表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/59

33.そして、時は動き出す 〇◆

 ヤバい、手遅れ感が半端ない。


 あれから、木こり野郎は定期便みたいに化け物連中を連れてくるようになった。

 俺本体は姿を見せずに、量産型俺をぽんぽん出して浄化をかける。

 ……が、やっぱり数を作り過ぎてるせいか効き目が弱い気がする。


 木こり野郎や鹿もどきのときは、ちゃんとした形に戻しきれたけど、量産型だと角が短くなるとか、黒い筋が薄くなるとか、皮膚の硬さが引くとか、そんな“改善”止まり。


 だから日を置いてまた来てしまう。

 完全に治療扱いじゃん。通院じゃん。定期メンテじゃん。

 なにこれ……湯治か? 湯じゃないが。


 そして、浄化の効き目が出る度に、あいつらの顔つきが変わっていくのが分かる。


 最初は「怖い」「疑う」「藁にもすがる」みたいな顔だったのに。

 今はもう「貴方様の信者です」って感じの厄介オタク面が増えてる。


 いや、別に、あいつらに憧れられたいわけじゃない。断じてない。

 けど、量産型俺越しに浴びるなら、マシだ。たぶん。おそらく。きっと。

 本体や水面に直であの目を向けられるよりは、一億倍マシだ。


 ……一億倍マシ、って言いながら、俺は最近、自分の中にある別の感情に気づいてしまっている。


 あの目が怖いのは本当。でも、怖いだけじゃない。

 湧き上がる。増える。重くなる。感謝と祈りの分だけ。

 怖いのに、気持ちいい。気持ちいいのに、気持ち悪い。


 最悪のコンボだ。


 ――で、問題はまだある。


 最初に木こり野郎が化け物集団を連れてきた時は、他に人がいても遠巻きだった。

 そりゃそうだ。角だの嘴だのが並んでたら、普通は近寄らない。


 でも今は違う。


 今は、ぞろぞろ来る。

 化け物連中だけじゃない。普通っぽい村人も混じってくる。数が増える。

 そいつらは畔には近づかない。社のあたりでずらりと並んで、待ち始める。


 ……待ち始めるんだよ。静かに。整列して。祈りながら。


 完全にギャラリーじゃねえか。誰が許可した? 見世物じゃねーぞ。


 って言いたいのに、言葉が通じないから、俺は水面をピタリと固めるしかない。


 最近はこうでもしないと落ち着きが維持できない。

 ここは本来、俺の“部屋”のはずだ。

 不特定多数の視線に晒され続けるなんて、陰キャには拷問でしかない。


 木こり野郎は毎回ツアーガイドみたいに先頭に立って、泉に来る前に化け物連中へ何か説明してる。


 これはどうせあれだ。


 こないだの大工どもと同じで、古参面して勝手に作った謎ルールを押し付けてるんだろ。


(「大人しくしてろ」「脱ぐな」「地面に零れた水を飲むな」とか)


 ……いや、実際に居たんだよ。

 浄化された途端に脱ぎ出す奴。弾けた水を両手で掬って、ありがたがって飲もうとする奴。

 さらに量産型に向かって顔面から突っ込んでくる奴。しかも、口を開けて。キッモ!!


 その都度、木こり野郎が止めていた。

 そういうところだけは、多少は役に立つ。

 ……いや、そもそもお前が連れて来てるんだが、善人ぶるな、元凶はお前だ。


 でも、こいつらは毎回いつもの正座作戦をしてくる。


 正座というか、跪きというか、土下座というか。とにかく“待つ”。

 あれをやられると、こっちは逃げ場がない。

 泉は居留守ができても、“いない”を貫くほど場が凍る。

 空気が硬くなる。森の音だけが大きくなる。

 二つの月がジリジリと近づいていくのがやけに目立つ。


 ……あいつら、俺を追い込むの上手すぎだろ。

 しかも多分、無自覚。最悪だ。


 ムカつくので、木こり野郎には、毎回、量産型俺で抗議のパンチやキック、体当たりをかましている。ちょっと嵩増しして、倍の回転と倍の速度でぶちかます。


 ……かましているのに。


 あの野郎、怒らない。

 避けようともしない。

 平然と顔面で受け止める。てめぇ、面の皮、厚すぎか?

