俺は美少女フィギュアにクラスチェンジした ★
気を紛らわせるために、俺は遊びを作った。
ここには何もない。なにもかも全部あっちの世界に置いてきた。
だから俺は、俺の中から捻り出す。
水製のメカフィギュア。
俺が、俺の水で作る、俺だけのオリジナルメカだ。ガ〇ダムもどきは一回で満足した。
記憶に頼ると、どうしても曖昧になる。
操作の練習も兼ねて、今度は複数作る。
片方は重装甲。肩がでかくて、胸が厚くて、角ばったシルエット。
もう片方は軽量高機動。細身で脚が長くて、背中に推進器っぽいの。
水面に二体を並べる。舞台は水面。
メカ二体で何をやるかって言ったら決まってる――ブンドドだ。
(「お前の計画もここまでだ……!」)
軽量機が重装甲機にライフルを突き付けて叫ぶ。台詞はもちろん俺。
(「浅はかな。所詮お前は、狭い世界でしか物事を測れないのだな」)
……計画って何だよ。まあいい。ノリだ。俺の脳内脚本は雑でも勢いがあれば勝つ。
戦わせる。
水ビーム。
水の糸を光線みたいにピッと飛ばす。水面が細く切れて、波紋が走る。
(「知った風な口ばかり叩く! あたれ――!」)
軽量機が跳びながらビームを連射。重装甲機が盾の形を作って受ける。
盾の表面でぱしゃぱしゃ散って、水面に波紋が重なる。
重装甲機の背部から水ミサイルが発射される。
小さな水球を連射して追尾。ミサイルっていうか水球だ。でも言ったもん勝ちだ。
(「無駄だ。何も知らぬまま理想を騙って沈め」)
(「……こんなものッ!」)
軽量機が水ブレードを抜き放ち、水ミサイルを切り払う。
初弾は切ったが、二発目が軽量機の腕に命中して吹き飛ぶ。
水面を滑るような高速機動で回避。重装甲機が水バズーカで追撃、水柱が幾本も立った。
白熱した戦い――
……しかし、どっちも俺だ。
俺が喋って、俺が返して、俺が勝って、俺が負ける。そして観客も俺。
着色もできないし、作り溜めして並べておくのも難しい。
けど、壊すのも変形させるのもお手の物だ。
ある意味、プラモやフィギュアでのブンドドより進んでいる。
しばらくは没頭できたし、副産物もあった。
ブンドドの最中は、ある程度大きい動物でも近寄らなくなる。
訳の分からない水の塊が飛び回って、飛び跳ねて、水の弾を撃ち合っているのだ。
それでも近づいてくる奴にはバトルを仕掛けた。
操作が通じる範囲で飛び回って、水ビームや水ブレードで目や鼻を狙ってやる。
ぶつかって弾けても、こっちはノーダメージ。
(バトルしようぜ! バトル!)
そうやって動物相手にやってるうちに、連中はあまり近づかなくなった。
最初はせいせいしたと思ったが、だんだん空しくなっていった。
言葉は通じなくてもいい。俺じゃない誰か、何かがいた方が気が紛れる。
俺は動物を追い払うのをやめ、代わりに接触を試みた。
水で鳥を作る。水で小動物を作る。本物に似せて動かして、「害はない」と示すつもりだった。
――が、無理だった。
見た目と匂いで分かるのだろう。俺の造形物は水の匂いしかしない。生命の匂いがない。
鳥は空で一瞬止まって、俺の水鳥を見て、方向を変えて飛び立った。
小動物は毛を逆立てて逃げた。
鹿っぽいのは遠巻きに見て、鼻を鳴らして去った。
馴らすことなど、できない。連中にとって俺は、ひたすら不気味な泉でしかなかった。
(……そりゃそうか)
水面に揺れる偽物が、形を崩して溶けていく。胸の奥がじわっと痛む。胸がないのに痛む。
俺は、動物たちの営みを邪魔しないことにした。
追い払っても虚しい。近づけば気味悪がられる。
なら最初から「そこにいる」だけでいい。俺は泉で、あいつらは森の生き物だ。
どうせ汚されても簡単に浄化できる。
そう割り切ってから、気持ちが落ち着いた。
自分で広さと深さを拡げたせいで、水量は以前より増えた。
水底の泥と砂利をさらって掘り進めた先に岩盤があって、俺はそこから湧き出している。
理由は分からないが、とにかく総量は前の数倍はあると思う。
今なら鯉百匹だって飼える……いや、百は流石に多すぎか……?
