48.聖者は泉の底で黄金を授かる(中編) ◆★
44話「浄なる泉を染めるもの」~46話「清浄なる泉は森を浸し、神域を為す」前半までのアイオリス視点
水面を割って顔を出した瞬間、世界が白く弾けた。
陽光が眩しい。濡れた肌に触れる空気が冷たい。
肺が勝手に痙攣して、喉の奥がひりつく。水を吐いて、咳き込む。
胸いっぱいに吸い込んだ風が、熱を帯びて身体の内側を焼き戻していく。
その熱が、"こちら側"こそが自分の属する世界なのだと主張する。
それが、たまらなくもどかしくて切ない。
(あの清浄なだけの水底に、彼女を独りにさせたくないのに――)
岸から伸びてきた手が、私を泡沫の幻想から現実へと引きずり上げる。
一本、二本ではない。
何本もの腕が、濡れた私の肩や腕を掴み、衣の端を引き、乱暴なほど必死に引き上げる。
「聖者様! ご無事で!」
「上がってこられた! こっちだ、引け!」
「もう一人いるぞ! 息がある!」
言葉として理解できる音が耳に届く。
水越しに聞いたあの優しい歌声とは違い、空気と震わせて耳に刺さってくる。
引き上げられた私は、畔に膝をついた。
濡れた衣服と身体の重みを脚で感じる。
土と草の匂い、踏み固められた地面の硬さが手のひら伝わってくる。
零れた水が地面に滴る音を耳にしながら、顔を横に向けた。
――男。
私が抱えて上がってきた、あの男も、すぐ隣で引きずり上げられていた。
誰かが背を叩き、誰かが顎を上げ、口を開かせる。
次の瞬間、男は勢いよく水を吐いた。
苦しそうに身体を跳ねさせ、咳き込み、空気を貪るように吸い込む。
男の口から、黒い泥が吐き出されることはなかった。
身体にも、僅かな浸蝕の痕さえ残っていない。
生きている。動いている。――救えた。
それを見届けて、やっと肩の力が抜けた。
座り込んだまま、私は震える呼吸を整えようとした。
濡れた髪を払って、ゆっくりと水面を振り返る。
崇敬の念から、勝手に頭が下がる。
だが、鏡の水面に映り込む自分の姿に違和感を覚えた。
――金色が見えた気がしたのだ。
疲労で視界が歪んでいるだけか。水滴が光を拾ってそう見えるだけか。
だが、私の周囲がざわめいた。
「……せ、聖者様、ですよね?」
「アイオリス様、その御姿は……」
「髪が……それに肌も……?」
訝しげな声。恐る恐る確かめるような声。名を呼ぶ響きが、いつもより一段低い。
私はほとりに膝をつき、両手をついて水面に顔を近づけた。
波紋が散るのを待つ必要もなかった。
鏡のように凪いだ水面がそこに広がっていた。
人二人が水面を泳いだ直後とは思えない静まり具合。
私は息を殺して水鏡を覗き込んだ。
そこに映っていたのは、見慣れたはずの顔――なのに、違う顔だった。
髪が金色に変わって――いや、戻っていた。
黒に染まりきっていたはずが、色が抜け、陽の光を浴びて濡れた金色の輝きを放っていた。
肌からも浅黒さが消えていた。
顔にあった傷跡も失せ、まるで生まれ変わったかのようだった。
そして――瞳。
黒く濁っていたはずの瞳が、空に似た青さ取り戻した。
その色に、今は遠い記憶となりかけていた父の眼差しが思い起こされた。
私は息を止めた。
喉が鳴る。
水鏡の中で、私に似た男の口が僅かに開いているのが見える。
手のひらを見た。
指の付け根、手のひら――溶け崩れ、剥がれ、治って歪に盛り上がった痕はどこにもない。
黒い筋も、硬く変質した跡も、裂けた傷跡も、すべて消えていた。
「……まさか、そんな……」
掠れた声が聞こえた。
それが自分の声だと分かっているのに、どこか他人のものみたいだった。
これまでに幾度も、あの方の浄化を受けた。
水流を浴び、水を飲み、瓶の水を通し、そして、御子様の抱擁を受けて。
何度も、何度も、あの水に触れ、その度に自分の中から黒が除かれていく実感があった。
だが、それでも――髪や肌、目には、常に黒禍の残滓が居座り続けていた。
