第32話 見ていてほしい
「そうですか……。ティアさん別の街に行くんですね」
「うん。もともと私は全国いろんな場所を見てみたいと思ってるからね。この国は広いから。でもそろそろ地元を拠点にしようかなって思ってるんだ」
もしかするとティアさんとはもう二度と会えないかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。
すると自分でも不思議なくらいに、スッと言葉が出てきた。
「ティアさん、今日俺の仕事が終わったら時間もらえませんか?」
「うん、いいよ」
思わず拍子抜けしてしまうほどにあっさりとOKをもらえた。何も上手くいかなかった前世での苦労はなんだったのかとすら思えてくる。
「ありがとうございます。でもまだ二時間あるんです」
「そっか。それなら私は一度宿に帰ってから来るよ」
そしてもうすぐ二時間が経とうとしていた。でもまだ閉店時間じゃないため、あとはいつも通りラインゴットさんが引き継いでくれることになっている。
俺はレジカウンターから、店の壁にかかっている時計を何度も確認していた。
するとティアさんが再び姿を見せ、こっちへやって来る。
「キョウマ君、どこで待てばいいのかな?」
「店の前でいいですか?」
「うん、そうするね」
そして仕事が終わるとすぐに合流した。
「お待たせしました」
「大丈夫だよ! 今来たところだからね」
それは確かにそうなんだけど、実際は二時間待ってもらったも同然なのに。やっぱり俺はティアさんが好きだ。
でもそれは人としてなのか、女性としてなのか。どちらだとしても間違いなく一つ言えることは、これでティアさんとの縁を終わりにはしたくないということだ。
「もうすぐ夏だねー」
「ですね。初めてティアさんと会ったのは春先のことでしたね」
「長いような短いような、だね」
「ティアさん、その服——」
今のティアさんの服装はいつもとは違っていて、白いワンピース姿。胸当ても無いし武器も持っていない、ごく普通の女性らしい姿だ。
「どうかな、変じゃないかな?」
「全然変じゃないです。とても似合ってます」
「やったっ! ありがとう」
そう言ったティアさんは本当に嬉しそうにしている。俺の言葉ひとつでこんなにも喜んでくれるなんて。
「ねぇキョウマ君、どこに連れて行ってくれるのかな?」
「ちょうどいい時間だし一緒に夕食でもどうですか?」
「うん、いいよ。あっ、そういえば私、行ってみたいお店があるんだ」
それから二人でレストランに入り、夕食をともにした。そこで話したことは本当にただの雑談だったけど、俺はもちろんのことティアさんも楽しそうにしてくれた。
だけどこのまま終わるわけにはいかない。大事なことは伝えないと。
「ティアさん、もう少しだけ付き合ってもらえませんか? もちろん帰りはお送りしますので」
「ちょうど私もキョウマ君と同じことを言おうとしていたんだ。また私のワガママになるけど、行きたい場所があるの」
「もちろん大丈夫です」
そしてやって来たのは街が見渡せる高台になっている場所。外はもう暗くなったので建物の明かりが綺麗な光となり、イルミネーションみたいになっている。
「私ね、こうやって街を見渡すのが好きなの。昼間に見るのもいいし、今みたいに夜に見るのも綺麗で好きなんだ」
「こんな場所があったなんて知りませんでした」
「当然だけど街によって見え方が違うの。時にはダンジョンが見えることもあるんだよ。そして人と魔物が共存する世界なんだと改めて実感するんだ」
「そうですね。だからこそ自分の力が何かの役に立てばいいなと思います」
「私もそうだよ。こうして街を見ていると、そこには多くの人が暮らしていて、その一人ひとりに人生という物語があるんだなって思うの。街の中だって100パーセント安全なわけじゃない。でもみんなが少しでも安心して暮らせるのなら、私は自分ができることを精一杯するつもりだよ」
俺とティアさんの願いは同じだった。
「ティアさん、俺には目標があるんです。それはですね——」
そして俺はティアさんにそれを伝えた。
「そっか。とってもいい目標だと思うよ! そのためにはまず試験に合格しないとね!」
「はい! それとティアさんに教えてほしいことがあるんですけど」
「何かな?」
「ティアさんの故郷を教えてください。そして時々は会いに行ってもいいですか?」
「うん、もちろん! 私も時間を見つけてキョウマ君に会いに行くね」
好きだと告白するのもいいのかもしれない。もしかしたらOKしてくれるかも。
だけど今の俺にとってティアさんは単純に、付き合いたいとかそういう存在じゃない。
俺の成長を見ていてほしい。「あの日あなたに助けてもらった男はこんなにも立派になりました」と伝えたい。
もちろん今のままでも俺は胸を張れる生活をおくっている。ラインゴットさんとスフィアさんには頭が上がらない。
だけど成長というものは何も能力だけのことを指すわけじゃない。人生だってもっと先へと進み続けることができるんだ。
それから俺はティアさんを宿まで送った。
「ティアさん、今日はありがとうございました」
「私のほうこそありがとう! この街を出る日が来たら、改めてあいさつをしに行くね!」
ティアさんがそう言って右手を差し出す。俺はその手をしっかりと握り、その後はティアさんが見えなくなるまでその背中を見送った。それは初夏の出来事だった。
それからも季節は巡る。秋になり、やがて冬を迎えた。店に来る冒険者達の格好も防寒機能を備えたものに変わっていた。
俺は仕事と並行して試験対策をする日々をおくっていて、ラインゴットさんとスフィアさんも応援してくれている。
そして転生してから二度目の春。ついに国選パーティー選抜試験の日を迎えた。