岩盤の湧き出し口から水脈を辿って源流へ――できなかった。
そもそもどうやるのかも分からないが、とにかく、俺の意識はこの泉に縛られている。
俺は出られない。その事実を飲み込むしかない。
だから、別の方向へ逃げた。ブンドドは時々、程々に。
今度は徹底的に“造形”に拘る方向で、一体に集中することにした。
逃げだ。分かってる。けど、逃げ先がないよりマシだ。
等身大のフィギュアを作る。メカじゃない、人間だ。
そうでもしないと、人間だった頃の記憶や、人の形を忘れてしまいそうになるから。
だからと言って、俺自身を作るつもりなんかない。
自分の姿なんて覚えていないし、どうせ作るなら美少女フィギュアだろ?
時間はある。四季が巡る間ずっと、俺は水を重ねて、削って、整えていく。
理想と性癖を詰め込む。誰かに見せるためじゃない。誰にも評価されることもないだろう。
それでも俺だけは分かる。
――これが、人間だった俺の最後の拠り所だ。
※※※※※
俺は精魂込めて美少女フィギュアの造形に取り掛かった。
水は柔らかい。だからこそ、誤魔化しも効く。
でも、俺は誤魔化したくなかった。ここだけは妥協したくなかった。
人間だった俺が積み上げてきた、数少ない“好き”の領域だからだ。
まず髪。
ゆるやかなウェーブを描く長い髪。
ただの板みたいに垂らしたら終わりだ。髪は“重さ”で落ちる。
束になって、重なって、光を拾って陰影を作る。毛先は空気を掴んで少し暴れる。
だから、何層にもする。
一本一本を意識するのは無理でも、束を束として見せる。
束の中にさらに細い流れを作る。風で揺れることを前提に、崩れにくい流線を探す。
次は顔。
顔は小さく。
小さすぎると幼くなる。大きすぎると間抜けになる。バランスが命だ。
瞳はぱっちり。だけど、アニメ目に寄せすぎると記号になる。
俺が欲しいのは記号じゃない。俺の理想の「現実っぽい嘘」だ。
瞼の厚み。目尻の角度。眉の位置。頬の丸み。顎のライン。
表情は柔和。柔和だけど、媚びじゃない。
俺が欲しいのは「誰にでも笑う顔」じゃなくて、「俺の前でだけ穏やかに笑う顔」だ。
……俺、何言ってんだ。
いや、いいんだ。俺だけのフィギュアなんだから、俺の都合でいい。
肩は華奢に。
鎖骨のあたりの繊細さは、ただ薄くすればいいわけじゃない。
骨の位置が見えるぎりぎりで、でも貧相にはしない。
女の華奢さってのは、弱さじゃなくて“線の整理”だ。
手足はしなやかに。
指先。ここが一番むずい。指って短い棒を五本付ければいいってもんじゃない。
長さの差、節の間隔、指の腹の丸み、爪の気配。
俺は何度も作っては崩し、作っては崩し、最終的に「それっぽい嘘」に落とし込んだ。
体格はほっそり。
でも、ただ細いだけじゃダメだ。
豊かな胸。ドーンと盛る。某御大も盛れるだけ盛って宜しいと言っていた。
ただ、奇形や下品にならない範囲に留めなければいけない。
丸みを帯びた腰から太腿のライン。
ここは――正直、楽しい。
性癖と理性のせめぎ合いだ。雑に盛っては反省して削ってまた盛って。
腰のくびれをほんの少し。
太腿は太すぎない。でも痩せてもない。
膝の丸み。ふくらはぎの張り。足首の細さ。足の甲のライン。
「美少女」ってのは、雑に盛るとすぐ下品になる。
俺は下品にしたいわけじゃない。俺の理想は「品のあるエロさ」だ。
衣服は羽衣みたいに。
体と一体化させない。上から覆う形にする。
薄い膜で、局部は透けない。透けないのが大事だ。チラ見せもNG。
隠してるからこそ「そこにある」と感じる。俺はそういうタイプだ。
そして、日本のフィギュア文化の粋――キャストオフ仕様。
羽衣は外せる。
でも、外した時に体の造形が破綻しないように、最初から両方の状態を想定して作る。
固定パーツの噛み合わせ。外した跡が汚くならないライン。
薄い衣の重なりが自然に見える角度。
誰に見せるわけでもないのに、ここまでやるのかって?
