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〇弊社、買収の危機に晒されている疑惑 ★

 空に浮かぶ赤っぽい月と青っぽい月。

 この二つが近付いてくまでが真夜中。離れ始めると段々夜明けになっていく。


 赤い方の月が先に沈む頃、夜明け前の黒が濃い藍色になる。

 ちょっと遅れて青い方が沈むと、便宜上“東”ってことにしてる空が白み始める。

 そこから空だけじゃなくて世界がどんどん彩りを取り戻す。

 空の青、森の緑――遠くの山々は黒から紫、青、赤と忙しい。


 昇りかけの太陽は赤い。高く昇るにつれ、オレンジ、黄色、白と色を変える。

 そうして、世界に光と熱、色をばら撒いていく。


 陽の光を浴びると白いもやに包まれていた森がにわかに騒がしくなる。

 鳥や獣の羽ばたきや鳴き声が枝葉のざわめきに混じってくる。


 森が目を覚ましていく。

 誰が何をしてもしなくても、毎日、それは繰り返されている。


 俺はその移ろいを、社長席――社の屋根の棟木に腰かけて眺めていた。

 手にしたワイングラスを傾け、優雅に脚を組み直す。


 ――うん。いい加減飽きた。


 俺は水で造ったワイングラス(中身も当然俺)を羽衣の中にボチャンと投げ込んだ。

 空を振り仰いで、出ない溜息を口に出して言う。


「はぁー、暇ぁ……っ!」


 社が建ったことで、俺の活動範囲は“高さ”だけが一部強化された。

 景色が変わるのは新鮮だったが、夜明けを等速で体感するのはさすがに退屈すぎる。

 疲れも空腹も眠気も暑さ寒さも感じない化け物仕様でも、心まではそうじゃない。


(よし。やるか、自社ビル訪問インタビュー)


 トンチキなことを思いつく。

 カリスマ社長俺の元を訪ねるインタビュター俺。この社を面白おかしく紹介するぜ。


 俺はマジで暇なのだった。


※※※※※


 こほん、と咳払いをする。


「えー、本日はですね」


 俺は声色を変える。自分で自分にインタビューする。

 インタビュアーはお天気リポーター上がりのアナウンサー志望的な。まぁどうでもいい。


「今日は今注目度ナンバーワンのスタートアップ企業、株式会社isMeイズミーの本社ビルにお邪魔してます。こちらは社長のイズミールさんです。いやー、素敵な社屋ですね!壁があって床があって屋根があって、文明って感じがするじゃないですか。ところで狭すぎてお邪魔出来ないんですけど」


 俺、呼吸いらないからノーブレスでまくしたてる。

 即座に返すのも、俺。さっきより一段、偉そうな声で。


「犬小屋サイズですからね。私も乳とか尻とか太腿とかバチクソにつっかえるんで、入れないんですよ。あと、角とかも」


「そうなんですねー。では、オフィスとしてはまるで使われてないこの社屋に代わって、社員の皆さんは普段どうなさってるんですか?」


「ご安心ください、社員はあちらの泉の中で業務に勤しんでます。卵を産んだり、虫を追いかけ回したり、共食いしたり、皆、のびのび自由にやっていますよ。水が合うみたいで」


 水面の下でエビが一匹、小魚に追いかけられて慌てて茂みに逃げた。業務に勤しんでる。

 社員同士の弱肉強食、弊社では日常茶飯事です。


「わぁ!皆さん、お元気そうですねー。ところでオフィスにある、あの桶はいったい何なんですか? 清掃業者の忘れ物でしょうか」


 俺は屋根の端から身体を乗り出して、社の中を覗き込む。

 暗い。狭い。けど、一応は部屋になってる。


 床は板張りで平らだ。奥には段差になった木台――祭壇みたいなものが作られている。

 御本尊の像とか、ご神体みたいなものはない。あっても困る。

 俺に似てない適当な女神像とか置かれたら、泉に沈めて粘土で埋めるわ。


 で、ご本尊の代わりに、祭壇の中心に鎮座してるのが――何故か、桶。


 飾りっけゼロの木桶だ。金属の箍で締めて、縁は擦れ、持ち手に傷。使用感バリバリ。

 大工どもが飲み水用に持ってきたやつだ。俺が自動供給してやってた、現場の給水装置。


 そう、まさかのガチムチどもの置き土産だ。

 木こり野郎といい、お前らは俺のところに物を置き去りにする習性でもあんのか?