 俺はてめえのスキンケアパックじゃねえぞ。潤ってんじゃねぇ。


 しかも、だ。

 あの野郎、まるで微笑ましいものを見るみたいな目を向けやがる。


 は? 何その顔?


 なに、「今日も元気だね」みたいな顔してんだよ。

 飼い猫が爪立ててきたのを許すみたいな顔、やめろ。

 俺は今、全力で抗議している。意思表示。正当な制裁だ。

 それを「かわいい」で処理するな。


 更にムカつくのは、化け物連中の反応だ。

 どういうわけか、制裁を受けた木こり野郎を羨ましそうですらある。


 お前ら、何を羨ましがってんの?

 俺パンチしてるよ?

 木こり野郎の顔面にドロップキック刺してるよ?

 それを見て「いいなぁ」みたいな顔をするな。

 その感情は理解したくない。理解したら終わる気がする。


 で、変態どもの治療のために量産型俺が出てくると見物客がドッと沸く。

 沸くというか、湧く。俺も湧く。水底の岩盤からもごぼごぼ湧いてくる。

 もう、完全に信仰集めちゃってる感じじゃん。


 けど、あの目は信仰っていうより、ジュニアアイドルグループとか、コアラとか、パンダとかに群がるファンの目だ。

 「可愛い!」って顔。よせやめろ。俺を微笑ましく見守るな。


 俺はれっきとした男(元)だ。男に「かわいい」は暴力だぞ。


 量産型俺は、手癖みたいに簡単に大量生産できるから出してるだけだ。

 お前らに愛でられるためじゃない。

 本体(おれ)が表に出ないためのただの隠れ蓑だ。

 裏メニューを勝手に看板メニュー扱いするな。


 ……でも。


 俺の造形が注目を浴びていると思うと、正直、悪い気はしない。


 本体(おれ)が注目されるのは御免だ。

 いや、自信作だから褒めて欲しくはあるが、視線が俺に刺さる。それは怖いし重い。

 でも、水フィギュアが注目される分には、俺自身はノーダメージだ。お手軽に承認欲求が満たされる。


(……いや、でもやっぱり本体(おれ)の方が可愛いよな?)


 ンンッ、よそう。

 なんか考えがヤバい方に向かってる気がする。


 試しに俺は量産型だけじゃなくて水メカも作った。

 水動物も作った。水の鳥も作った。

 獣が畔を走ったり、鳥が水面から飛び立ったり、分離したり合体したり、ちょっとだけ凝った演出もしてみた。

 俺の中では結構自信の演出だった。なのに。


 反応がいまいち。


 驚きはする。でも、分かりやすく「コレジャナイ」って顔をする。

 こいつらにはメカは時代が早すぎたか。虚しい。


 そんで量産型俺を出すと大歓声だ。

 水メカのときは「おお……」で終わるくせに、量産型が一体出ただけで空気が沸騰する。森が揺れる。社の前の列が一斉に前のめりになる。


 ……何なんだよ、その温度差。やってることも浄化の効果も変わんねぇだろ。


 このまま姿を見せず、量産型だけで対応していれば、そのうち俺本体のことを忘れてくれないだろうか?

 俺は透明な泉のままで、ただ水を湧かせていればいいんじゃないか?

 社は勝手に立ってるけど、俺は知らない。

 俺は、澄んで美しくて美味しすぎて、なんか病気(?)が治るただの天然水だ。


 ……わかってる。こんなの現実逃避だ。

 だって。


「イズミール――」


 木こり野郎の激重コールは、瓶越しじゃなくてダイレクトに畔から届く。

 化け物集団を連れてこない日も、こいつは毎日来る。

 仕事をしろ、仕事を。お前が普段、何をしてるかなんて知らんが。

 奴は他の参拝客に思いっきり遠巻きにされてる。

 ざまぁ! お前、実はハブられてるだろ。


 ……でも、遠巻きだけど滅茶苦茶、女からの視線が集まっているのを知ってる。

 傍目から見てても分かるくらいだ、本人だって気付いてるはずなのに涼しい顔。


 ああ、ムカつく。ムカつく!これだからイケメンはよぉ!

 はぁー、痴情のもつれとかで刺されて死なねぇかなぁこいつ!


