18
山猫亭が唐揚げパンの販売を開始してから、カイルたちの状況は一変した。
唐揚げパンを買いたいなら山猫亭に行く必要があり、そちらに行けば山虎亭と同じ唐揚げも食べられる。
評判のソースは本店で作られるが、各支店に運び込まれて同じ味を楽しむことができると喧伝された結果、山虎亭の行列はまたたく間に消滅した。
街の住人たちが寝静まった夜中。
黒い目出し帽をかぶった不審な男たちが、人気のない山猫亭の本店の前に立っていた。
小柄な男が店の扉へと近づき、カチャカチャと何か作業をする。
僅かな時を置いて、扉がキィと僅かな音を立てて開いた。
ハンドサインを交わし、男たちは足音もなく店の中へと忍び込む。
男たちが静かに店内を漁り始めた瞬間、眩い光が店内を照らし出した。
「なに!?」
男たちは驚きの声を上げながら明かりに目を向けた。
真夜中の店内がハッキリと見えるほど明るい光を放つ、飲食店には不釣り合いな魔法の照明が天井にぶら下がっていた。
それを見て自分たちの侵入が予想されていたと気づく。
「よう、今度は起きて待ってたぜ」
男たちが声のした方に向くと、物陰からカイルが現れる。
その顔には「やってやったぜ」と笑みが浮かんでいた。
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俺は不審者たちを眺めながらほくそ笑んだ。
(狙い通りだ。またマニュアルを盗みに来ると思ったぜ)
何も言わずにこれ見よがしに突っ立って不審者たちの注意を引きつけていると、店の外から争うような声が聞こえ始めた。
(予定通りフレディの部下たちが逃げ道を塞いだな。なら、仕上げにかかるとするか)
俺は相手の怒りを煽るため、冒険者ギルドの嫌味な眼鏡野郎を意識して嘲笑した。
「さてさて、そんな暑苦しい格好は止めたらどうだ?逃げられるとでも思ってんのかい?」
俺の言葉に不審者たちがざわつく。
悪党には舐められると黙っていられない性質の奴らが多い。
顔を晒して良いことは何一つねえが、俺の態度が余程癪に障ったのか、不審者たちは舌打ちして覆面を取り払ってくれた。
その中には見知った顔が1つ。
「やっぱりレイジか…。てっきりお前は出てこねえと思ってたが」
俺はレイジの顔を見て首を捻る。
こいつも馬鹿じゃねえから、侵入が警戒されてると気がついていてもおかしくない。
俺が不思議がってるとレイジが青髪の男に向かって、「だから止めろって言ったんだ!」と叫び、目の前で口論が始まった。
(ああ、なるほど。止めたけど無視され、無理矢理連れて来られたってことか)
口論を聞く限り、男たちはフレディと敵対してるギャングってことで間違いはないようだ。
「はいはい、そこまで。敵の前で仲違いとはみっともねえぞ」
俺はパンパンと手を叩いて争いを止める。
喧嘩するなら俺とだろうがボケ野郎どもめ。
そんな俺の言動が気に入らなかったのか、青髪の男が怒り狂った表情で短剣を抜き放つ。
「舐めてんじゃねえぞ!」
青髪の男が叫び声を上げ、右手に握る短剣を少し前に構えて突撃してきた。
直情的な行動や表情とは裏腹に、その動きには無駄な力みや隙が無い。
あからさまな言動は演技半分といったところか。
(人を刺し慣れてるな…。こりゃフレディたちには荷が重いわ)
人が生き物を殺そうとする時、どうしても精神的な枷が邪魔をする。
普通の人間がその枷を外すには痛みや怒りが必要だ。
青髪の男は経験で克服したんだろうな。
俺は左手を相手の右手首に当て、突き出されたナイフを外へと受け流す。
そして、右足を一歩踏み込み、「フッ!」と軽く息を吐きながら右拳を顔めがけて突き出した。
だが、風を切る音と共に放たれた鋭い一撃は空を切る。
青髪の男も俺の反撃を読んでいた。