やる。
これこそ、人間だった俺の最後の拠り所。
俺が人間だったという証だからだ。
水になっても、泉になっても。
世界から置き去りにされても、これだけは――俺という「人間」が作ったものだ。
俺が一番欲しいと思うものを作る。
この究極の美少女フィギュアは、俺の理想と性癖の集大成だ。
水面の上に立つその姿を見上げた瞬間、俺はほんの少しだけ救われた。
ただ、水の形を変えただけに過ぎないのに、そこに「人の形」で「いる」だけで、俺の中の何かが繋ぎ止められる。
――大丈夫だ。
俺はまだ、俺でいられる。
※※※※※
身体の可動についても、俺は妥協しなかった。
ブンドド用の水メカはいい加減で構わなかった。派手に動けばそれで楽しい。
関節が変な方向に折れたって「演出」って言い張れる。
でも今回のは違う。
こいつは「人間」にする。
「俺が人間だった証」として精巧に、人間そっくりに造る。
だから、薄れかけた身体感覚を必死に掘り起こして、造形に落とし込んだ。
肩は、ここまでしか上がらない。
肘は、逆には曲がらない。
手首は、捻るとどこかが突っ張る。
背中は、曲げると腰が支える。
股関節には、こういう限界がある。膝には、こういう癖がある。
骨格があって、関節があって、筋肉があって。
曲がり方、捻じれ方、伸び方には、ちゃんと限界があった。
その限界が、逆に懐かしかった。
俺はここしばらく、限界のない水だった。眠らない、疲れない、腹が減らない。
水の操作を覚えてからは、人間だった頃より自由なくらいだった。
形を作っても、崩すのも、全部俺の気分次第で。
だからこそ、人体の制約を再現するのは難しい。
今の俺の感覚、手癖のままに作ろうとすると勝手に簡単で滑らかな動きにしてしまう。
でも、そうじゃない。
人間の身体ってのは、思い通りに動かない。重たくて不自由だった。
もう自分自身で感じることは二度とないだろう、その不自由を再現したかった。
俺は何度も、試した。
指を曲げる。
握る。
開く。
腕を上げる。
肩甲骨の位置を想像する。
首を傾ける。
顎を引く。
背中を反らす。
膝をつく。
立ち上がる。
動かしては崩し、崩しては作り直す。
その繰り返しの中で、俺の中に沈んでいた「人間の型」が、少しずつ浮かび上がってくるようだった。
心血を注ぐって言葉がある。
今の俺には血も肉もない。ただの水だ。
でも、心はある。人間だった記憶がある。
水に宿った心と記憶が、俺だ。
その水に心を注いで作る。
造る。
創る。
雨の日も、やった。
雨が降ると視界がぐちゃぐちゃになる。
嬉しいような、気持ち悪いような、あの水の本能がざわつく日でも。
水面が叩かれて、俺自身が乱されて、集中がぶち切られそうになっても、俺は何度でも形を組み直した。
落ち葉が水面を覆う日も、やった。
視界が半分塞がっても、落ち葉の隙間から空を覗くみたいにして、造形の輪郭を確かめた。
落ち葉が邪魔だ、邪魔だ、邪魔だと苛つきながら、それでも手を止めなかった。
雪の日も、やった。
白が降る。白が溶ける。白が消える。
寒い景色の中で、俺は寒くないのに「寒い」を見続けながら、人の肌の温度を思い出そうとした。
人の皮膚って、こんな感じだったはずだ。空気に触れると、こう感じるはずだ。
水の中とは違う、乾いた触感があるはずだ。
そうやって、季節をまたいで、時間を溶かして。
そして、ついに――完成した。
水面の上に立ち、微笑を浮かべる等身大の「彼女」。
俺の理想と性癖と、人間への執着を、全部まとめて形にしたやつ。