 なので、俺はこいつだけが畔に来た時は完全に無視を決め込む。

 だってお前、もう浄化とか必要ねえだろ。来んな、帰れ。


 ぶん殴っても効かないどころか、俺の抗議は、あいつの中で“ご褒美”に変換されてる疑惑がある。

 疑惑じゃなくて、もう確信に近い。最悪。餌を与えちゃいけない。


 駄目だこいつ……マジで早く何とかしないと。


◆◆◆◆◆


 その報せを運んできた男の靴底は、まだ乾いていない森の泥を床に零した。

 土の匂いが、部屋の中に漂う。

 ペッシヌスはその匂いと男の表情で、内容の半分を察した。


「……出たのだな?」


 男は喉を鳴らし、躊躇いがちに首を縦へ振った。


「女神ご自身は、お姿をお見せになりませんでした。ですが――水の幼子が」


 男の表情には、奇跡を目の当たりにした者特有の畏怖と歓喜に染まっていた。

 この男の扱いは、少し見直す必要があるかもしれないと考えながら、話を聞き出す。


 ――アイオリスと彼の連れてきた”深淵殺し”たちを泉に向かわせた後のことだ。


 彼らは色々な意味で長く村に引き留め続けられなかった。

 それに、女神の寵愛を受けていると思われるアイオリスを差し向ければ、あの気まぐれな女神はまた奇跡を起こすのではないかという期待があった。


 結果は予想を遥かに上回る出来事として返ってきた。


 女神と同じ龍の徴――角、耳の縁にひれ――を持つ水の身体をした幼子。

 それが何体も現れて、深淵殺しどもの浸蝕を、抱きしめるようにして薄め、癒したと。


 ペッシヌスの胸の奥で、何かが弾けた。

 喉の奥で笑いが転がりそうになるのを、歯の裏で噛み殺す。

 ここで笑ってはならない。笑いは、信仰の前では毒にも薬にもなる。


 だが、内側でだけなら、いくらでも笑える。


(奇跡の再臨だ)


 偶然の一度きりではない。気まぐれで英雄に授けられた寵愛とも違う。

 有象無象の民衆どころではない、浸蝕された化け物もどきにも救いが与えられた。

 多くの者たちが見ている前で、別の形で確かな奇跡がもたらされた。


 ペッシヌスは卓上の果実籠に手を伸ばし、プルヌスの実を一つ摘んだ。

 果肉から染み出る甘い酸味。


 あの黄金の種を見た瞬間から、彼の世界はひとつ増えた。

 貨幣の世界に、神話が混ざり込んだのだ。

 混ざりものは扱いづらいが、上手く扱えば巨万の富に繋がる。


「”深淵殺し”達の様子はどうだった? 異常が悪化したものは?」


「土に額をつけて、声を上げて泣いて喜んでおりました。痛みや違和感を覚える様子もありましたが、概ね快方に向かっているように見えました。とても人とは思えない顔をしていた者が、人に……!」


 男は熱弁する。”深淵殺し”達の歓喜に感化され、同情と共感を得たのか。


「……それから、最後に。おひとり残った幼子が、アイオリス殿の顔に飛び込んでいって……」


 ペッシヌスは、実の皮を歯で破り、果汁を吸った。

 皮の裏にはわずかな苦味がある。苦味はいつも計算の外側から滲む。


(アイオリス、か……)


 あの男にやはり女神とその眷属にとって”特別”なのかもしれない。

 彼の価値は極めて高い。泉の値打ちこれからも引き上げてくれるだろう。


 だが、女神に何人もの仔がいるとなると、天秤はそちらに傾く。

 女神の娘たち、龍の幼子。一人一人が浄化の担い手だという”小分けされた奇跡”。


 女神は黄金だ。計り知れないほど大きく重たい、金塊だ。

 アイオリスはその金塊の真贋を証明する試金石だ。


 それに対して龍の幼子たちは、価値の大きすぎる金塊から切り分けられた小粒の黄金――

 取引には価値の高すぎる資産だけではなく、懐に収まる金貨も必要なのだ。


 それらが今、すべて揃った。


 ペッシヌスは男を退け、ひとりになってから、ようやく笑った。

 声は出さない。胸の内だけで、燃えるように。


(顕現しなかった? 結構。出て来て下手なことを喋られても困る。沈黙の方が扱いやすい)


