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「こ、こいつだ!こいつなら最高の唐揚げになる!」
俺は口の中の唐揚げの美味さに驚き叫ぶ。
喜びのあまりフォークを握る手が震えて止まらねえ。
唐揚げの刺さったフォークが、物語で謳われる聖剣かなにかのように神々しく見えた。
いや、これこそが俺にとっての敵を打ち払う聖剣に違いなかった。
「た、確かに兄貴の言う通り……」
「これは美味しいわね……」
リナとメアリーも信じられないかのように仰天している。
2人は今にもひっくり返りそうだ。
試食を始めてから4日目。
俺たちの前にはテーブルの上にところ狭しと並んだ唐揚げたち。
まだ試してない鳥の肉に加えて、調味料を変えた試作品たちだ。
肉の種類で言えば18種目、食べた皿で言えば72皿目にして遂に俺たちは当たりを引いた。
ニンニクとこの街特産のハーブ、岩塩をたっぷりと擦り込んだそれは本当に美味かった。
まず肉の旨味が段違いだ。
ニンニク無しでも気にならないくらい味が濃く、それでいてスープかってくらい肉汁がドバドバ出てくる。
僅かな臭みはあるものの、これくらいならハーブを使えば全く気にならない。
明らかに別格の美味さだ。
元の肉は他に増してガチガチに硬かったが、ポーションにちょいと長めに漬け込めば豚肉と大差ないくらいに柔らかくなる。
そんな肉を衣に包んで揚げて不味いわけが無い。
ハーブの調合もこれまでの試行錯誤のおかげで高水準にまとまってる。
メアリーも油の使い方や揚げ方に慣れてきて、肉に火は通り過ぎず、衣はサクサクで油の切れも抜かり無し。
つまり完璧ってやつだ。
「よっしゃあ!これなら売れる、絶対に売れるぞ!」
「やったね兄貴!」
俺はリナに抱きつき、そのまま持ち上げてクルクルと回る。
この喜びを誰かに分かち合いたい!
世界が輝いて見える!
「うおおおお!売って、売って、売りまくるそ!」
「売りまくるぞー!」
俺とリナが馬鹿騒ぎをしていると、メアリーから呼びかけられた。
「ちょっと待って2人とも。この肉には1つだけ問題があるわ」
「問題?味は完璧だろ?」
何言ってんだよと俺は不思議そうにするが、メアリーが摘んだ骨を見せてきた。
骨?
その骨は身が全く残っておらず綺麗に食べられていた。
「俺の食べ方が汚いってことか?それは問題かもしれねえが、育ちが悪いのは大目に見てもらいてえんだが……」
「違うわよ」
俺が気まずそうに答えると、メアリーはため息をつきながら別の唐揚げを取り上げて指差す。
「この鳥は食べる部分が少なすぎるのよ」
「食べる部分?」
俺はメアリーから唐揚げを受け取って、そのまま衣と肉を骨から引き剥がす。
ポーションで柔らかくなったおかげで、骨から簡単かつ綺麗に外せたのを見てちょっと気持ちよくなった。
しかし、手に握った白い断面の肉を見て俺の表情が一変する。
「……衣ばかりで肉が少ねえな」
「そうでしょ。これだと他の鳥に比べて2割くらいの肉しかついてないわ」
メアリーの言う通り肉が薄い。
肉に齧りつくというより、骨から肉をこそぎ落とすと言った方が正しい。
豚で言えば骨付きバラ肉、いわゆるスペアリブって感じだ。
俺は慌てて切り出す前の塊肉に目を向ける。
この鳥モンスターの名前は濡羽雉。
全身の黒い毛が濡れた髪みたいだからと名付けられたモンスターで、その羽は工芸品や服に使われている。
俺の膝下くらいの大きさだから、それなりに大きい。
だが改めて見ればほとんどが骨と皮だ。
胸肉や腿肉だけにするとハッキリと分かる。
骨が太いとか多いとかじゃなくて、単純に肉が少なかった。
「ガリガリに痩せてんな」
「兄貴、なんでこんなことになってるの?曲がりなりにもモンスターでしょ?」
「こいつは戦ったりせず、隠れて逃げ回るタイプだからかもな」
俺はリナの質問に答えながら、肉の塊をつつきまわる。
濡羽雉は強くない。
というかハッキリ言って弱い。
初級冒険者でも余裕で倒せるザコモンスターだ。
森のモンスターたちの中でも食われる側に属している。
だから普段は大木や茂みに隠れて生活し、怪しい相手を見かけたら即座に逃走する。
「普段は隠れて活動量が少なく餌もろくに食えてないから、筋肉がついてないってことか?」
「これだと鳥1羽で1.5人前が精一杯かしら?原材料費がかかり過ぎるわね……」
メアリーの言葉に俺の興奮が一気に冷めた。
生息数は多いから取り尽くすってことはないだろうが、利益が出ねえんじゃ意味がねえ。
この街じゃ庶民向けの1食が銅貨10枚。
パンやスープと合わせてちょい高めの銅貨12枚。
持ち帰り用の唐揚げ1人前なら銅貨7枚くらいか?
