43.清浄なる泉に流れ込むもの 〇
木こり野郎への指示は通った。
通った、っていうか――あの二回の波紋を見て、あいつが勝手に脳内変換して、勝手に場を締めた。
何をどう説明したのかは知らん。俺に迷惑がかからないようにしろ。俺のことを考えろ。
結果、成金野郎は吊し上げを食らって追い出された。ざっまぁ!
ちょっと気になったのは、あの成金野郎、袖の下に瓶みたいなもんを仕込んでやがったことだ。
水面には少ししか映らなかったが、たぶんガラスか何か。
……何なんだよ、あれ。
もう"瓶"ってだけでイメージが悪い。
盗人野郎。油。スマホ。鳴りやまないコール。既読スルー。
ロクなイメージが無い。
ひょっとして、量産型を浴びつつ、あれで水をお持ち帰りしようって魂胆か?
欲張りセットかよ。甲子園の土じゃねえんだぞ。
そもそも、水ならそこの屋台で売ってるだろうが。
高そうな服着てるくせに、やることセコすぎじゃないか?
(いや、待て……こいつ、まさか、あれか……?)
量産型俺――ミニチュアサイズの俺で、幼女形態ともいえるあれに妙な価値を見出してる?
量産型は妙に人気がある。特に年配や女たちの盛り上がりが凄い。
孫。ジュニアアイドル。見守り隊。そんな方向性の熱量。
最近、グッズらしいものを持っている奴まで見かけた。
ちらっとしか見えなかったけど、なんか木の札みたいなの。
(おい、ちょっとそれ見せろ。持って来い。俺に捧げろ。どういう造形だ)
……話が逸れた。
とにかく、量産型には結構な需要があるらしい。
つまり、あの成金野郎は普通に汲まれた水じゃなく、”量産型だった水”を手に入れようとしていた。
付加価値ってやつだな。
新品の靴下はただの布切れだが、アイドルや女児が履いた後の物は価値が――
……キモい。背筋がぞわっとする。
よせ。出てくんな、現代の闇みたいな記憶。消えろ、黒歴史。
変態的な需要の解像度を上げてくんな。こっちはもう当事者なんだよ。
はい、出禁! お前ら一生近付くな!
病人以外はもう出禁! 俺がルールだ!
俺は奴らのアイドルになる気もないし、握手会も特典もなしだ。
俺は泉だ。泉は推し活の会場じゃねえ。
そういう“気持ち悪さ”を避けるためのセンサーは、最近ちょっとだけ精度が上がってきた。
黒いのを抱えてるやつは、近づくと分かる。
水の表面が、ぞわっとする。
風でも落ち葉でもないのに、水面が毛羽立つ感じ。
量産型越しでも、それがなんとなく分かるようになってきた。水が“嫌がる”。
連中は病人枠、治療対象だ。
見た目が化け物っぽくなくても、調子悪そうにしてる場合も多い。
けど、一見なんでもなさそうに見えても、いざ浄化してみると黒ゲロを吐く奴もいる。
あの黒いのは結構しぶとくて厄介だ。マジでなんなんだよあれ。
あの黒いのには、俺の水が効く。早いうちにぶっ潰しておくに限る。
だって、ここで化け物になって暴れられたら怖いしな……。
病人連中は浄化してやると泣いて喜んで、泉を拝む。
祈られて増えるのは気持ち悪いが、人の役に立ってる感は味わえる。
商品扱いされるのは癪だが、消費されることに意味があるって思えるだけマシだ。
あの黄金化はあれから起こってない。
元々、量産型の浄化は、身体を創った状態の時より弱い。
力み過ぎなきゃたぶん大丈夫……力むってなんだよ、水なのに。
……で、問題はVIP枠どもだ。
どう見ても健康そうで、服がピカピカで、態度と声がでかい奴ら。
庶民を見下してる雰囲気をプンプンさせたクレーマー予備軍。
そういうのは徹底的に無視した。
最初からそいつの前には量産型を送らない。送っても逃げてみせる。
“お前なんかお呼びじゃねえ”ってことを、態度で叩きつける。
あの黒いのの“気持ち悪さ”がある場合は別だ。
ただ、水のぶっかけ方はちょっと荒っぽくなるが。
――気に入らない奴は断固拒否。
――病気っぽい奴だけ浄化。
――姿を現すとかのサービスはなし。
――量産型を作りまくって、淡々とラインを回す。
信仰はどんどん集まってきて、俺を増やし、喜ばせる(おえぇ)。
だが、それでも直接視線を集めるよりはマシだ。注目されるの怖い。
俺は量産型を壁にして、泉に群衆が近づかないようにしたい。
……で、続けてたら。
なんか良い感じに伝わったらしい。
VIP枠が来なくなった。
あのゴテゴテ水色タスキの連中が、ピタッと消えた。
途端に揉め事も減った。
人の流れがスムーズになった。
病人枠が、最初から前に出てくる。列が変に波立たない。
っていうか、やっぱりあいつら害悪だったんじゃねえか。
ヨシ!