 女神が姿を見せないという事実は、不安と期待、その両方を掻き立てる。

 人は不安にも金を出す。女神の不在は人の想像を煽り、勝手に物語が増えていく。

 育った物語はやがて神話になり、信仰の格を上げる。


 問題は、黒禍だ。


 あの泥のような穢れを、やはり泉は嫌うようだ。

 あるいは、アイオリスの懇願を汲み取ったのか。

 どちらでもいい。理由はいくらでも後付けできる。


(穢れを見過ごせないと言うなら――貴女の前にそれを積み上げようではないか)


 ”深淵殺し”どもは金を持っている。

 その身の穢れを忌避しつつも、国や都市、商人や貴族は、魔樹を討つために奴らに金を出す。


 そして”深淵殺し”どもは、金以上にも救いを求めている。


 彼らは自分がいつか黒禍の獣になるのを知っている。

 彼らが本当に欲しいのは賞賛や富ではない。破滅からの救済や先延ばしだ。


 ――それが得られるとなれば、値はいくらでも吊り上げられる。


 自分の命に貼る値札の額面は、誰だって青天井だ。


(“泉へ行けば薄れる”という現実が生まれた。次に生まれるのは、“泉へ行くための道”だ)


 この泉の情報や、瓶詰の水を広く売り出す。売って得た金で道を、宿を整える。

 払える額で順番や待遇の優劣をつける。格式や作法も売りつけよう。


 ペッシヌスは掌を開いた。

 そこに無数の黄金の種があるような気がして、指が勝手にすぼむ。


 いずれ、この奇跡の泉の話は、領主や国王にも伝わる。

 それまでに女神イズミールの権威を出来る限り上げる必要がある。

 国や軍にとって有用な資産として接収されるのは避けなければいけない。


 都市や国の垣根を超えて、人に救済をもたらす女神として信じさせる。

 深淵から人を守れない領主や王を、泉の前にひれ伏させるのだ。


 疑う者も必ず現れるだろう。

 賢しらに数字を持ち出す者や、証拠を要求してくる者が。


(それでいい)


 争いは火だ。人は火の見物に集まる。


(疑うなら、見せてやればいい。泉の畔に立たせればいい)


 泉の前で、あの沈黙と、あの水の幼子を見たら――人は折れる。折れた者は、最も熱心な信者になる。裏切りの反動は、いつだって信仰の燃料だ。


 ペッシヌスは、笑いを止めた。

 火が強すぎると、家ごと燃える。燃やしていいのは他人の家だけだ。

 自分の安全の余地は残さねばならない。

 そのためには、火を管理し、いざとなった時の移し先がいる。


(そのための聖者だ。アイオリスには私の盾になって貰う)


 アイオリスは真面目で、愚直で、自罰的だ。

 彼は救えなかった者、救いを求める者を振り払えない。

 彼は、頼まれずとも背負い込む。それに乗っかるだけだ。


 ペッシヌスは戸口に向かい、外へ声を投げた。指示の形にしてはいけない。

 これは“備え”だ。“村のため”だ。“混乱を避けるため”だ。


 言葉を整えれば、どんな欲も善意の衣を着る。


「明日、集会を開く」

「偉大なる女神の御子様が降臨されたのであれば、それに見合う祈りの場が必要になるだろう」

「祠の周りを整えねば。泉へ向かう者の列が乱れぬよう、柵と道を」

「村に宿と倉を増やす。記録も取れ。誰が、いつ、何のために祈りに来たか」

「幾らの寄進があったかもな。公平を期すためだ」


 返事が返る。人は動く。村は動く。金は動く。物語は、更に速く動き出す。


 ペッシヌスは、最後に自分の胸に手を当てた。祈るふりではない。

 鼓動の確認だ。心臓はよく働いている。恐れも興奮も、血に変えて回している。


(さあ、女神よ。あなたが沈黙を貫くなら、こちらが語る。あなたが姿を隠すなら、こちらが飾る。あなたが穢れを嫌うなら、こちらが穢れを集めてお届けしよう)


 そして最後に、彼は思った。思うだけで済ませた。

 声にした瞬間、祈りになってしまうからだ。


(――あなたの奇跡は、もう私の“商品”だ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
もうこの商人、吊し上げられても文句言えないぞ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