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40/59

40.ノーと言える泉の女神 〇★

(失敗した、失敗した、失敗した)


 クレーマー対応を見せられるのが我慢できなくて、量産型で蹴り飛ばしたあれ――


 ……うん、完全に逆効果だった。


 確かに、ほんの少しだけ気は晴れた。

 砂利の底に沈んでたドロッとした何かが、泡になってぷつんと弾けた感じがした。

 ……その代わり、翌日から客が増えた。

 明らかに増えた。増えたぶんだけ、祈りも増えた。ドバッと。


 増えるのは、気持ちいい。気持ちいいから、気持ち悪い。


 俺の中に勝手に注がれてくる熱が、勝手に水位を上げていく。

 俺は泉だ。増えたら広がる。広がったら視線を集めやすい。

 視線を集めたら、また増える。最悪の永久機関。


(やっちまった……)


 あの蹴りは制裁になってなかった。


 俺の水は、化け物にはよく効く。黒いのを抱えてるやつには、浄化が刺さる。

 でも普通の生き物にぶつけたら、ただの水だ。


 量産型一体分の水量でできることなんて、せいぜい転ばせるくらい。

 バケツで水をぶっかけても、威嚇にはなっても殴ったとは思われない。


 奴らはそれを「ご褒美」だと思ってる節がある。

 連中にとってあれは、女神の使いに触れられて縁起がいい。

 仔猫に甘噛みされたり、引っかかれて、「猫ちゃんはきゃわうぃいねぇ!」みたいな扱い。


 最悪。


 前からそうだったって? そうだよ、カッとなってそんなことも頭になかった。

 しょうがねえだろ、泉だから頭なんかねえんだよ……。


 どうも、この身体になってから感情が抑えられない時がある。

 瞬間湯沸かし器みたいにカーッとなると突っ走るのが癖になってる気がする。

 熱くはなれないのに沸きやすいってどういうことだよ、気圧が低いのか?

 いや、気圧? 血圧? 水圧か?

