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異世界唐揚げ屋に祝福を  作者: 牛熊


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4/10

4

山猫亭に戻ってきたら扉や窓が開きっぱなしだった。


何事かと思って中を覗くと、メアリーが厨房を片付けていた。


魚醤と油の匂いがこもっていたから、換気のために開けっ放しにしていたようだ。


彼女は俺たちが戻って来たことに気が付き、こちらを向く。


その目には期待と不安が混じっていた。



「カイルさん、リナちゃん......どうだった?」


「悪いな、商人ギルドで話を聞いていたが、一方的にはキャンセルできねえってさ。詐欺の証拠を持ってくるか、レイジを連れてこいって言われちまった。まだ金を払ってないなら、払い渋って時間でも稼げとさ」


俺は椅子に腰を下ろした。


メアリーも「ああ、やっぱり」と呟きながら椅子に座る。


店内の空気が重く淀む。


少しばかりの期待があっただけに、駄目だと分かった時のダメージがでかい。


リナが水差しからグラスに水を注ぎ、皆に配ってくれた。


俺はそれを一息で飲み干して、フゥと息を吐いく。



「メアリーさん、とりあえずアンタの方からレイジを訴えてくれないか?権利書を勝手に持っていかれたってことなら、十分罪に問えるはずだ」


「......そうね。兵士のところに行って話をしてくるわ。あなたたちはどうするの?」


メアリーは両手をギュッと握り締める。


力の入れ過ぎで手が白くなっている。



「俺たちはレイジを探す。アンタから改めてあいつが隠れてそうな場所を聞いて、しらみ潰しに当たるつもりだ。知り合いの冒険者も手伝ってくれる。些細なことでもいいから知ってる情報を全部教えてくれ」


俺はテーブルに身を乗り出すが、リナに肩を掴まれる。


振り返って「どうした?」と聞くより先に、リナが口を開いた。



「兄貴、その前に確認しないといけないことがあるでしょ。メアリーさん、借金の返済期限ってどうなの?」


リナの問いかけを聞いて俺はハッとした。


確かにそっちの問題もあった。


明日返せとか言われたらレイジを探すどころの話じゃねえ。



「...返済期限は1ヶ月後よ」


「それなりに時間はあるが、のんびりしてたらあっという間だな」


この広い街からレイジを見つけ、契約をキャンセルさせて、新しく店を買ってくれる相手を探す。


そう考えれば時間に余裕はねえ。



店を売った金が入ってこなきゃ、メアリーはそっくりそのまま借金を抱えることになる。


店を担保にって話をしても、契約関係でごたついてる物件をまともに評価してくれないだろう。


そいつはいくらなんでも不味い。


奴隷落ちとまではいかなくとも、借金返済のためにこき使われるのが目に見えてる。


リナがグラスをテーブルに置き、拳をパンと軽く叩いた。



「メアリーさん、顔を上げて!私は諦めないわよ!」


俺は頷き、メアリーの目を見て言った。


「そうだな。馬鹿やってあんたに迷惑をかけた俺が言えることじゃねえが、まだ諦めるには早いぜ」


俺とメアリーの視線が合い、彼女の目にも少し元気が戻った。


それを見て、俺は自分の中にしまい込んでいたものを吐露する。



「レイジを擁護するわけじゃねえが、......なんか、俺に似た空気を感じたんだ。転生してきて、最初は別の世界の知識で夢見てたけど、失敗続きでやさぐれちまったんだろうな。酒場で話した時、目が疲れてたぜ。何もかも上手く行かねえって言葉は本心に違いねえ。だから、アンタみたいに優しい人が騙されちまったんだ」


メアリーは俺の言葉に驚き、そして少し微笑んだ。



「そうね、似てるかもね。私も失敗が続いて落ち込んでいた。レイジも、きっと......」


「もちろん、あいつのやったことが許されるわけじゃねえ。キッチリと落とし前はつけて貰う。だから、あんたも協力してくれ」


「ええ、できる限りのことはするわ」


メアリーの返事を聞いて、よしやってやろうじゃねえかと勢いづいた瞬間、後ろから男の声が響いた。



「おいおい、泣かせてくれるじゃねえか」


「誰だ!」


声が聞こえた方を振り返ると、店の入口にスキンヘッドのガラの悪い男が立っていた。



スキンヘッドの男、30代中盤か?


