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肉探しを決めた翌日、俺とリナは冒険者ギルドにいた。
冒険者ギルドは街の中心に位置していて、分厚い石造りの建物だから遠くからでも一目で分かる。
武器や鎧を身につけた奴らが出入りしているから、他のギルドと間違って入る奴もいねえ。
強いて言えば、俺が入り浸る併設酒場と入口を間違える奴がいるくらいだ。
建物の中には依頼書が貼り付けられた掲示板に、依頼を受けるためのカウンター、打ち合わせ用のテーブルが並んでいる。
2階には偉い方々用の執務室や応接室まである。
ここに来た目的は依頼をこなして生活費と仕入れの代金を稼ぎつつ、こっそりと肉を仕入れることだ。
この街だと、鳥系モンスターの討伐依頼は基本的に素材集めになる。
分かりやすいのは羽とか爪とかだな。
肉の納品を求められることはほぼない。
だから、俺たちが肉を失敬しても文句は言われねえ。
討伐依頼が出てないやつも依頼ついでに狩って、目ぼしいところは全て抑えてやる。
「完璧な計画だぜ...」
俺が満足そうに頷いていると、依頼が貼られた掲示板からリナが戻ってきた。
手には10枚ほどの依頼書の束を握っている。
無事争奪戦には勝てたようだ。
「兄貴、目的の鳥モンスター20種だけど、依頼が出てるのは本当に全部受けるの?」
「やるに決まってんだろ」
俺たちはそのまま受注の手続きに向かう。
青髪をアップにした受付嬢が空いていたから、そこにすかさず滑り込んだ。
あまり見ない顔だ。
若そうに見えるから新人か?
そんな彼女は俺たちが持った依頼の束を見て眉をひそめた。
「えっ、こんなに依頼を受けるんですか?納期に間に合わなかったら賠償金ですよ?」
「いいんだよ。納期なんてどうでもいい。6日で全部終わらせてやる」
「はい?」
俺の発言を聞いて、受付嬢から間抜けな声が漏れた。
だが、どちらが馬鹿かと言えば、間違いなく俺の方だから文句は言えねえ。
普通なら早くとも20日くらいはかかる量だからな。
「......どうやって依頼をこなすのかお伺いしても?」
受付嬢はジト目になりながら尋ねてきやがった。
できねえと判断したら依頼を取り上げるつもりだろうな。
俺は空中に地図を描くような素振りをしながら説明を始める。
「俺と相棒で街の周りを一周するような感じで、片っ端から対象のモンスターを狩っていく。依頼で選んだのは近場にいるやつらばかりだから、体力とやる気さえあれば順番に片付けていくだけだ。楽な仕事だぜ」
少しでも愛想を良くしようと説明後に親指を立ててウインクする。
そんな俺を受付嬢は汚物でも見るかのような目で見てきた。
「..................上司に確認を取ってきます」
そう言い残して青髪の受付嬢はその場を離れ、別の場所で事務作業をしている眼鏡をかけた上司のところへ小走りで向かった。
あの眼鏡をかけてる奴は古株だなとか考えつつ、今のうちにリナと回る順番を相談する。
モンスターたちにも縄張りや生息域ってやつがあるから、事前にどこでどいつを狩るのか考えておかないといけねえ。
この街の北と西には森が広がり、南と東には平原が広がってる。
まずは移動が楽な平原を狩り回って、その後は森で腰を据えたいところだ。
受付嬢にはわざわざ説明しなかったが、俺たちは2日置きに街に戻ってきてメアリーに肉を渡す。
肉や素材を担ぐことを考えれば1度戻ってくる必要があるし、依頼をこなしている間に試食を進めるためでもある。
3日目と6日目に俺は街に戻ってくる予定だから、それで6日目で依頼を終わらせるって言ったわけだ。
だから、極力手戻りがないルートを用意する必要があった。
ふと、知り合いの肉の味に煩いドワーフが、「肉は熟成させた方が美味い」と熱弁していたのを思い出した。
