ランドセルが似合わない君に恋をした(ギリ合法)
「好きです。付き合ってください!」
大学二年生の春。杉崎和馬は人生で初めての告白をした。
相手は彼のバイト先であるパン屋に週三で通う常連さん。
背中の中ほどまで伸びる長くまっすぐな艶のある黒髪。百七十センチはある長身。細くたおやかな手足。
和馬の好みをそのまま形にしたようを初めて見た時、彼はバイト中であることを忘れ、ぼーっと見入ってしまった。
彼女は落ち着いた表情でレジに向かって歩いてくる。堂々とした足取りは、この貴婦人の如き華麗さがある。
「いつものおねがいします」
彼女がそう言うと、まるで女神が話しかけてくれたように思えてしまって、とても冷静ではいられなかった。
あたふたと取り乱す和馬に代わり、先輩が対応してくれた。
「あの子は毎週月曜と木曜の夕方に食パンを買いに来て、土曜の夕方はバゲットを買いに来る。いつもそうだから、こっちに取り置きしてるからそれを渡して」
その後和馬は、バイトのシフトを聞かれた時は、毎週月木土の午後から閉店時間は必ず入れるようにした。
彼女が店に来るのを待つ日々が始まった。
彼女はいつも午後四時から五時の間くらいにやってきて、同じ物を買っていく。他の物を買うことはないが、いつもちらっとあんぱんやチョコレートデニッシュの前で一瞬足を止める。
しかし、その誘惑を振り切り、全粒粉の食パンやバゲットしか買わない。
あんぱんもデニッシュもカロリーモンスターだ。健康やダイエットのために食べてはいけないものランキングでは、アルコールや揚げ物と共に常に上位。
菓子パンの誘惑に負けぬそのストイックさが、彼女の素晴らしいスタイルを支えているのだろう。
レジを隔てて彼女を見つめることしかできなかったが、それでも週三回は会える。
それは幸せでもあり、もどかしくもあった。
彼女のことをもっと知りたい。
どんなことでもいいから知りたい。そう思わずにはいられなかった。
一番知りたいのは、彼氏がいるかどうか。
そのことを知る機会は突然訪れた。
土曜日の早朝。友達の家で夜遅くまで遊んで、軽く三時間だけ寝た帰りだった。
駅から家までの道の途中、通りがかった公園で、あの常連の女性を見かけた。彼女は犬を連れていた。
ただ犬を散歩させているだけだというのに、まるで絵画の世界に迷い込んでしまったかのような芸術性さえ感じられた。
その公園は和馬の家の近くなだけでなく、店の近くでもある。ということは、彼女の家も近所なのだろうか?
週三でパンを買いに来るのだから、近所に決まっている。そんな当たり前のこと、当然和馬も考えたことはあった。
もし店の外で偶然会えたらどうしよう? 声をかけてみようかな? 最初は世間話だけど、そこから話が膨らんで……と妄想したことはかぞえきれない。
だが、実際に外で彼女を見かけても声をかける勇気が湧いてこない。
相手にしてみれば、自分はただのパン屋の店員。いや、もしかしたら、顔を覚えられていない可能性もある。
声をかけたら変に思われるかも知れない。怖がられて、もう店に来てくれなくなるかも。
行動しない理由は、他にいくらでも思い付く。
寝不足でひどい顔をしているとか、昨日から同じ服を着ていてくしゃくしゃだとか。ヒゲだって剃っていない。
今はきっとベストなタイミングではない。
でも、ベストなタイミングで再び彼女に会えるチャンスはあるだろうか?
半年近く彼女のことを恋焦がれていた。
なのに、店の外で会えたのは今日が初めてだ。
次はいつ?
また半年後? それとも、一年後?
その時がベストである保証はない。
ならばきっと、今がベストなのだ!