顔にところどころ傷があって目つきが鋭く、明らかに堅気じゃない空気を漂わせている。


擦り切れたシャツと革のジャケットに黒いパンツ。


そしてこれみよがしに腰に短剣を差している。


どこからどう見ても分かりやすい荒くれ者、荒事や裏稼業で稼いでいるギャングだ。


部下らしき男たちも数人控えていた。



「よお、山猫亭の面々。賑やかだな。俺はフレディ。街の用心棒みたいなもんだ。盛り上がってるところを邪魔して悪いな」


「悪いと思ってんなら、さっさと回れ右して帰りやがれ」


「へっ、冷てえなあ。俺とお前の仲じゃねえか」


「はあ?テメエと会うのは初めてだろうが。クスリのやり過ぎでボケてんのか?」


こんなろくでもないやつらと関わっていいことはねえ。


追い出してやろうと俺が椅子から腰を上げると、フレディは懐から何かの書類を取り出し、こちらに突きつけてきた。



「俺はクスリはやらねえ。レイジって奴から面白いモンを買ったんだよ。俺とお前のお友達証明書をな」


フレディの声は低く、笑みを浮かべてるが目は笑ってねえ。


何を言ってやがるんだと思って書類に目を向ける。


あれは......俺の契約書の写しだ!



「待てよ、その契約書はレイジから奪ったのか?」


「おいおいおい、この俺様がそんな強盗じみた真似事なんかするわけねえだろ。頼まれて買ったんだよ。合法的にな」


フレディは両手を開いて芝居がかった仕草で歩き、俺の目の前で止まった。



「お前がカイルだろ?ようやく見つけたぜ。お前はレイジからこの店を買った。そして俺はその契約書をレイジから買った。つまり、お前は俺に代金を支払う義務がある。金貨1000枚をな。安心しろ、どうせこんな大金は持ってねえんだろ?借金ってことでいいぜ。割の良い仕事も回してやる。なんたってお前と俺との仲だからな」


「な、なんだと!?」


この野郎、とんでもないことをいい出しやがった。


俺の驚き慌てる顔を見て、フレディがニンマリと笑った。



「あいつは今どこにいる!」


「知らねえよ。俺には関係ねえ話だ。まあ、俺から貰った金を抱えて逃げたんじゃねえか?酒場でのやり取りを知っている奴らは他にもいるから、無事に逃げられるか怪しいけどな」


その言葉を聞いてフレディの部下がゲラゲラと笑う。



俺は歯噛みした。


つまり、こいつらは昨日のことを知って、レイジに声をかけたってわけか。


口ぶりからすると、レイジの野郎は恐らく他のギャングから狙われてる。


人を騙して稼いだ後ろ暗い金を抱えてるとなりゃ、力ずくで奪われたところで訴えられねえ。


悪党たちからすれば歩く宝箱みたいなもんだ。



「何が金貨1000枚よ!こんな胡散臭い契約書、どうせ安く買い叩いたんでしょ!」


リナがフレディに食って掛かる。


だが、フレディは肩をすくめて悪びれず笑った。


「何のことだか分からねえな。俺は契約書を買ってくれって言われたから買った。いわゆる善意の第三者ってやつだ。仮にこの契約が詐欺かなんかだとしても、そいつは俺には関係のない話になる。まあ、安く買わせて貰ったのは事実だがな」