それが、女神の力をもってしても拭い去ることのできない――浄化の限界なのか。
あるいは、私自身の心の穢れの印として残されたものなのか。
ずっと分からなかった。
そして、ずっと怖れていた。
自分の中から消えることのないこの黒が、清いものを穢してしまうのではないか。
自分が傍に居続けることで、あの方を汚してしまうのではないかと。
だから、私は泉の水に直接触れてはならないという戒律を定めた。
私が先頭に立って守らせ、破ろうとした者を叱り、止めた。
清浄なる泉を守る――そう言い訳をして。
だが本当は、私自身の恐れと、触れられないことへの渇きを、禁則の形に仕立てただけだ。
その恐れと渇きの源が――今、消えた。
はっきりと分かる。私の中にはもう黒禍の存在は微塵もない。残り香さえ感じない。
水中を駆け抜けたあの“波”が、私の中に残っていたそれを完全に消し去ったのだろう。
あれが女神の赦しなのか。慈愛なのか。
私の知らぬ裁定なのか分からない。
だが、あの方の意思の解釈よりも先に、ひとつの実感が胸の底から浮かび上がってくる。
――これで、触れられる。
そう感じた瞬間、胸の奥の堰が壊れた。
涙が溢れた。止まらなかった。
頬を伝って落ちる水が、泉へ帰ろうとするみたいに指先から滴った。
人の目があることなど、完全に頭から消えていた。
救われたことへの感謝よりも。元の色を取り戻した喜びよりも。
私は――あの方に触れられる身になったことに、何よりも歓喜していた。
そのとき。
風もないのに水際で、さざ波が起こった。
小さく、そっと。
映り込んだ私の鏡像を乱すように、水面が撫でられた。
涙を流す私の姿を、かき消すみたいに。
――泣かないで、と。
水が、私の頬の涙を拭う動きのように思えた。
(違う)
私は首を振った。唇が震えた。
(違うんだ。私は……今、この上ない喜びに満ちている)
彼女にそう伝えたかった。
言葉が通じないことは分かっている。
それでも伝えたい。知ってほしい。
貴女のお陰で、私は生まれ変わったのだと。
私は水面に顔を寄せる。
吐息が水に触れ、湿った空気が唇を撫でる。
澄んだ水の底に、あの方の姿を探す――あの微笑を、あの瞳を。
――いない。
水底は静かで、光の筋が揺れているだけだった。
胸が、小さく軋んだ。
逢いたい。
触れたい。
その想いが、息をするたびに膨らむ。
胸の内側に温度が生まれる。
さっきまで冷え切っていたはずの身体が、別の熱で満たされていく。
私は、水面にゆっくりと手を伸ばした。
――泉の水に直接触れてはならない。
私が定め、自らにも、他者にまで守らせてきた戒律。
だが今や――躊躇いはなかった。
指先が水面という境界を超える。
指を包む冷たい水の感触。
冷たい、と感じると同時に思い浮かぶ。
この水に、あの方が溶け込んでいる。この水はあの方そのものだ。
今、冷たいと感じるということは、私の熱がこの水に伝わっているということだ。
そう思った途端、冷たさは、肌の奥で温かさに変わった。
水面に沈んだ私の指先に応えるように、大きな波紋が広がった。
跳ねた鼓動のように、一つ、輪が広がって、やがて薄れていく。
――見ておられる。
――応えてくれた。
私は今、あの方に触れている。触れられる。
この手で触れても、水は黒く染まらない。
狂おしいほどの情動が湧き起こってくる。
ただの喜びだけでは収まらないそれは、言葉として吐き出さなければ、どのように膨らむか自分でも想像がつかないほどで。
口を開けばついて出た言葉は当然――
「イズミール……」
名を口にすることで、湧き上がる情動に形を与える。
この呼びかけはもう祈りではない。崇高な誓いでもない。
私の中に生じてしまった願望を、はじめて言葉にする・
「私は君と共に生きたい……」
かつて、私はこの泉に身命を賭して忠義を捧ぐと誓った。
赦しを願い、裁定を求め、使命を乞うた。
それが、一度道を誤った私にとって、価値のある命の使い道だと信じた。
