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11/15

フォースアウェイクン ★

 俺は泉から離れられない。

 3メートル弱で自動的に体が水に戻って意識が泉に戻される。

 詰んでる。ラスボスの目の前の引き返せない罠セーブポイントでセーブしたみたいなもん。

 こんなのどうしようもないじゃん。


 だから、いじけた。


 自分の姿を見てもエロい気分になれないし、今更、別の美少女フィギュアを組み上げる情熱も湧いてこない。


 日が高い間は水面の上で体育座りをして、手癖で水メカフィギュアを作って遊んだ。

 腹いせに泉に置き去りの戦斧に向かって飛ばす。

 水ビーム、水ブレード、決死の突撃からのゼロ距離自爆――ビクともしねえ。

 

 夜になったら星空と二つの月を見上げて、オリジナル星座を考えたり、重ならない軌道を明け方まで眺めて過ごした。

 

(くそ。なんで俺がこんな目に……)


 改めて、この状況に嫌気がさしてきて愚痴る。


 ――ああ、せめて、雨でも降ってくれれば良いのに。


 ……いや、違う、違う。今のはそういうんじゃない。

 俺は人間だ。人間は雨なんか浴びて喜ばない、嬉しくない。


(そうだ……雨が降って降って、降りまくって――)


 この森も、こんな世界も、みんな底に沈んでしまえばいいんだ。

 そうしたら、俺もこの泉以外の何処かに行けるようになるかもしれない。

 

 そんな妄想をしていたら、泉が洗濯機みたいにグルグルと渦巻いていた。

 小魚とエビと水草が、渦の中で流されまくってるのを見て慌てて止めた。


(悪かったな、エビ、魚、水草。でもお前らはどうせ溺れたりしないだろ) 


 もちろん、返事はない。魚は今日も魚。エビも今日もエビだ。

 俺だけが人間の心を抱えさせられたまま、この泉の檻の中で腐っている。


※※※※※


 ――そうして、いつもの「森と泉」に戻ったはずの世界に。


 また、異物の音が混じった。


 がさ、がさ、と葉を踏む音。

 木の枝が擦れる音。土と砂利を踏む音。

 

(……まさか)


 思考が固まるより先に、身体を崩して泉に戻る。

 怖い。もう来るな。来ないでくれ。もう十分だろ。 これ以上、俺を翻弄しないでくれ。

 木々の隙間が揺れて、影が差す。


 出てきたのは――あいつ、黒髪のイケメ……ゲロ野郎だった。


 ……ただし。


 あのボロボロの鎧姿じゃなくて、普通(?)の服装で来やがった。

 

 黒っぽい上着。布は厚めで、余計な飾りがない。地味。

 袖は広いけど邪魔にならない程度。動きやすさ優先の作り。

 肩から腰にかけて斜めに、水色の布が一本。たすきみたいに掛かってる。


 ベルト代わりなのか、そういう民族衣装的なものなのか分かんねぇ。

 というか、この世界の文明のこと、なんも分かんねぇ。


 下は擦れた薄茶のズボン。足元は革のサンダルだ。

 なんだか金物の気配がまるでないな。

 鎧が作れるくらいだから、中世?とかそれよりは技術が進んでんだろうけど。

 人間のサンプルがこいつしかいないせいで参考にならない。人間だとしたらだが。


 パッと見で目につくのは布の色だ。全体的に野暮ったい色彩の中のワンポイント。

 空の色、水の色――(みず)の色。


(くそっ、真似すんじゃねえ)


 ……で。


 改めて思うけど、やっぱイケメンじゃねえか。

 落ち武者っぽいボロ鎧の不気味さが消えたぶん、顔面偏差値で刺しにきてる。


 普通の服装だと体つきの線が素直に出てる。肩幅が広い。脚が長い。

 手がデカい。指は太くて骨張ってる。

 ゆったりとした服越しでも、筋肉がしっかりついてるのが分かる。

 ボディビルダー的な体型じゃなく、アスリート体型ってやつか。


 それか……これが戦うための身体か。


 額から左目を跨いで左頬まで走る傷。それと交差する左頬の傷。右頬にも傷。

 浅黒い肌は、体中傷だらけだ。けど、顔は反則みたいに整ってるやがる。


 髪は黒くて長い。少し癖はあるがパーマって程でもない。

 目にかかって片側が隠れるせいで、陰気臭くも見えるのに、視線が鋭い。

 冷たいというより、芯がある、毅然としてる。

 黙って立ってるだけで貫録があって周りが従いそうな。


 でも、あの目は俺に向けられた時、妙に熱っぽくて、切なげに――


(やめ!やめ!……ああ、クッソ腹立つ……)