フレディはリナに顔を近づけて、邪悪な笑みを浮かべた。



「契約は契約だ。金貨1000枚、耳を揃えて貰おうか。力強くでってんなら、商人ギルドがあんたらの敵に回るぜ?」


「そんな!」


リナは悔しそうに唇を噛む。


この野郎の主張は無茶だが、簡単にはひっくり返せない程度には筋が通ってる。


そして、筋が通ってる限り、商人ギルドは法と制度に従って行動する。


それは受付嬢のイレーナが教えてくれたことだ。




「ちょっと待って、私の借金は......どうなるの?」


メアリーが立ち上がり、声を震わせて聞いた。


フレディの目が冷たく細まる。



「それはお前とレイジの問題だろ。分け前が欲しけりゃ、あいつに請求しろよ。俺はカイルに金を貸すだけさ。お前の借金をどうこうするのは俺じゃねえ。別の取り立て屋だ」


「そんな......」


メアリーの顔が青ざめ、体がふらついた。


俺は慌てて駆け寄りメアリーの背中を支え、ゆっくりと椅子に座らせる。


彼女は両手で顔を覆って俯いた。


かすかな嗚咽が聞こえる。



「兄貴.....どうするの?」


リナが不安そうに俺のシャツを引っ張った。


俺を見る目が涙で潤んでる。


普段は大人びてるが、いくらなんでも14歳の子供にはキツイ。


大声を上げて泣き出さないだけ立派だ。


俺はリナの頭に手を乗せ、慰めるように撫でる。



「おい、フレディとか言ったな。お前の目的は俺だけってことでいいのか?」


フレディを睨みつける。


自分じゃ分からなかったがよほど殺気立ってたのか、フレディの部下たちが俺の表情を見て、顔を青ざめさせながら一歩退いた。



「おおっ、怖っ。そんな目で見るなよ。ビビっちまうぜ。お前がちゃんと借金を返すために働いてくれるなら、その嬢ちゃんは関係ねえってことでいい。お前を無駄に怒らせたくないからな」


リーダーであるフレディは他の奴らとは違ってビビらず、大仰に驚く素振りを見せながら、はっきりと頷いた。


口調は変わってねえが目はマジだ。


ここで嘘をついたら自分がどうなるのか分かってる奴の目だ。



「リナ、すまねえ。お前とはここでお別れだ。大金の借金ついでだ、メアリーさんの分も俺が背負う。2人は他の街にでも行ってくれ」


リナの頭を撫でながらできるだけ優しく言う。


彼女の目が見開かれ、俺の胸を拳で叩いた。



「バカ!何言ってるのよ、兄貴!縁を切る?私がそんなの許すわけないでしょ!拾ったならちゃんと最後まで付き合わせなさいよ!一緒に乗り越えるのよ!」


リナの叫びが俺の心を抉る。


どうやって説得したものかと困り果てていたら、今度はメアリーが俺を睨みつけるような目で見てきた。


「カイルさん......リナちゃんの言う通りよ。私もそんなことは認めないわ。私の借金は私が払う」


「そうよ!金が必要なら稼げばいいじゃない。そのためには人手が必要でしょ!」


「……でもよ、金を稼ぐったって」



2人の言葉を聞いて、頭の中がパンクしそうになった。


自分の馬鹿さ加減への呆れ、リナへの申し訳なさ、メアリーを救いたいという思い、レイジへの怒り。


......全部が混ざって、腹の中でグルグルと煮えたぎる。


リナは俺と離れたくない。


メアリーは借金を返済できても、大事な店を失ってしまう。



大金を稼ぐ手段と、借金を先延ばしにする手段が必要だ。


まずは1ヶ月後にメアリーの借金分。


その次は俺の分。


だが、冒険者としての稼ぎじゃ駄目だ。


いつ死ぬかも分からねえ奴には、借金の支払い延期なんてできねえし、借り換えも無理だ。


当たればデカく、真っ当で安全な堅気の商売。


必死に頭を回転させ1つの答えに行き着く。


俺はフレディに向き直り、声を張り上げた。



「フレディ!俺はこの唐揚げ屋で金を稼ぐ!だから猶予をくれ!」


俺の言葉にフレディは唖然とした。


フレディだけじゃない。


あいつの部下に、リナやメアリーもだ。



「唐揚げ……ってなんだ?」


フレディが間抜け面を晒しながら聞いてきた。


フレディの部下たちも「お前知ってるか?」「いや、知らねえ」と不思議そうにしてる。


そうだろう。


知らねえだろうな。


酒場で俺とレイジが会ってたことは知ってても、唐揚げやこの店の評判までは知らねえと踏んだのが当たりだった。



「レイジたちの世界の食い物だよ!お前も似たような話は聞いたことがあるはずだ。下町の店から始まって王宮御用達になったところもある。当たれば金貨1000枚どころの話じゃねえぜ!」


俺は勢いのまま喋り続ける。


フレディの奴は予想外の話に面食らってる。


押し切るなら今しかねえ!