だが今、私はその忠義の“形”を変えたのだと自覚する。
死して捧げる忠義ではない。
生きて、支え続ける忠義こそが、私の望みだ。
この生まれ変わった命は、彼女が私にくれたものだ。
それを蔑ろにするようなことを、すべきではない。
何よりも――生きて、あの方の傍に在り続けたい。
私は水の中に両手を浸し、手のひらを重ねて器を形作る。
掌の内側に、透き通った水がたゆたう。
そこに、あのひとの微笑みが重なって見えた気がした。
女神は決して揺らがない、完璧な存在だと信じていた。
だが、ほんのひと時、彼女は確かに心の揺らぎを私に見せた。
その揺らぎが、私の信仰を別のものに塗り替えてしまった。
あの日、彼女の瞳から落ちたものが涙だったなら――今度こそ、それを拭い去ってあげたい。
それを行うのは、他の誰でもない、私でありたいと思う。
そんな想いを胸に、水を口元へ運ぶ。
手の中の水面に、口付けを――そう思った、その瞬間。
掌の中で水が震えた。
ちゃぷちゃぷ、と跳ねるような動き。
水が生きているかのように踊る。
活発で、無邪気で、突然ひらりと跳ね上がって――私の顔にばしゃりとぶつかってきた。
「ぶっ――!」
水が口に入り込む。反射で飲み下してしまう。
冷たさが喉を走り、胸の奥まで落ちていく。
その感触で、呆然としていた意識が一気に現実へ引き戻された。
――今、私は何をしようとしていたのか。
熱に浮かされていた心に、文字通り水を浴びせられたかのようだ。
頬が熱い。耳が熱い。
今の水は、ひょっとして御子様だったのではないか?
御子様方は、私に対してだけ、ずいぶん強くぶつかってくることがある。
懐かれているのだ、と周りの者が笑って言うのを、いつの間にか私も信じかけていた。
だが、それもこれも。
母なる女神に懸想する不埒者に対する幼い反抗――制裁だったのではないか。
なんの根拠もない。勝手な思いつきだ。
それが馬鹿らしくて、私は咳き込みながら息を整え、思わず笑ってしまった。
※※※※※
そのとき、腹の底に響く音がした。
地の底を叩くような、鈍く重い衝撃。
泉の中心で水面が大きく膨らんで――水の柱が立ち上がった。
白い泡が爆ぜ、陽光を散らしながら、水が天へ伸びる。
まっすぐに、ただ上へ。
音が遅れて追いかけてきて、空気が震えた。
「……っ!?」
泉が大きくうねり、波が立ち、畔に水が溢れ出した。
足元が濡れる。草が沈む。土が水を吸いきれず、みるみる浅瀬に変わっていく。
湧出は留まることを知らない。
参拝の場が、柵の内側が、林道との出入り口が、みるみるうちに水に浸かり始めていく。
空に向かって打ち上げられた水柱から、雨のように雫が降り注ぐ。
轟音、そして水柱を前に、硬直していた人々が、晴天の雨に濡れて我に返った。
――混乱は、遅れて爆ぜた。
「い、一体何が!?」
「女神様のお怒りか! 泉に入ったから!?」
「そんな事より、怪我人を起こせ!」
「社まで下がれ! 急げ!」
「駄目だ、もうこっちまで来てる!」
「ああ……水の、龍だ……」
誰かが叫び、誰かが走り、誰かが転ぶ。
足首までだった水が、呼吸をするみたいに増減しながら、確実に範囲を広げていく。
参拝のために整えられていた地面が、瞬く間に水面へ変わり、踏み出した足を波が掬う。
泉の畔に寝かされていた者が、溺れまいと必死に身を起こそうとする。
腰まで水に浸かりながら、隣でぐったりと寝込んでいた者に手を貸し、支えようとした。
だが、何故か身体が軽い。意識を失っていた者が自然と目を覚まして自分で起き上がる。
突然の出来事に、場が恐慌状態に陥りかけた。
だが、人々が抱いたのは恐怖と混乱だけではなかった。
天に噴き上がる水柱から雨が降り注ぐ。
泉から溢れ出した水が大地に広がる。
その清き水は、人を、世界を潤し、洗い浄めるものだった。
「あれ……俺、なんで立てるんだ……?」
「痛みが……痛みが無くなってく……」