水で出来た造形物だ。当然、色はない。透明な水の女性像、美少女フィギュア。
せっかく異世界に来たのだから、遊び心で普通の人間にはない造形も取り入れた。
張り出した木の枝みたいな角は、俺を飲みに来る鹿っぽいやつの角を参考にした。
耳の代わりにヒレを生やしてみた。これは俺の中に棲んでる小魚のヒレに似せた。
頭の中ではちゃんと色彩も決めてある。
澄んだ水色の髪。毛先は砕けた波の白。肌は透けるような白く、しかし、血色を帯びている。
海の青を映した瞳。清流の白、渓流の翠、湖の碧を織り込んだ羽衣と装束。
「彼女」に心は宿っていない。
その微笑は水面(俺)に向けられていても、俺を見ているわけじゃない。
それでも、人の姿をした者がそこに在るだけで、俺は満たされた気分になれた。
俺は心行くまで「彼女」の姿を眺めて過ごした。
陽が沈み、二つの月が昇り、すれ違って、また陽が昇り――
※※※※※※
どれだけの時間、そうして過ごしていたのかわからない。
何がきっかけになったのかもわからない。
ソレは、この世界で目覚めた時と同じく、あまりにも唐突に起こった。
――世界の手触りが、意識の場所が、突然変わった。
(……は?)
いきなり、視界が高くなった。物の視え方が変わった。
水越しの揺らいだ視界じゃない。いや、水面を見下ろしていた。
水面? あれが「俺」じゃないのか。
じゃあ、あの水面に映っているのは誰だ?
覗き込もうとしたら風が吹き、さざ波が水面に落ちた像を崩してしまった。
――風が「肌」に当たる感覚。
肌?
俺の中で言葉が感覚に遅れて追いつていくる。
理解はもっと遅い。次々やってくる感覚の波に意識が翻弄され続ける。
風を肌で感じたのと同時に、重さが来た。
落下感とは違う、在るだけで感じる重み。自分自身の重さ。
足の裏に地面の感触。ぬるい泥じゃなくて、湿った砂利の冷たさ。
膝の位置が分かる。指が分かる。髪が背中に触れる感覚がある。
音も違って聞こえてくることに気付く。水の中で聞いていた体を震わせる波とは違う。
風の音が、葉擦れが、遠くの鳥の鳴き声が、ちゃんと「頭」に響いてきて、受け止めている感じ。
俺は――息を呑んだ。吸ってないのに、呑んだ気がした。
視線を落とす。
まず、白い谷間があった。胸だ。丸くて、大きい。
その存在感のせいで足元が見えない。そう、透けていない。色がある。
肌の白は雪とは違う。血の通った肌色――もう久しく見ていなかった色だ。
手を動かす。そう思っただけで、目の前に両手が現れた。
五本の指。指先には爪。その造形のどれも、見覚えがある。
これも透けていない、人の「手」だ。
両手で「顔」に触れてみた。指先を滑らかな肌に浅く沈み込ませる。
しっとりとしていて、弾力がある。指を滑らせて輪郭をなぞる。
ああ――これ、全部、俺が作ったやつだ。
俺が、作った――俺の理想の身体。
頭の中が一瞬、真っ白になって、次に怒涛みたいに理解が押し寄せてきた。
俺は、泉で――
泉の水で――
フィギュアを作って――
そのフィギュアに――
意識が、移ってる……?
「……は?」
もう一回、口から出た音は、今度ははっきりと空気を震わせた。
風と葉擦れの音に混じって、泉の上で奏でられる澄んだ柔らかい「声」。
人間の男だった頃の自分の声はもう思い出せない。
けど、この「彼女」の声は造形しながらずっと妄想していた――その通りの声だった。
俺は――気が付くと、俺自身が理想の美少女フィギュアになっていた。




