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黄金の種と、穢れをもたらすもの ★

 あれから、木こり野郎は――来たり、来なかったりした。


 定期的と言うには雑で、気まぐれと言うには執念深い。

 森の音に混じって、葉を踏む足音がすると、俺は毎回びくっとさせられる。

 びくっとして、腹が立って、胸の底――いや湧水の底が、ふつ、と熱を帯びる。


(……別に。別に待ってたわけじゃないし)


 待ってない。待ってないはずだ。

 だって来たら来たで、面倒くさいし、ムカつくし、こっちの生活リズムが乱されるし。

 来たら来たでって時点で何か含みがある? うるさい黙れ。そんなのない。


 不定期に来るのが一番タチが悪い。(おれ)の都合も考えろ、最優先で考えろ。


 来るなら来るで曜日を決めろ。あるのか知らんが。

 ……いや、決めろって言ったら「来い」って意味になるから駄目だ。


 来なくていい。来んな。


 でも決めろ。勝手に決めろ。俺には相談するな。

 俺の都合を察して配慮してどうにかしろ。矛盾? 知るか。


 社畜時代にクソ上司やお局から嫌ってほど喰らった理不尽な「察しろ」ムーブ。

 気が付けば、俺も全く同じようなことを考えていた。


 ああ、あの時、連中もこういう気持ちで言っていたのか……?

 いや、これは単純に木こり野郎が悪い。全部あいつのせいだ。俺は悪くない。


 あの野郎が勝手に祭壇をこさえて、お供え物をして、置いていったあの日――


 俺は供物の果実で「おままごと」をしてやった。

 食ったふりをしての浄化。

 その後は、皿じゃなくて俺の水が入ってる杯に放り込んだ。


 俺が受け取った意思表示だと思われたら癪だが、野郎が驚く様が見てみたかったからやった。

 どうせ、鳥か何かが持ってちまうだろうけどな……。


 だが、水を飲みに来た鳥も動物も、祭壇と供物には手をつけようとしなかった。

 そこに何も無いみたいに完全スルーだ。


 俺から汲まれた水で満たされた杯の中で、果実はいつまでも手付かずのまま。

 じきに傷んでいくんじゃないかヤキモキしたが、幸い、変色したり腐り始める前に、あいつはまたやって来た。


 奴は、杯の中の果実を見て、ひどく驚いた顔をした。

 そうだよ、その間抜けた面が見たかったんだ。


(ハッハッハ、怯えろ、慄け、これが泉の怪異だ)


 だが、奴は瞠目していてもイケメンだった。死ね。


 木こり野郎は感じ入ったように、水面に向かって深々と頭を下げた。


「□□□□□……□□□□、□□□□……」


 やけに熱っぽい語り、いや、祈り?

 何を言ってるか一言も理解できない。

 どこが単語の区切りなのかさえ聞き分けられない。


 しかし、言葉が分からなくても伝わってくるものはある。この(からだ)に。


(あ、くそ、祈るな。勘違いすんな、もったいなかっただけだからな! おい、やめ――)


 また、深い祈りが捧げられたからか、ジュワァっと湧水してしまった。悔しいっ。

 雨の日みたいな、あの高揚感が、水底から昇ってきて水際にまで染み渡る。


(……んはぁ……効くぅ……)


 ……ち、違う。別にこれが目当てでやったわけじゃない。

 俺が腹立ててるのは「ナマモノを置きっぱにするな」ってことで。

 それを理解らせてやろうと思っただけだ。


 最近、雨が少ないから、ちょっと助かったなーとか、思ってない。……思ってない。


 これは純粋に不法投棄野郎に対する教育的指導だ。

 今回は偶々、腐る前に済んだけだ。ナマモノなんか置いてくんじゃねえ。


(供物を置くな。置きっぱにするな。腐るだろうが。腐るって分かってて置くな)


 その日、奴はその実を杯ごと持って帰った。


 これで、あの野郎も「おかたづけ」を学んだはずだ。

 いや、祭壇と戦斧はそのままだった。学んでねえ。

 マジでそういうとこだぞ、てめぇ。


 置くなら置くで、せめて腐らないものにしろよ。乾物とかさ。

 いや、乾燥ワカメとか干しシイタケとか置かれても嫌だな……。


 奴が立ち去ったあと、そんなどうでもいいことを考えていたら、ふと思い至った。


(――ちょっと待て。あいつ、持って帰ったあの実はどうすんだ……?)