「あ、あんた!その目……見えてるのかい!?」
「あぁ、女神様……」「奇跡だ!」「痣が消えて…」「すごいよ!いたくない!」
混乱の中に歓声が混じった。
それは恐怖と同じ速さで――いや、それ以上の早さで熱狂へと塗り替えて広がっていく。
水を浴びた誰もが理解したのだ。
これは怒りや罰ではなく、救済なのだと。
自分たちは今、奇跡の祝祭に招かれたのだと、人々は信じた。
「触れるだけで……治るのか?」
「この水なら、黒が……落ちるのか……?」
「聖者様も水に触れていた! 女神様がお許しになってるんだ!」
溢れ出した水はやがて膝丈に達した。
その場に跪き、水に腰まで浸かりながら祈る者が現れた。
水を掬って飲む者。傷口にかける者。隣人にかける者。
水中に身を投げ出して全身で浴びる者が現れた。
病を抱えた者が、浸蝕の兆しを隠していた者が、口々に叫んだ。
「冷たい……! あぁ……でも、苦しいのが……」
「……母さん!? 目を覚ましたのか……!」
「ああ、奇跡は本当にあったんだ!!」
苦しみが祈りに変わる瞬間の声を、私は何度も聞いてきた。
だが、今、この場に満ちている熱狂は、これまでの比ではない。
感嘆のどよめきは、林道の方からも響いてきた。
空から降り注ぐ慈雨は、順番を待つ列にも等しく恵みをもたらしたらしい。
御子様方のもたらす浄化よりも、はるかに広く、遠く、強い浄化の力が場に満ちていた。
人と泉を隔てる境界が、水の方から破れた今、禁則も祈りの作法も意味を失った。
しかし、奇跡を体感した人々の手が、膝が、自然と祈りの形を取る。
彼らが体験したのはもはや神秘を超えた神威だった。
女神の威光の前に、人々は跪き、手を組んで祈りを捧げる。
「浄化の女神イズミール……」
「どうか、私達に救いと恵みを」
「救済だ!世界は救われる!深淵は洗い流される!」
静かな祈りも重なればざわめきになる。
ざわめきは轟きとなって森に響き渡る。
祈りが熱を帯び、熱が人を沸かせる。
恐怖と混乱は、そのまま畏怖と崇敬に姿を変え、巨大な祈りの渦がそこに現出する。
「見ろ!聖者様のあの髪を!肌を!」
「黒禍を完全に祓われたんだ! 女神の恩寵だ!」
「万歳!女神イズミール万歳!聖者アイオリス万歳!」
熱狂する人々は、女神の名だけではなく私の名も唱え始めた。
私の身に起きた奇跡を、女神イズミールの恩寵、祝福、寵愛だと叫ぶ声が高まる。
水柱はなおも天を衝き、雨となって降り注ぐ。
群衆はその雫を振り仰ぎ、顔や体で受け止めて歓喜の声をあげる。
そんな熱狂の最中、私は濡れた息を吸い込み、喉の奥で名を噛み締めた。
(イズミール……)
水の向こうにいるはずの、あの方。
姿は見えないのに、ここにいる気配だけが濃くなっていく。
水が増えるほどに、群衆の熱が上がるほどに、何かが近づいてくるような予感がした。
――そして、その予感は、次の瞬間に形を持とうとしていた。
<おまけ>
43.5.彼女特訓中 〇
※43話「清浄なる泉に流れ込むもの」裏話
◆◆◆◆◆
ついにあのVIPどもを出禁にしてやった。
これで俺で一儲けしようっていうあの盗っ人野郎に一泡吹かせられたはずだ。
ざまぁ!マジざまぁ!
病人枠の連中を治すのは、なんだかんだ悪い気はしない。
信仰が増えるのはアレだが、社会貢献してるって感じがする。
これだって裏で金儲けに使われてるんだろうってことくらい、わかる。
けど、治った本人だけじゃなくて、その連れや周りの連中が一緒になって喜んでいるのを見ると、良い仕事をしたなって気分になる。
これ、完全にやりがい搾取構造入ってるな……。
まぁ、俺は水だ。
腹も減らないし、疲れない。
眠くもならないせいで退屈なんだ。
ちょっとくらい人間の都合に合わせてやってもいい。
……ちょっとだけな。
※※※※※
夜になると、例によって木こり野郎が一人で泉に来て、笛を吹く。
お前、ぼっちかよ。
他に行くとこねえのか? 実はハブられてんの?