和馬は彼女に向かって歩き出した。なんと言って話しかけるかはまだ考えていない。
考え出したら、どれだけ時間がかかるかわからない。
結論が出る前に、勇気がどこかへ消えるか、あるいは彼女がどこかに行ってしまうかもしれない。
まずは話しかけて、後は流れで……勢いだけで突っ走るつもりだった。
「あの」
声をかけた瞬間、
「ワンッ!!」
彼女の犬が吠え、和馬に飛びかかってきた。
和馬は慌てて後ろに跳んだが、それが刺激になったのか犬はさらに吠えてきた。
「こらっ、ダメ!」
彼女はリードを引っ張り犬をたしなめる。怒られた犬は和馬をにらんだ後、主人の機嫌とるように彼女の足に頬ずりした。
「ごめんなさい、うちの犬が」
「いえ、突然話しかけたから警戒されたのかもしれません。頭の良いワンちゃんですね」
「え、そうですか? 賢いってほめられたよ、よかったね〜」
彼女はしゃがんで犬の頭を撫でる。すると犬は気持ちよさそうに目を細めた。
犬とじゃれ合う姿は、いつもの貴婦人の如き優雅さからは想像もできないほど無邪気に見える。
動物好きの純真な人なんだな……と、和馬は思った。
「それで、どうして私に声をかけてきたんですか?」
犬を抱っこし、お腹を撫でながら彼女が訊いてきた。
プランなんて最初からないし、犬に吠えられ、動物と美人の最強映えコンボを見せられ、頭の中は完全に真っ白。
なにを言ったらいいかわからず、パニックになった結果出てきたのが、告白だった。
「好きです、付き合ってください!」
なんのひねりもない、ただまっすぐ全力でボールをだけの告白。中学生でももう少し気の利いたことが言えるだろう。
こんな美人で、性格の良さそうな人、告白され慣れているに違いない。こんなストレートな気持ちの伝え方では、断られるだけでなく、印象にも残らず、明日には忘れられてしまうに違いない。
それでも、人生初告白だった和馬にとっては一大事だったのだが……。
和馬が己の恋愛経験のなさを悔いていると、彼女は顔を真っ赤にしてわたわたとし始めた。
「え、あ、あの? ほ、本当に? い、今の……好きって言うの……本当に本当のことですか?」
嫌そうな感じではなかった。むしろうれしそうにも見える。
「もちろんです。一目見た時からずっといいなって……あ、俺が誰かわからないですよね。別にストーカーとかってわけじゃなくて」
和馬は慌てて言い訳する。
事実を言ってるだけで言い訳ではないのだが、顔を紅潮させながら早口になっている様子は言い訳にしか見えないだろう。
「パン屋さんの店員さん……ですよね?」
と、女性が言った。
「俺のこと覚えててくれたんですか?」
「今年の春からいつもお兄さんがレジしてくれてましたし。それにちょっとカッコいいなって思ってたんです。大人っぽくて」
大人っぽい? まわりからは子供っぽいと言われることは、大人っぽいと言われたことはなかった気がして、和馬は不思議な気持ちになった。
しかし、彼女がそう言うなら、それが事実なのだろう。
「あ、えっと、返事ですよね? えっと……彼氏とかいたことなくて、ちゃんと彼女がやれるかわかりませんが、よろしくおねがいします」
和馬はしばらくその言葉の意味を考えた。
どうやらこれはオッケーをもらえたらしいぞ……と理解するのにはかなりの時間がかかった。
こうして和馬と彼女、村川叶の交際が始まった。
叶は平日は忙しいらしく、夕方には家に帰らなければいけないので、会うのは休日が多かった。
さらに土曜日は、和馬はバイト。叶も家での役割である買い物があるので、なかなか時間は取れず、デートは日曜日が多かった。
それも長い時間のデートはできない。家の決まりで午後の六時には帰らなければいけないらしく、大人な関係にはなかなか進めなかった。
それでも和馬は幸せだった。
叶が時折見せる見た目からは想像もできないほど子供っぽい表情を見ているだけだ胸がいっぱいになる。きっと親からすごく愛され、大事に育てられていたのだろう。
そんな子と急いでどうにかなるのは申し訳ない気がした。時間をかけ、ゆっくり関係を深めていくことが、彼女の両親に報いることであり、叶と長く関係を維持する方法だと思った。