 人間だった頃の俺はもっとクールだった筈だ……たぶん、たしか、きっと。


※※※※※


 少し冷静になって、改めて観察しててわかってきたこともある。

 それは、参拝客どもの種類と傾向だ。


 まず、泉の畔まで来るやつと来ないやつがいる。


 より正確には――たぶん、”来れるやつ”と”来れないやつ”。

 たぶん、入場規制的なものがある。


 ほとんどは来れないやつだ。

 こいつらは社に参拝して、供え物をしたり賽銭をして、遠巻きに泉を拝んでいく。

 そして、”来れるやつ”を羨ましそうに眺めている。


 奴らは、露店みたいなとこで(おそらく)水を買ってる。

 俺から汲まれたものだと思うけど、そうじゃないかもしれない。

 樽。桶。皮袋。瓶。コップ。盃。

 そういうので水を受け取って、飲んだり、身体にかけたりしてる。


 効き目があるかって? 知るか。俺の操作範囲外だ。知らん知らん。


 こいつらは"一般参拝者枠"……ってことにしておく。


 あとは大工どもを始めとする、やたら見かける連中。

 この連中は他の客より来る時間が早いし、毎日のように来る。

 しかも手ぶらで。たぶん、近くに住み着いてて、近所の寺や神社感覚で来てる。

 あと、露店とか屋台を開くのもこいつら。ますますイベント会場じみてる。

 とりあえず、"現地住民枠"とでも思っておく。


 次。”来れるやつ”。

 この連中は大体二種類に分けられる。


 まず代表的なのは、化け物になりかけてたり、ヤバそうな武器を持ってたりする連中。

 何故か黒髪の奴らが多い。

 こいつらは皮膚に黒い染みがあったり、角とか鱗とか、半分化け物になりかけてたり、やたら調子が悪そうだったりする。

 こいつらはなんというか”匂い”からして違う。

 俺は匂いとか味とかは感じられないけど、この連中のヤバい感じは水面越しでもわかる。

 完全に化け物になってる奴と同じような、あのヤバみがプンプンする。


 こいつらは俺にそれを治してほしいんだろう。目が必死だ。”病人枠”とする。


 で、もう一種。


 見るからに金持ってそうなやつだ。

 服がピカピカしてる。飾りが多い。あの水色のタスキも、布の質が違う。

 刺繍があって、縁取りがあって、やたらと厚い。

 たまに病人枠も兼ねてる奴もいるが、大体は他の奴らよりよほど健康そう。


 こいつらは”VIP枠”ってことにしておく。


 この連中は、だいたい態度が悪い。


 態度の悪さ、っていうのは言葉がわからなくてもわかる。

 顎が上がってるとか、視線が人を見下してるとかそういうやつ。

 こいつらの「優遇されて当然」って顔、嫌いだ。ムカつく。


 要するに、


 ――治療が必要なやつと、金払いのいい上客は、泉にご招待。

 ――健康そうなやつ、金のないやつは、社で我慢しとけ。


 そういう方針に見える。


 俺という商品を囲い込む仕組みが、もう出来てる。

 それが、気持ち悪いくらいちゃんとしてる。


※※※※※


 ただ、わからないのは木こり野郎だ。

 見た感じ、こいつが「来れる/来れない」を選り分けてる。


 入場整理係。ついでに来場者の指導。

 トラブル対応。警備。司会。通訳できねえくせに――全部こいつの仕事だ。


 だが、ただの下っ端にしては、やけに特別扱いされてるように見える。


 俺じゃなくて、あいつにお辞儀するやつがいる。あいつに祈るやつまでいる。

 なんか俺のマネージャー? 代理人? そんな扱いをされてるように見える。

 ふざけんな、そいつはただの押し掛け……なんだ? ストーカー? 厄介オタク?


 ちなみに、女どもからは熱視線が集まってる……ケッ、死ねよ、イケメンが。


 で、どうも、あの野郎が頷かない限り、VIP枠の客でもおいそれと泉に近づけないらしい。

 それで結構、揉めて、奴が対応に追われることになる。


 揉めてる時ってのは、言葉がわからなくてもわかる。

 声がでかくなる。肩を怒らせて顔が赤くなる。周りが一歩引いてざわつく。

 あいつの表情や肩が固くなる。


 あいつはこの泉の会場責任者を押し付けられているっぽい。


 しかもワンオペ。ほぼ不眠不休なんじゃないか。


 だってこいつ、昼もいる。夜も来る。

 ……こいつ、いつ寝て、いつ食ってるんだ?

 ずっと泉の畔に張り付いてる。根っこでも生えてんのか。木こりだからか。


 俺は、こいつが盗っ人野郎の手下で、俺を金儲けの道具として売り渡したんだろ、って思い込んでた。初めから手下だったのか、後からそうなったのかは分からない。


 でも金のためにやってるにしては、仕事がブラックすぎる。

 こいつのありさまときたら、ほぼ社畜だ。

 それも、一番の下っ端よりなお最悪な位置づけ――中間管理職。


 下からは突き上げられ、上からは責められ、取引先からも無限に殴られるポジション。

 こいつは絶対要領も悪い。……そのうち過労死するんじゃないか。


(社畜だからって同情してんのか……?)


 待て待て。あわてるな。


 そう思うのは、こいつの信仰のせいかもしれない。

 こいつの祈りで増やされた分の俺が勝手に「かわいそう」とか言ってるだけかもしれない。

 善良ぶって、俺の境界を溶かしてきやがって……。


 でも、それだけ量を占めるってことは、こいつの俺に対する信仰が本物ってことに――


(いやいやいや、やめ! 考えるのやめ!)


 また最悪ループに入るところだった。


 とりあえず木こり野郎と完全に決別するのは……うん、保留にしておいてやる。

 水に流すって言葉は嫌いだが、多少なりとも意思の疎通が出来る奴を敵に回せる余裕がない。


 ……っていうか、嫌なものを流される先が俺じゃん。絶賛流されまくってるじゃん。

 しかも、俺、泉だから流れていく先もない……終わってんな。


 まぁ、その、なんだ……。


 今度祈ってきたら、既読くらいはつけてやってもいい……かな。

 あの木彫りのこととか、黄金化とかは、とりあえず置いておく。


 あいつは、水に飛び込んで来そうなアホやクレーマーから俺を守る防波堤だ。

 他にそれを任せられそうなやつがいない。だから、しょうがない。


(……防波堤って、俺がぶつかりに行く方じゃん)