ここから鳥の肉にいくら払えるかって話だ。
いっそ値段を上げるか?
いやいや、金持ち相手に売れるような伝手はねえぞ。
「……とりあえず残りも試食するか」
俺の言葉にリナとメアリーも頷く。
こいつが駄目でも他に当たりがいればいい。
そう自分を元気づけて唐揚げに手を伸ばす。
しかし、残念ながら残りの中には当たりはいなかった。
**********
「どうしたものかね……」
店の外から、メアリーと大工のおっさんが改装について話をしてる声が聞こえてくる。
俺は椅子にもたれかかり、唐揚げの食べ過ぎのせいで押し寄せてくる胸焼けと戦いながら思案していた。
肉は美味い。
これは間違いない。
問題は原材料費だ。
このままだと利益は出ねえ。
取れる肉の量が3倍くらいになれば大儲けだ。
「……そんな丸々太った濡羽雉なんて見たことがねえぞ」
テーブルに突っ伏し頭を抱えて苦悩していると、店のドアが開く音がした。
ストリートチルドレンたちに唐揚げを渡しに行ったリナが戻ってきた。
「やっぱり、あれは大評判だった。ジョシュアも美味しいってベタ褒めだったわ」
「てことは、やっぱりあの肉しかねえな」
リナの笑顔を見る限り、お世辞とかじゃないだろう。
ふむ、ストリートチルドレンね。
そいつらを雇って濡羽雉を運ばせれば多少安くなるか?
子供たちも仕事が貰えて一石二鳥だ。
……いや、無理だな。
ど素人の子供が森に入ったら、流石に生きて帰れねえ。
思いついたアイデアは即座に没となり、再びテーブルの上で身悶えする。
「美味しいお肉なんて初めて食べたって喜んでたよ。毎日でも食べたいって」
リナはコップに水を注いで、俺の前の席に座って一休みする。
俺はテーブルに這いつくばったまま相槌を打った。
「まあ、ストリートチルドレンならそうだろうな」
身寄りの無い子供なんて食えるだけマシ。
食い物が足りねえからガリガリに痩せてるのが当たり前だ。
昔のリナみたいにな。
そんなことを考えてたら、つい昔のことを思い出しちまった。
出会った頃のリナはガリガリに痩せて、頬は落ちて手足は骨が浮いていた。
そう、まるで濡羽雉みたいに。
それが今じゃまともな食事を取るようになったことでしっかりと筋肉がついたし、野山でも勢いよく走り回れる。
俺の背中を叩く威力が上がったのは伊達じゃねえ。
元気になってなによりだとしんみりして、俺の口から言葉が漏れた。
「リナ、お前……元気になったな」
リナは動きを止め、信じられないものを見るようにこちらをマジマジと見つめてくる。
「え?急に何よ。熱でもあるの?」
「いや、すっかり見違えたなって。昔のお前はあんなに……」
言葉の途中で俺は動きを止めた。
…………見違えた?
骨と皮だけでガリガリだったのが?