「それでですね、学校の男子たちったらひどいんですよ。私にマダムって変なあだ名つけてからかってくるんです」
叶はたまに学校での愚痴を言う。
今日は男子たちからからかわれた話だった。
「クラスの男子たちは見る目がないなぁ。叶ちゃんはすごく美人なのに」
「え〜っ、そうですか? ふふっ、まぁクラスの男子なんておこちゃまなのでなに言われてもいいですけど。彼氏の和馬くんがそう言ってくれるんですから」
「俺が叶ちゃんと同じクラスだったらすごくうれしいけどなぁ。変なあだ名つけてからかうとか絶対やらない」
「和馬くんは優しいですね! 大好き!」
そう言って叶が抱きついてくる。和馬はその肩を抱く。
ふたりのスキンシップは、今はここまで。キスもまだだ。
自分でもずいぶん歩み遅いと思っているが、焦ることでもないとも思っている。
上質なワインは時間をかけて寝かせてこそ美味くなる。鮮度を大事にするのは安物だ。自分たちの関係は格別に質が高いから、こうして時間をかけてこそいざその時により味わいが増すはずだ。
「それにしても、マダムなんてあだ名、ずいぶんガキっぽいのつけるね」
「男子はおこちゃまですから。女子の友達もみんな言ってます。男子って子どもだね~、って」
「……高校生でもそういうこと言うんだ」
「えっ⁉ な、なんかおかしかったですか?」
「いや、そういうのって、小学校だとよくあったけど、高校でもあるんだなぁって」
「え、えと、それは……」
「まぁ女子は大人びてる人が多かったからなぁ。大人びてる男って少ないから、子どもみたいに見えてもしかたないかもなぁ」
「そ、そうですそうです。その辺の男女差ってありますよね?」
「今だって、高校時代のクラスの女子にあったら、大学生になった俺でも子ども扱いされそうだなぁ」
「そんなことないですよ。和馬くんはとっても大人っぽいです。クラスの男子とは全然違います!」
そうだろうか? と和馬は心の中で首を傾げた。
自分の中身は、高校時代から、いやヘタをしたら中学時代からほとんど変わっていないように思える。さすがに小学生の頃よりは成長したと思うが……。
こういうことはそれほど珍しくなく、叶は少々過大評価しているのではないか? と不安になることはたまにある。
「そう言えば、叶ちゃんってどこの高校に通ってるの?」
この質問をするのは、これが初めてではない。
何度もしている。しかしそのたびに、
「えっとですね〜、秘密です」
とはぐらかされる。今日もそうだった。
だから、いまだに和馬は、彼女が通っている学校さえ知らない。
他にも知らないことはたくさんある。叶はいろいろ話してくれるが、質問されたことになんでも答えてくれるわけではない。意外と秘密主義なところもある。
しかし、なぜ学校名さえ教えてくれないのだろうか?
あまり名前を出したくない学校なのだろうか?
偏差値がかなり低い、あるいは和馬の大学から見て偏差値が高すぎて、和馬が劣等感を抱いてしまうレベルの超進学校か……。
どちらかと言えば、進学校だろうか?
ガリ勉ばかりで異性と接する方法がわからず、クラスの美人に“マダム”なんて子供っぽいあだ名を付けてしまう男子たち……そんな光景がなんとなく浮かんだ。
もったいないことだ。
高校の同じクラスにこんな美人がいるのは奇跡なのに。
叶ほど美しい女子高生と仲良くなれる機会は、大人になってからでは金を払っても手に入らない。
いや、金を払うと犯罪になってしまう。合法なのは今だけなのに、それをみすみす逃すとは。
そんなことも理解できないなら、どれだけ偏差値が高くてもその頭脳は宝の持ち腐れだ。
ただスルーするだけならともかく、からかって遊ぶというのは、さらに度し難い。
叶な高校の男子たちはよほど見る目がない人間の集まりなのかもしれない。だからこそ、和馬が声をかけるまで誰とも付き合っていなかったのかも知れない。
和馬は節穴しかいない叶の学友たちに感謝した。
「和馬くん、私、今年は受験なんです。だから、これからあんまり遊べなくなるかもしれません」
叶がそう言ったのは四月のある日。彼女の春休みが終わりに近づいている時期で、ふたりが始めて顔を合わせてからもうすぐ一年になろうという頃だった。
この時になって、和馬は叶がこれまで高二だったことを知った。