「あれはビルの建設に携わった方々が置いていったものですね。なんで置いてったか全然分かりません」


「なにか建設時の特別なエピソードとかあったりしませんか? 奇跡とか事故とか、労基違反とか」


「いえいえ、ただのウォーターサーバーですよ。工事は安全と環境に配慮してすべて適切に行われました」


「でも、あれ、実質、御社のメインコンテンツになってませんか?」


 桶はただ置かれてるんじゃない。台座付きで鎮座している。

 位置は祭壇のど真ん中。綺麗すぎる。お前がご本尊ポジションなのかよ。


 しかも桶の中には、透明な水がきらん、と光っている。

 俺が供給した俺の一部だ。――ある意味、泉の社としてはド直球すぎる。


(いや、これに拝まれても困るんだけど)


「で、えー、もう一つ気になるのが――」


 俺はインタビュアー声に戻す。


「桶の隣、あの趣味の悪いお皿に盛られてる梅っぽい実は何なんですか? 山盛りなんですけど」


 ――それな。


 桶の脇、祭壇の上に置かれた目に痛いくらい華美な皿。白磁で、縁が金ピカ。

 光が当たるたびにギラギラした光を返す。木と土と水しかない世界で、そこだけ異物感が強すぎる。


 その皿に、どっさり盛られてる赤紫っぽい小さな実。

 梅っぽい。プラムっぽい。酸っぱそうで甘そうで、口の中が勝手に唾液を出す感じのやつ。


 名前は知らないが見覚えがある。木こり野郎が前に供えたやつだ。

 自作のショボい祭壇にちょこんと置いてたのと同じ実が、ピラミッドみたいに積み重なってる。


(盛り過ぎだろ!……お前らさぁ。供えるなら傷まないものにしろって!言ってねぇけど)


 もう、こんなの完全に俺の好物認定じゃん。これ絶対木こり野郎の指示だろ!

 お前は田舎のおばあちゃんかよ、好物認定したものをゴツ盛りすんな!

 いや、全然、まった好物じゃねえし、もの食えないんだから。


 あと、皿のセンス悪すぎぃ、あの時の木の皿の方がマシだっての。


「いやぁ、全然分かりませんね。何故か私の好物と誤解されてるっぽくて、これも置いていかれました」


「こちらは会社の皆さんでお召し上がりになるんですか?」


「最近の若い社員はこういうの食べないんですよね、所詮、水生動物なんで。そうなると、私が片づけるしかないわけです」


「社長さんなのに立場低……いえ、垣根のない社風なんですねー」


 片づけるって言っても、本当に食えるわけじゃない。

 この口は飾り物で、微笑の形のまま動かせない。


 ――でも。


 肌に押し当てれば、果実は水の身体の中へすり抜けて落ちていく。

 その途中で浄化を叩き込めば、“食べたフリ”くらいはできる。気持ち的にな。


(おままごとだよ。おままごと)


 正直面倒だ。やっても腐るなら意味がない。

 けど、供え物が野晒しで腐っていくよりはマシだろ。


 俺は実を一つ摘まんで、口元に運ぶ。


挿絵(By みてみん)


 ぷるんとした皮の質感。ぐっと押し込むと、トプン、と沈む。

 喉、胸――落ちていく間に、咀嚼代わりに浄化、浄化、浄化。


 果実は結局、足元からコロンと濡れて落ちる。

 俺は拾い上げ、皿の上に戻した。


「イズミール社長、お味はいかがでしたか?」


「うーん、まったりとしてなくて、それでいてしつこくなく、無味無臭って感じです」


 そんな事を言いながらも、俺の中で、何かを“受け取った”ような感触がした。

 泉の底で湧き口が、ふっと脈打つ。水が増える感じとは違う。質が変わったみたいな、気持ち悪い手触り。


(これ、浄化を繰り返したら……長持ちすんのかね)