 あー、馬鹿らしい。


※※※※※


 今置かれてる状況を現実的に考えよう。


 俺は泉の女神として、多くの人間に信仰されつつある。

 これをどうにかするには、徹底抗戦か、完全無視だ。


 正直、どっちも厳しい。


 全力の水流なら攻撃になるかもしれない。

 だけどあれをやると気を失いかねないし、水量も減る。

 俺は動けない。持久戦もできない。投石器とか、魔法とか、遠くからやられたら手が出せない。


 無視もまずい。

 姿を見せないで「いない」って思わせても、もう姿も効果を見せちゃってる。

 回復の水として枯れるまで汲まれそうだし、舐められたら生活用水化待ったなし。最悪だ。


 量産型俺は、たぶん「神の使い」みたいにありがたがられてる。


 あれがただの水フィギュアだってことは、バレてなさそうだ。

 浄化のたびに毎回ぶっ壊れてるけど、同じ形で出し続けてるからか、もうそういうものだって思ってそう。

 どう扱われてるのかは知らんが、こっちにとってもたぶん好都合だ。


 だって、大量の信者と直接対面するとか絶対に嫌だ。

 俺には武道館ライブの夢なんかない。熱い視線なんか集めたくない、死ぬ。

 量産型は壁だ。群衆の目を俺から逸らすデコイだ。


 勝手に崇めてろ、グッズでも作って祭壇に飾ってそっちに祈れ。


 で、この状況――俺という偶像(アイドル)を商売道具に利用してる奴がいる。

 木こり野郎にそんな器用でこすい真似ができるとは思えない。

 たぶん、あの盗っ人野郎がこの商売を仕切ってる。


 あいつは泉に姿を見せない。

 こないだ来たのはVIPが相手だったからだろう。つまり、スポンサーへの接待か?

 あれが最初の一回目だから自分で案内した……ってことは、だ。

 あの時点では、まだプレゼン段階で、商売が完全に軌道に乗ってはいなかったんじゃないか?


 で、俺がキレて姿を見せて派手なパフォーマンスをしたもんだから、


 胡散臭い泉から、女神様降臨の聖地もとい聖池に格上げ。

 プレゼンは完全に成功、商売は無事に軌道に乗りました。

 めでたしめでたし。


(めでたくねえよ……最悪じゃん……自業自得じゃねえか……)


 無限に落ち込みそうになるが、やっちまったもんはしょうがない。

 方針を考えなきゃいけない。


 大前提:俺、盗っ人野郎(あいつ)、嫌い。


 あいつの思い通りになるの、マジで許せない。

 成金は嫌いだ。社畜をこき使うクソ経営者も大嫌いだ。

 しかも、あの野郎は俺を汚しやがった、万死に値する。


 今から信仰を減らすのは厳しいにしても、あいつの商売はぶっ潰したい。

 奴の商売の邪魔をするにはどうしたらいい?


 ……そうだ。


 気に入らないやつには拒否するって意思表示だ。


 蹴るんじゃなくて、無視する。


 健康そうで金持ちそうなやつ、あのゴテゴテタスキをつけてるやつには、量産型をぶつけない。

 あれがVIP用の特別招待券なんだろ? けど、俺にはそんなの関係ない。


 あれを付けてる奴を無視する。

 出しても目の前でそっぽを向いて泉に戻してやる。


 これなら蹴られても喜ぶ馬鹿どもにだって、さすがにわかるだろ。


 「お前らにはくれてやんねぇ」って。


 俺に勝手に値札を貼って、ボロい商売しようったってそうはいかねえ。


 で、それには、あの木こり野郎にも働いて貰わなくちゃならない。


 俺がそっぽを向いたところで、金儲けしようって奴は「課金が足らない」からだとか言うんだ。

 「出るまで課金しろ」「みんなこのくらい払ってる」……クソ運営のやりそうなことだ。 


 だから、木こり野郎。

 お前がなんかいい感じに「女神の意思」ってことにして説明しろ。

 俺の意思を汲んでわからせろ。そういうの、お前の役目だろ。


 無茶ぶりしてる気もする。

 あいつがまた忙しくなるだけかもしれない。

 けど、言葉の通じない俺に出来る「ノー」の示し方はこのくらいだ。


 よし。これでやってみよう。


※※※※※


 翌日。


 社の前は朝からざわざわしてる。

 まず、現地住民どもが社にお祈りして、引き返していったり、屋台を組んだり。


 その後、道の方から音の塊が近付いて来る。

 足音だったり、息遣いだったり、言葉だったり、そういうのを全部まとめた塊。

 熱量を持ったその塊が押し掛けてきて、社に祈る。

 祈りが多い。祈りは湧き口に刺さる。刺さって、増える。


(やめろって……)


 それから、泉の畔に、来れるやつが並ぶ。


 病人枠が先に通されてる。木こり野郎が、一人一人止めて、指で示して、順番を作ってる。

 縋られても怒鳴られても動じない。殴られることもある……避けろよ。馬鹿か。


 その後ろに、VIP枠が来る。


 豪勢なタスキ。豪華な服。武器を持って鎧を着た護衛っぽいのを連れてることもある。


 VIP枠の一人が、木こり野郎の脇を抜けて泉に向かってくる。


 木こり野郎の前に出て、何か言ってる。言葉はわからない。

 でもVIPは「当然」「今すぐ」「俺は特別」って顔してる。

 ああいう顔、知ってる。会社にもいた。世界が違っても、人間の顔は同じだ。


 木こり野郎は頷かない。


 頷かないから、相手の声がでかくなる。


 でかい声は、泉に響く。響くと、俺の腹(腹なんかないけど)に嫌なものが溜まる。


(……追い返せ、そんな奴)