タックルするように屈んで躱し、空いた左手で俺の右太ももを持ち上げるように抱え込んだ。
そして頭と肩を俺の体に押し付け、逃がすまいとガッチリ固めてきた。
流れるような一連の動き。
敵ながら俺は思わず感心した。
(おお、結構やるな)
俺が立ったまま堪えようとすれば、右手を引き戻してナイフを背中に突き立てる。
後ろに倒れ込めば、そのままナイフを顔なり胴体なりに突き刺す。
どちらを選んでも勝ちって腹積もりだな。
キレて襲いかかったように見えて、その実計算高くこちらの逃げ道を潰すような戦い方だった。
「終わりだ」
青髪の男の顔は伏せられていて見えない。
だが自信に満ちた声から、笑みを浮かべていることが伝わってきた。
「そうだな」
俺も同意する。
そして、左手で男の右腕を掴んで押さえ、突き出したままの右拳を男の背中に振り下ろした。
「グェッ!」
男は腰の少し上を殴られ、潰れるように床へと崩れ落ちた。
人体の構造上、背中を押されれば耐えられず、内臓をぶん殴られれば激痛で身動きが取れなくなる。
今俺がやったのは腎臓打ちと呼ばれるもので、肋骨で守られていない腎臓を背中から殴るやり方だ。
ご覧の通り効果はてきめん。
武術を習う際には、対人練習ではやるなと言い含められる危険行為である。
(ギャング相手だからいいだろ…)
痛みに悶える男から短剣を奪い、男の手のひらを床ごと貫き、縫い留める。
そして、短剣の柄をドン!と足で踏みつけ、グリグリと捻じった。
男の手と床があっという間に赤く染まる。
(やっべ、急いで掃除しなきゃならん!血糊が着いた飲食店なんて客が来なくなるぞ)
俺は汚れた床を眺めながら、「メアリーがブチギレないか?」と不安になり、なんとか痕跡を残さず綺麗にする方法は無いかと頭を抱える。
「クッ!」
青髪の男は痛みで声を漏らすが、歯を食いしばりながら俺の方を睨んでくる。
その目から多少の痛みではへし折れない精神の強さが垣間見えた。
(おお、なかなかいい根性してるな。街のギャングにしておくにはもったいないぜ)
フレディといい、この街には仕事を間違えた奴らが多過ぎるなとため息をつく。
「自信あったんだろ?悪いな、俺も慣れてんだわ」
俺はニヤリと笑みを浮かべる。
青髪の男は悔しそうにこちらを睨んでくるが、今の攻防で格の違いを理解したのか、先程とは打って変わってこちらの隙を探そうと必死に視線を巡らせている。
俺は男を見下ろしながら、少し呆れたような声で言い放った。
「ガキの喧嘩じゃねえんだ。無防備な背中を晒してどうすんだよ。スポーツと勘違いしてんのか?組み討ちするなら相手の手も抑えとけ」
左足で男の右腕をしっかりと踏んだ後、右足で男の顎を蹴り上げる。
顎が砕けると錯覚するほどの衝撃で男は仰け反った後、気絶し身動き1つしなくなった。
わざわざ腕を踏んだのは、蹴られた衝撃でナイフで手が裂けないようにとの、せめてもの配慮だった。
「さて、騒がしいのは片付いた。次はテメエの番だぞ、レイジ」
俺はユラリとレイジの方に振り向く。
「色々と言いたいことはあるが、今更になって俺たちの前に現れるとはどういう了見だ?騙すだけじゃ飽き足らず、成功した上前まではねようとはな...。クズにしても限度が過ぎるぞ?」
俺は怒りの色が浮かぶ視線をレイジに向けるが、意外なことにレイジはビビったりする素振りを見せない。
それどころか俺に負けず劣らずの険しい目でこちらを睨んできた。
初めて出会った頃とは別人みたいだぜ。
「復讐だよ…」
「復讐?立場が逆じゃねえか?」
レイジが零した言葉を聞いてガンを飛ばす。
やられてんのはこっちだぞ、おいコラ。
だがレイジは俺を無視して勝手に喋り続ける。
