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レイジたちの件が片付いてから1週間後。
クソ忙しい時に商人ギルドに呼び出され、受付嬢のイレーナからあれやこれやと長々話を聞かされ、俺はキレそうになりながら耐えていた。
最初のうちは俺も大目に見るつもりだった。
こいつにも段取りに沿った説明義務が課せられているからな。
しかし、世の中には限度というものがある。
「で、長ったらしい話をまとめると、レイジが取り調べで洗いざらい全てぶちまけたってことか?」
説明が僅かに途切れた瞬間、すかさず顔と言葉をねじ込んで主導権を奪った。
青筋を立てた顔を寄せて圧をかける俺に対し、イレーナは若干苛立った表情を浮かべたが、なんとか罵声を飲み込んで答える。
「......そういうこと。それに合わせて契約詐欺も証明され、あなたが交わした契約書も破棄されました」
「よっしゃ!これで懸念事項はすっきりさっぱり。清々したぜ!」
俺は拳を天に突き上げ、大声で勝利宣言をかました。
当然ながら周囲から迷惑そうな視線が向けられる。
すまん、今だけは許してくれ。
長話に付き合わされたストレスが消し飛んだわ!
「山虎亭はどうなるんだ?凄え勢いで傾いてるけど」
俺はふと気がついて疑問をイレーナにぶつけるが、彼女は肩をすくめて「無理無理」と答えた。
「流石にこの状況から再建はね...。でも、レシピを盗んだことが露呈したのに、味やオペレーションに文句を言うお客がいなかったのには驚かされたわ」
「ふーん、やることはちゃんとやってたってことか」
俺の言葉にイレーナは頷く。
「マニュアルを渡しただけで店が経営できるなら苦労はない。元の世界でチェーン店に慣れてたのもあるでしょうけど...。時間の無さと従業員の質を考えれば、よくやったと言わざるを得ないわ。指導員として雇いたいくらいよ」
「俺も経験したが、あの手の仕事はなかなか大変だからな」
俺たちは揃ってレイジの手腕に感心した。
上は口を出すだけでいいから楽なもんだ、と人は言う。
だがやる側になると痛感するが、従業員の教育や店舗運営の段取り作りってやつは、頭も使うし精神的にも結構しんどい仕事だ。
それを短期間でやり遂げたわけだから、レイジが商人たちから高評価を得るのも当然だな。
「で、ギャングの方はどうなるんだ?」
「レイジが手伝わされていた犯罪行為が明らかになったから、順次摘発されていくでしょ。あなたの関係者も裏で色々と動いてるって聞いたけど?」
「ジョシュアやフレディがここぞとばかりにやり返してるからな。ストリートチルドレンたちを使って逃げ回るギャングたちを追跡。その情報を兵士に流してって感じで、毎日楽しそうにやってるよ」
フレディは成果を上げたストリートチルドレンたちに対し、この先山猫亭の従業員として契約すると約束してる。
ジョシュアたちのような実例が既にあるってことで、話を聞いた子供たちも俄然やる気を出してるらしい。
ギャングと関わりを持つのはいいとは言えねえが、互いに納得してるなら俺が口を挟む話じゃねえ。
「うーん、あまり仲良くやりすぎるのも...。事情があるにせよ、距離感は大切よね」
前途ある若者がギャングと関係を持つのはよろしく無いと、イレーナは眉間にシワを寄せた。
案の定の展開に俺は軽く舌打ちする。
(まずいな、こいつに余計な手出しをされると、フレディたちに「なんとかしろ」と突き上げられちまう。巡り巡って俺の仕事が増えるのは勘弁だぞ)
なんとか話を誤魔化さなきゃならねえ、と思案して即座に行動に出る。
「そんなことより、最近ウチの店に来てねえって聞いたぞ。本当か?味やサービスに不満でもあんのか?」
俺は再び顔を寄せて圧をかける。
店のことになると俺がムキになるのは周知の事実だから、イレーナもあっさりとそちらに注意を向けてくれた。
「えっ、いや、その......。唐揚げはしばらくいいかなって...。健康的な生活は健康的な食生活からって言うし」
イレーナは痛いところを突かれたのか、慌てて視線をあらぬ方向に逸らし、「なんでもありませんよ」と下手くそなアピールを始めやがった。
甘いな、首筋に伝う冷や汗を見逃す俺じゃねえ。
(さては、本格的に太ったな......)