「どうしたの?」
ピクリとも動かなくなった俺に対し、リナはテーブル越しに訝しげに顔を近づけてくる。
それでも反応しない俺に業を煮やしたのか、肩を掴んでブンブン振り始めた。
だが俺の視線は宙に浮いたまま。
そして俺の頭の中で、パズルの最後のピースがカチリとハマった音が聞こえた。
「そうだ!肉をつけさせりゃいいんだ!」
俺は勢いよく椅子を蹴って立ち上がり、大声で叫んだ。
リナは驚いて悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちた。
「いきなりなによ!」
リナは顔を真っ赤にして怒りの声を上げるが、俺も負けじと大声で叫び返す。
「餌をやって太らせるんだよ!」
「太らせるって…濡羽雉を?」
「そうだ!逃げ回ってて餌をろくに食えてねえなら、小屋を作って囲い、餌を食わせりゃいいだろ!」
俺は自信満々にリナに提案した。
あとはリナがいけると判断するかどうか。
俺の頭じゃ気がつかない問題も、リナなら気がつくはずだ。
リナは俺の言葉を聞いて、顎に手を当てながら思案し始める。
俺は唾を飲み込みながら彼女が口を開くのをジッと待つ。
「……生きたまま捕まえられる?」
「できる。あのくらいの大きさなら、投網や薬で捕まえるのは珍しくねえ」
「暴れたり、小屋から脱走したりしない?」
「多少は暴れるかもしれねえ。だが、力が弱く魔法も使えねえから、小屋を壊すのは無理だ」
「どれくらいの餌が必要?」
「それは分からねえな。だが、あの大きさなら豚より食ったりはしねぇだろ」
「…………いけるかも」
「よしっ!」
リナの言葉を聞いて俺はガッツポーズをする。
こうなったら即行動だ。
小屋は大工のおっさんに任せよう。
ちょうど外にいるから話が早え。
払った分じゃ金は足りねえだろうが、依頼で稼げばいいだけだ。
「リナ、お前は小屋と鳥の餌の手配をしろ!俺は濡羽雉を捕まえに森に行ってくる!ああ、それと、ストリートチルドレンたちにも声をかけとけ」
「小屋と餌はいいけど、あの子たちに何をやらせるの?」
「鳥の世話と解体、それに羽を売り払う手伝いをさせるんだよ。飯代くらいは稼がせてやるって言っとけ!」
「分かった!」
俺は勢いよく店を飛び出して宿へと向かう。
メアリーと大工のおっさんが何事かと目を見張るが、説明はリナに任せて無視。
装備を整えたら、冒険者ギルドに行って並行してこなせそうな依頼を受け、その足で森へと突撃する。
殺しちゃいけねえのは手間だが、その程度苦労なら安いもんだ。
「やってやるぜ!」
初めて依頼を受けた時のような胸の高鳴りを感じつつ、俺は全力で走り続けた。
**********
濡羽雉に餌やりを始めてから10日後。
俺たちの前には原型が分からないくらい丸々と太った濡羽雉がいた。
「これならいけるだろ…」
俺は震える手で濡羽雉を持ち上げる。
ズッシリと重く、手のひらを通して肉の厚みが伝わってくる。
リナやメアリーも濡羽雉を持ち上げようとするが、その重さのせいか子供を抱きかかえるようにしていた。
今や山猫亭の裏庭は小屋だらけだった。
こんな数の鳥モンスターがいたら騒がしくて仕方ないはずだが、幸いなことに濡羽雉はほとんど鳴かないし走り回らない。
森の中で生き抜く習性がそのまま飼育のしやすさに繋がっていた。
小屋も木枠に網を張っただけの安物だがこれでも十分。
むしろ、囲まれている安心感からか、濡羽雉は非常に大人しくしてくれる。
飼料用の雑穀や街の外で刈り集めた雑草、市場で捨てられるクズ野菜に砕いた貝殻を山盛り並べると、濡羽雉たちは勢いよくがっつき始めた。
まるで飢えたストリートチルドレンみたいだったぜ。