「会えなくなるってこと?」
「全然ってわけじゃないですけど、今までみたいに毎週日曜日にたくさん遊ぶのは難しそうです。これから日曜は、午後から塾に行かなきゃなんです。だから、午前中だけになってしまって……」
「そっか」
まったく会えなくなるわけでもなければ、別れ話を切り出されたわけでもない。
受験が終わればまた今までのように会えるようになる。
いや、門限などは今よりも緩くなって、今より長く一緒に過ごせるようになるだろう。
それを思えば一年くらい耐えられる気がした。
受験な集中するのなら、他に男ができる危険は大きくないだろうし……。
和馬が自分を納得させる理屈を考えついたが、叶はそうでもなさそうだった。悲しそうな顔をしている。
「受験が終わるまで私と遊べなかったら、和馬くんは浮気しちゃいますか? 他に彼女できちゃいますか?」
そんなことはありえない、と和馬は断言できるが、叶は言っても信じてくれない雰囲気だ。
すでに別れ話を想像してしまっているのか、目に涙を浮かべている。
言葉でどれだけ説得しようとしても、きっと届かないだろう。
愛情は行動で示すのだ……それが叶と付き合っていく中で和馬が理解したことだった。
一年間待つと言うのではなく、一年間一緒にいるのだ。
一緒に受験を戦えばいい。
「叶ちゃんの志望校の偏差値は高い?」
「結構高いです。今のままだとムリって言われて……だから本気でやらないといけないみたいです。あまり遊ぶ時間も取れなくなりそうで……」
「そっか……」
和馬も大学生だが、そこまで高偏差値の学校に通っているわけではない。叶の志望校が名門大学なら、役に立てないかも知れない。
だがそれは、全教科合計での話。
得意の一教科だけなら、教えることも可能だろう。
「受験科目に英語はある?」
「あります……一番伸びしろあるって言われちゃいました」
一番点数が低いという意味なのだろう。
「英語は得意なんだ。英語の点数が高いおかげで今の大学になんとか入れたから。よかったら英語だけでも教えようか?」
「家庭教師してくれるってことですか? わぁ! 和馬くんが教えてくれるなら、私英語すごくがんばります! でも……」
叶はまだ言葉を詰まらせる。
なにか言いたくないことがあるようだ。こういう態度を見せるのは、学校のことを訊いたときと同じ。なにか関係があるのかもしれない。
これまでは、そこには踏み込まないようにしてきた。だが、交際を始めてから半年以上になる。
もう踏み込んでもいいだろう。いや、踏み込むべきだ。
和馬は決意し、さらに具体的な提案をした。
「叶ちゃんの両親に会わせてほしい」
「う、うちの親に? ……どうしてですか?」
「俺も一緒に受験を戦わせてほしいって伝えたいんだ。受験はもちろん大事だけど、俺に会わないことが叶ちゃんのためになるっていうのはイヤだ」
「私もイヤです。和馬くんと一緒にいられない時間が私のためになるなんていうのは……」
「だから、ふたりでがんばりたいんだ。ふたりで受験を乗り越えよう!」
「はい、とってもステキなアイディアです!」
「じゃあさっそく、この話を叶ちゃんのご両親に伝えに行こう」
「え⁉ う、うちに来るんですか?」
「今日は家にいない?」
「ちょうどいるんですけど……」
「もしかして、まだ俺のことを話していない?」
「細かい話はしていませんけど、彼氏がいることは伝えてます」
「じゃあ良い機会だから直接会ってあいさつをしたい。大丈夫、俺もご両親も叶ちゃんの幸せを願ってることは同じだから、きっとわかってもらえるよ」
「えっと、でも……うちはちょっとまずいかな、って。パパとママには彼氏と一緒に勉強するって言って、平日の放課後に和馬くんの家に来られるようにするのではどうでしょうか?」
「でも、平日は俺もバイトがあるし。叶ちゃんも早い時間に家に帰らないといけなでしょ? ちゃんと事情を話して、俺が叶ちゃんの家に教えに行ける方が融通が利くと思うけど」
「そ、それはそうだと思いますけど……でも、その……親と会うのはまずいかなって。しかもうちとか……」
よほど家に来てほしくない事情があるのは知っていた。
これまで和馬は、一度も叶の家に行ったことがない。それだけは絶対にダメだと言われていた。