 どうせならボロいままでいてくれ。小ざっぱり整えてきやがってよ。

 イケメン自慢のつもりか? 「俺、ジム通ってるから」みたいな? 陽キャがよ……。


 そんな格好されると、「ただの人間」みたいに見えるだろうが。

 お前、ドロドロでゲロゲロの鎧の化け物だったくせに。


 人間っぽくなれるだけで人間じゃない俺に対する当てつけかよ。

 やめろよ、そういうの……。


 また、水底で渦を巻きそうになる。

 せっかく根付いた水草がまた引っこ抜けるところだった。


 ちょっと落ち着こう。


※※※※※


 よく見ると、あいつは背負子みたいなものを担いでた。

 そして、手には柄の短い斧。こっちは薪割り用って感じだ。


(毎度毎度なんだよ、お前。何しに来てんだよ。)


 男はまっすぐ泉に向かって歩いてくる。

 その視線は、相変わらず、まっすぐで、ほのかな熱を帯びてる。


 泉の状態の俺には視線の引っ掛かりどころなんて無い筈なのに。

 間違っても風景に向ける目じゃない生っぽい視線が刺さってくる。


 男の目が泉に刺さった銀色の戦斧を捉える――泉から突き出た柄は濡れて光っている。

 男の眉がわずかに動いて、目が細められた。なんだその感情は。特殊性癖かよ。

 

(それだよ。それ。お前の不法廃棄物だよ。いい加減持って帰れや)


 っていうか、また斧なんて持ってきやがってよ。

 斧ばっかじゃねえか。


 泉に斧を落としていったし……


(……お前、実は騎士とかじゃなくて木こりだろ)


 グリムだかイソップのあれだ。

 木こりが泉に斧を落して、女神が出てきて金の斧、銀の斧ってやつ。

 正直なイケメンは全部貰えて、欲張りなブサメンは全部失うみたいな。


 俺はこいつに何もくれてやる気もないし、姿を見せる気もないけどな。


 騎士だと絵になるし恰好がつくから駄目だ。ムカつく。

 斧を落しっぱなしのお前なんか、間抜けな木こりがお似合いだ。


(ざまぁ!お前の物語なんか始まんねぇから!この木こり野郎が!)


 俺の中で、勝手にこいつのあだ名が確定した。


※※※※※


 木こり野郎は戦斧を回収するでもなく、泉の畔の平らな場所に荷を下ろした。

 それから、手斧ではなく小さな刃物で、木材を削り始めた。


(おい、待て待て。まさかお前、また住み着くつもりじゃねえだろうな!?)


 しかし、持ってきた木材はそんなに多くはない。

 寝袋とかテントになりそうなデカい布も持ってきてない。


 板を組み合わせて、手斧の刃の無い側――斧頭だったか――で釘を打つ音を響かせる。

 出来上がったのは――簡素な台だった。

 

 脚が四本、板が一枚。ぐらつきを削って、地面に据えて。

 木こり野郎はそれを泉の正面に置いた。


(……なんだそれ。椅子? テーブル? なんでそこに置くんだよ)


 だが、次に出てきたものを見て、俺は言葉を失った。


 木製の杯。

 木製の小さな皿。

 それらが台の上に配置される。

 あ……これ、料亭とか旅館で見る「膳」だわ。


 さらに、布袋から何かを取り出した。

 赤みのある丸い実。艶のある皮。この森で俺が見える範囲では見たことのない果実。

 りんごやプラムよりも小さい。梅くらいの小ぶりな実だ。


 甘酸っぱい匂いが、想像だけで鼻の奥にふわっと漂って来る気がした。


 皿に果実を一つ、二つ、三つ。

 並べ方が妙に丁寧だ。


(……え? なに? それ、飯か? ここで? なんで俺の前で?)