餌やりを始めてから5日もすれば、変化は誰の目にも明らか。
その時点で小屋の追加発注を心に決めていたが、10日経って丸々太った姿を見ると涙がこぼれ落ちそうになった。
しかも、こいつらは卵を産んでくれる。
どれくらいの飼育期間が必要かは分からねえが、森で捕獲する手間が減るなら安いもんだ。
「ジョシュア、卵は孵化したか?」
俺は黒髪の子供に質問を投げかける。
「いや、まだだ。言われた通り全部番号を振って管理してるけど、ヒビすら入ってない」
「そうか。知り合いの物知りエルフに聞いたら、鳥の孵化は10日から20日はかかるらしい。気長に構えててくれ」
リナに紹介されたジョシュア。
雇ってみるとこいつが大当たり。
下手な大人より頭が回るし、責任感があるから仕事に手を抜かねえ。
飼育全般に加えて他の子供たちのまとめ役も兼ねている。
今では欠かせない人材だ。
ゆくゆくは小屋を別の空き地に移して規模を拡大させたいから、そこら辺の管理をまとめて任せる腹積もりだ。
その後、俺たちは試しに1羽捌いてみた。
子供たちが羽をむしり取り、後で売るため大事に袋に詰める。
肉の塊をメアリーが各部位に解体し、1皿ごとに分けていく。
分かってたことだが取れる肉の量は明らかに多い。
「これなら1羽で8人前はいけそうね」
「よしっ!」
「やった!」
メアリーの言葉に俺とリナは歓声を上げた。
これで全てが揃った。
美味い料理、店の修理、損益の見込み、そして材料の仕入れ。
あとは店を開くだけだ。
フレディとの約束の期日までまだいくらかある。
繁盛した店を前にすれば、あいつやメアリーの借金先も態度を変えるに違いない。
「明日店を開くぞ!山猫亭の再開だ!」
「それなら仕込みを始めないといけないわね」
俺の掛け声に合わせてメアリーも動き始める。
子供たちに指示を出し、店の外で羽むしりと解体の準備を整えていく。
店をやっていただけあって、こうなれば誰よりも手際良く作業を進められる。
その間に俺は店を徹底的に掃除する。
汚れや埃があったんじゃ、美味い料理も台無しだからな。
天井の埃を落とし、テーブルや椅子を拭き、床を磨き上げる。
店の外の汚れも洗い落とさなきゃならねえな。
もう日が暮れてるから、掃除が終わるのは夜明けになりそうだ。
「リナとメアリーさんは仕込みが終わったらさっさと寝てくれ。掃除は俺がやっておく」
「それはいいとして、1つ聞きたいことがあるんだけど」
リナがトコトコと近づいてくる。
こっち来るな、埃で汚れるぞ。
「なんだよ?」
「どうやってこんなこと思いついたの?」
リナは明らかに上機嫌でニコニコしている。
試験でいい点を取った落ちこぼれを褒める教師のような空気をまとっていた。
なるほど、リナから見ても俺のアイデアは良かったらしい。
「鳥を太らせることか?そりゃ、お前を見て思いついたんだよ」
「…………どういうこと?」
俺の答えを聞いてリナの声が少し低く冷たくなる。
だが、掃除に夢中な俺は気にせず言葉を続けた。
「昔のお前は濡羽雉みたいにガリガリだったろ。それが今じゃ見違えるようだ。なら同じ事をすりゃいいって思ったんだよ」
そう言って俺はガッハッハと笑う。
自分の頭の冴えが恐ろしいぜ。
しかし、リナは俯いたままプルプルと震えている。
「なんだ、腹でも痛いのか?」
「デリカシーが無い!」
その言葉と共に放たれた蹴りは俺の尻を強かに打ち上げた。
尻が割れたような痛みに苦しみ悶える俺を、ジョシュアが呆れた顔で見てくる。
「おっさん、そういうところが駄目なんだぜ。配慮ってやつを覚えないと」
自分の半分ほどしか生きてないガキに正論を突きつけられ、尻だけじゃなくて心まで痛くなった俺は必死に涙を堪えた。