肉の旨味が足らないならその手もありだな。
とはいえ、流石に手が足りねえから目星をつける方が先だ。
しばらくして受付嬢が戻ってきたが、その顔は浮かなさそうだった。
「上司との相談は終わったのかい?なんて言われた?」
「............あいつなら体力馬鹿だからなんとかするだろうって。酒の毒が頭に回ってないなら受注を認めるそうです」
「......まあ、依頼を受けさせてくれるなら文句は言わねえけどよ」
俺は眼鏡野郎の方を睨みつける。
野郎はこちらの視線に気がつき、鼻でハッと笑っただけですぐに仕事へと戻っていきやがった。
俺はチッと舌打ちし、受付嬢の方に向き直り、両腕を大きく開いてアピールした。
「俺が何年酒浸りの生活してたと思ってんだ。これ以上頭が悪くなったりしねえよ!」
俺は胸を張って主張した。
受付嬢とリナの冷たい目線が痛いほど突き刺さってきた。
**********
飲食店をやる上で仕入れは重要だ。
美味い料理が作れて客が来ても、肝心の材料が無きゃ売れねえからな。
代替の効かねえメイン食材は常に在庫を保持し、仕入れも安定してなきゃ話にならねえ。
庶民向けの店だから費用が高すぎても駄目だ。
だから、俺たちが狙う鳥モンスターは街の近くの森や平原に数多く生息してて、初級冒険者たちでも無理せず狩れるような奴に絞ってる。
これなら素材集めの依頼と並行して肉集めができるから、店が本格的に始まっても他の冒険者たちに仕入れを任せられる上に、おまけだから安く肉が手に入るってことよ。
「というわけだから死ね!」
俺は叫び声を上げつつ剣でモンスターに斬り掛かった。
目標は風切り雀。
雀をデカく太くしたような見た目をしている。
一撃で頭部を切り飛ばし、即座に身を低くして横っ跳び。
瞬間、頭の上を圧縮された空気の塊が撃ち抜いていった。
まともに当たれば手のひらサイズの石を全力でぶつけられる程度の威力があるそれは、別の風切り雀の魔法によって生み出されたものだ。
頭に当たって意識朦朧としたところを、トドメとばかりに魔法連射で仕留められる。
初級冒険者がよく迎える最後の光景の1つだ。
風切り雀に容赦という言葉は無く、逃げ道を塞ぐように魔法を連射してくる。
俺は何度も攻撃をかいくぐりつつ、隙を見て飛びかかった。
風切り雀は小振りで隙がなく早い一撃を躱せず、ピィという鳴き声と舞い散る羽だけを残してあっさりと地に伏した。
絶命したそいつらはリナが拾い上げ、用意した木組みから吊り下げて血抜きと皮剥ぎを始めていく。
その間に俺は周囲を警戒する。
ここは見渡す限りの平原だが、視界の端には人間を舐めきったモンスターたちが映る。
隙あらば人間を襲うか、俺たちが仕留めた獲物を横取りしようと狙っていやがるわけだ。
そして、案の定コボルトやら双頭ハイエナやらが血の匂いに釣られてやってきたので、適当に撫で斬りにしていった。
依頼とは別だが、こいつらの素材もちゃんと集めて売り飛ばす。
2日目だけあって実に手慣れたもんだ。
風切り雀で8種類目の鳥モンスターだから、依頼は順調に消化できてる。
問題は美味い奴が見つかるかどうかだな。
「兄貴、肉取り終わったよ」
リナが肉をしまい込んだ袋を背嚢に詰め込んでいく。
骨はできるだけ外しているが2匹分にしては結構な量だ。
雀というが俺の膝下くらいのサイズがあるから肉はしっかりとついてる。
こいつらは小型モンスターに分類される。
俺の胸くらいまであるモンスターなら中型、俺よりデカいなら大型といった感じになる。
欲を言えば中型の鳥モンスターの肉が美味くあって欲しい。
1匹から取れる肉の量は多いし、大型と違って狩りの難易度が低い。
木々が視界と射線を遮る森よりも、弓や魔法で遠くから攻撃できる平原にいるモンスターならなお良い。
いや、炎の魔法だと肉が焦げるから駄目じゃねえか?