もしかしたら複雑な家庭事情でもあるのかもしれない。
しかし、好きな人のために決意を決めた和馬は止まらない。
どんな難しい問題が待ち受けていようとも必ず乗り越える。
そんな決意を胸に秘め、叶の手を引き彼女の家に向かった。
「こんにちは。お初にお目にかかります。杉崎和馬と申します。叶さんと交際させていただいています」
リビングに通され、叶とふたりでソファーに並んだ座り、対面にいる叶の両親に向かって深々と頭を下げた。
思ったより若い両親で驚いた。父親の方は四十才くらいだろうか。母親の方は、三十才を少し過ぎたくらいに見える。大学受験を控えた娘がいるには、特に母親は若すぎる。
一方で、叶の両親も驚いた表情で和馬を見つめていた。
「叶に彼氏がいることは聞いていたけど、あなたが?」
「若輩者ゆえ頼りない男と思われてもしかたありません。しかし、叶さんにふさわしい男になれるように日々精進に励んでいます」
「そ、そうですか。いえ、若輩者というか、思っていたより年上でびっくりしたと言うか……てっきり同じ学校の男子かと。大学生ですか?」
「はい、大学生です。年齢は少し離れていますが、年は関係ないと思っています。僕は叶さんのことが本当に好きで、好きで、ずっと一緒にいたいと思っています。だから、叶さんの力になりたい。叶さんの受験のお手伝いをしたいです。英語くらいなら教えられると思います。いえ、しっかり教えられるように、自分も勉強します。今から一番近いTOEICに申し込んで七百……いえ、七百五十点を取ります。ですから、叶さんに英語を教えるチャンスをください。僕にも叶さんのためになにかさせてください」
思いの丈をぶつけ、これ以上はできないほど頭を下げた。
叶の両親は顔を見合わせ、小声でなにやら相談している。
「どうします? 悪い人ではなさそうだけど……」
「でも、大学生だぞ……」
と。その様子を叶本人は、心配そうに見守っている。今にも泣きだしそうな顔だ。
和馬はその手をそっと握った。大丈夫だと安心させたい気持ちが伝わったのか、叶もそっと握り返して来た。
勇気を与えるつもりが勇気をもらい、和馬はさらに言葉を続けた。
「失礼ですが、年齢差がなんなのでしょうか。今は多少あるように見えるかもしれませんが、十年後、二十年後はないも同然ではないでしょうか」
「そんな未来もうちの娘と一緒にいるつもりか?」
叶の父親の問いかけに、和馬は大きく首を縦に振った。
「もし許していただけるのなら、生涯を共にしたいです」
「そこまでか……ちなみに、その……娘とはどこまでのことをしているのかね?」
「手を繋ぐところまで……です」
「もう半年くらいになるのにか? それは少し信じられないが……」
「叶さんがまだ心の準備が整っていないようですので。それまではいくらでも待ちます。受験が終わるまでだろうが、さらに先だろうが」
「その間にも叶は年を取るが、それでもいいのかね? その……なんだ、今の学校を卒業することになっても」
「年齢は関係ないと申し上げています。叶さんがいくつになろうが、この気持ちは変わりません」
「そうか……どう思う?」
叶の父親は母親に意見を求めた。
「今の言葉が本当ならいいんじゃありませんか? 私達だって世間から見れば年の差がある夫婦でしょう?」
「しかし我々は大人になってから出会っていて、このふたりとは事情が違う」
「叶たちは出会ったタイミングが少し早かっただけ。大人になるまで一緒にいるなら、結局は同じことでは?」
「う〜ん、しかしなぁ……」
「年齢を理由に頭ごなしに否定してもしかたないじゃないですか。ムリに別れさせて裏でコソコソ会われるより、関係を認めつつ様子を見る方がよほど建設的。違いますか?」
「いや、それはそうだが……」
話はまとまったようだった。
「では和馬さん、あなたの本気を態度で見せてもらいます。さっきご自分で口にした条件を必ずクリアしてください」
叶の母にそう言われ、和馬は神妙に返事をした。
「叶も、せっかく彼氏に教えてもらうのだから、ちゃんと勉強して合格しなさいね」
「はい、ママ」
「よろしい。では、さっそく今からでも勉強を始めてちょうだい。ちゃんと勉強してるか後でチェックに行くからね」