 俺が「おままごと」で食べて、浄化したあれ。

 感覚的には、俺が噛んで、吐き出したやつ。


 いや、吐き出したっていうか、俺の身体の中を、上から下まで通り抜けていったんだよな……。


(……)


 なぁ、おい、まさかだけど――あいつ、あれを食う気じゃないよな?


(キッモ……! おいやめろ、やっぱ返せ! 土に埋めろ! 海に捨ててぇ!!)


 木こり野郎はもういない、後の祭りだった。


※※※※※


 何日かして、あいつはまた来た。


 葉を踏む音。枝を払う音。気配の密度が森の奥からこちらへ寄ってくる。

 俺は反射で泉の底をきゅっと引き締めた。水面が揺れないように、何も見せないように。


(来んなって言ってんだろ。言ってねえけど。姿見せてねえんだから察しろ)


 あいつは当然のように祭壇の前に膝をついた。


 奴は、皿に果実じゃなくて妙なものを載せた。

 茶色い……花? いや、木彫りだ。木彫りの花。ハスっぽい。

 ナマモノよりは百倍マシだ。


 ……造形は粗いけど、腐らないだけで今回は及第点をくれてやる。

 デザインの落とし込みがまだまだだぞ。精進しろよ、木こり野郎。


 俺が木彫りの花に注目してる間、奴は袋をゴソゴソやって、あの日持って帰った杯を取り出していた。


 奴はそれを泉に向けて、恭しく掲げる。

 その丁寧さが、また腹立つ。


(また何を始めようってんだ、お前)


 胡乱な祈りが始まる。

 意味不明な言葉が重なって、俺の底が、ふつふつと湧く。

 自分の意志じゃないところで増える、満ちる感覚。


 祈りが終わると、あいつは杯を両手で持ち上げた。

 そして、それを水面に向けて傾ける。


 待て待て、空じゃないのかよ、それ。


(ちょ、お前……! 何、勝手に入れようとしてやがんだ!? 俺に変なもんを入れんな!!)


 腐った果実混じりの汚れた水が注がれるんじゃないかと想像してゾッとした。

 でも、杯から転がり落ちてきたのは液体じゃなくて、ころっとした何かだった。


 ぽちゃん。


 小石みたいなものが水面に波紋を作って、俺の中に沈んできた。

 陽の光を受けてキラキラ輝いている。


(なにこれぇ……)


  挿絵(By みてみん)


 朝日とも月光とも違う、金属の持つ光沢と輝き。

 水の中でも鈍らない、黄金色。


(は? これ……金か? 俺の杯から出したよな? なんで金?)


 水底の砂利の上に落ちた黄金色の物体を観察する。

 小指の先くらいの小さな金の塊だ。

 金塊っていう言葉のイメージからは遠い、一粒の黄金。


 石ころみたいな自然の造形かと思ったが、よく見ると違った。

 それは楕円形で、表面には細かな凹凸があって、真ん中あたりで少し膨らんで、そこに筋が入っている。


(種……?)


 それは果物の種に見えた。梅とかプラムとか、あの辺の。

 表面のシワはまだいい。俺もこのくらいは造れる。

 でも、異様なのは、果肉の繊維みたいな微細なヒゲ状の部分まで再現してあることだ。


 恐ろしく精緻な作り、俺でなければ見逃してしまうね。


(……やるじゃないか、恐れ入ったよ、木こり野郎)


 けど、これ、お前の造形じゃないだろ?

