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〇 陰キャオタ社畜俺氏、社長になる ★

 あれから一週間、社は完成した。


 七人の小人ならぬ、七人のガチムチは、七日かけて木造の社を仕上げていった。

 日の出から日没間近まで、憑りつかれたみたいに作業し続けるもんだから、途中から普通に心配になった。


(おい、発注者! 木こり野郎! てめぇ、どんなブラックな納期押し付けやがった!)


 労基に訴えられたら俺まで責任を問われかねないぞ。

 この世界に労働基準法があるか知らんけど、あると仮定してビビるくらいには、あいつら働き方が終わってた。


 しかも、連中、俺の見える範囲には寝床を作らなかった。

 夜になるとどっかに消えるし、朝になるとぞろぞろ現れる。

 だから、ちゃんと寝てんのか、飲み食いしてんのかも分からない。


 奴らは、(おれ)に対してやたら丁寧だ。


 俺が何回か水を暴れさせたせいか、変な誤解が入ったらしい。

 木こり野郎ほどじゃないにしても、作業の区切りごとに、いちいち泉へ向かって拝む。

 いや、拝むのはいい。だが――せめて水くらい飲め。


(おい、現場舐めんな、熱中症になるぞ。死にてえのか)


 ガテン系じゃなかった俺でも分かる、屋外の肉体労働で水なしはヤバい。


 とはいえ、俺から「飲め」と言える口はない。


 身体を創っても、どうせ言葉は通じない。

 ジェスチャーとかハンドサインで泉を示して、飲めよって?

 なんか、逆ナンみたいな絵面にならないか?

 しかもガチムチ七人に美少女=俺一人だ。


 奴らの崇拝ぶりからみて、薄い本的展開はたぶんない。

 けど、取り返しがつかないくらい崇められるだろ、ひれ伏すだろ。

 だって、俺、美少女だし……フィギュアだけど。


 まぁ、あと……人間に水飲まれるのは、木こり野郎の黒ゲロ事件のことを思い出してなんかやだ。

 こいつらは仕事で来てるから、まだ我慢できるが、泉から直接飲まれるのを見るのは避けたい。


 だから一計を案じた。


 あいつら、桶に汲んだ水を持ってきて、それを飲んでる。

 当然、飲めば減るし無くなる。無くなったら、どっかに汲みに行く。


(おいおい、(おれ)ってもんがありながら、他所の(おんな)に浮気しようなんて信心不足なんじゃねえのか?)


 だって、絶対、絶~対に!俺の方が綺麗だし!澄んでるし!美味いに決まってるもん。


 あの黒ゲロ事件は、そもそも木こり野郎が元化け物なのが悪い。

 俺が不味かったとか、変な混ぜもんがあるとかじゃない、絶対ない。

 俺の水は、鳥、動物、水草、エビ、小魚などの幅広い客層にヘビロテされてる特級品だ。

 どこの馬の骨とも知れない三流水とは栄養価――は無いか。潤いが違うってもんだ。


 そこで俺は、奴らが作業に夢中の間、こっそり桶へ水を送り込んで継ぎ足してやった。

 恐怖――飲んでも減らない水桶の完成である。


 最初にそれに気付いた時の、あいつらの慌てようと拝みっぷりは凄かった。

 桶を抱いて、周囲を見回して、泉を見て、桶を見て、膝をついて、拝む。

 拝んでから、泉の畔に桶をそっと置いて、畏れるようにその場を離れていった。


(なるほど、再現性があるかの検証か。流石、テック系のプロだな)


 大工をテック系と呼んでいいかは分からんが、ガテン系でも技術職であることに変わりはない。

 むさくるしい奴らだが、こいつらには微妙に共感できる要素が多い。


 俺は奴らが離れている間に、桶を満タンにしておいてやった。

 ついでに滅茶苦茶浄化しまくったので、桶のヌルヌルもなくなった。

 

(良く味わって飲め、おかわりも良いぞ)


