。
水場を見つけると、そんな顔で水面を覗き込んで呼びかけてくる。
言葉で。祈りで。
――イズミールって。
あいつに呼ばれると、水の中の奥――湧き口よりさらに奥を、何かで引っ掻かれるみたいに響く。
信仰で増えるのとは違う。
もっと近い。もっと痛い。もっと……甘い、みたいな。
私はあれが嫌いだ。
増える感覚が嫌いだ。
信仰で増える時と違う、満たされる感覚が嫌いだ。
嫌いなのに、嫌いって言い切るたびに、その“満たされる”が確かにそこにあるのが分かる。
分かるから、余計に怖い。
何より、水面に映るあいつの姿――金髪で白い肌に青い瞳を見るのが嫌だ。
勝手に姿を変えられたのに、なんでそんな顔して、そんな風に呼んでくるんだよ。
変えてしまった罪悪感と、何かを変えられてしまいそうな予感が嫌で。
私は別の水場で身体を創って、あいつの目から逃げ出してしまう。
逃げた先で、身体を創って、泥混じりの浅い水に腰を下ろす。
浄化したい、今すぐ浄化したい。
でも、水が澄んでいると、ここに居たのがバレる。
落ち着かない気持ちを、風の音を聞いてるふりをして紛らわす。
でも本当は、いつ呼ばれるか、いつ見つかるか、そればかり気にしてる。
吹いても居ない風で水たまりがパチャパチャと波打つ。
自分のことが、嫌になる。
※※※※※
そうして別の水場に移っても、誰か来るんじゃないかって気になって、意識を水に戻す。
水に戻ると、また全体が見えてしまう。
元の泉の周辺で、大きな柱が立てられようとしているのが見えた。
小川に橋が架かる。水たまりに柵が設けられる。
森の中に道が敷かれ、どこかで伐採の音が響く。
水の上に延びていく木道は、人間たちの“手”だ。
人間の手が、俺の水面に指を置いて、そこを足場にして、さらに遠くへ伸びてくる。
社に通じる道だけでなく、森の中のあちこちの水場に向かって張り巡らされていく。
男が、女が、子どもが、老人が、怪我人が、黒いのを抱えた病人が、続々と森に入ってくる。
水場に列を成して、水面に祈り、水を汲み、飲んで、浴びる。
中には勝手に水に浸かってくる者もいる。
そいつに黒いのが混ざっていたら、意識がどこにあっても一瞬で分かる。
水全体が震えるような恐怖と焦りがくる。
無視なんてとてもできなくて、即座に浄化してしまう。
その浄化が、火種になる。
“あそこでも救われた”が広まって、次の日には誰かが来る。
誰かが来れば、別の誰かを連れてくる。
だから、勝手に浸かられる前に、そういう気配のする奴には先に量産型をぶつけた。
すると、その場所にまた人が集まってくるようになる。
巡り巡って、行いの全部が自分に降りかかってくる。
どうしてこうなった。
ただの水じゃないことがバレているから、誰も彼もが水を求めてやってくる。
その中で一人だけ――あいつだけが、“水以外のもの”を求めてる顔で水面を覗いてくる。
それが何なのか、気付きたくない。
――ああ、また見られてる。
視線を感じると、呼び掛けが来る前に、人気のない場所に身体を創って逃げる。
逃げ回るのが癖になってしまっている。
水に意識を移して全体を把握して。
人のいない場所を見つけて、そこに身体を創る。
そんな日々を、季節が一つ変わるくらい繰り返していた。
葉の色が変わり、風の匂いが変わり、水に落ちる実の種類が変わる。
森が“時間”を刻むたび、俺の中の“逃げる理由”だけが、薄れていく。
だんだん、自分が何で逃げ回ってるのか、何が怖いのか分からなくなってくる。
だって、逃げている間も、結局、求めに応じて浄化は続けている。
やっていることは今までとそう変わらない。
黒いのがついている人や病人は助ける。そうすると、とても喜ばれる。
喜びや感謝の顔を向けられるのは……嫌いじゃない。
嫌いじゃないどころか、心のどこかが“ほっとする”。
俺がしていることが、間違いじゃないって証明されるみたいで。
役に立ってるっていう実感が、あの社畜みたいな人生の穴を、ちょっとだけ埋めてくれる。
(自分の仕事が評価されて、人を喜ばせるものだったらって思ってたじゃないか)
(感謝されるってことは、“ちゃんとしてる”ってことなんじゃないか?)
人間だった頃の記憶と照らし合わせて、冷静に考えてみれば、今、自分がやっていることは、人のためになることだ。
周りを拒んで閉じこもって、趣味に没頭する“ロクでもない人生”より、ずっと意義があるんじゃないか。
……それに。
私が黙って逃げ回っても、こいつらは止まらない。
木道は伸びるし、杭は打たれるし、柵は増える。
人は跪いて、祈りは届いて、俺は増えていく。
だったら、最初から“受け入れた”方が、まだ被害は少ないんじゃないか。
そう考える自分がいる。
違う。
“そう考える方の自分”がいる。
――私はこんなにも広く、多くなった。
――人間は身体の上を這い回る小さな生き物の一つだ。
――でも、あんなに必死に祈って、私を増やしてくれる。
――祈りが集まれば、私はもっと広く、もっと多くなれる。
――なら、その祈りにもっと応えて、もっと助けてあげてもいいんじゃないだろうか。
……うん。
そんな気が、してきた。
ぞわ、と水面がさざめく。
嫌悪じゃない。恐怖でもない。
水底の奥が、うずく。
水の底で、小魚が一匹、すい、と横切った。
銀色の線が、俺の意識の真ん中を割っていく。
(……俺は俺だ、俺……だよな?)
疑う“俺”の隙間から、柔らかい“私”が流れ込んでくる。
――ちゃんと、みんなと向き合いましょう?
――今なら、きっとうまく出来るから。
水面が、勝手にわずかに持ち上がる。
新しい湧き口が、どこかでぽこんと生まれる。
止めたいと思ったのに、止まらない。
止めたくないと思ってしまったせいで、止まらない。
そして遠く、木々の壁の向こうから――あの声が届く。
イズミール、と。
だから、私は――