 あの花とはレベルが違い過ぎる。わざわざ買ってきたのか、これを。なんで?


(もしかして、あの実が俺の好物認定された的な……?)


 こいつの考えてることは徹頭徹尾意味不明だけど、俺への敬意だけはたぶん本物だ。

 だから、思い込みと思い付きでそのくらい考えてもおかしくない。


 イカれたファン、こわ……。


 木こり野郎は、何事もなかったかのように祭壇の前で再び祈り出した。


 水底が、さらに漲ってくる。

 人の中にまた不法投棄かましといてこの信仰。

 腹立つ。怖い。……でも――


(やめろ。やめろって。俺を女神にすんな。俺は泉だ。男で……)


 あいつは最後に一礼して、森へ消えた。もちろん種はそのまんま。


 足音が遠ざかるのを聞きながら、俺は水面下で水流を操作して種をひっくり返した。

 裏側まで及ぶ狂気じみた細密な作り。

 誰の造形か知らないが、こんな手間をかけて造るほどのものか……?


(あー……くそ。なんなんだよ。なんなんだ、マジで)


 試しに浄化を使ってみたが、当然のことだが、金属なんて消せるわけもなかった。

 むしろ輝きを増したような気さえする。陽の加減にそう見えるだけだろうが。


(……これ、俺の中に……居座るのか? ずっと?)


 またゴミが増えた。


 いや、ゴミじゃないのかもしれない。あいつの中では、俺への供物なんだろう。

 キャバ嬢とかホステスに金の□レックスをポンとプレゼントするみたいな?


 いかにもキザったらしいイケメン野郎のしそうなことだ。

 あんな地味な服を着てるけど、実は良いとこの坊ちゃんだったりするんだろ。

 顔もガタイも金にも恵まれてますって? ケッ……!


 泉の檻の中で、俺はまた、いじけた。


※※※※※


 それから何日か経った。木こり野郎は来ない。せいせいするね。

 森は静かで、平和だ。何も悪いことはない。

 エビ、小魚、虫、水草、いつものオーディエンスが一緒だ。


 けど、あいつが来ない日でも、泉の前には祭壇があって、中には斧と黄金の種がある。

 あいつが残していったものが、これでもかっていうくらい存在を主張してくる。


 俺が、祭られ、祈られる対象――泉の女神――だって決めつけてくるみたいに。


 見えない糸が、外と俺を繋いでいる感じがして、落ち着かない。

 そんなことを考えていた、その日。


 森の奥から、普段と違う音が響いてきた。


 がさ、がさ、なんてしっかりした足音じゃない。

 もっと速い。もっと乱暴だ。枝を折る音。葉を払う音。

 息の荒い気配。獣の気配。――追い立てられる気配。


(……は?)


 俺は反射で泉の底をきゅっと締めた。

 水面が不安に揺れる。嫌な予感だけは、きっちり当たる。

 俺の人生――泉生になってからも変わらない真理だ。


 木々が割れる。


 飛び出してきたのは――人間だった。


 くすんだ金髪の中年の男。

 太っちょじゃないがスマートでもない。ひげ面で赤ら顔。

 荷を背負っている。靴も服も泥だらけ。目を白黒させて、息も絶え絶えだ。

 必死の顔で、足をバタつかせ、忙しなく後ろを振り返りながら駆けてくる。


(おい待て待て待て待て待て)


 その男は(おれ)の存在に気付いていなかったらしい。

 必死に駆けて、泉の畔まで来て、水面を見て「あ」って顔をした。

 そして、その時にはもう手遅れ。止まれない。


 男は木こり野郎の残した祭壇を蹴倒し、ぶちまけて、そのまま泉に向かって突っ込んできた。


 ざっぶーん。


 水が跳ねる。波紋が走る。俺の中に人の体温が落ちてくる。

 異物感。重さ。人間が俺の中に入り込む感触。

 そいつの形に(おれ)が押し退けられる感覚。


 前にイノシシもどきが飛び込んできたのと同じか、それ以上の圧を感じた。


(うわぁああああああああ!!)