 人間に水を飲まれることになるのに、不思議と寛容な気持ちになれた。

 泉が広がったから、俺も人間的にビッグになったのかもしれない。

 だが、イケメンと盗っ人野郎はダメだ。お前らは飲むな。


 次の日から、桶は泉の畔が現場の定位置になった。

 給水の瞬間を目撃するのが怖いのか、飲みに来るときは顔を隠すみたいな仕草で近付いてくる。

 そして、泉を拝んでから水を飲み、平伏してから去って行く。

 妙に儀式めいた手順が定型化してる……そういうのやめろよ、マジでやめろ。

 また、湧き口がムズムズするだろうが。


 俺の意図がどう伝わったのか、いまいち分からん。

 だが結果だけ見れば、俺は現場に給水設備を導入したことになる。

 現場の健康管理に貢献したのだ。


 で――効果が出た。


 どっかの雑魚雑魚水なんかより、俺の方が美味いし効き目がいいからだろう。

 あいつらの能率はみるみる上がった。

 上がったついでに、陽が落ちても篝火を焚いて働こうとしやがった。


 だから、そういうのやめろ!他人のでもサビ残なんて見たくねえんだよ!


 俺は問答無用で火を消すことを決定した。

 ブレーカーごと落として居残り野郎を部署から追い払うノリだ。


 そういや、この世界に来て火を見たのは初めてだった。

 火ってやつは、明るい。熱い。水を沸かすことができる。


 でも――火が水に勝てるわけねぇんだよなぁ?


 じゅっ。


 俺はピューっと吹けば、篝火は簡単に消える。


 奴らは突然消えた明りに怪訝な顔をしてもう一回つけた。


(だから!帰れ!休めって言ってんだよ!)


 二回くらい消してやったら、さすがに原因を察したらしい。

 意図が伝わった気はしないが、奴らは夜はちゃんと帰るようになった。

 そうだ、帰って寝ろ。メシも食えよ。


(現場の人間に水を飲ませて、シフト管理して……俺、いつからこいつらの現場管理者になったんだ?)


 そして気付く。


 こいつらは社を立てる人員だ。略して()員。


 俺はこの社の納品先で、実質こいつらの上長。訳して()長。


(社長……社畜の俺がついに社長に……つまり、この社は俺の()屋、いわば、弊()か)


 俺は、そんなトンチキなことを考えながら建設現場を見守ったのだ。


 ガチムチどもがいる間は、おいそれと身体を創るわけにもいかない。

 俺のスケベボディはこいつらには刺激が強すぎる、工期が遅れる。 


 さあ、俺の社員共、今日も健康と労基に気を付けてバリバリ働け。社長命令だ。 


※※※※※


 で――完成。


 木の香りがしそうな木造建築。

 屋根が影を作って、泉の畔に初めて「ちゃんとした人工物」が生まれた。


 大工たちは最後に並んで拝んで、それから道具を担いで帰っていった。


 働きづめだった癖に、来た時よりも元気そうな足取りだった。

 俺の見てないところで、ヤバい薬でもキメてないよな……? 確認のしようもない。


 そして、森の泉の畔に、社だけが残った。


 これに比べると木こり野郎の祭壇なんてカスや……いや、流石に言い過ぎか。

 けど、俺はこの社の建造から完成までを見届けた。

 それだけじゃなくて、現場のアシストまでしたんだ。思い入れはこっちの方がある。


 俺は身体を創って、泉の畔を歩き、社の方へと向かう。

 泉からよりも近くで眺めたかったからだ。


 木造の社は、屋根のてっぺんまで含めても大人の背丈程度の高さだ。

 屋根と梁部分が大きく取られ、水場の傍だからか高床式になっている。

 板張りの屋根には、おそらく防水目的の青い塗料が塗られている。

 自然にはない色だが、泉の色とのマッチングは悪くない。


 実は屋内スペースは狭い。子供なら入れるかってくらい。

 この色んな所が出っ張ってる美少女ボディでは、あちこちがつっかえる。

 間違いない――主に角とかがな!