 木こり野郎は、柄杓――前と同じような木をくり抜いた道具で泉の水(おれ)を汲んだ。

 また、飲んで顔を顰めるのかと警戒したが、口をつける様子はない。

 そして、杯の中に静かに注ぐ。その手つきは厳かで丁重だった。


 注ぎ終えると、奴は跪き、頭を垂れる。


 膳の前で。

 杯と果実の前で。

 (おれ)に向かって。


 両手を胸の前に合わせ、目を伏せ、言葉を重ね始めた。


「□□□□……□□□□□□……」


 意味は分からない。分からないが、流石にこれは分かる。


(供物……? 儀式……? 祈祷!?)


 これ、どう見ても、信仰的なやつだ。

 俺を「水場」として扱うんじゃなくて、俺を「祈る対象」として扱ってる。


(こいつ……お前……マジか。マジでやってんのかそれは!)


 その瞬間、腹の底――いや、湧水の底から、ふつふつと熱が湧いた。


 雨の日みたいな、あの高揚感。


 俺が増える。満たされる。

 湧水の勢いが増して、俺が広がるみたいなあの感じ。


 違う。

 これは下手な雨よりも、濃い。


 前にあいつが跪いて喋った時よりも、さらに強い。

 波ではなく、潮だ。押してくる。満ちてくる。


(……う、わぁ……)


 水面が勝手にきゅっと持ち上がる。

 胸のない場所が、胸みたいに苦しくて、甘い。


 怖い。気持ち悪い。腹が立つ。

 なのに、嬉しいみたいな感覚が混ざって、頭がぐちゃぐちゃになる。


 これ、やっぱり、こいつのせいだったんだ。

 こいつの祈りだか儀式だかが、俺に効いてる。


(もしかして……俺、マジで……)


 泉の女神的な何かになっちゃってるのか?


 冗談だろ。

 だって、「彼女」は俺の性癖の産物で。観賞用の美少女フィギュアで。

 それが偶々、俺になっちゃって。で、女神として俺が拝まれる?


 何もかも おかしいだろ。

 だって、俺がこいつにやったことって言えば、思い切り水流をぶつけて吹っ飛ばしただけだ。

 それも、二度だ。


 どこに拝む要素があるんだよ、お前マゾか?

 勝手に人を信仰するな。お供え物をするな。願い事もするんじゃねえ。


「□□□、□□□□□□□……」


 木こり野郎は、祈りの言葉(?)を重ねる。

 称賛みたいな抑揚。感謝みたいな息継ぎ。誓いみたいな重み。


 俺は迷った。


 追い払うべきか。

 無視するべきか。

 姿を見せるか。


 こいつは化け物でマゾの変態かもしれない。

 水をぶっかけてご褒美扱いされたら……ゾッとする。


 姿を見せるなんてありえない。


 だって、また、顔を合わせたら最後だ。

 こいつの「対象」が確定する気がする。「泉」じゃなくて、「俺」に。

 あの視線が、また俺を刺して、また俺を満たして。


 俺を壊す。


(……やだ。やだやだやだ。俺は水でいい。ただの水でいいから、勝手に祈って帰れ)


 そう念じたのが通じでもしたのか。

 祈りの声が止まった。


 布袋から、細長いものを取り出す。

 木で出来た笛。素朴な穴の並び。磨かれた口元。

 男はそれを口に当て――息を入れた。


 ぴゅう、と、音が生まれた。


 風が生み出す枝葉のざわめき、さざ波の音、虫や鳥、獣の声。

 森の音しか無かった世界に、突然「旋律」が生まれる。


 人間の意志だけが作れる「音楽」が、大気を震わせる。


 音は柔らかいのに、芯があって、伸びやかで。

 泉の水の中にまで響いて届いてくる。

 身体が震える。震えて、揺れて、勝手に音を運んでしまう。


(……)


