20
兵士の詰め所にて、机を挟みレイジと兵長が話をしている。
レイジの目元は隈で黒ずみ、頬はゲッソリと落ち窪んでいた。
兵長はレイジの顔をチラリと確認するが、そのことには触れず淡々と説明を続ける。
「これで一旦は解放扱いだが、こちらからの連絡に応じる必要があることを忘れるな。注意事項は覚えているな?」
「……はい。住居は指定の場所。街の外に出るのは禁止。足枷には魔法がかけられているから、街の門に近寄るだけで痛みが走り、詰め所に連絡が行くようになっている」
兵長の言葉にレイジは俯いたまま答える。
視線の先には右足首につけられた丸い足枷。
歩く分には不自由しないが、決して外すことはできないそれは、罪人としての身分を示している。
(捜査に協力したこと、ギャングの下で働くことになった経緯を踏まえて情状酌量の余地ありとなったが…。懲役じゃないだけマシな結果か)
足枷の冷たさを感じるたび、犯罪者になったことを否が応でも理解する。
聞かれてもいないことまで話したことで、レイジの罪はかなり軽減された。
捕まったギャングたちはこの先過酷な罰を受けることになる。
それに比べれば無罪にも等しい扱いだが、それでも前科持ちになった事実はレイジに重くのしかかっていた。
「故意でなくとも印象が悪くなるから注意するように。何かしらの理由があったところで見逃すことはないぞ」
兵長は少しだけ哀れんだ目でレイジを見るが、同情はしない。
苦境の中で犯罪に手を染めた人間には酌量の余地はあれど、そうしないことを選んだ人間の方が尊重されるべきだと知っているからだ。
その後、いくつかの手続きを経て、レイジは詰め所から解放された。
「賠償金を払わなきゃならないが…。仕事の当てはないな…」
レイジは途方に暮れながら歩く。
以前ギャングたちに「まともな仕事をやろうとは思わなかったのか?」と聞いたことがあるが、その時言われた「無かったんだよ。そんなものは」という言葉を痛感していた。
(石を投げられないだけマシか)
横を通り過ぎる通行人たちが貶み、睨んで来るように感じられた。
それが事実なのか、被害妄想なのか。
今のレイジには区別をつけることが難しい。
(……頭がおかしくなりそうだ。落ちるところまで落ちるというのはこういうことか)
レイジは俯いて歩きながら、「いっそ懲役なり、奴隷として働かされる方が楽だな」と考える。
その方が余計なことを考える余裕を奪ってくれるからだ。
そんなレイジの行く手を遮るように男が立ちはだかった。
(この短時間で絡まれるのか?いや、待ち伏せされてたな)
詰め所を出てからさほど歩いていない。
解放されることを知っていて、遠くから監視していたのだろう。
そう判断したレイジは視線を上げ、男の顔を見て納得したように声を漏らした。
「フレディか」
「待ってたぜ。兵士との話が長過ぎて、解放が延期になったのかとヒヤヒヤしたぜ」
フレディはタバコを吸いながらレイジをジロジロと見回す。
レイジはフレディと視線を交わした後、背後に立つ2人の人物を見て顔をしかめた。
(メアリーと確かジョシュアだったか。散々迷惑をかけたんだ。骨の1本や2本で済めば御の字だな)
復讐者がやることはどこの世界も変わらない。
そう判断したレイジはメアリーとジョシュアを見た後、申し訳なさそうに口を開く。
「罪を償いたいが支払える物がない」
そして視線をフレディへと戻し、まっすぐ見返して告げた。
「好きなだけ殴ってくれ」
「好きなだけね……」
フレディはタバコを深く吸い、フーと煙を空に向けて吐き出す。
そして、少しだけ時間を置いてキッパリと告げた。
「嫌だね」
「……そう言われてもな。本当に払える物がないんだ」
レイジはその答えに驚き、戸惑う。
ギャングなら落とし前のつけ方くらい分かっているだろうし、兵士に睨まれている状況で犯罪をやらせるのはリスクが高過ぎる。
だから、フレディが何を求めているのか理解できなかった。
「金が無いなら知恵を出せ」
その言葉を聞いて、レイジは意味が分からず混乱する。
何も言えないまま黙っていると、じれたフレディが「仕方ねえな」と頭を掻きながら呟いた。
「異世界の知識があるだろ。チェーン店だかの運営ノウハウでもいいぞ。俺はド素人だから分からねえことだらけなんだよ」
ニヤリと笑うフレディとは対照的に、レイジは泣きそうになりながら顔を歪めた。
「それで何度も失敗した…。その結末は知ってる―――」
レイジは首を振って提案を断ろうとするが、フレディはレイジの背中を力強く叩いてその言葉を遮った。
「うるせえ、後悔する暇があったら脳ミソを振り絞れ。今度は1人じゃねえんだ。きっと上手くいくさ」
そして、いつの間にか近づいたジョシュアも、同じようにレイジの背中を叩いた。
「まずは配達からだぞ、新入り」
レイジは2人の言葉に胸が詰まり、何も言えなくなる。
視線が向かうのは目の前に立つメアリー。
震える声で問いかけた。
「いいのか?」
「いいえ、許せないわ。だから、頑張って働いて。あなたを殴りたくても殴れなくなるくらいに」
メアリーはレイジに近寄り、躊躇うこと無く平手打ちをかました。
響く音はパシンと軽い。
痛みはさほどでもないだろう。
「これは手付金よ」
そう言ってメアリーは優しげな笑顔を浮かべる。
痛みなどないはずの頬を押さえ、レイジの目から大粒の涙がこぼれ落ち始める。
後悔、懺悔、謝罪といった複雑な感情が渦巻き、1つの言葉として出てきた。
「……すまない」
レイジは泣きながら頭を下げ、メアリーたちに連れられて山猫亭へと歩き出した。