「――まぁ、いらない心配だよな……」


 声に出してみると、思ったより気落ちした響きで自分でもびっくりした。

 水底の砂がもやもや渦巻く。水面もさっきからちゃぷちゃぷ言ってる。


 だって、この社――泉から五メートルくらいは離れているのだ。


 俺が泉から離れられる限界は、水際から三メートル弱だ。

 だから、俺はあの社には触れることは出来ない。


 基礎の柱が立てられた時点で分かっていたことだ。

 俺はこの世界に来てからずっと、見えるけれど届かないものに囲まれてきた。

 その中に人工物が一つ、加わっただけだ。


「はぁ……」


 自分の造形物が自分の思い通りにならないのは、この身体もそうだった。

 いまだに表情一つ弄れない。


 この社は俺が直接手掛けた作品じゃない。

 けど、七日の間で、終わり頃にはなんだか一緒に作業をしている連帯感みたいなものを勝手に覚えていた。


 社が完成した時、連中は肩を抱き合って、がやがやと騒がしい声をあげていた。

 互いの拳をぶつけ合って、男臭い笑みを向け合って、仕事をやり遂げた喜びを分かち合ってた。


 その姿は本当に嫌になるくらい暑苦しくむさくるしくて――ずるいなぁ、と思った。


 木こり野郎も、あのガチムチ共も、勝手に俺を崇めて、泉の女神として祭り上げる。

 イズミールとかいう適当な名前で呼んできやがるし、人の話はまるで聞かない。

 俺をネタに、俺だけ置き去りで勝手に盛り上がってやがる。


 あの七人のガチムチを見て改めて思った。

 俺はこのまま誰とも話せないんだ、勝手に誤解されたまま、ぼっちで過ごすんだって。 


(そんなの、ずっと前から似たようなもんだろ……)


 水面がざわつく。

 湧き口がコポコポしてんのが、ムカついてるからなのか、落ち込んでるからなのかは自分でもよく分からない。


「……あー、やめやめ!うおおおーっ!」


 俺は水面を波打たせながら、身体を社に向かって走らせる。

 どうせ弾けて崩れる身だけど、勢いをつければ、慣性で手だった部分の水くらいは届くかもしれない。

 そんなのは気休めにもならない。でも、水底で澱んでいる鬱憤を何かで晴らしたかった。


 一メートル。


 二メートル。


 三メートル。


 素足で土を蹴って、草や砂利を踏みつけて、走る。走る。

 ちょっと助走をつければ小学生でも跳べそうな、俺の限界がすぐそこまで――


「おおおぉーっ!……――んぉ!?」

 

 柱が目前まで迫る。もう目と鼻の先の位置だ。勢いがつきすぎて止まれない。

 俺は、何故かそのまま()()()()()()、弾けた。


(!?)


 社に激突した勢いで身体が弾けて飛沫が散る。

 視界が気泡で埋め尽くされて――すぐにその場で再構築された。

 粘土弾で頭が弾け飛んだあの時みたいに、その場――社のすぐ手前で復帰した。


「――……は?」


 目の前に木造の社があった。柱の木目まではっきり見える。

 振り返る。泉までの距離は約五メートル。


「は……?」


 恐る恐る社に手で触れてみた。

 木材として切り出された平面と、木特有のざらつき。

 造り物の指と掌が、その触感を確かに捉えて伝えてくる。


 触れた――いや、届いた。

 三メートルの壁を、超えた。

 その事実がじわじわと浮かんでくる。水底の湧き口がゴボッと気泡を吐く。


「お、おおお! おおおおっ!!!」


 両手を高く掲げ、天を振り仰いで叫ぶ。

 背後で泉から水柱が何本も立ち昇った。間欠泉じゃない。自分でやった。


 超えた、超えた。ついに限界を、三メートルの牢屋を突破した!

 雨も降っていないのに歓喜の気持ちが湧き起こる。


 居ても立ってもいられず、俺は駆け出した。

 社の脇を抜け、大工や木こり野郎が去って行く方に向かって走る、走る。


 この先にどんな景色があるのだろう――行けば分かる。

 身体が軽い、こんな解放感は社畜時代を含めても初めてかもしれない。


(もう何も怖くな――)


 ――ザァ、と視界が崩れた。あまりにも見慣れた光景。


(……い?)