最初のうちは大人しく聞いてたが、いい加減飽きた。
騒音って程じゃないが、俺もプライベートな時間が欲しい。
なので、最近は水の中で身体を創って、水中で色々やり始めた。
自分の身体の中だってのもあるんだろうが、俺は水中が暗くても見える。
見えるっていうかわかる?
で、水フィギュアも透明だけど、操作してる水とそうじゃない水の区別もつく。
やろうと思えば、水中ブンドドだってイケるんだコレが。
けど、最近のトレンドはそれじゃない。
量産型俺の操作に慣れておかなきゃならない。
こいつらは俺への注目を反らすためのデコイだ。
実はただのフィギュアでしたってバレたら興醒めだろ。
アイドル扱いされるのは嫌だが、造形や動作が破綻して手抜きだって思われるのはムカつく。
だから、造って動かす練習をしておこうと考えた。
なんか仕事を家に持ち帰ってるみたいだな……いやいや、これは趣味の延長だ。
趣味がたまたま仕事に役立ってるだけで、そういうのじゃない。
社畜じゃない、仮に社畜だったとしても社畜という名の女神だよ!
嘘だよ、どっちもイヤすぎる。
暗い水の底で身体を創ると、水面を震わせる笛の音が遠ざかる。
遠くにはなるけど聞こえはする。
作業用BGMとしてはこの位の塩梅でちょうどいい。
で、身体を創る時の要領で、俺の“型”に水が集まる途中で水量を絞ってデザインを変えて――
ぽん、ぽん、ぽん、と背丈も体型もミニマムサイズの量産型俺の出来上がり。
デザイン、改良の余地アリ。
ボーンの動作、ヨシ。
髪、服とかの"揺れもの"の荒ぶり、ナシ。
完璧じゃないか、我が仕事は。
ガ〇ダムもどきで精一杯だった頃も俺が見たら「神か……」って崇めてただろう。
天才過ぎか。
……って、流石に上達しすぎでは?
身体を創る工程をハックしたお手軽生産なのはまだしも、10も20も造って動かせてるの、何気にヤバくない?
まぁ、こいつらは標的(患者)に突撃させてぶつけるだけだから、楽っちゃ楽なんだが。
そこで、今日試してみようと思ったのが、楽じゃない方法、個別操作だ。
要するに、うじゃうじゃいるこいつらで、ブンドドというか寸劇を試みる。
木こり野郎もそのうち途絶えるし、明け方は暇なんだよ……。
※※※※※
「というわけで、今から緊急業務会議を行う」
代表取締役社長、俺(本体)の前に、一般社員の俺(量産型)を座らせる。
椅子も机も無い。水底の砂利の上に正座か胡坐、これが我が社の自由な気風だ。
水の中に風は吹かないから気水? 汽水は嫌だな……。
「今、我が社が手掛けている医療事業の効率化について意見のある者は挙手を」
例によって一人芝居だが、今日は量産型を動かしながら、アテレコも俺がやる。
より高度で洗練された一人芝居、俺の独擅場だ。
「……それ、どくだんじょうじゃなくて、どくせんじょうっていうんですよ」
量産型の一人が手を挙げ(させ)る。ちょっと高めの声をあてる。
「はい、1号、早かった。けど、それは意見じゃねえ」
積極的なスタッフの言動を率先して潰すパワハラムーブ。会議あるあるだ。
1号、しゅんと項垂れ(させ)る。
「われわれはー、ろうどうじょうけんのかいぜんをようきゅうしー、くみあいのせつりつをー」
「我が社に労働組合は必要ない。建設的な意見だけを述べるように」
会議あるあるその二、動く前提条件。2号、撃沈。いじいじと砂をほじく(らせ)る。
「こうずいとかおこして、まとめてやっちゃいましょうよ!」
「しずめろー、おぶつはしょうどくだー」
「きゅうりょうあげろー」『マァー』
挙手。挙手。挙手。場当たり的なゴミのような意見の数々。
煮詰まった会議では、進行も参加者も全部ぐだぐだになるものだ。
「却下却下却下、君たちにはビジネスパーソンとしての心構えが足りない。
これでは会議にならない。今日は君たちにビジネスマナーというものを――」
量産型をわちゃわちゃ動かしながら、適当なことをだべって、セリフをあてて。
なんか勝手に動いてるように見える時もあったが、既読の時みたいに無意識でやれるようになったってことだろう。
慣れって凄い。