俺はすぐさま理由を察するが、迂闊なことは口に出さない。
ジョシュアに「配慮ってやつを覚えないと」と言われたことを思い出す。
イレーナの腹回りを見ないよう、口笛を吹きつつ何気なく周囲に視線を巡らせた。
だが、その行為が彼女の逆鱗に触れたようだ。
何かに気づいたようにハッとした後、殺意の籠もった目でこちらを睨みつけてきやがる。
「......何も言ってねえし、何も見てねえぞ」
俺は不満げに抗議する。
しかし、イレーナの目つきは剣呑さを増していく。
「雰囲気がそう言ってるわ」
「どうしろってんだよ!」
「配慮しろって言ってんの!」
「だから、どうやってだよ!精一杯やってんだよ!俺は、俺なりに!」
イレーナは机を叩きながら叫び、俺も負けじと机を叩きながら叫び返す。
周囲から「配慮しろよ」と白い目で見られながら、俺たちは声が枯れるまで不毛な叫び合いを続けた。
**********
スラム街の一角の薄汚れた建物の中で、ギャングらしきガラの悪い男たちが慌ただしく荷造りしていた。
その中の1人、長い黒髪を紐で縛った男が木箱に金貨を詰め込みながら、苛立たしげに舌打ちをする。
「チッ、この街も潮時だな。お前ら急げ。今晩には街を出るぞ」
『ハイッ!』
黒髪の男は部下たちを眺め、数える。
(残った手勢は10人ほど。随分と減ったが代わりに金は残った。他の街でやり直すには身軽な方がいいから、差し引きではトントンといったところか)
相棒の青髪の男は捕まったが、取り分が増えたから良しとしようと男は前向きに考える。
(何でもやり直して見せる)
男が金貨を握り締めて再起を誓った瞬間、建物の扉が激しく叩かれた。
破城槌でも打ち込まれたのかと勘違いするほどの衝撃に扉が歪み、接合部がミシミシと音を立てる。
男たちが呆気にとられて眺めていると、衝撃が数度繰り返された後に扉が吹き飛んだ。
そこに立つのは大きな斧を担いだ、これまた大柄な鎧姿の男。
カイルの冒険者仲間のコリンが斧を叩きつけて扉を破壊したのだった。
そして、コリンの陰からフレディが顔を出す。
「おっ、間に合ったようだな。捕まえ損ねたら大損だったぜ」
「カチコミだ!ぶちのめしてやれ、野郎ども!」
笑みを浮かべるフレディを見た瞬間、黒髪の男は即座に指示を飛ばした。
乱戦が始まり、男たちの雄叫びや物が壊れる音が響き渡る。
しばらくして、地面に転がるのは黒髪の男とその手勢たち。
彼らも奮闘したが、中堅冒険者を抱えるフレディたちの方が武力で勝っていた。
(俺たちだけだと下手したら負けてたな...)
フレディは内心で冷や汗を流していた。
敵の2倍以上の数を手配したが、黒髪の男を筆頭に手強い相手が多く、コリンらがいなければ互角といったところだった。
武力確保の重要性を改めて噛み締めつつ、フレディはテキパキと指示を下す。
「兵士を呼ぶ前に荷物を運び出せ。こいつらを引き渡すのはその後だ。銅貨1枚残すんじゃねえぞ!」
『はい!』
フレディの指示に部下が応え、縄で縛り上げた敵を部屋の隅に集めた後、積み上げられていた木箱や大袋を外へと運び始める。
コリンはその光景をひとしきり眺めた後、フレディに近づいて問いかける。
「この溜め込んだ財貨はどうするんだ?」
「そりゃ、決まってるだろ。迷惑料ってことでありがたく頂くんだよ。悪事で稼いだ金だろうが金に色はないからな。俺は公平なんだ」
「悪党らしいな」
悪びれる様子もないフレディの返事に、コリンは苦笑した。
だが、止めようとしない。
これまでの苦労を理解しているからだ。
「あんたたちの報酬も割増にしとくぜ。これからも長い付き合いになるんだからな。ジョシュアもあんたに憧れてるんだから、嫌とは言わないでくれよ」
フレディはコリンの背中をポンと叩いてニヤリと笑い、その見事な悪党ぶりにコリンもつられて大笑いした。
後に、敵ギャングの縄張りはそのままフレディの元へと転がり込む。
そして、「悪事から足を洗う」という約束の下、フレディはコリンら冒険者と警護の契約を締結することになる。
**********
後日、山猫亭の支店は20店舗まで増えた。
競争相手がいなくなり、権力者たちが「これは金になる」と協力を申し出た成果がこれだ。
山虎亭との騒動は彼らの目に留まっていたらしく、結果的にはアレが店を拡大するための良い宣伝になった。
ただ、俺らが負けてりゃ、シレッとレイジに擦り寄ってたのは想像に難くない。
どこまで信頼していいのか分からねえし、警戒は必要だろう。
とはいえ、今はもっと大きな問題がある。
こうなると流石にこの街には出店余地がねえんだよ。
(じゃあ、これで終わりか?…そんなわけねえよな)
俺は同じくらいの規模の街へと目を向け、フレディたちと膝を詰めて議論した。
「他の街に支店を広げよう」
それが俺の主張であり、議論の結論だ。
この街の店はメアリーやフレディたちに任せることにした。
食材、設備、教育を賄う基盤を作れば、他の街でも短期間で支店を拡大できるって寸法だ。
そのためには大工や職業斡旋所などを取り込む必要があるが、上手くやってくれるだろう。
そして、俺とリナは目星をつけた別の街を視察するため、青空の下2人で歩いているところだ。
(冒険者を夢見てた俺が、いつの間にか唐揚げ屋で夢を見ることになるとはな。人生、どう転ぶか分からねえもんだぜ…)
抜けるような青空を見上げながら、そんなことを考える。
酒浸りの生活から抜け出すだけでも驚きだってのに、青臭い夢を素面で語れるようになるとは自分でも信じられねえ。
だが、夢を見れるってのはいくつになってもいいもんだ。
「兄貴、どうしたの」
空を見上げたままの俺を不思議に思ったのか、リナが肩をつついてきた。
俺は少し気恥ずかしくなり、考えを悟られないように大声で返事する。
「目標を再確認してたんだよ。世界中に店を広げるぞってな!おら、行くぞ!」
足早に歩き出す俺を見て、リナは大きくため息をつく。
「また調子に乗っている」
呆れ果てたような声とは裏腹に、リナの顔には笑みが浮かんでいた。
酒場にいた頃にはついぞ見れなかったような笑顔だ。
俺もリナに笑い返し、自分に言い聞かせるようにハッキリと言った。
「今度こそ道を諦めねえ。今度こそな」