いや、信者が増えてくのは全然ヨシじゃないが、前よりはヨシ!
(おいおいおい、どうしたんだよ木こり野郎)
お前もついに勘違い連発の薄らボケムーブを卒業か?
報連相は相変わらず無理だが、仕事はまぁまぁ出来るようになってきたじゃねえか。
俺は新入社員のトレーナー役を任された時みたいな気分になっていた。
最初は意思の疎通も取れないクソボケが、やっと仕事をこなせるようになってきた、みたいな。
でも、覚えが良くて仕事のできる新人って、育つと速攻で辞めてくんだよな……ブラックだと特に。
っていうか、この職場も大概ブラックだ。
木こり野郎の面は前よりマシに見える。
だが、相変わらずの休日返上、フルタイムエブリデー出社体制だ。
……おい、お前、辞めないよな?
労基に駆け込む準備とかしてないよな?
今更、俺にワンオペを押し付けて逃げるなんて絶対に許さねえぞ。
分かってるだろうな、おい?
……あと、いい加減、曲のレパートリーを増やせ。
毎晩毎晩、同じ音の並びでそろそろ飽きてきた。
お前、他に曲知らねえのかよ。森の鳥や虫の方がまだバリエーションあるぞ。
※※※※※
そういう日々がしばらく続いた。
押しかけてくる病人を、バシバシ浄化して信者に変えていく日々。
クレーム処理に追われなくなったからか、木こり野郎も忙しそうだが、前よりは効率が良くなった。
目の下の影がほんの少し薄い。肩の固さが、ほんの少し解けてる。
観察したくてしてるわけじゃない。
あいつが俺から離れようとしないから勝手に水面に映ってくるだけだ。
全然どうでもいいんだけど――お前、相変わらず俺に祈らないのな……。
前はイズミール、イズミール、ってあんなにしつこく呼んできやがったくせに。
何なんだよ。
俺のこと激推ししてるんじゃなかったのかよ。
あんなに必死だったろ。助けられたって顔してたろ。
俺に縋って、俺を増やして、俺の心をぐちゃぐちゃに揺らして、余計なもんを置いていって。
俺に祈らない、名前を呼ばないくせに、こいつは俺から離れようとしない。
畔に立って、壁になって、殴られて、頭を下げて、列を整えて、夜も来て、笛を吹いて。
意味が分からねえ。
お前は社畜だから、仕事だからそこに居るのか?
他にやりたいこと、欲しいもんがあって、我慢して嫌な仕事に耐えてるのか?
分からねえから、腹が立つ。
分からねえから、気になる。
――こんなこと、考えたってしょうがない。
どうせ聞き出すことなんて出来やしないんだから。
※※※※※
そんなある日、病人の“質”が変わった。ついでに”量”も変わった。
見た瞬間に分かる。
水面がぞわっとする相手が、増えた。
黒い斑点とか、角とか、鱗とか、そういう“化け物になりかけ”だけじゃない。
普通に怪我をしてる奴らも混ざってる。
血の匂いは分からないけど、赤い色が分かる。布が濡れてる。
歩き方が崩れてる。腕が変な方向に曲がってる。
引きずられてくるやつもいる。
担架みたいな板に乗せられてくるやつもいる。
俺の水……普通の怪我には効くのか?
知らん。試したことない。
そういうのは――俺の仕様書に書いてない。
誰も説明しない。勝手に祈られて、勝手に期待されて、勝手に“万能”扱いされてるだけだ。
木こり野郎の顔も固い。
遠巻きの一般参拝者も固い。
空気が、昨日までと違う。
何があった?