ううむ、こりゃ外注する際には注意事項が必要だな。
「どうしたの?」
腕を組んで首をひねってる俺を見て、リナが不思議そうにしていた。
「いや、モンスターの仕留め方も指定しとかないといけねえなって」
俺の言葉を聞いてリナは得心したように、「ああ、なるほど」と呟いた。
「そうだね。毒矢なんか使われたら肉が台無しだもの」
「…………そっちもあったか」
安心して食べられる肉の仕入れにこんなにも面倒事が多いとは知らなかった。
世の中の肉屋を尊敬したくなってきたぜ。
**********
狩りを始めてから6日目。
街外れの森は木々が密集し、葉擦れの音が絶え間なく響く。
土と苔の湿った匂いが満ち、足元は落ち葉と根に覆われてる。
落ち葉はクッションになるが、同時に足を滑らせやすくもする。
木々の間隔が狭い場所なら剣を振り回すことも難しく、遠距離攻撃は木に射線を防がれる。
だから多くの冒険者は開けた場所で獲物を探すが、そういった場所は大型モンスターの縄張りだ。
モンスターがいねえかと探し回ってるところに、大型の奴に突撃されて大損害を受けることもしばしばある。
具体的には、今俺の目の前に広がっているように、木々と一緒に冒険者たちがなぎ倒された状況に追い込まれる。
「おーい、生きてるか?」
俺は地面に転がってる若い男の冒険者に声をかけた。
「あ、ああ……」
かろうじて声は出せるが体は動かせないってところか。
打撲の痛みのせいか、それとも骨が折れたか。
生きてるだけマシだな。
「動けないならそのままにしてろ。無事な仲間が回復してくれる」
そう言い捨てて今度は背後に振り返る。
そこには俺の倍近いデカさの鳥が横たわっていた。
こいつはジャガノスという大型の鳥モンスターだ。
巨体に負けない巨大な羽が生えているが、羽は金属質に変化していて飛べない。
代わりに足が長く、筋肉が太く発達している。
この巨体のくせに軽やかに動くもんだから、攻撃は当たりにくいわ、反撃もねじ込まれるわで非常に手強いと冒険者たちには評判が悪い。
ちなみにこいつは性格も悪い。
冒険者がモンスターと戦っているところに乱入して来やがるんだ。
不意を突いて大剣をめちゃくちゃに振り回すようなもんだから、やられた側は堪らねえ。
冒険者やモンスターの区別なくなぎ倒し、殺ったところを美味しく頂こうとしてくる。
俺は1人で倒したが、普通なら4-5人くらいで袋叩きにするような相手だ。
こいつを倒せれば中堅冒険者として認められるから、試験代わりに挑んでる奴らも結構いる。
「横槍入れたのは悪かったが、危ないところを助けてやったんだ。素材はいくつか貰ってくぞ」
俺はそう言いながら羽を切り落とした。
「……それは構わないが、アンタ何をやってるんだ?」
俺の隣に立ったリーダーっぽい若い赤髪の男が、不思議そうに俺の手元を覗き込んできた。
剣と盾、革鎧と普通の格好だが、派手な怪我が無いから他の奴らよりは格上かな?
「見りゃ分かんだろ?肉取ってんだよ」
俺が切り取ったばかりの腿肉を持ち上げると、そいつは顔を歪めた。
「鳥モンスターの肉を食うのか?アンタほどの冒険者なら知ってるだろうに、わざわざ不味いものを食おうとしてるのか?」
「まあ、それが普通の反応だな。俺も試行錯誤中だから、こいつを食うかは分からねえ」
腿肉を紙袋に包んで羽の上に置く。
適当に他の部位も切り取るが、量が多過ぎるから全部は持って帰れねえな。
それにジャガノスはデカいから歩留まりはいいが、倒す手間を考えると安定して仕入れるのは厳しいか?
そんなことを考えながら紙袋を紐で縛り、ポンポンと叩いても揺れないのを確認する。
よし、これなら大丈夫だろ。
「貰うもんは貰った。残りの素材は好きにしろ」
「いいのか?もう片方の羽が残ってるぞ?」
「いいんだよ。代わりと言っちゃなんだが、俺が店を始めたら来いよ」
「店?何の店だ?」
「唐揚げ屋だよ」
俺はニヤリと笑ってリナのいるところへと歩き出した。
背後から赤髪の男が仲間に問いかける声が聞こえてきた。
「唐揚げってなんだ?お前知ってるか?」
「いや、知らねえ」
リナは少し離れた場所で荷物を広げ、依頼書と集めた素材を突き合わせていた。
そこに取ってきたばかりの羽と肉を置く。
「これで20種類目。…うん、確認し直したけど漏れもない」
依頼書の束と素材を見比べていたリナから明るい声が漏れた。
休む暇もなく走り回る日々だったせいか、「終わったー!」と声を上げ、猫みたいに全身を伸ばして気持ち良さそうにしている。
俺はリナから依頼書を受け取り、同じように確認していく。