 菌とか腐敗とか、この世界の仕組みは分からない。

 分からないが、黒いドロドロと化け物はいる。そっちは即浄化。絶対。


 とりあえず、実の山を全部“おままごと”するのは後だ、後。


「そういえば、御社には社長像的なものは無いんですねー。カリスマ社長なのに」


「ありませんね。っていうか私が美少女フィギュアですし」


「それもそうですね、ははは」


「ははは……」


 笑いが乾く。


「ところで、御社ビルの建設について、兼ねてより不正送金疑惑のある木こり野郎氏の関与が――」


「えー、その件につきましては事実無根であると秘書が申しており――」


「社長、待ってください、イズミール社長――以上、株式会社isMe(イズミー)本社ビルからお届けしました」


 森の泉の畔に立つ木造の社の前で、美少女フィギュアな俺は一人芝居で暇を潰す。


 ……別に、会話に飢えてるとかじゃない。

 久々に複数の人間と出くわして、ちょっとだけ“言葉”の感覚を味わいたかっただけだ。

 使わないと衰えるからな、どんなものでも。


(言葉、か……)


 この世界の人間とたった一つだけ、何故か通じる言葉がある。

 他の言葉は音としてすらまともに聞き取れないのに、それだけは俺に直接響く。


 囁かれるみたいで、熱っぽくて、重たくて、感情がぐっしょり染み込んだその言葉は――


『――イズミール』


(……っ)


 幻聴じゃない、また聞こえてきた。


 激ヤバクソ重のイケメン木こり野郎からの誰得ASMRだ。

 奴がどこかで俺に祈りを捧げている。湧き口がとぷとぷ溢れ出す感覚がある。

 あの瓶ゴミを渡してから場所も時間も選ばず、突然、聞こえてくるクソったれな着信メッセージ。


 人を雇って、こんな社なんか建てさせておきながら、自分は顔も出さずに瓶の水にお祈りかよ。

 つーか、その瓶はやく捨てろや、なんでそんな水経由で声が届いてくるんだよ、おかしいだろ。


「うるせえな、聞こえてるよ、バカ」


 こっちにも生活があるんだ、好き勝手にかけてくるんじゃねえよ。察しろ。


 浄化をする。そうすると何故か、祈りは途絶えるのだ。

 既読が付くと安心したってみたいに。メンヘラか。

 あいつには山ほど文句がある。マジでぶっ飛ばしたい。泣くまで殴ると決めてる。


(……既読スルー、かましてやろうかなぁ)


 三日くらい放置したら、様子を見に戻って来るんじゃないか――


(いや、戻るってなんだよ……戻ってきて欲しいなんて思ったこと……無いぞ)


 ……いや、待て。待った――なんか、ちょっとおかしい。


 俺って――前からこんな性格だったっけ?


 なんで、俺があのクソ野郎を待ってるみたいな感じになってる?

 一人遊びに、勝手につけられた名前(イズミール)なんかを採用して、どういうつもりだ?


 あのボケには散々振り回されて迷惑しか被ってない。あんな奴に気を遣う必要もない。

 頼んでもないのに祈られて、どんどん俺を増やされて――


(そもそも、俺が増えるって、どういうことなんだ……?)


 感覚的にそれが一番近い表現だとしか説明できない。

 俺は水だから、水量が増えれば、増えただけ俺になる。そういうものだ。

 

 人間の体重が増えるのとは違う。贅肉に意識なんかないから。

 でも、俺は水だ。水に宿った意識だ。泉の隅々まで全部が俺になる。


(でも、”後から増えた分の俺”は、本当に“俺”って言えるのか……?)


 ――ひょっとして、”あいつの祈りで増えた分の俺”が、あいつに忖度してるんじゃないか?


 奴がクソ重信仰心を俺に押し付けて、それで俺が増えるってことは――

 俺の中身が、段々”純粋な俺”だけじゃなくなるんじゃないのか?


 株式会社の社長が、大株主様の意向には逆らえない的な。

 いつのまにか外資に乗っ取られて、社員みんな入れ替わってる的な。


 ゾッとした。


 株式会社isMeの美少女社長の俺氏、外資系腹黒イケメン大株主の買収工作に屈服!?

 資本主義的なメス堕ちフラグとか冗談じゃねえっ!!


 俺、このままだと、あの野郎が勝手に思い描く「理想の女神様」にされちまうのか……?


 駄目だあいつ……早く何とかしないと……!!

           挿絵(By みてみん)

<TIPS>

「渇かずの水桶」

 清らかな水に満たされた、使い古された木桶

 その水は零れず、減らず、尽きぬものとされる


 渇く者が手を伸ばすかぎり、水は決して尽きない

 だがそれは、永久の契約ではない。尽きぬ慈悲でもない


 桶を満たす水は、汝の崇敬にほかならない

 崇敬が尽きたとき、汝は再び渇きを知る

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