災害? 戦争? 黒いのが広がった?
あの化け物病って、人から人にも感染るのか?
実はああ見えてウイルス的な何かだったりする?
だったら、列の中に混ざってる“黒くない奴”もやばくないか?
俺の泉に群がってきてる時点でだいぶやばい。
院内感染待ったなしじゃん。
お前ら、祈ってばかりいないで俺に説明しろ。
誰でもいいから、そろそろ世界観と文明レベルと俺の仕様を説明しやがれ。
水面に、ぷつ、と泡が浮く。
俺の苛立ちが、底の砂利を巻き上げる。
水際で波がちゃぷんと跳ねる。
木こり野郎が、列の先頭で何か指示してる。
手を振って、止めて、人の群れを選り分け、捌いていく。
その応対はいつもより雑だ。急いでる。
急いでるってことは――後ろに、もっとやばいのが控えてる。
泉の畔はてんやわんやだ。
一般参拝の連中は締め出されて、怪我人病人の列が続く。
木こり野郎が屋台の連中に何かを叫び、病人の列を指差した。
何となくわかる。水をくれてやれって言ってる。
原価ゼロのボロい商売をやってる阿漕な連中かと思ったが、連中は素直に従った。
桶が運ばれ、柄杓が回り、誰かが誰かの口元に水を含ませてる。
ただの商売じゃなくて、もう“現場”だ。手が足りてない。
臨時スタッフまで駆り出されるとか、いよいよデスマーチじみてきた。
なんか俺の水、怪我にもそれなりに効いてるっぽい。マジかよ。
どの程度効いてるのか分からないが、水を貰った奴の何人かが列から外れていく。
もう、俺、ただの美味しくて綺麗すぎる水じゃなくてポーションじゃん。
病気も怪我も治すとかもうエリクサーじゃん。
――頼むからラストエリクサーとして出番がない感じに扱ってくれ。
そんな現実逃避をしたくなるくらい、病人の列が続いた。
木こり野郎が振り分けて、マズそうな奴から泉の前に運ばれてくる。
俺は量産型をじゃぶじゃぶ増産する。
なんか勝手に動き出すのが混ざってる気もするが後だ、後。
いつもみたいに、ばしゃんとぶつけると怪我に響くかもしれない。
傷口が開かないように、撫でるみたいにゆっくり触れて浄化する。
痛みに悶えていた連中の顔から険が取れて、呆けて、驚きや歓喜、感謝へと表情を変える。
(いや、そこで祈ってんな。邪魔だ! 後ろがつかえてんだよ!)
俺はその場で祈り始めた連中の顔に量産型をぶつけて、祈りを中断させる。
はい、次!
※※※※※
――そいつは、よたよたとした足取りで泉に近付いてきていた。
さっき担架で運ばれてきて、転がされて呻いていただけのはずだった。
意識が戻って立てるようになったのか?
中にはそんな奴もいる。
けど、あいつは違う――近付いて来るたびに水面に震えが走る。
あのヤバい感じ。
そいつの顔は、口元からはみ出た黒い触手みたいなもので覆われ始めてた。
胴体を伝って脚に絡みついた黒い触手が、蠢きながら足を無理やり動かして進めている。
俺の方に向かってくるその姿は、化け物だった頃の木こり野郎と似ていた。
水温が下がって、ぎゅっと湧き口が縮まる感覚。
(ヤバい、ヤバい、ヤバい! 来んな! あっち行け!)
木こり野郎がそいつに気付いて血相を変えて駆けてくる。
けど、足元には病人がいて、すぐには来られない。
俺は治療用に出していた量産型をそいつにぶつけた。
ばしゃん、と砕け散って、水を黒く濁らせながら零れ落ちる。
頭や足に絡みついた黒い触手が溶け崩れた。
(……やったか!?)
黒いのはとりあえず片付いた。
だが、まだ問題は解決していなかった。
意識を失った男は、支えを失くしてぐらりと傾いて――
木こり野郎が手を伸ばすのが水面越しに見えた。でも、間に合わない。
どぼん、と。
俺の中に重たい着水音が響き渡った。