うむ、モンスターの種類も、指定された素材の数も合ってる。
肝心の肉と他のモンスターの素材も山盛りだ。
「よっしゃ、街に戻るぞ」
荷物でパンパンに膨れ上がった背嚢を勢いよく担ぎ上げる。
重量オーバーの背嚢は肩に食い込んで痛いが、仕事を終えた達成感が心地良かった。
こんなにも明るい気分で依頼に取り組めたのはいつぶりだろうな。
真面目に冒険者をやっていた頃を懐かしみながら、俺はリナと共に街へと足を向けた。
**********
街に戻り、冒険者ギルドで依頼の完了報告と、ついでに駆り集めたモンスターたちの素材を売り払う。
青髪の受付嬢は「……本当に6日で?」と絶句していたが、急いでるのでからかいもせずにさっさと退散した。
宿でシャワー浴びて身綺麗にしたら、肉を担いで山猫亭へと向かう。
途中で大工のところに寄るのも忘れちゃいけねえ。
山猫亭の傷んだ外壁や内装の手直しが必要だからだ。
「これだとそこそこかかるぞ。金はあんのか?」
「もちろんだ。このために稼いできたんだぜ」
俺は銀貨が詰まった袋を大工のおっさんに渡す。
おっさんは袋の中身を確認し、「ほう」と頷いた。
「これだとちょいとばかり貰いすぎだな。他に注文はねえのか?」
「他にって言われてもな...。リナ、お前何かあるか?」
「急にそんなこと言われても.....」
俺の頭じゃ何も思い浮かばない。
そんな時にはリナに投げる。
それがいつものやり方だし、リナも手慣れたもので文句を言いつつしっかりと考える。
「持ち帰り客用の窓口とかあったらいいんじゃない?店の中で待たれても邪魔だし。店で食べなくても、家に持ち帰って家族と食べたい人もいるでしょ」
「そりゃそうだな。となると、壁に穴をぶち開けるのか?メアリーさんに確認取らねえといけねえな」
「そこまで派手にやる必要はねえだろ。窓とかないのか?窓を外してそこを受け渡し口にするのは珍しくねえし、その方が安上がりだぞ」
大工のおっさんが口を挟んできたが、流石本職だけあっていいアイデアを出してくれる。
それなら木枠を外して開閉式にするだけでいい。
「いい手があるじゃねえか!じゃあ、それで頼む。一応店主には確認するが、問題があったら明日言いに来るぜ」
「おう、それなら構わねえ。どうせ家具や外装が先だからな。現場見て、採寸してからでもいいぞ」
厳つい顔に似合わぬ愛想の良さを見せたおっさんに別れを告げ、俺とリナは肉が詰まった背嚢を担いで山猫亭へと向かう。
チラリと横を見ると、リナは随分と上機嫌で足取りも軽やかだった。
「兄貴、こういうのって結構楽しいね」
「そうだな」
つい先日までの大騒ぎが嘘のようにニコニコ笑うリナを見てると、年甲斐もなくこっちまで楽しくなっちまう。
だが、リナの気持ちも痛いほどよく分かった。
自分の行動で何かが良くなっていく感覚。
一歩ずつでもいいから、少しずつ前に進んでいるという手応え。
ついぞ忘れていたものだった。
「......悪くねえな」
「何か言った?」
「なんでもねえよ」
こっちを不思議そうに見る視線を誤魔化そうと、俺はリナの髪をクシャクシャに撫で回した。
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「………………もう食えねえ」
俺はテーブルを覆うように並べられた唐揚げの山を前に降伏宣言した。
山猫亭に戻った後、とりあえず最初の3日で集めた肉を、様々な味付けをしながら唐揚げにしてみた。
ひたすら試食し、3人で評価を書き記していく。
肉の味や香りも随分と違うもんだなと最初は楽しかったが、5皿目からは料理に伸ばす手が鈍くなり、8皿目からは拷問のように感じ始めた。
年を取ると肉や揚げ物が量を食えなくなる。
2つ合わされば効果は倍増だ。
「まだ10種類よ?」
唐揚げを作ったメアリーはそう言うが、彼女も辛そうにお茶を飲んで誤魔化してる。
肉はポーションのおかげで柔らかくなるが、不味さはどうしようもない。
土を食ってる方がまだマシなやつもいた。
食いすぎで胸焼けがしてきた。
消化促進のポーションとかねえのかな?
「こういう時は若い奴頼みだろ」
そう言ってリナの方に視線を送る。
だが、こちらは味の微妙さに辟易していた。
「これ以上は無理…」
テーブルに力無く突っ伏している。
まあ、女で子供とくれば、油に強くても胃に入る量が少ねえか。
「モンスターと戦ってる方が気が楽だ……」
俺も手足を放り出して、グッタリと椅子に寄りかかる。
山のようにある唐揚げは未だテカテカと輝いていた。