 俺は、聞き入ってしまった。


 長らく自然の音しか聞いていなかった。

 自然の音は優しいけど、俺という存在にはどこまでも無関心だ。

 虫も、鳥も、獣も、互いの為にしか鳴かない、歌わない。


 俺が頭の中でアニソンを熱唱してもただの暇つぶしにしかならない。

 あの身体で唄を歌ったとしても、自然にとってはただの騒音でしかない。


 でも、この音は違う。

 これはきっと俺に向けて奏でられている。


 気付けば――俺はリズムを刻んでいた。


 姿は出していない。

 ただ、水面が、すう、と揺れる。


  挿絵(By みてみん)


 ぽん、ぽん、と、波紋が刻む。一つ、二つ、三つ。

 笛の音に合わせて、輪が広がる。重なる。ほどける。

 森の光がそれを拾って、きらりと反射した。


 木こり野郎は、その揺れを見ているのか見ていないのか、そのまま演奏を続けた。

 それがまた腹立つくらい絵になっていて。


(……ほんと癪に障る)


 でも、止めろとは思えなかった。


 旋律が終わり、男は笛を下ろした。

 最後にもう一度、台の前で頭を下げた。


 それから、杯と果実には手を付けず、静かに立ち上がり、森の奥へと帰っていった。

 足音が消えるまで、俺は水面の揺れを止められなかった。


※※※※※


 男が去ったあと、森はまた「森と泉」だけになった。


 ……なのに。


 台の上には供物が残っている。

 杯の水。果実の皿。


(ナマモノを置いてくなよ……いや、置くためのお供えか)


 あれ、お供え物って回収するもんじゃなかったか? 残すの? 残すんだ……。


 腐っていくものが目の前にある、という事実が、妙に落ち着かない。

 気持ち悪いからじゃない。――無駄になっていくのが、嫌だ。


 それが俺の中で腐っていくのも嫌だし、あいつが「捧げた」という行為まで一緒に腐らせるのは……。


(知らねぇよ。勝手に捧げて勝手に帰ったのはあいつだろ)


 笛の音を聞いた後の高揚感が、薄い余韻になって底のほうで燻っている。

 雨上がりの湿り気みたいに、俺の中に残って離れない。


 戦斧、祭壇、お供え。そして、あの旋律。

 木こり野郎は勝手に俺のところに色々なものを残していく。置き去りしていく。


 俺は、とうとう我慢できなくなった。


 体を創って、粗末な祭壇の前に立つ。

 自分の足で地面に立てるなら、この手は物だって掴めるはずだ。


 皿の果実を手に取る。

 赤い皮。丸い形。ころりと掌を転がる軽さ。

 皮越しの果肉のふっくらした柔さが伝わる。


(……食えるのか? 俺)


 口に運ぶ。

 ――唇は、開かない。微笑の形のまま固定されている。

 なのに声だけは出せる。形を変えられないくせに、水面みたいに、俺自身が震えて音を出す。

 形は変えられないくせに、こういう妙な融通の利かせ方をしてくる。ほんと理不尽だ。


 それは、俺が人間じゃない、人間には戻れないことの証明みたいで水面がざわつく。

 

(開けよ……開け、動け、口を開けろ……!!)


 果実を唇に押し付けて、無理矢理捻じ込もうとする。

 開け、と命じた唇は動かず、果実がとぷん、と唇をすり抜けて俺の顔に沈んだ。


 ――噛めない。


 体の中に異物を感じる。

 でも、この水の身体は見掛け倒しで中身がない。

 舌も、歯も、喉だってない。


 味も、香りも、感じない。


 果実は、ただ、俺の中を漂って、ゆっくりと沈んでいく。


(……っ)


 俺は焦って喉――にあたる場所を押さえた。意味がないのに押さえた。

 腹――みたいな場所に意識を向ける。そこに、果実がある気配だけがする。


 魚やエビと同じ、ただ、俺の中にあるもの。

 これ、どうなるんだ? 俺の中で腐っていくだけか?