 俺は悲鳴を上げたつもりだった。

 泉の水面が、びしゃっと跳ねて畔を濡らす。

 土に染み込んだ俺は俺じゃなくなる、俺が減らされた。畜生が。


 男は俺の中でばたつく。水底の砂利が蹴飛ばされて水中に巻き上げられる。

 振り回した腕に絡まった水草がぶちぶちと引き千切られた。

 エビや小魚は過去一番のスピードですっ飛んで沈んだ斧の影に身を潜めた。


 男は水面から顔だけ出して、ぜぇぜぇと喘ぐみたいに呼吸して――ぶるりと震えた。


 そこで、俺は気づいた。


(……おい)


 男の周囲だけ水の温度が、ほんの少しだけ違う。

 水の中に煙みたいに広がる熱、妙な違和感。

 嗅覚なんてないのに、嫌な匂いの想像が生まれる。


(……おい、おいおいおいおい!)


 男から漂う熱は、周りの俺に溶け込んで、冷めていって。


(いま、こいつ、俺の中で――)


 ここで、思考が固まる。

 一泊遅れて。理解、嫌悪、憤慨が一気に噴き上がった。


(やりやがった!! マジかよ、この野郎ッ やりやがった!!)


 俺の水面が、ぐらりと煮立った。

 激しく波打って、泡立って、渦巻く。


 攪拌じゃない。渦の中心に「ぬるま湯」を封じ込める。

 俺はもう、一秒だってこの泉の中に居たくなかった。


 渦の外、男から一番遠い畔の水で身体を創って、水面から飛び出す。

 大丈夫だよな、混ざってないよな?

 この毛先、ちょっと黄色くないよな?

 嫌悪感で肌がざぶざぶと泡立って波紋が体表を走る。


 俺は泉の畔に立って、水に浸かったままの男を見下ろす。

 表情は変わらない、変えられない。動かせたら鬼の形相にしているところだ。

 力の限り、男を怒鳴りつける。


「てんめぇぇぇぇぇぇ!!」


 急に現れた俺に、男は声にならない声を上げた。

 怒りが収まらない俺は、更に文句を言わなきゃ収まりがつかない。


 ――その瞬間。


※※※※※


 森が、裂けた。


 男が走ってきた方向。木々の影から、ぬう、とソレが姿を現す。


 ソレは四本足で歩く「何か」だった。


 異様で、「何か」としか言いようがない姿をしている。


 そいつの四肢は左右で微妙に長さと太さの違う歪な形をしていた。

 奇妙に傾いた姿勢は歩き難そうだが、凶悪な形をした爪で地面に食らいついている。


 風もないのにうねうねと蠢く毛皮は血だか脂だか分からない赤黒い汚濁に塗れている。

 足を踏み出すと体から黒い粘りが糸を引いて滴り、地面を穢す。


 正面から見ているのに、頭部の形状はぐちゃぐちゃで何がどうなってるかわからない。

 ただ、異様な圧のある眼が、こちらに向けられている。


 それが肌で感じられた。


 あの夜の、鎧の化け物だった時の木こり野郎と同じだ――

 あれは「いてはいけない」ものだ、と本能が訴えかけてくる。


 ソレは傾いた姿勢のまま、異様な速さでこちらに駆けてきた!


(いや、いやいやいや――)


 冷静に観察なんかしてられるか!

 恐い、怖いこわい!!


 森の中に俺と男の声が重なる。


「うわああああああ!!」

「□□□□□□□□!!」

           挿絵(By みてみん)

<TIPS>

「黄金の種」

その身を黄金へと変じたプルヌスの実の種

浄化と裁定の女神イズミールが最初にもたらした一粒

黄金は侵されず、黒禍すら遠ざける


女神の黄金は祝福であり、また呪いでもある

また、不滅であるが故に、この種が芽吹くことはない

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