 VIP枠が、木こり野郎を押し退けようとした。


 その瞬間、木こり野郎の肩が動いた。止める動き。俺の壁になる動き。


 今まではただ見ているだけだった。


 だけど、俺は――今日だけは、やる。


 量産型を一体だけ出す。


 水面に、ぽこ、と泡が立つ。泡が膨らんで、水の塊が浮き上がる。

 人型。小さな人型。いつもの量産型俺。


 出ると、空気が変わる。声が一斉に上がる。祈りが刺さる。

 俺が増える。ああ、気持ち悪い。吐きそう。


(やるぞやるぞ、俺はやるぞ)


 量産型を、VIP枠の目の前まで滑らせる。


 相手は嬉しそうに手を伸ばした。抱きしめようとするように。キモい。


 その瞬間。


 俺は量産型を、すっと後退させた。


 伸びてきた指を避けるみたいに、ほんの少し距離を取って――そのまま、くるりと背中を向けて、水面に立たせる。


(お前なんかお呼びじゃねえ、帰れ!)


 そして、もう一回、そいつの方を向いてからそっぽを向いて、水面に溶ける。


 何もしない。触れさせない。それを態度で示してやった。


 空気が、固まった。

 伸ばされたままの手が、空中で止まっていた。


 止まってから、どっと騒ぐ。

 声が上がる。ざわめく。笑うやつもいる。

 主に”来れない奴”の輪からだ。

 

 病人でもないのに、金を払って近づいてきた奴が拒否られた。

 ざまぁって感じだろ? 俺もそう思う。


 俺に拒否られた奴はしばらく固まって、それから段々飲み込めたのか、怒りだした。

 それがまた、周りを沸かせる。


 恥をかかされたこと、拒否られたこと、どっちに腹を立てたのか分からないが、そいつは木こり野郎に食って掛かった。


 俺が拒否ったのを見て、木こり野郎の肩が、わずかに揺れた。

 驚いたのか。困ったのか。……嬉しいのか。


 木こり野郎は、VIP枠に向かって何か言った。

 言葉はわからない。


 あいつは「説明」してる。硬い顔だ。苦い顔だ。歯を食いしばってる顔だ。

 でも、今回はいつもと違って「話の材料」がある筈だ。


 俺が突き付けた「ノー」っていう材料がな。


 VIP枠が、さらに声を荒げた。

 木こり野郎は、頷かない。


 頷かないまま、泉をちらっと見た。

 その視線が刺さって、俺の底がきゅっと縮む。


(……言え、言ってやれ。俺の意思ってことにしろ。やれ)


 俺は水面に波紋を立てた。

 風もない。落ち葉もない――水面に、輪だけが広がっていく。


 これは俺からの合図だ。

 祈りへの返事じゃない、俺からあいつに対する号令だ。


 木こり野郎は目を見開いた。瞳が揺れる。

 広がる波紋を目で追いかけて、胸に手を当て、一度目を閉じた。


 その目が開くのを待って、もう一度だけ、小さく波紋を立てた。

 木こり野郎が頷いて、怒るVIPに向き直った。


 その顔は水面に映っておらず見えない。

 見えるのは背中だけだ。

 立っている時のこいつはいつでも背筋を伸ばしている。


 でも、今までよりも芯が入っているように見えた。


 あの斧と瓶を持たせた時みたいに。


 ……なんだよ、お前、ちょっと応えてやったくらいで。

 あんだけ辛気臭い面をしてやがったのに、急にはしゃぎやがって。

 お前、どうせまた、何か変な勘違いしてやがるんだろ。


 女神様に使命をいただいた、とかなんとか。


 まぁ、なんでもいい。


(やってみせろよ木こり野郎――) 

     挿絵(By みてみん)

<TIPS>

「幼龍のお守り」

 女神イズミールは水龍の化身とされる。

 そして数多くの御子がいる”母なるもの”でもある。

  

 水の身体を持つ御子たちは、浄化のたびに水に還る。

 だが、幾度でも変わらぬ姿を結ぶという。


 瑞々しきその姿は、尽きることない生命そのもの。

 ある地方では多産と安産の守りとして幼龍を象った

 護符を妊婦に贈る習わしがある。


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― 新着の感想 ―
冷静になって黒幕の糞商人を含めて 敵味方を見分けられたなら遣りようはあるよね 何とでもなるはずだ‼(悪徳商人に反省を促すダンス)
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