「転生してきてから他人に騙されたり、何をやっても失敗したりと最悪だった。上手くやっても功績を横取りされてばかり。信頼できる人間がいない、何も分からない世界にいきなり放り込まれて、必死に生きる辛さがお前に分かるか?」
いつの間にかレイジの目からは涙が溢れていた。
その言葉に俺は少しだけこいつに同情した。
根無し草は生きるのがキツイ。
世間知らずどころか世界を知らねえ奴なんて、いいカモ扱いされてきたに違いない。
それに、俺も冒険者を始めた頃に大怪我で引退していたら、レイジと同じように悪事に手を染めてもおかしくなかった。
そういう意味じゃ、こいつと俺は似た者同士だ。
「だから今度は俺が騙す番だ、奪う番だ。そのはずだったんだよ...」
悲壮感の籠もった声でそう言った後、レイジは俯いたまま体を震わせる。
「お前も大変だったんだな」
俺はそう言いながらレイジに近づき、肩に手を載せてレイジに顔を上げさせた。
互いの目が合い、言葉は無くとも言いたいことが伝わってくる。
そして、俺は力強く頷いた。
「だが、それはそれ。これはこれだ!」
レイジの頭をぶん殴ると、レイジは悲鳴を上げながら頭を抱えて床に転がった。
俺はフンと鼻を鳴らし、床に這いつくばるレイジを睨む。
「そういや、レシピを知りたがってたな。教えてやるよ。ソースの決め手は魚醤。そう、お前が唐揚げを台無しにした魚醤だよ」
レイジの動きがピタリと止まり、「嘘だろ...」と呟きながら呆然とした顔でこちらを見てくる。
その反応を見て俺は満足気に笑みを浮かべた。
(やべえ、めっちゃ気持ちいい。この間抜け面を眺められただけで、頑張った甲斐があったってもんだぜ!)
そして、これ以上ないほどのドヤ顔で言葉を続ける。
「この街の魚醤は死ぬほど臭いが、同じくらいクセの強いハーブ類をぶちこんで、油を加えて加熱すれば匂いが相殺される。使い道に困ってる食材同士を合わせりゃ、バランスが取れて美味くなるって寸法だ。なんたってメアリーの旦那さんが残したレシピだからな。味は保証するぜ」
俺の言葉は止まらない。
レイジのように胸の内で留めてきた思いが、雪崩のように溢れ出す。
そして、その思いはいつしか怒りへと変わり始めた。
「魚醤のソース作りを店でやると臭すぎて苦情が来る。だから、俺は町外れに出向いて作ってるんだぞ!モンスターも逃げる臭さに耐えながらだ!」
俺はレイジを胸ぐらを掴んで立たせ、目尻に涙を浮かべながら必死に訴える。
目と鼻をエグるような刺激臭に耐え、モンスターからも「あいつは頭がおかしい」という忌避の視線を向けられる。
見上げた空の青さを前に、「俺は一体何をやってるんだ」と自問自答しそうになる時間。
端的に言って地獄だった。
「この辛さが分かるか!?てめえに足りねえのは根性と諦めの悪さだ!」
俺は悲壮な叫び声を上げながら、八つ当たり気味に再びレイジを殴り倒した。
「ゴホッ!」
拳がみぞおちに直撃し、レイジは呼吸困難で倒れ、そのまま気を失った。
痙攣してるが手加減したから死んだりしねえだろ。
「オラオラ!テメエらも同罪だ!」
俺は勢いのまま、残りの不審者たちをぶん殴って回る。
そして全員ぶちのめした後、フレディの部下が呼んだ兵士に引き渡した。
店の外に出て、兵士に連れて行かれるレイジたちを見ながら、俺は実にすっきりとした表情をしていた。
「あー、最高の気分だぜ。泥まみれの身体で熱いシャワーを浴びたみたいな爽快感!身も心も解き放たれたようだ!」
散々苛つかされた相手を片付けた開放感を存分に味わっていると、太陽が地平線の向こうから顔を出す。
俺は思わず目を細める。
だが、視線は背けない。
なぜなら、それは山猫亭と俺たちを祝福するかのように、眩しいほどの光で照らしていたからだ。