 すいーっと俺の意識の中を通り抜けていく小魚の銀色の腹。

 見慣れた水底、見慣れた水草、エビ、変な虫。


 ……俺の意識は、また泉に戻っていた。

 

(な、な……なんじゃこりゃあ!?)


※※※※※


 俺には暇だけは腐るほどある。だから徹底的に検証した。


 結論から言おう。


 俺は限界を超えていなかった。三メートルの壁は相変わらず俺をこの場に縛り付けている。

 じゃあ何で、あの社には辿り着けたのか。


 理屈は分からんが――あの社も「俺の一部」扱いになっているらしい。

 あの社までは普通に歩いて近付ける。

 だが、社から三メートル弱離れると、身体の維持も水の操作も効かなくなる。

 いつも通りのやつだ。


 推測は、なんとなく立った。


 すげぇ癪で、極めて遺憾なことだが、あの木こり野郎に渡してしまった水の瓶がヒントになった。


 あれが俺の飛び地扱いになって、祈りの対象っぽくなってるのと、たぶん同じ理屈だ。

 この社も、水の瓶みたいに「俺の領域」になってる。


 もっと言えば――俺、たぶん「ただの綺麗な泉」じゃなくて、完全に「泉の女神的なもの」として崇められてる。認めたくないが、もう自分を誤魔化し切れない。


 祈りを捧げられると水が湧くあの現象、湧水量が増えました〜で済むわけがない。


 木こり野郎が現れてから、俺の増水っぷりは明らかにおかしい。

 元々、四畳半だった泉を、俺は必死こいて拡張して八畳間に広げた。

 なのに、あの野郎に瓶を渡しただけで、いきなり五倍くらいに拡がったのだ。

 あの間欠泉のせいで、頭が吹き飛ばされてマジでビビった。トラウマだ。


 つまり――もう何もかも、完全にあのイケメン野郎のせいなのだ。

 お前、マジでふざけんな、責任取れよ、責任。一生かけて償え。


 あいつはたぶん、訳の分からん誤解をして、俺をありがたい女神様だと担ぎ上げて、変な宗教を立ち上げようとしているんだろう。

 そのせいで、こんな社まで建って、水が無いところにまで、俺が広がっている――


 で、ここからが一番ムカつく仮説なんだけど。

 俺を信仰する奴が増えて、社とか神殿が建ちまくれば――俺、もっと広く動けるようになるんじゃないか?


 うん。木こり野郎の思惑通りって感じで、クッッッソ、ムカつくんだが。

 それを除けば、俺にもメリットがあるんだ。信仰が集まると俺が増える、水流も強くなる。

 俺が広がって、見える景色や出来ることが増える――ひょっとしたら、話せることも。


 俺は身体を創って、社の屋根の上に登った。


 この身体、実は浮かせられる。水フィギュアだって飛ばせるし、水面に立てるんだから今更だが。

 ただ、上にも距離の限界がある。自分の身長を超すくらいでバシャン、だ。


 俺は屋根の上に立って、一メートルくらい浮き上がってみた。

 地面からの距離、約四メートル。俺は弾けてない。


 水面よりも、社の方が高い分だけ、この周りならいつもより高い距離に留まれるらしい。

 一体全体、どういうクソ仕様なんだよ、と思う。判定が意味不明でガバ過ぎんだろ。


 でも、広がった。

 ほんの少しだけど、俺の世界は確かに広がった。


 届く高さが変われば、見える景色が広がる。

 まだ、この手も足も、見えているものにはまるで届かないけど――それでも望みが出来た。


 世界全部が水底に沈まなくても、俺はこの世界をもっと歩けるようになるかもしれない。


 その日から、社の屋根の上は、俺の特等席になった。


挿絵(By みてみん)


 ――ここが弊()の社長席だ。文句あるか。

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