「どうだ!?店が駄目だったら赤字分も俺の借金に乗せていい。どうせすぐに返せる額じゃねえんだ。多少待ったところで痛くねえだろ!?」


俺はリナから体を離して、フレディの前に立つ。


俺とフレディの視線が交差し、火花が飛び散りそうなくらい力を込めて睨み合う。


そのまましばらくして、フレディは視線を外してメアリーの方を向いた。



「メアリーとか言ったな。アンタの借金の返済期限はいつだ?」


「…なんでそんなことを。関係ないってあなたが言ったばかりじゃない」


「いいから言えよ。藁にもすがりたいんだろ?」


「……1ヶ月後よ。正確には来月の末日」



フレディはそれを聞いて顎をさすりながら、何かを思案する。


さあ、どう出る?


俺は固唾を呑んでジッと待つ。



「…………いいだろう。1ヶ月だけ待ってやる。」


「ボ、ボス、いいんですか!?」


あまりにも予想外だったのか、フレディの部下たちが詰め寄ってきた。


だが、フレディは部下の肩を掴んで押しのけると、クックックと笑い出した。



「いいんだよ。馬鹿げた提案だが、下手に未練を残されてちゃ後の仕事に差し支える。だがな…」


そう言ってフレディが俺を睨みつけてくる。


「お前の望みに応えて猶予をやるんだ。俺の下で働く時にはその分だけ熱心に働いて貰うぜ。当然、その時はそこの嬢ちゃんたちにも監視をつける」


フレディの目は「お前が真面目に働かなかったら人質がどうなるか分かるよな」と訴えていた。


2人を巻き込みたくはねえが、ここが妥協点か。



「いいぜ。1ヶ月後。それまでにこの店を唐揚げ屋として流行らせてやる」


「ふん、楽しみにしてるぜ」


フレディはクルリと後ろを向き、入口の方へと歩き出した。


そこに部下の1人が近づく。



「ボス、何かあったんですかい?」


「……気まぐれだ」


フレディはそれだけ言い残すと、最後に俺の方をチラリと見てから店を立ち去っていった。


店が儲かると分かれば、メアリーの取り立ても先延ばしか借り換えができるはずだ。


流石に俺の借金とまではいかねえかもしれねえが、返済期限が短くなるならそれで十分。


他に金稼ぎの当てはない。


覚悟を決めるしかねえ。



**********



「それにしても、あの野郎だらしなかったな。ボスにビビリっぱなしだったぜ!」


「おい、気を抜きすぎだ」


山猫亭を出て早速軽口を叩く仲間を叱りながら路地を歩く。


夕陽が俺たちの影を長く引き、壁の苔が湿った匂いを放ってる。



仲間の一人が俺の横に並び、声を潜めた。


「ボス、カイルに1ヶ月猶予をやるのか?普通なら即取り立てだ。それに、あいつに飯屋なんてできるはずがないぜ」


俺はタバコを咥えて火をつけ、ゆっくりと一息吸ってから答えた。



「ああ、わかってるよ。上手くいくなんて思ってねえ。素人が始めた店なんてコケるに決まってる」


「じゃあなんで……」


「上手く使うためだ。引け目を負わせて従順にさせる。今は下準備の時だ。それにあいつは冒険者として見れば悪くねえ。今でこそ酒浸りでパッとしねえが、性根を入れ替えるなら安い買い物だ」