 浄化を使う。

 いつものように、水の中を洗う。清める。押し流す。


 ……消えない。


 果実はそこにある。

 腐って泥みたいになってからじゃないと消せないのか。

 それとも、砂利や金属みたいに俺の力が及ばないのか。


 お供え物。食べ物。それが無駄に腐っていく。

 腐ったものが体の中にあるのが気持ち悪いのとは違う。


 俺は、ただ、腐らせるのが――


(なんか、嫌だよな……そういうの)


 これは日本人的「もったいない精神」の発露だ。

 俺の人間性、道徳観から来る尊い精神だ。


 ……捧げた相手が誰かとか、そういうのは関係ない。関係ないったら関係ない。

 ただ、無駄にしたくない。それだけだ。……たぶん。

 

「クソ野郎が……食べ物を粗末にするんじゃねえよ……」


 思わず文句の言葉が飛び出す。言いたくもなるわ。


 俺の中を沈んでいく果実。

 そのうち萎んで腐っていくナマモノ。俺に捧げられた初めての供物。


 それに向かって、浄化、浄化――浄化。

 いや、消化? 昇華? 分からんけど、浄化。


 果実は下腹を抜けて、太腿から膝へ。

 ふくらはぎを通り抜け、くるぶしから踵へ。

 その間もずっと浄化を使い続ける。

 

 ――効果が無くたって構いやしない。


 (わたし)は泉だ。


 本当の「手」も、「足」も、「顔」も、「口」もない。

 体の中に入り込んだ異物が腐ったら、浄化で消す……いや、飲み込む――


 そういう、スライム的な化け物だ、俺は。


 だったら。


 この浄化こそが、俺の「歯」で、「舌」で、「胃」で、「腸」だ。

 そういうことにしておく。


 果実は俺の足の底に沈んで止まった。

 足を上げると、果実がころり、と外に転がった。


 拾い上げる。


 果実は、指の間でわずかに硬い感触を残した。


(……種、でかくね?)


 まぁ良いか、と杯を見た。

 中身は俺の水だ。俺の一部だ。


 つまり、俺の腹の中みたいなもの。


 杯の中に果実を落とす。

 ちゃぽん、と軽い音。


 その瞬間、妙に胸――みたいな場所が落ち着いた。

 腹の底のさざ波が、すっと収まる……何だよこれ。

 これで正解みたいに落ち着くの、意味わからん。


「……ごちそうさん」


 結局、咀嚼も消化もできてない。

 こんなのは、ただのおままごとだ。

 それでも、「無駄にした」感じが少しだけ薄れた。

 こういうのは気持ちの問題だ。そう納得しておく。


(あのボケ、妙な気を揉ませやがって。次来たらぶっ放す)


 俺は祭壇を見下ろした。

 果実の皿には二つの実が残っている。


 俺はそれも軽く浄化で「食べて」「噛んで」から、杯の中に移した。

 なんだか普段使っていない筋肉を使ったみたいな疲れを覚えた。


「……はは、筋肉ってなんだよ。もちぷよのくせに」


 なだらかな曲線を描く下腹をさする。

 すべすべとしていて、弛みはないけれど柔っこい。


 満腹感なんてもちろん無縁だ。

 でも、不思議と雨を「食べた」時とはまた違う、変な満足感があった。


 俺は体を解いて泉に戻る。

 水面は穏やかで鏡のように陽の光を映して、吸い込む。


 泉の畔の祭壇は、今もそのままそこに残っている。

 杯も、皿も、果実の総数も、何も変わっちゃいない。


 ただ――皿にあった実が、杯の中へ移っている。ほんの少しだけ配置が違う。

 それを見て、あいつは驚くだろうか。


 驚愕しろ、動転しろ。俺だって散々、お前に脅かされたんだからな。


(……今度こそ、自分で片付けろよ、木こり野郎。ふんっ)

           挿絵(By みてみん)

<TIPS>

「泉龍への誓い」

 薄藍に染められた、飾り気のない無地のサッシュ

 泉の主への崇敬の証であり、己の色を捨てて纏う誓いの印

 如何なる身分にある者も、この布を飾り立てることは許されない

 己を飾る行いは、清浄なる祈りから最も遠いもの故に


 信仰が上がる

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