こうして両親への挨拶を終え、交際を認めてもらえ、ふたりの仲は公認となった。
それで喜ぶ間もなく、叶の部屋に行って勉強をすることになった。
「和馬くん、ありがとうございます。ずっと一緒にいたいって言ってくれて……とってもうれしかったです」
叶の部屋に直前、彼女は頬を赤らめそう言った。
「私も和馬くんとずっと一緒にいたいです。……だから、これから私の部屋に入りますけど、そこには今まで黙っていたことがあります。それを見ても、私への気持ちを変えないでくれますか?」
悪いフラグにしか思えない言葉に和馬はドキリとしたが、なにがあろうとこの気持ちが揺らぐことなどないと確信している。
もちろん、と強く返事をした。
「では……開けますね」
叶が恐る恐る開けたドアの先で待っていたのは、思ったよりも普通の部屋だった。
学習机とベッド、タンス等がある。机の上には教科書や鏡、タブレット端末、かわいい小物等がある。
ごく普通の女子学生の部屋にしか見えない。
いや、なにか違和感がある。
和馬は違和感の正体を探した。
机な置かれた教科書の一冊……算数と書かれている。
数学ではなく、算数。
たまたまだろうか?
しかし、棚に収められている参考書も全て算数と表記されている。
極めつけは、学習机の横に置かれたランドセル。
「叶ちゃん、ちょっといい?」
和馬はその状況証拠から導き出される唯一の推察を口にした。
「は、はい。なんでしょう……」
「もしかして、小学生?」
「……はい。今まで五年生。もうすぐ六年生になります」
叶は視線を逸らしながら小さな声でそう言った。
「………………」
さすがにこれは予想していなかった。
初めて会ったのは去年の四月。叶がまだ十才の時だった。
それで百七十センチもあるとは……女子の成長は早いが、いくらなんでも早すぎる。
大人びた顔立ちや落ち着いた仕草なども、とてもではないが小学生とは思えなかった。
「……なるほど、でも、言われてみれば思い当たる節がある」
どこの学校に通っているかを決して教えてくれないこと。
自分の年齢を誤解して告白されたのがわかっていたので、別れたくないなら真実は語れなかったのだろう。
マダムなんてあだ名で呼ばれていること。
こんな大人びた見た目の小学生は、同級生からすればそう見えても不思議ではない。いや、むしろある意味自然なこと。
叶の両親が年齢のことをずっと気にしていたのもそういうことなのだろう。
「えっと、あの……私が小学生でガッカリしました? やっぱり別れたくなりましたか?」
叶は目に涙を浮かべてそう言う。
それだけで、どれだけ別れたくないと思っているか伝わってくる。
たしかに年齢は問題だ。犯罪と言われる年齢差だ。
しかし、和馬にとって一番大切なことは、数字ではない。
和馬はロリコンではない。
小学生だから好きになったのではなく、好きになった人が小学生だっただけだ。
年齢で好きになったわけではないのだから、年齢を理由に別れようとも思えなかった。
「名門大学の受験に合格できるように教えるのは大変だと思ってたけど、中学受験なら英語以外もいけるな。よし、絶対に合格できるようにがんばろう! そうしたら、ご両親も俺たちのことをもっと認めてくれるよ」
「……はいっ! 今はまだ、大学生と付き合ってるって怖くて友達にも言えてないですけど、和馬くんの彼女として恥じない立派な女の子になります! だから、私が大人になるまで、私のことずっと見守っていてくださいね」
きっと将来のことを考えて目を輝かせる叶の姿を見ながら、和馬は自分たちの関係が合法になるまでの年月をかぞえた。
七年。
ずいぶんと長いが、その先の人生でずっと一緒にいられるのなら、意外とあっさり待てる気がした。
そして、いつか叶に子どもっぽいと思われないように、自分もがんばらないといけない、と思った。
七年待つより、そっちの方が難しいかもしれない。
短編のつもりが思ったより長くなってしまいました。
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評判が良かったらもう少し長めの話として書き直したいと思っています。