俺の言葉を聞いて、今度は別の奴が反応した。



「でもよ、そんな凄い奴には見えなかったぜ」


「そうそう。そこらにいる駄目なおっさんたちと変わりゃしねえ」


俺は思わず舌打ちをする。


こいつらはあの野郎を馬鹿にするが、モンスター相手に殺し合いできるってことの意味が分かってねえ。



ギャングなんて奴らは人間相手なら威勢はいいが、モンスター相手となると途端に腰が引ける。


もちろん相性ってやつもある。


だが、殺意のこもった暴力を振るうって意味じゃ冒険者ほど手慣れた奴らはいねえんだよ。


ギャングは争いごとには慣れてても、流石に殺しはそう簡単にはできねえ。


人が山ほど死にまくったら、兵士の奴らがすっ飛んできてまとめて牢屋行きだ。



「じゃあ、お前らはモンスター相手に切った張ったできんのか?」


「そ、それは......」


怒りのこもった俺の声に仲間たちがビビる。


「そういうことだ。あいつの目を見ただろ?その気になりゃ、俺たちくらいなら皆殺しにできるはずだ」


あの時のことを思い出したせいか、仲間たちが一斉に静まり返った。



俺はそれ以上何も言わず煙を吐き、気づかれぬようにこっそりと汗をぬぐう。


カイルを煽るような言動をしてたのは演技だった。


内心では冷や汗をかいてたし、背中は今もびしょ濡れだ。



クソッ、俺まで思い出しちまった。


なんだあの目は。


人間を見る目じゃねえ。


モンスターや家畜を見るような目だった。



あの嬢ちゃんを巻き込もうとしたら、間違いなくあいつは俺たちを殺そうとした。


これだから冒険者ってのは性質が悪い。


殺したり殺されたりが日常的過ぎんだよ。


あれに比べたら、ギャング同士の抗争なんてままごとみたいなもんだ。


そんな奴を雇えるから、わざわざこんな面倒な手順を踏んだんだ。


これで台無しになったら大損だぜ。



俺は咥えていたタバコを吐き捨てて踏み、新しい1本を咥え直す。


新しいタバコを味わいながら、この先のことを思案し始める。


最近、威勢のいい新造ギャングがカチコミを繰り返して勢力を拡大してやがる。


間違いなく俺たちのシマも狙ってるだろうが、今の俺たちには対抗できる力はない。


カイルの奴を笑ってられる立場じゃねえんだ。


こっちのケツにも火がついてる。



シマを守るための力、後先考えない馬鹿共に対抗するための純粋な暴力装置が要る。


腕の立つ中堅冒険者を護衛として働かせられるチャンスなんて滅多にねえ。


それで、こんな危ない橋を渡ってカイルを取り込もうとしたんだ。


唐揚げ云々の話まで確認できなかったのは落ち度だが、昨日の今日で流石に時間が足りなかった。


あいつが朝から走り回ってたせいで、見つけるのに人員を取られすぎたのもある。



「おい、お前ら。あのリナって娘には手を出すなよ。もし他のギャングたちがちょっかいかけようとしてたら守ってやれ」


「えっ、わざわざあんなガキを?」


「あのガキに傷でもつけてみろ。カイルの野郎が殺しに来るぞ。見て見ぬふりをしても同罪だ。ああ、メアリーって女もだ。お前らも死にたくねえだろ?」


部下たちがゴクリと唾を飲む。


あの嬢ちゃんはカイルの弱みだが、同時に絶対に手を出しちゃいけねえ逆鱗でもある。



メアリーに助け舟を出したのは、カイルの野郎を縛り付ける鎖を1つでも増やしたかったからだ。


猶予をやることなんて大した話じゃねえ。


駄目なら駄目でいいし、その場合は女2人まとめて預かって雑用でもやらせりゃいい。


必要ならあの女が金を借りてる先に話をつけてやる。


その方がカイルも必死になって働くだろ。



クソっ、つくづく自分の綱渡り具合が嫌にやってくるぜ。


だが、やらなくちゃならねえ、


俺が逃げたら仲間たちがどんな末路を辿るか……。


考えるだけでも気が滅入る。



ストリートチルドレン上がりの俺と仲間たちにはまともな仕事なんてねえ。


だからって、クスリや殺しに手を出したら落ちてくだけだ。


小悪党としてシマでの小銭稼ぎに駆けずり回って踏ん張る日々。


自分1人になれば随分と楽ができるのは分かってるが、長い付き合いのこいつらを見捨てたら俺は本当のクズになっちまう。



カイルが必死になってるのを見て、思わず自分を重ねちまった。


こんなこと恥ずかしくて言えるわけがねえがよ。


「カイル、お前がどこまでやれんのか見させて貰うぜ」


俺の吐いた煙がゆっくりと空へと消えていった。


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